魔法少女まどか☆マギカ EDEN(完結)   作:ファルメール

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第01話

 

「それで、この町の魔法少女はどうやって見付けるつもりですか? 風華(ふうか)」

 

「私達が捜す必要はないわよ。向こうから私達に会いに来てくれるわよ、イブ」

 

 二人の少女が、並んで歩いている。

 

 風華と呼ばれた方の少女は、15歳ほどに見える割には背が高く、160センチ以上はあるだろう。少しウェーブのかかった雪のように白い髪を腰まで伸ばしていて、着ているブレザーはどこかの学校の制服のようだが、この町では見かけないデザインだった。几帳面な性格なのかぴっちりと着こなしているが、その中で左手の中指に嵌められた指輪の、緑色の宝石だけが浮いているようにも思えた。

 

 風華にイブと呼ばれた彼女は、身長は風華よりも一回り小柄で150センチもないように見える。その代わりプロポーションでは勝っていた。白いワンピース越しでもよく分かる。彼女は上も下も、出る所は出ていて引っ込む所は引っ込んでいる。髪の色は風華とは対照的で、濡れたように黒い。髪質も対となるようにストレートだ。長さは同じくらいで、左の肩に掛かる一房だけをリボンで括っていた。そして黒く輝く宝石をあしらったアクセサリーで、そのリボンを束ねている。

 

 イブは持っていたバッグに手を入れると、そこからリンゴを取り出した。ごしごしと服で擦ると、がぶりとかぶりつく。しゃくっという瑞々しい音を立ててリンゴに歯形が刻まれた。

 

 風華が歩き食いを咎めるが、イブははいはいと生返事を返すだけだ。明らかに聞いていないといった様子の彼女に対し、しかし風華もこの反応は予想していたのだろう。殊更に怒ったような様子は見せなかった。

 

 ただ一息だけ深く肺から空気を出して、吸い込むと辺りを見渡す。

 

 二人は先程まで閑静な住宅街を歩いていた筈だったが、その景色はいつの間にか違っていた。

 

 数分前までは両側を見ればどれも似たような一戸建ての家屋が見えたが、今同じ事を試みると見えるのは、三歳児が何本かのクレヨンを鷲掴みにして、画用紙に異なる色を滅茶苦茶に塗りたくったかのような混沌だった。

 

 そこら中が暗い色で塗りつぶされている。二人が今歩いているこの世界の創造主は、よほど酩酊していたのかも知れない。それとも100年先を行くセンスの持ち主だったのかも。

 

 これはまるでおとぎ国の絵本の世界だ。ただし、よい子に見せる為に表現が抑えられる前の、初版の方のだが。

 

 ゆらぎ、うごめく世界の中でその流れに逆らって動く物が、風華の眼の端に映った。彼女は歩みを止める。

 

 イブも同じだった。自分の背中を風華に預けて、腰を低くしてぐっと構える。

 

「来たですよ、風華」

 

 言われて彼女は指輪の嵌められた手をすっと上げ、

 

「ええ、使い魔ね……イブ…」

 

 そう返されて、髪を留めている宝石にそっと手をやる。

 

 そうして一瞬だけ、二人も、二人の周りでうごめく物も、場の空気すらもが動きを止めて、次の瞬間には暗がりから獣の顎にそのまま手足がついたような異形が、しかも数十という数で飛び出してきた。

 

 それに合わせるように、風華の指輪とイブの髪留め。その二つが碧と黒の光を発する。光ったのは一瞬。だがその一瞬が過ぎ去った時、二人は姿を変えていた。

 

 風華は、見た事もないような艶やかさを持った素材で創られた、肩の見えるワンピースような衣装に。

 

 イブは柔らかく、一切の光沢の無い黒のローブのような衣装に。

 

 風華が使い魔と呼んだその異形が一斉に二人へ向かって飛びかかるが、その牙も爪も、二人の皮一枚にすら触れる事は叶わなかった。

 

 イブが掌に黒い光を集め握りの付いた剣、ジャマダハルと呼ばれる刃を物質化するとそれを両手に持ち、独楽のように体を回して襲いかかってくる使い魔を、ただの一匹も逃さず両断したからだ。

 

「行きましょう、イブ」

 

「はいです」

 

 取り敢えずの危険は排除した事を確認すると、風華に促されてその後をイブが付いていく。そうして進んでいく間にも使い魔は現れたが、イブが全て斬って捨てた。

 

 やがて悪趣味な装飾が施された扉に突き当たり、蹴りでそれを開けると行き止まりにぶち当たった。その行き止まりには、この世界の主なのだろう。体中に無数の獣の顔を生やした、地球上のどんな動物にも当て嵌まらない、敢えて言うなら全ての動物の特徴を足してその種の数で割ったような怪物が待ち構えていた。

 

「こいつが魔女みたいね……任せるわよ、イブ」

 

「任されたです」

 

 二人のそんな会話も、魔女と呼ばれた存在は聞いていないようだった。獣さながらの外見から受ける印象に違わず、その魔女にとって二人はエサでしかないようだった。全身に生やした獣の顔が、一斉に二人へとさっとする。外敵の排除と食糧の確保、二つの目的を同時に果たす為に。

 

 だが、それはどちらも不可能な事だった。飛び出したイブが、向かってきた獣の頭を全て斬り落としていた。風華は、何の危険も感じていないようで少しも動いていなかった。

 

 イブはそのまま跳躍して空中で、先程の独楽のような横回転から一転、今度は水車のような縦回転を見せると、その勢いのまま一閃。それが致命的なダメージとなって、魔女は穴を開けられた風船のように体をしぼませて、やがてどろりと融けるようにして消滅した。世界の主が死んだ為、世界それ自体も死に絶え、結界が消えて二人が歩いていた住宅街に戻る。まるで最初から何もなかったかのように。

 

 風華が地面に視線をやると、黒い宝石が落ちていた。魔女の卵、グリーフシード。それだけが、先程までの体験が二人して同じ夢を見ていたのではないという証明だった。

 

 拾おうと手を伸ばして、爆竹が弾けたような音を立ててそのグリーフシードは宙を舞い、いつの間にか二人の背後に立っていた少女の手へと納まった。

 

「あんた等さぁ……ここがあたしの縄張りだと知って、魔女を狩っているのかい? 知らなかったなら、一度だけ見逃してやる。今すぐここから出て行きな」

 

 風華は振り返って、その少女の姿をよく観察してみる。

 

 長い赤の髪をポニーテールに束ねていて、それと同じ色を基調としたコスチュームを纏っている。眼光は鋭く、口で一本のポッキーを弄びながらも立ち振る舞いにはちょっと隙が無い。かなり戦い慣れている事が窺い知れた。

 

 得物は、長槍だ。しかもただの槍ではなく、柄がいくつかの節に分解されて、それらが鎖で繋がっている。多節棍と呼ばれる武器の性質も併せ持っているようだ。先程グリーフシードを空中に弾いたのは、分解して鞭のようにしなったこの槍だった訳だ。

 

「知っていた場合は?」

 

「あ?」

 

 そう、風華に問われて、少女の機嫌が目に見えて悪くなった。

 

「ここが、私達以外の魔法少女の縄張りだと知って、敢えて魔女狩りをしていたと言ったら?」

 

 その言葉を挑発と挑戦だと受け取ったらしい。彼女は槍を一度頭の上でぐるぐると回すと、切っ先を風華へと向ける。

 

「そん時は……二度とそんな嘗めたマネが出来ないように……」

 

 そこで言葉を切って、突進する少女。まっすぐ風華に向かいながら、思い切り槍を振りかぶる。風華は先程の使い魔の時と同じく、動かない。

 

「体に覚えてもらおうかねぇ!!」

 

 相手が動かないならばと、風華の右腕をめがけて少女の槍が振るわれる。だが、彼女の手に伝わってきたのは柔らかい肉を裂く手応えではなく、もっと硬い、金属のような感触だった。そしてほぼ同時に響く金属音。

 

 風華に向けられた凶刃は、割り込んだイブが両の手に持った刃によって止めていた。

 

「あなたの相手は私がするですよ」

 

 赤髪の少女は、一旦飛びずさって距離を開けた。

 

「ハン、どっちからでも同じさ。そんなリーチの短い武器で、あたしとやろうってのかい?」

 

 少女は油断はしていないが、まだまだ自信たっぷりといった表情を見せる。その言葉通り、彼女の長槍に対してイブの武器はジャマダハル。リーチの長さは対照的と言っても良い。そして同じ段位の者が刀と薙刀で戦えば結果は薙刀の圧勝と言われるように、戦いに於いて武器の長さがもたらす優位性は疑いようもない。

 

 イブも、それは認めていた。

 

「そうですね。じゃあ、こいつでお相手しますです」

 

 そう言ってジャマダハルが黒い光に戻ったかと思うと、その光は霧散することなく彼女の手の中で形と大きさを変え、一秒と経たぬ間に彼女の身の丈よりも長大な刃を持った薙刀へと変形する。

 

「なん……だと……!?」

 

 魔法少女の武器は魔法で創造した物。だから普通の武器、いや物質の法則に縛られず、大きさや形状が変化するのは珍しい事ではない。少女は自身もそれが出来るし、彼女の知っている魔法少女も似たような技を使う。

 

 だがジャマダハルから薙刀へ。ここまで原形を留めず武器を変形させる魔法少女には、彼女は会った事はなかった。

 

 どんなベテラン戦士であっても、初めて見るものを前にした時は反応が遅れる。そしてこのレベルの戦いにあってその僅かな隙は致命的だった。

 

 ほんのちょっぴりだけ、意識に生まれた空白。だがイブは抜け目なくその瞬間を狙ってきた。少女の意識が再び繋がった時には、振るわれた薙刀の切っ先が下から顔を割ろうと迫ってきていた。

 

「っ……!!」

 

 舌打ちも半ばに、スウェイバック。その反射的な回避動作によって、彼女の顔とミリ単位の間隔を挟んだその空間を、薙刀の切っ先が通過した。

 

 バカでかい得物を細腕で軽々と振り回すパワー。それには驚いたが、得物の巨大さは弱点にもなる。次の攻撃に移行するまで時間が掛かる点だ。槍を握り直してその隙に付け入ろうとするが、イブは薙刀を振って流れた体を戻すのではなく、むしろそのまま体ごと一回転して、続け様に遠心力の乗った一撃を繰り出す。

 

 少女が考えていたよりもずっと早く、次の攻撃が飛んできた。今度は振り下ろしの斬撃。刃渡り1メートル以上もある刃が異様なうなりを上げて飛来する。

 

 辛うじてその攻撃も防げたが、殺しきれなかった威力がそのまま、彼女を杭としてアスファルトに穴を穿った。

 

「ぐっ……!!」

 

 直撃は免れたにせよ、それほどの真似をされたのだから少女が受けた衝撃はかなりのものだった。思わず、膝を付いてしまう。そこを狙って繰り出されるイブの第三撃。横殴りに繰り出された攻撃の威力を受け止めきれず、少女はコンクリートの塀に叩き付けられる。

 

「がはあっ!!」

 

 背中に受けた衝撃で肺から空気が絞り出され、手足の感覚が遠くなる。指からも感覚が無くなって、槍を取り落としてしまった。これでイブの攻撃から身を守る手段が、彼女からは無くなってしまった。

 

 そこに、イブは最後の一撃を加えようと薙刀を振りかぶって、構えを解いた。

 

 少女は、とどめを刺されると思っていたのだろう。目を固く閉じていたが、いつになっても覚悟していた痛みが襲ってこないので、恐る恐るといった様子で目を開けると相手が背中を向けていた。驚いた様子ながらも拾った槍を杖にして、よろよろと立ち上がる。

 

「何で……殺さない!? 今なら簡単にあたしを殺せただろ?」

 

 問われて、イブは薙刀を消しながら足下に落ちていた物を拾った。リンゴだ。先程赤髪の少女が塀に叩き付けられた時、転がり落ちた物である。

 

「やめたやめたあ、です。リンゴが好きな人に、悪い人はいないのですよ」

 

「手前……!!」

 

 ぎりっ、と歯を食いしばる音が鳴る。イブの言葉は、彼女の耳には侮辱として響いたようだ。彼女に後ろ見せたままイブが「構わないですよね? 風華」と尋ねる。それまでずっと傍観者で通していたもう一人の魔法少女は、軽く頷いた。

 

「ええ……どうやら彼女は、私の捜している魔法少女じゃないみたいだし……」

 

 そう言って、まだダメージが抜けきらずにふらふらとしている少女に近付いていく。

 

「とんだファーストコンタクトになってしまったけれど……私の名前は風華。深雪風華(みゆきふうか)。あなたのお名前、教えてくれる?」

 

「僕はイブですよ」

 

 いきなりの自己紹介。先程までの軽口が影を潜めたその態度に、少女の方も少しばかり毒気を抜かれたらしい。少し時間を置いて、だがやはり痛めつけられた恨みはあるのだろう、ぶっきらぼうに、

 

「佐倉、杏子だ」

 

 そう、名乗った。風華はもう一度軽く頷いて、切り出す。

 

「では杏子……あなたにお願いがあるの」

 

「……お願い?」

 

「仲間になって欲しいのだけど」

 

「はぁ?」

 

 正気を疑うような目で見られ、風華は苦笑する。これは予想できた反応だった。まあ、無理もない。

 

「駄目みたいね……じゃあ、諦めるわ」

 

 このお願いは駄目もと、受けてくれれば僥倖ぐらいに考えていたから格別怒りや失望のような感情を、風華は見せなかった。イブを伴って、去っていく。

 

 徐々に距離が開いて小さくなっていく二人の背中に、声が掛けられる。

 

「手前ら!! この借りは必ず返すぞ!! 首洗って待ってろよ!!」

 

 振り向くと、変身を解いて普段着になっている杏子が見えた。彼女に風華は軽く手を振って応じ、イブは対照的に「リベンジマッチ、楽しみにしてるですよー!!」とぶんぶんと手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここも外れ、と」

 

 杏子と別れてしばらく歩いた後、二人は公園のベンチに腰を下ろしていた。風華が持っている地図にはいくつものバツ印が書かれており、そして今また、この町の上にも新しい印が書き足された。

 

「これで、残っているのは隣町だけです」

 

 イブが地図の上でたった一つ印の付いていない町の上に、指を乗せる。

 

 マップ上その町の位置には、見滝原市と記されていた。

 

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