魔法少女まどか☆マギカ EDEN(完結)   作:ファルメール

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第04話

 

 日も傾いてオレンジ色が町を染める時間帯になり、人通りもまばらになってきたこの時間、見滝原市の商店街を歩く少女が二人。風華とイブだ。

 

 イブは何やら嬉しい事でもあるのか足取りは軽く、きょろきょろと左右に並ぶ店舗を見渡している。ちょうど、幼い子供がおもちゃ屋さんを捜す時のように。一方の風華はゆっくりと後ろを歩いて付いていく。こちらは幼子の保護者のように。

 

 やがて、イブはお目当ての店を見付けたらしい。ぱたぱたと駆け出すと、その店の前で止まる。

 

「風華ぁー、早く早く。今日のご褒美、買って下さいです」

 

 手を振って自分を呼ぶ彼女に、「慌てなくても店は逃げないし沢山ありますよ」と、ペースを変えずにゆっくりその店の前まで行く風華。こんな所も子供に付いていく保護者の姿そのままである。

 

 そうして十秒ほど遅れて風華はその店、八百屋の前まで到着した。店先の一角には、イブが所望するご褒美が山と積まれている。

 

「おじさん、そこのリンゴを10個下さい」

 

「早く早く!!」

 

 待ちきれないという風に、イブが両手をぶんぶん振って店主を急かす。彼女のそんな仕草と風華の落ち着いた振る舞いから、どうやら二人は年の近い姉妹のように見えたらしい。無精髭を生やした中年の店主は「妹さんの好物なんだろ、一つおまけしとくよ」と、11個目のリンゴを風華に手渡してくれた。

 

 風華はぺこりと頭を下げて、そのリンゴをパートナーに渡す。それを受け取ったイブは早速赤い果実にかぶりつくと、ものの10秒で芯も残さずに平らげてしまった。

 

「相変わらず見事な食べっぷりねぇ」

 

 呆れたようにそう言って「これで口の周りを拭きなさい」とハンカチーフを渡す。風華はイブの事は好きだ。好きだが……

 

「もう少し、品というものを身に付けて欲しいのだけど……」

 

 言いつつ、振り返る。

 

「あなたも、そう思わない?」

 

「確かに、それは同意見ね」

 

「ふぇ?」

 

 顔をべとべとにしていた果汁をやっと拭い終えたイブが首を動かすと、夕日をバックに長い黒髪をなびかせたシルエットが見えた。ほむらだ。

 

「えっと……暁美ほむらさん、だったかしら? 何か用? 私達に……」

 

 少しばかり棘のある言い方だったが、ほむらは無表情だが剣呑な空気は纏っていないし、少なくとも喧嘩を売りに来たようには見えなかった。仮に彼女に敵意があるのなら、こんな所で姿を現さずに自分達がもっと人気の無い所へ行くまで待った筈だ。

 

 そうした思考もあって最低限の警戒は怠っていないものの、風華は少しばかり不用心に一歩を進めた。それを合図として、ほむらが口を開く。

 

「用件は二つ。お礼と、相談」

 

「ふうん……?」

 

「今日、あなた達が来てくれなければ私は鹿目まどかも、巴マミも助ける事が出来なかったわ……ありがとう」

 

 人前ではあったが、ほむらは躊躇わず深く頭を下げた。彼女の誠意を受けて、風華は「気にしないで、私達も私達の目的の為にやっただけだから」と返し、イブは、

 

「ふぃふぃんふぇふふぉ(いいんですよ)。ふぉふぉあっふぁふぉふぃふぁふぉふぁふぁふぃふぁふぁふぇひゅふぁふぁ(困った時はお互い様ですから)」

 

 3個目と4個目のリンゴを口の中で咀嚼しながら、頬をハムスターのようにして応じた。相方のこの姿に、風華は溜息を吐いて頭に手をやる。段々頭痛がしてきた。もう少し品良くしろと言っているのに……これではまるでM78星雲からやって来た正義のヒーローの宿敵である、手がハサミの宇宙人と会話しているみたいだ。

 

 風華はこの際、彼女の事は放っておいて話を進める事にした。

 

「……で、もう一つの用件……相談というのは?」

 

 ほむらの方も言外に風華の意図を察したらしい。5個目のリンゴを囓り始めたイブを無意識に視界から外し、次の言葉を口にする。

 

「落ち着いて話がしたいわ……私の家に来てくれるかしら?」

 

 彼女の申し出に風華は頷くと、更に20個のリンゴを買って「携帯に連絡するまでどこかでこれ食べてて」と言ってイブに持たせ、自分は背を向けて歩き始めたほむらの後を追っていく。

 

 その背中からは警戒心は感じられるが、それでも後ろを見せてくれるという事は、多少なり信用はしてくれているらしい。

 

『それとも……いつ不意打ちを受けても返り討ちに出来るって、自分の力に絶対の自信を持っているのかしら?』

 

 

 

 

 

 

 

 ほむらの家は、一般的な日本家屋からは明らかに逸脱した構造をしていた。かと言って西洋風という訳でもない。敢えて言うなら機能性は完全に度外視して家主である彼女の趣味嗜好をそのまま家具やインテリアに反映させたと言うべきか。

 

 天井に吊された鎌のようなシャンデリアはぐらぐらと揺れ、壁に掛けられた肖像画はやはりほむらの趣味がそのまま出ているように見える。天井に据え付けられた電灯によって明かりには不自由していないが、燭台には蝋燭が燃えていた。

 

 そして部屋のほぼ中心に置かれた、これだけ妙に可愛らしいデザインでやや部屋から浮いているテーブルを挟んでほむらと風華、二人の魔法少女は向かい合っていた。

 

「で、相談と言うのは……?」

 

「あなた達の、本当の目的が聞きたいわ……」

 

 こんな質問をしてくるという事は、やはりほむらは自分達を疑っているらしい。まあ当然だが。

 

「言ったでしょ? 人を捜しているって」

 

「具体的に、どんな人を捜しているかと聞いているのよ」

 

 そう聞かれて、風華は少し上目遣い気味にほむらの眼を覗き込んでみた。彼女の黒い瞳にあった光は、強いものが二つ。疑念と、警戒だ。

 

「今日会ったばかりのあなたにそこまで話さなければならない義理も義務も、私には無いわ」

 

 風華としては挑発するようにそう言ってほむらの出方を見るつもりだったが、まだ彼女はポーカーフェイスのままで目立った反応を返してはくれなかった。こっちが自分達が疑われる事が承知の上であるように、向こうも自分の質問にだけはいそうですかと答えてくれるなどと、砂糖菓子のような思考回路はしていないらしい。もう一言、付け加える。

 

「私にだけ何か話せというのは、アンフェアじゃない?」

 

 逆に言えば何かを話すなり見せるなりすれば、答える用意もあるという意味だ。ほむらは少しだけ黙考した後立ち上がると、そっと風華の手を取った。警戒を見せる彼女には「危害を加えるつもりはないわ」と一言告げる。

 

 風華は取り敢えずその言葉を信用する事にして体の力を抜いた。ほむらはそれを確認するとソウルジェムの力を解き放ち、魔法少女のコスチュームを身に纏う。そして彼女の左手に装着された盾の表面がカラクリ時計のように開き、周囲の光景が停止ボタンを押されたビデオ画像のように、静止した。

 

「これは……」

 

 見上げれば、シャンデリアは25度ほどの角度に振れたまま止まっている。蝋燭の炎も、どの一つも揺らぐ事を止めていた。壁に掛かった時計の秒針は、いつまで待っても動く気配が無い。

 

 まるで、時が止まったかのように。

 

「今、あなたが思っている通りよ。これが私の魔法」

 

 そう言った後、ほむらの盾のギミックが閉じる。するとシャンデリアは再び振れ始め、炎は揺れて酸素を喰らい始め、秒針は時を刻む事を再開した。僅かな時間、ほむらの魔法によって停められていた時の歯車が、再び動き始めたのだ。

 

 自分の手を見せる。これは確かに信用の為に差し出すカードとしては十分なものだ。

 

 そして、ほむらは上手い。時間停止の能力は、相手にそれを知られた所で彼女にとって何の不利益ももたらさない。相手が時を止める能力を持っているからといって、それを攻略する手段が無いのだ。過去という絶対の死角からの攻撃を可能とする、自分の魔法と同じで。

 

 これは誠意であると同時に脅しでもあった。自分はここまで見せたのだ。聞くだけ聞いて今更質問には答えないなどと言おうものなら今度はこの時間停止の恐ろしさを、その身で思い知る事になるぞと、席に戻ったほむらの眼が語っている。

 

 風華としても、少なくとも真っ向勝負でほむらとやり合おうという発想は浮かばなかった。彼女の力の一端を知った今となっては尚更だ。それにまがりなりにも相手は誠意を見せてくれたのだ。ならばこちらも応じねばなるまい。

 

「私は……魔法少女を捜しているの。強い魔法少女を」

 

「強いとは、どれぐらい……?」

 

「……?」

 

 ほむらのこの問いは、彼女のミスだった。彼女は「どんな魔法少女なの?」と聞くべきだった。この話の流れだと特定の個人を捜していて、その人物が強い魔法少女だと想像するのが普通なのに、魔法少女の強さに対してまず言及するのは、有り得なくはないが些か不自然だ。

 

 彼女は何か心当たりがある……?

 

 風華はそう考えて、もう少し揺さぶってみる事にした。

 

「魔法少女の時間を終えた後に、世界を滅ぼすほどに」

 

 告げられた言葉に、ほむらは明らかに動揺を見せた。視線が泳ぐ。彼女のこの反応を見て、風華は確信した。知っていると。

 

 そして今日、魔女の結界の中で見せた彼女の行動。やはり、自分の見立ては正しかった。長い間捜していたその人は、今日見付けていたのだ。

 

「何か知っているの?」

 

「いえ……知らないわ……」

 

 と、ほむら。彼女としても決して嘘ではないのだろう。そう考えて風華はこれ以上の追求は取り止めた。確かに、そんな魔法少女を彼女は知らないだろう。だが、そんな魔法少女になるだろう普通の少女ならば、どうだろうか?

 

 ま、答えを聞けなくとも自分の中で確信が持てた。それだけでもここへ来た収穫はあった。

 

「話はそれだけ? なら……」

 

 そう言って席を立とうとする風華だったが、ほむらの相談事は、もう一つあった。

 

「あなたと連れのイブさん……私と、協力する気は無い?」

 

 彼女の申し出に、風華は首を傾げる。彼女の時間停止の魔法は強力無比であり、それを駆使すれば大抵の魔女は倒せるだろう。なら、そんな強力な魔法少女である彼女が自分達の力を頼るような事態とは、一体何だ?

 

「今から二週間後……この町に、ワルプルギスの夜が来る」

 

「!!」

 

 ワルプルギスの夜。まるで戯曲の題名のようなそのキーワードに、今度は風華の方が動揺を見せる番だった。

 

 

 

 

 

 

 

 同じ時刻、イブは最後のリンゴを少しずつ囓りながら町中を歩いていた。小さな体ながら彼女の口には既に30個のリンゴが消えていて、これが31個目である。それを人に話しても信じないだろう。こんな細い体のどこにそんな量が入るのかと。

 

 そうして最後のリンゴも、芯ごと消えたその時だった。イブの眼の端に、黒い光が映った。彼女のソウルジェムが魔力に反応して発光している。しかもこの魔力は、明らかに魔法少女ではなく、魔女のそれだ。

 

 携帯で風華に電話したが、繋がらない。取り敢えずメールだけ送ると、彼女は漂ってくる魔力流を辿って源流を目指し、町を歩き始める。数分ばかり歩いていくと大通りからは遠くなって町外れの、小さな工場へと辿り着いた。

 

「でも、変です……?」

 

 確かに魔力は感じるが、どうも弱い気がする。残り香のように。もうこの魔力を発していた魔女は倒されてしまったのだろうか?

 

 風華はあのほむらという魔法少女と一緒にいる筈だから、もう一人の、あの金髪のマミという魔法少女が先に到着していたのだろうか?

 

「ま、入ってみれば分かるですね」

 

 左手の指で、そっと髪留めのアクセサリーにあしらわれているソウルジェムを撫でる。いつでもそこに込められた力を発現できるように。周囲に気を配りつつ、重い引き戸を開く。

 

 工場の中は電灯も付いていなかったが、扉の隙間から差し込む月明かりがその代わりをしてくれて、影になっている所も多いが中の様子を伺うには十分だった。

 

 中には老若男女、服装や性別、年齢など共通点の見られない大勢の人間が倒れていた。

 

「これは……」

 

 まさか、手遅れだった? そう思って何人かの首筋に手を置いてみるが、指先には血液の規則正しい循環のリズムが感じられた。詳しく調べないと分からないが、全員気を失っているだけらしい。倒れている中には、まどかやさやか、ほむらと同じ制服を着た少女の姿も見えた。

 

 死者が出ていないなら取り敢えずは一安心か。そう考えて、奥の扉に手を掛ける。最初は、ほんの少しだけの隙間が出来るほどに開ける。そうして何かが飛び出してきたりする様子が無い事を確かめると、蹴りで扉をぶち破った。

 

 ダイナミックな入室を決めたイブの眼にまず入ったのは、壁にもたれ掛かって倒れているまどかの姿だった。彼女は、首に手を当てるまでもなく胸が規則正しく上下しているのが見えて、気絶しているだけだと分かる。

 

 そして、やはり自分が感じた魔力の発生源だった魔女は、既に倒されていた。何故そう言えるのか。簡単な事だ。それを為した者が、目の前にいるのだから。

 

「あ、遅かったねぇ」

 

 髪の色と同じ青を基調とした魔法少女のコスチュームを身に纏って、手には細身の剣を持って、美樹さやかはそこにいた。

 

 イブは、思わず言葉に詰まった。何と言えば良い? これからよろしく? それとも、何て馬鹿な事を?

 

 困ったような視線を向けられて、何と言えば良いか迷ったのはさやかも同じだったのだろう。乾いた笑い声を上げて、作り笑いを浮かべる。

 

「まあ、そういうことだから、これからよろしく」

 

「……願いは、叶ったですか?」

 

 だがその笑いもイブの言葉で消えた。真剣な表情となってしばらく考える時間を置いた後、頷く。キュゥべえに願った、幼馴染みの手を治して欲しいという祈りは、確かに届き、叶えられた。

 

「……後悔、してないですか?」

 

 次の問いに、さやかは先程よりも少しだけ長い時間を考えた後、静かで穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。

 

「後悔なんて、ある訳ないよ」

 

 その返答はイブを満足させるものだったらしい。彼女はにっこりと頷き、

 

「じゃ、思い残す事は無いですね」

 

 手を口元にやると、指先の腹を噛む。

 

 犬歯が皮膚を破って、血が流れて、その滴が床に落ちた。

 

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