風華とイブが見た見滝原市は、一言で言うのであれば住みやすそうな町であった。自然が多く緑に囲まれているが、決して田舎という訳ではなく様々な施設が特に駅近くには揃っている。
人通りも多く、町全体が賑わっているのが分かる。すれ違う中には笑顔を浮かべている人も多い。
「この町は活気があるです」
隣を歩くイブの言葉に、風華はくすりと笑って頷く。だが、それは逆に言えば。
「正の感情と負の感情は表裏一体。こういう町ほど、魔女が沢山産まれるのよ」
きょろきょろと視線を動かしつつ、注意深く歩いていく風華。少しばかり挙動不審だが、かと言って過剰に人目を引くほどのレベルでもない。今の彼女の態度を客観的に表現するとすれば、精々がド田舎から都会に出てきたばかりのおのぼりさんといった所か。
「で、どこから当たっていくですか?」
「そうね……」
見滝原市と一口に言っても広い。人口も多いし、ここをテリトリーとしている魔法少女は恐らく一人、でなくとも極少数だろうから、道を歩いていてばったりとその人に出会える可能性に賭けるなんて全く現実的ではない。
ここはやはり、いつもの手が良いだろう。杏子が縄張りとしていた町でやった時のように。
この町に現れる魔女や使い魔を、ここをテリトリーとしている魔法少女よりも早く狩りまくる。
それなら結界の中でばったりとランデブーする可能性もあるし、そうでなくても黙っていられなくなって向こうからこっちを見付けてくれるだろう。まあ、こちらも向こうが見付けやすいように派手に動く必要はあるが。
「中々見付からないですね……風華が捜している魔法少女は……」
手を頭の後ろに回して歩きながら、呟くイブ。相方のその言葉に、風華は肩をすくめた。
「まあ、仕方ないわよ。世界中に魔法少女が一体何人いるか……その中からたった一人を捜そうというのだから……」
そこまで言うと風華は一度言葉を切って、天を仰いで大きく息を吐いた。その姿はどこか疲れたようにも見える。
「私達には、こうやって虱潰しに捜していくしかないのよ」
たった二人だけで捜している自分達が、見逃しているかもという可能性にイブは思い至っていたが、口にはしなかった。尤も、自分が思い至るようなこの可能性には相方も辿り着いているだろう。彼女は敢えてその可能性には目を瞑っているのだ。
「もしかして……もう既に、魔法少女の時間を終えているって可能性は……」
「それはないわ」
代わりにイブが挙げたもう一つの可能性は、風華が即答で否定した。
「確証があるから……」
その確証がいかなるものか、とは尋ねなかった。それを語らせれば風華にとって思い出したくない、心の奥底に仕舞われている記憶の澱を刺激して、浮き上がらせてしまうものだという事をイブは知っていた。
「それで、何処を捜すかだけど……まずは病院を探そうと思うの」
「いつも通り、ですね」
頷く風華。
魔女は絶望のある所に産まれる。病気や手術の失敗、間に合わなかった急患、医療ミス。そうしたもので有り余るほどの死が存在する病院は、確かに絶望が溢れていて、魔女の温床としてはこれ以上の物件はちょっとあるまい。
事前に入手していたマップを頼りに、10分ほど歩いた所で二人は目的地に到着した。壁の色もまだ汚れが少なくデザインも現代的で、建てられてそう間が無いと分かる。
「まずは、外回りから当たってみましょう」
「はいです」
入り口から始めて、病院のぐるりを反時計回りに歩いていく。そうして入り口を12として時計の文字盤で言うと、2と3の間ぐらいの位置に差し掛かった所で、二人は足を止めた。
それが意味する所は、一つ。
「ビンゴ」
風華がにやりと口角を上げ、イブは懐から25のマスに、不規則な数字が並べられた紙を取り出した。彼女なりのジョークである。
普通の人間には分からないだろうが、ちょうど二人が睨んでいる壁からは、空間の歪みから魔力が漏れ出してきている。これは魔女の結界。しかも、自分達が見付けるよりも早く誰かが一度……いや二度、結界を外から開いた跡が伺えた。結界から流出するものの他に二色ほど、別の魔力の残滓が感じられる。
そしてこれ見よがしに、何とも不自然に放置された鞄が三つ。付けられたアクセサリーから、女子の中学生か高校生の持ち物だろう。
「これは……最初に一般人が結界に巻き込まれて、それでこの町の魔法少女が助ける為に結界に入ったのかしら……?」
「じゃ、じゃあ!! 大変です!! 僕達も早く行くです!!」
二人は頷き合うとソウルジェムの力を使い、空間の扉を開いた。
二人が飛び込んだこの結界には、ケーキ、チョコレート、クッキー、パイ、パフェ、キャンディ、他にも山のような甘味が詰まれていた。この異界の創造主である魔女は、余程空腹だったのだろうか。
とも思っていたが、ただお菓子が食べたいというだけでもないようだ。メスや鉗子といった外科手術に用いるような器具が乱雑に、墓標の様にそこかしこに突き刺さっている。少し遠くを眺めてみるとご丁寧にも「手術中」とランプの付いた扉まで見付かった。
何にせよ、ここの魔女に客人へお菓子を振る舞ってくれるようなもてなしの心は、期待しない方が良いらしい。
いつ使い魔が物陰から飛び出してきても対応できるよう、既に変身を済ませた二人は油断無く結界の中を進み、そして鎖のデザインが施されたリボンで縛り上げられている少女と出くわした。
病院へ来るまでに町中で何度か見た制服を着た、長い黒髪の少女だ。
彼女は一般人か、それとも魔法少女か。風華はそれを知る為に話しかけようとし、イブは真っ先に飛び出して彼女の戒めを解こうとする。少女の方もそれで二人に気付いた。
彼女はほんの僅かな時間、眼を大きく開いて驚きを見せていたがすぐに何かに気付いたように、表情を変える。
「あなた達……!! その姿、魔法少女ね。お願い、これを、外して!! 出来るだけ早く!!」
懇願するその表情には余裕が無く、まさに血相を変えてという表現が適当である。
風華は、少なくとも彼女が魔女ではない事は分かったから拘束を解く事にやぶさかではなかったが出来ればそれは、彼女がどうしてこんな状態になっているのかを知ってからにしたかった。魔法少女同士の、時には互いの生死の問題にまで発展するいざこざというのは、結構ありふれた話だからだ。
そう考えている内に、最初に動いたイブが魔力で創ったナイフで、最後のリボンを切断した。ただの布きれと同じように力無くぱらりと地に落ちたリボンは砂のように崩れて消滅していき、宙吊りになっていた少女は自由を取り戻し、ふわりと降り立つ。
「感謝するわ」
そう、感情を抑えた声で一言だけ言うと、少女の姿が消えた。
「え? え?」
「風華、あそこ!!」
明後日の方向を差すイブの指先を辿ると、今の少女が走り去っていく後ろ姿が見えた。いつの間にか変身を完了したらしく衣装が変化している。
どうやら今し方の必死さは演技ではなかったらしい。この結界の中は、抜き差しならない事態となっているようだ。
「私達も追うわよ!!」
「はいです!!」
二人も少女と同じ方向に走り出したが、追い付けない。彼女達の走る速度は決して遅くない。寧ろ前を行く少女よりもかなり速く走っているだろう。だが、追い付けない。いつまで経っても距離が詰まらない、どころか開いていく。
「な、何ですか? あの子?」
ほんの少しの間、自分達と少女の距離は詰まるのだ。だが、次の瞬間には彼女の姿は消え、十数メートルほど先の空間に出現する。まるで空間を飛び越えているかのように。
『瞬間移動……? いや……!!』
考えながらも、風華は周囲の観察も怠っていない。進むにつれて、結界の壁や床には弾痕のような穴が無数に穿たれ、穴の開いた使い魔の死骸があちこちに転がっているのが分かった。やはり最初に結界に入る前に感じたように、今この中には少なくとも二人の魔法少女がいるらしい。自分達の前を走る彼女がその一人だとすると、もう一人は……?
そんな事を考えていると、少女の動きがやっと止まった。ちょうど曲がり角の所で立ち止まるとその先へと目をやって、さっき自分達に懇願した時よりもずっと大きく目を見開き、体を凍り付かせている。
彼女の動きが止まったので、数秒を置いて二人もやっと追いつく事が出来た。
「あなた!! 一体何があ……!!」
「ちょっと待ってで……す……」
風華とイブが曲がり角に差し掛かって、少女の視線を追ってその先に広がっている空間を見て、そしてどうして彼女の動きが止まったのかを理解できた。
やはりこの結界の中にいる魔法少女は、二人だった。そう、二人だった。
恐らく、つい数秒前までは。
まず目に付くのは蛇のように手足の無い黒々とした胴体を持ち、その先っぽに道化師の仮面を連想させるユーモラスな顔が付いた異形。この結界の魔女だ。
そしてその魔女が咥えているのは、衣装の特徴からして魔法少女だと分かった。魔女の口内にあって風華達からは見えない部分は、人間の五体の中で左右対称でない唯一つ。つまりは……そういう事だった。
数秒して魔女の噛み千切ろうとするその力に肉や骨が抗しきれなくなって、魔力の供給が途絶えた為に服装が縛られていた魔法少女が着ていたのと同じ制服に戻って、脱力した肢体が妙に重い音を立てて、落ちる。
少し視線を動かすと、物陰に隠れるようにしてやはり同じ制服を着た二人の少女と、そして彼女達が隠れている特大スケールのお菓子の上に、ちょこんと小さな白い生き物が乗っているのが見えた。
魔女は3人の魔法少女にはまだ気付いておらず、二人と一匹には気付いているだろうがまずは自分の飢えを満たす事を優先したらしい。落ちて動かなくなった魔法少女に、食らい付く。
「二人とも!! 今すぐ僕と契約を!!」
白い動物が、慌てているのか早口で喋る。
「まどか、さやか!! 願い事を決めるんだ!! 早く!!」
ちょうど白い動物がその言葉を言い終えるのと、魔女が”食事”を平らげるのは同じタイミングだった。紅い液体だらけになった顔を、にゅっと一般人二人に向ける。
「そのひ」
「その必要は無いわ」
同じ言葉を言おうとしていた黒髪の魔法少女を遮って、風華が前に出る。それによって二人の少女も、白い動物も、魔女も、彼女に気付いた。
「こいつを仕留めるのは、私達。でも、折角だから手伝いはしてもらおうかしら?」
最後の言葉は、黒髪の魔法少女に向けられたものではなかった。二人の少女が魔法少女になる事を見越してのものでもない。それをこの後、イブを除く場の全員が理解する事になる。
風華の足下で碧色の光がラインとなってサークルを描き、彼女の背に同じ色の光が、翼の形を成して集まった。