魔法少女まどか☆マギカ EDEN(完結)   作:ファルメール

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第16話

 

「あれは……?」

 

 呆然とした表情でマミが呟く。魔法少女達の総攻撃によってワルプルギスの夜にもかなりのダメージを与えたと思っていたが、現時点最強の魔女はある程度の損傷こそあれ未だ健在。それどころか先程までは逆さ吊りにされたように下にあったピエロを思わせる頭部が上に、ドレスの裾から覗く歯車状の部分が下へとシフトを始めていく。

 

 これは明らかにワルプルギスの夜が、次の攻撃に移る準備を始めた事の証だった。

 

「ワルプルギスの夜が、本気になったのよ」

 

 空中の魔女を睨みながら、ほむらが言う。実を言うと彼女にこの魔女のこの態勢についての知識はほとんど無い。それを見た時は彼女は無力な普通少女であったか、力尽きて戦線離脱している状態であった事が殆どだったからだ。

 

「聞いた事があるわ、かつてワルプルギスの夜が現れた地域で、生き残った魔法少女から……」

 

 いつでも分身体を過去に飛ばせるよう身構えながら、風華が言う。

 

「ワルプルギスの夜の真の恐ろしさは、あの頭が上の位置に来た時にあると……ああなったらまさしくスーパーセル並の破壊力を以て、地上の物は何もかも吹き飛ばされるって……」

 

「……っ」

 

「そんな……!!」

 

 今までの凄まじい戦いですら、あの魔女にとっては前戯でしかなかったのだと、その事実にさやかとまどかの顔から血の気が引くのが面白いように分かる。

 

 未来を変えられるかどうかは、ここからの戦いにかかっていると言えた。

 

「でも……」

 

 思わず、抗議に近い声を上げてしまうまどか。彼女の言いたい事は分かっている。地上の何もかもが吹き飛ばされると言う事は、今は避難所にいるパパやママ、タツヤの事も……!!

 

 その全てを受け止めて、風華は「分かっている」「私達に任せて」とでも言うかのように頷き、念話でこの戦域にいる全ての魔法少女へと連絡する。

 

『総員、展開して!! ワルプルギスの夜を押さえ込む!!』

 

 頭の中で口々に『了解』、『分かったわ』などと声が混線して聞こえてくる。魔法少女達はワルプルギスの夜を中心として円を描くように等間隔に並んでいく。ほむらとマミもその中に加わっていた。

 

「ワルプルギスの夜に、町を壊させてはならないわ!! みんな、力を合わせて!!」

 

 マミが両手を前に突き出して、前面に魔法の防御壁を創り出す。これは本来、魔女結界の中で一般人や負傷した仲間を守る為に使用するものだが今回は逆に、魔女を封じる為の檻としての使い方であった。

 

 マミだけではかなり広域に展開しなければならないのもあって紙かガラスのように弱い防壁でしかないが、ほむら、杏子、メアリーアン、ミナ、楊貴妃、巴御前、上杉謙信。他にも全ての魔法少女達の力が相乗して、強大なドーム状の結界として形を成していく。

 

 バリアが完成するタイミングと、ワルプルギスの夜が攻撃態勢を整えるタイミングはシンクロしていた。逆位置となっていた時はそれこそ舞台装置の属性を象徴するようにゆったりと規則正しく回転していた歯車が、今はヘリのローターのように本来の回転方向と逆方向に回っているように見えるほどの速度で回り始める。

 

 僅かな時間を置いて突風、否、最早衝撃波と呼ぶ方が正しい威力の風が走り、魔法少女達よりもまず最初に自らの使い魔達が細切れになって吹っ飛んだ。その次に、周囲に展開された障壁にショックウェーブが激突する。

 

「ぐっ!?」

 

「重い……!!」

 

 あちこちで悲鳴が上がる。魔法少女達が力を合わせて創り出したバリアは砕け散る事はなかったが大きくきしみ、表面に掛かる重圧が全員に伝わる。

 

「みんな、気を緩めないで!! ちょっとでも力を弱めたら、そこから一気に障壁が決壊する!!」

 

「簡単に言ってくれるけど……!!」

 

「正直……!! こりゃキツイよ……!!」

 

 ワルプルギスの夜の圧倒的な力の奔流は絶え間なく放出され続けており、魔法少女達はそれを押さえ込む為にこちらも絶え間無く魔力をバリアに供給し続けなければならなかった。

 

 しかしこうなると、魔法少女達の方が圧倒的に不利だった。魔女の力はほぼ無尽蔵と言っていいが、魔法少女が力を発揮するにはソウルジェムが濁りきるまでと言う限界時間があるからだ。

 

 特にこのような先の見えない根比べをしているような状況だと、心が折れる者が必ず出てくる。それは良くない。そうすると魔力の使用だけではなく負の感情によってもソウルジェムの汚濁は進行していく。

 

 早速、杏子のソウルジェムが光を失っていく。素早く、イブがグリーフシードを届けて浄化させる。次にはミナ、次には元シャルロッテ……回復役を務める彼女も後衛だからとのんびりしている訳には行かなかった。円形に展開した魔法少女軍団の回復の為に文字通りフル回転だ。

 

「風華さん……みんなは……」

 

 不安を隠しきれないまどかが隣に立っていた風華を見る。彼女達の障壁が破られた時は、ここにいる自分達は勿論、見滝原市の町も、避難所に集まっているみんなも、お終いだ。

 

「まどか、皆を助けたいと思うかい?」

 

 横合いから掛けられる、今となっては聞き覚えのある声。普通少女二人と魔法少女一人が振り向いたそこには、やはりキュゥべえがちょこんと座っていた。

 

「君が魔法少女になれば、今すぐにでも皆を助ける事が出来るよ?」

 

「やらせると思ってるの!?」

 

 さやかが前に出る。風華は、ワルプルギスの夜を封じている魔法少女の誰がいつ力尽きるとも分からないので、その時はすぐに分身達を過去に飛ばして救出せねばならない為に動けない。

 

「これだけの数の魔法少女がいればもしかしてと思っていたけど、やっぱり難しいね、ワルプルギスの夜を倒すのは。でも、無理もないか……あれは数百年に渡って存在し続け、他の魔女さえも喰らって、自分の”個”さえも失ってしまったかつて魔法少女だった負の思念の集合体。他の魔法少女や魔女とは、隔絶した力を持っているんだ」

 

 その後にキュゥべえは「勿論まどか、君という例外を除いての話だけれど」と付け加える。

 

 これは先程のまどかが魔法少女になれば皆を救えるという言葉の裏付けでもあった。

 

 さやかはまどかが変な気を起こさないようにキュゥべえから庇うように身構えるが、彼女の背後の親友は何やら俯いて考えている様子だ。これはまずいと、風華は思った。人間、追い詰められると往々にしてロクな考えを思いつかないものだ。

 

 そこまで考えて、ワルプルギスの夜を抑えている魔法少女達に目をやる。

 

 とは言えこっちもまずい。このままではジリ貧になっていずれはイブの回復も間に合わなくなって突破されてしまう。何か、何か手を打たねば。

 

『考えろ!!』

 

 頭の中で自分を叱咤する。何か見落としているものはないか。ワルプルギスの夜に対抗する、起死回生の一手は。

 

 思い付かない。どうすればと考えるほど、頭がぐちゃぐちゃに回って、混乱してしまう。

 

『私の、時を渡る魔法……その力を使って、何とかして……!!』

 

 風華が、その思考に至った時だった。

 

『私の魔法は過去に分身を飛ばし、今を無かった事にする。それだけしかできないのか?』

 

 声が響いた。彼女ではなく、キュゥべえでもなく、無論まどかでもさやかでもない。

 

『今を変える以上の事が出来るのではないか?』

 

『イブのエリクシルが猛毒にして万能薬という相反する力を持つように、私の魔法にも……もっと別の応用法があるのではないか?』

 

 言葉を発しているのは、風華が自分の周囲に出現させた無数の分身達だった。だが、有り得ない事だ。彼女等は言わば自動人形(オートマトン)。風華の思念によってコントロールされるだけの存在の筈なのに。だが分身達の口にしている言葉は、

 

「私が……口にしたかも知れなかった問い……疑問……」

 

 それを数多の、彼女と同じ姿をした分身達が代わりに喋っている。

 

『私の魔法がタイムパラドックスから”私のいる時間”へと行けないのなら、どうしてこの時間に飛ぶ事が出来た?』

 

「!!」

 

 分身の一体が口にしたその言葉に、本体の彼女が反応する。

 

 今までそう言われるまで気付かなかったが、良く考えてみればおかしなものだ。この時間軸が本来自分が生まれた時間の平行世界だと分かった時、自分は以前に行った事のある世界への再度の跳躍を試みた。だが出来なかった。行き先の時間には、既に”自分”がいるからだ。

 

 しかしだとするなら、何故この時間軸へと移動してくる事が出来た? その理屈だと前にいた世界からこの世界に来る時に、そもそも時間移動が出来なくなっていなければおかしいではないか。目的とした世界には、まだ魔法少女にもなっていない”本来の自分”がいたのだから。にも関わらず、実際にはこの平行世界に移動する事となった。

 

『何故、この時間だけが特別に?』

 

 分身の一体がまた口にする。そう、この時間は何か特別なのだ。

 

『私の魔法は時間という”縦”の移動を行う力。平行世界を”横断”する力は無い』

 

『何故なら平行世界はまさに平行する世界。交わる事は決してないから』

 

 また別の分身達が口にする。そう、分身を過去に飛ばしてそこで行った行動の結果が今に反映されるのは、自分の魔法が間違いなく平行世界ではなく同一の時間の過去へと干渉する力だからだ。彼女本人の時間移動も本質は同じ力である。

 

 数多の世界を無数の直線に例えると、それらの線は全て平行して伸びており、交わる事は無い。風華の魔法はその中の一つの線の、ある一点から一点へと移動が可能であるというものだ。離れている別の線へと行く事は出来ない。

 

 にも関わらず、自分は平行世界であるこの時間軸に来れた。何故? どうして?

 

『キュゥべえは何と言った?』

 

 またまた別の分身の言ったその言葉が、最後の鍵だった。そうだ、この戦いが始まる前に、奴は言ったではないか。

 

 

 

 

 

「暁美ほむら。君がまどかを救う為に何度も繰り返した時間逆行によって数多の世界線は束ねられた。まどかを中心にね」

 

 

 

 

 

「……そうか……!! 今私のいるこの時間軸と、いくつかの世界は繋がっている……!!」

 

 もう一人の時を渡る魔法の使い手、暁美ほむらが行った幾度もの時間逆行、平行世界の横断によって。だから、本来世界線の上の移動しかできない自分が、この世界に来れた。

 

「繋がっているのなら、飛べる!! 私の全ての分身を、あらゆる過去に飛ばして!!」

 

 風華が彼女の魔法を発動させ、周囲に展開していた無数の分身達が一斉に姿を消した。過去の時間に飛んだのだ。

 

「それで、深雪風華。君は今度はどんな過去に干渉して、今をどう変えるつもりだい?」

 

 インキュベーターが尋ねる。普通少女二人は不安げな眼差しを向けてくる。それを受けて魔法少女は、にやりと口角を上げた。

 

「今を変える? 少し違うわね。理解したのよ。私の魔法の、本当の使い方を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 最初にその変化に気付いたのはほむらだった。

 

 正直、このままワルプルギスを抑えておけるのは後数十秒か、長くても数分が限界だと思っていた。ソウルジェムの濁りもかなり進行してしまっていて、魔法を使い続けていられる時間も、そう長くは無いと思っていた。

 

 ふと、左手甲部に装着された濃紺色の宝玉に目をやって、驚いた。

 

 ソウルジェムの穢れが、進んでいない。いやそれどころか、浄化されつつある。

 

 何とか首を動かして、隣で障壁を維持しているマミに視線を向ける。彼女のソウルジェムにも、同様の変化が起こっているようだった。いや、二人だけではない。障壁によってワルプルギスの夜を抑えている全ての魔法少女のソウルジェムに、同じ現象が起こっていた。

 

『聞こえる? みんな!?』

 

 頭の中に、風華の声が響く。念話による精神感応だ。

 

『今、私の力で過去の世界から、あらゆる可能性を集めてみんなに届けているわ』

 

 負の感情の蓄積や魔力の使用によってソウルジェムが濁るのは、その本人だけでは受け止めきれない呪いを生み出すからだ。

 

 ならば、何人もの自分の力が一つになれば?

 

 本来は有り得ない事だが、それが今有り得ていた。風華の手によって。

 

 彼女は今、自らの魔法によって過去の世界からありとあらゆる”巴マミ”や”暁美ほむら”、”佐倉杏子”の可能性を集め、この時間の本人達に束ねていた。

 

 訪れる筈だった過去。その可能性、その全てがこの場に集った全ての魔法少女達に送られている。

 

『過去に干渉し、今を無にするのではなく……あらゆる過去から可能性を集め、その正しさも過ちも現在に届け、未来に繋げる……それが、私の本当の力……!!』

 

 これはまさに奇跡と言って良かった。ほむらの力によって彼女が訪れた数多の世界が束ねられ、そしてこの世界にもう一人、時渡りの魔法の使い手である風華がいたからこそ、起こし得たもの。しかもこれは、世界が束ねられているこの一ヶ月あまりの短い期間しか使えないの力。

 

 親友を信じて、未来を託したどこかの世界のまどか。

 

 その親友の想いに応えて、永遠の迷路を彷徨い続け、迷宮の出口、希望を探し続けていたほむら。

 

 数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの時間を、それでも希望にしがみついて越えてきた風華とイブ。

 

 そして、希望を信じてきた過去の幾百幾千の魔法少女。彼女達の全ての祈りが、この今に結実していた。

 

「よっしゃぁ!! これならイケるぜ!!」

 

 ポッキーを囓りながら、杏子が吼えた。彼女だけではない。数多の世界の可能性をその身に受けて、呪いを受け止め切れるだけの器を宿し、ソウルジェムの穢れによる魔力の使用限界という縛りから解き放たれた魔法少女達は、気合いも新たに最強の魔女へ向かい合った。

 

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