暁美ほむらは迷っていた。
深雪風華とイブ。今まで繰り返してきた時の輪の中には居なかったイレギュラーである、この二人の魔法少女にどう接するべきかを。
手を組むべきか、それとも刃を向け合うべきか。彼女から見て二人の間で主従の主である風華を家に招いたのも、彼女から詳しく話を聞いた後にそれを決める為だった。
そして話をしてみて明らかになった、風華の目的。それでいられる時間を終えた後に、世界を滅ぼすほどに強力な魔法少女を捜しているという。
世界を滅ぼすほどの力。そう言われて彼女の脳裏によぎるのは、繰り返す中で幾度も見た光景。親友の魂が絶望に蝕まれ、異形に変わっていく様。
風華は、まどかを捜している?
ほむらは表情は変えなかったが、心中はそうも行かなかった。風華との問いで答えを間違えてしまったのもそれが原因である。
そしてここまでの問いで、分かった事はいくつかある。
風華とイブの内、少なくとも風華の方は間違いなく、魔法少女が最後にはどのような存在になるのかを知っている。でなければ「魔法少女としての時間を終えた後に」などという台詞は出てこない。
もう一つ、風華がその魔法少女を見付けた時にどんな行動に出るかだが……それも彼女の言葉から大体想像が付く。全人類を巻き込んで無理心中するような破滅願望でも持っていない限り、世界を滅ぼす力なんて放置しておく訳がない。その力を利用しようという考えもあるだろうが……扱いを間違えてドカン!! という危険が大きい事が分からないほど、愚かとも思えない。そうした要素を考慮に入れると、やはり一番可能性が高いのはその魔法少女が魔女になる前に……!! というものだ。
そこまで思考が至った時、ほむらは思わず時を止めて眼前の魔法少女を殺してしまおうという衝動に駆られたが、思い留まった。
どの道まどかが魔法少女になった時点で、自分にとっては”詰み”である。ならば彼女を始末するよりも、上手くその力を利用してまどかが魔法少女にならないよう仕向ける方が有意義ではないか?
幸い、ワルプルギスの夜という単語を出した時の風華の反応からして、彼女は自分と協力する事それ自体には抵抗は無いようだし……
だがその為には一つだけ、取り除いておかねばならない憂いがあった。
「深雪風華。ワルプルギスの夜と戦う為に手を組むに当たって、一つだけ教えて欲しいのだけど」
「風華で良いわよ。で、何?」
「あなたは……もし、捜している魔法少女がまだ生まれていないとしたら、どうするの?」
その問いに、風華の眉がぴくりと跳ねた。この反応。やはり、彼女はまどかの魔法少女としての素質に、最低でも薄々といったレベルでは感付いている。
ほむらとしてもこの質問は、一種の賭けだった。返答如何では今すぐにでも時間を止めて、彼女の背後からマグナムの引き金を引かねばならない。
ワルプルギスの夜に対抗する為の貴重な戦力を失うのは惜しいが、自分の目的はあくまでもまどかを救う事であって、あの最強の魔女を倒すのはその為の手段、避けては通れないプロセスでしかない。その手段の為に、最も守るべき対象へと噛み付きかねない狂犬を放置しておけるほど、自分は器が大きくはない。
そしてここまで言えば捜している強い魔法少女はまだ生まれておらず、かつその素質を持った一般人がいるという事は、それがまどかであるという事も風華は確信を得るだろう。だから賭けだ。もし、まだ魔法少女になっていなくても、なる可能性がゼロでない限りゼロにすると言うのなら……!!
……という、ほむらの思考を風華はある程度ではあるが読む事が出来た。少なくとも、彼女が自分に望んでいる返答は容易に想像が付く。別にそれに関しては嘘を吐く理由も必要も無いのですぐに本心を語っても良いのだが、意地悪してもう少し揺さぶってみる。
「言っている意味が、良く分からないのだけど?」
「……あなたの捜している魔法少女はまだ生まれていなくて、その素質を持った一般人が居るとして、その一般人を見付ける事が出来たら……あなたは、どうするの?」
「……随分、具体的な事を言うのね?」
殆ど分かっているだろうにそう言ってくる風華に、ほむらは苛立ったように目付きを鋭くする。
いけないいけない、からかうのはこれぐらいにしておこう。あまり調子に乗っていると、時間を止められて後ろから首を掻き切られかねない。
「私もイブも、別に不必要に誰かを傷付ける気は無いわ……だからその子がまだ魔法少女になっていないのなら、私達はその子に何もしない。敢えて一つするとしたら、その子がキュゥべえと契約しないようにするという事かしら……」
「……本当に?」
「約束するわ、暁美ほむら」
風華の言葉の裏にある言葉も、ほむらは聞き逃していなかった。魔法少女になっていないのであれば何も手出しはしないという事は、逆に言えば魔法少女になったが最後始末に掛かるという事である。
まどかが傷付けられるのはほむらにとっては絶対に妥協する事が出来ない、退く事も出来ない一線だが、しかし魔法少女になれば自分がまどかを救う事はもう出来なくなるのだから、ここは一つ割り切って考えるべきかも知れない。
そうした思考を巡らせて、ほむらが出した答えは。
「ほむらで良いわ、風華」
差し出した手を、風華がタッチして気持ちの良い音が室内に響く。交渉成立の合図だ。
互いに一度アイコンタクトを交わし合うと、風華は懐から取りだした携帯電話をどこかに掛け始めた。電話の向こうにいるのは、恐らく彼女の相方だろう。
何やら話している風華を見ていて、ほむらはさっきの自分の思考を更に発展させ、分かった事がもう一つあるのに気付いた。
風華とイブ、この二人は時を越えている。自分と同じで。
急に口元に手をやって黙り込んでしまったイブを前に、さやかは怪訝な顔で首を傾げた。以前にマミから魔法少女同士のトラブルは珍しくないと教えられていたが、風華やイブ、それに最初は自身の利益の事しか考えていないと思っていたほむらも、先輩やあの時はまだ一般人だった自分やまどかを助けてくれたのでそんな事はする筈がないと思考シミュレーションから外してしまっていた。
それがイブにとっては付け入る隙となった。この間合いでエリクシルを先に発動させれば、どんなに素早く動こうと関係無い。血の滴っている指を、さやかからは死角になる位置へと動かし、
「……何? どしたの?」
だんだんイブの様子がおかしいと、不審に思ってきたらしい。歩み寄ろうとするさやか。彼女の問いには答えず、イブは自分の血に魔力を流そうとして、そして、
彼女の胸元から緊迫し始めた空気を木っ端微塵に粉砕する着信メロディが鳴り響いた。
「……………」
「……………」
およそ数秒の間、どうにも気まずい空気が二人の間に流れ、やがてさやかの方が「どうぞ、出て良いよ。私はまどかを見てるから」と言って剣を消すと、壁際で倒れている親友の方へと歩いていく。イブはやれやれと息を吐き、懐から彼女の手には少し大きいように見える携帯電話を取り出す。モニターの表示を見てみると通話相手は、やはりパートナーだった。
「はいです、風華」
『ああ、イブ? 私達はこれから暁美ほむらと協力する事にしたわ。それで、色々話したい事もあるからこれからメールで送る地図の印の所に来て』
あの魔法少女との協力。風華ならばそうするだろうと想定していた可能性の一つであったので、イブは別段驚きもしなかった。だが、一つだけ言っておきたい事があった。
「分かったです。ああ、それとですね風華」
『え?』
ちらりと視線を動かすと、介抱されていたまどかが意識を取り戻したようだった。魔法少女になった親友の姿を見て、驚いた声を上げている。
「あんた、もう少し空気読むです」
電話越しの相手に無理な注文であり、自分の言い掛かりだとは分かっていたが、言わずにはいられなかった。イブはもう一度、まどかと何やら言葉を交わしているさやかに忌々しげな目を向ける。
もう少しであの魔法少女を、殺せていたのに。
一夜明け、空の色が青からオレンジに移り変わろうとする時間帯、まどか、さやか、ほむら、風華、イブ。一般人一人と4人の魔法少女は、マミの部屋に集まっていた。ほむらはどういう訳か気が乗らない様子だったが、風華が協力できる可能性もあるのではないかと押し切る形で承知させたのだ。ほむらとしても自分の言い出した協力の申し出を風華に受けてもらっている形なので、強くは反対できなかった。
マミが住んでいるのは中心街からは少し離れた所にある、新築のマンションだった。そうして通された部屋は、掃除が行き届いていてインテリアもセンスの良い物が揃っていた。
『どこかの誰かさんにも少しは見習って欲しいものね……』
と、ほむらの後頭部に視線をやりつつ本人が聞けば怒り出すような思考を行っている風華。一同はテーブルを囲む形で座り、ケーキと紅茶が人数より一つだけ少ない個数が並べられる。
「どうぞ。暁美さんも、遠慮しないで」
「……頂くわ」
振る舞われたケーキにフォークを通し、それを口に運んで。
「ほむらちゃん?」
「ほむら、いくら美味しかったからって涙ぐむ事無いんじゃない?」
対面に座っていた二人の内、まどかは不思議そうにクラスメイトの顔を覗き込んで、さやかはからかうような笑い声を上げる。今のほむらの眼は、泣き出しはしないものの涙を溜め、潤み、揺らいでいた。
「美味しい……美味しいわ……このケーキ」
まるで何年か振りにケーキを食べたかのような反応にマミも少し戸惑っていたが、ほむらのその言葉でにっこりと笑みを浮かべる。
「喜んでもらえて嬉しいわ……深雪さんも、どうぞ」
「ありがとう、もらうわね」
風華も振る舞われた茶菓に、舌鼓を打った。ケーキだけではなく紅茶も、茶葉は良い物が使われているしカップを事前に暖めているなど煎れ方も申し分無い。
「暁美さんや深雪さん、それにイブさんがいなかったら昨日、あの結界の中で私は死んでいたでしょうからね……今日は美樹さんと私の魔法少女コンビ結成記念と、あなた達へのお礼のパーティーよ。お茶は一番良い葉を使ったし、お菓子も腕によりを掛けて作ったんだから」
そう言って、ちらりと後ろに視線をやる。
「特にイブさんのアップルパイには」
そこには小さなテーブルが見えなくなるぐらいのパイを、口の中に次々と消しているイブの姿があった。昨日、マミに大事な話があるから明日彼女の部屋に集まろうと電話をしたらそれぞれ好物を聞かれて、風華とほむらは「特に無いわ」と答えたが、イブはリンゴが大好きだと教えた結果である。
「暁美さんには随分酷い事を言ってしまったけど……深雪さん達の話で、私の誤解もあったと分かったわ。ごめんなさい。もし本当にあなたがグリーフシードだけを求めていたのなら、私がやられるのを待ってから、魔女と戦っていた筈だものね」
「私も、あんたの事誤解してたよ。ごめん」
二人の魔法少女に頭を下げられて、ほむらは戸惑ったような表情を見せた。そんな彼女を再びさやかがからかい、マミはそれを見てくすくす笑い、まどかは先輩と親友の間であたふたとしていて。
風華は食べ過ぎたアップルパイを喉に詰まらせたイブの背中をばんばんと叩いていた。
そんな和やかな時間が過ぎて、カップの中身と皿が空になるのと前後して誰からともなく表情を引き締め、今日の本題を話す空気となる。
「それで、暁美さん……大切な話というのは?」
マミのその問いに、ほむらは最後に3分の1ほどカップに残っていた紅茶を飲み干して、そしてまず確信から話した。
「2週間後、この町にワルプルギスの夜が来るわ」
「!!」
イブは既に昨夜この事を聞かされている。さやかは昨日魔法少女になったばかりなので詳しい事情を知らない。故にキーワードを聞かされて顕著な反応を見せたのはこの中ではマミ一人だった。
「正直、私一人では手に余るわ。だから他の魔法少女の力も必要なの。風華とイブは、既に協力を約束してくれたわ」
そう言って自分を振り返るほむらの視線を受けて、マミとさやかより先に結成されていた魔法少女コンビは頷き合う。一方、要領を得ていないさやかは、マミの袖を引っ張って「ワルプルギスの夜って何ですか?」と尋ねた。
「他の魔女とは一線を画す、強力な魔女の事よ。自然災害クラスの破壊を引き起こし、一つの都市を崩壊させるほどの力を持っていると聞いているわ」
マミは後輩にそう説明し、最後に「私も実際に見た事はないけれど」と締めくくる。それを確かめると、ほむらは説明を続けていく。
「だから、巴マミ、それにさやか……あなた達の力も貸して欲しいの。お願い」
今度はほむらが二人に頭を下げて、さやかは「私で良ければ力を貸すよ。魔女からみんなを守るのが、魔法少女さやかちゃんの役目だしね」と快諾。マミはと言えば、
「条件があるわ」
「……条件?」
彼女にしては意外な言葉だと、まどかとさやか、それにほむらも意外そうな表情を見せた。繰り返す時間の中で自分が会った巴マミは、いつだって人の為に魔法を使う、魔法少女の中では異端とさえ言える存在だったのに……
「私の事は、マミで良いわ」
そう言われて、ほむらは得心が行ったという表情を浮かべる。
そうだ、巴マミは両親とも死別していて、たった一人で魔法少女として戦い続けていて、絆に飢えていた。魔法少女として人々を救う事を、たった一つ心の支えにして。
だから3回目の世界のあの時、魔法少女の真実を知って心のバランスが崩れて、あんな兇行に走ってしまったのだ。
でも、今のこの世界にはまだ機会があるかも知れない。後ろにいる二人のイレギュラーによってもたらされたチャンスが。
「はい……マミ、さん」
「これから一緒に頑張りましょう、暁美さん」
少し言葉に詰まりつつそう言ったほむらの手を、まみがぎゅっと握る。そうされた彼女の体がぶるっと震えたのは、風華やイブの見間違いではないだろう。
と、そんな雰囲気を壊す事を躊躇うようにまどかがおずおずと手を上げた。
「どうしたの、鹿目さん?」
「あの……そのワルプルギスの夜っていうのを倒す為に沢山の魔法少女が必要なら、私も……」
「その必要はないわ」
彼女の提案は、ほむらがぴしゃりと却下する。さやかとマミは彼女の言葉は少し強すぎると思わない訳でもなかったが、しかし魔法少女が命懸けである事を考えると、特にマミはある意味自分の責任でそんな世界にさやかを引き込んでしまっているので強くも言えなかった。
「え……でも……」
「既に十分、頭数は揃っているわ。あなたは、魔法少女になってはいけない」
「ほむらは、鹿目さんに危険な目に遭って欲しくないのよ」
だからこうして強い口調で止めるのだと、風華のフォローによってやや硬くなりがちだった場の空気も再び和らいだ。
そして最後に、イブがダメ押しの言葉を告げる。
「僕は、協力してくれる魔法少女に15人ほど心当たりがあるです。実際に来てくれる数は多少上下するかも知れないけど、ワルプルギスの夜を倒すのに彼女達の力を貸してもらうです」
「そんなに……!?」
マミは、驚きを隠せない様子だった。15人の魔法少女。本当に来てくれるかどうかは兎も角、それほどの数の魔法少女にコンタクトを取れる事自体が凄い。異常とすら言って良かった。
「後、それとは別にもう一人ぐらい、魔法少女の友達がいるです」
「まさか、君が来るとはね」
鉄塔の上で、ウサギにも猫にも見える白い動物、キュゥべえは隣に座って見滝原市を睥睨している少女に話しかける。
彼女の服装はとてもラフで、ポニーテールにした赤い髪と同じ色の鋭い瞳が印象的だ。先日、風華とイブのコンビと一戦やらかした隣町の魔法少女、佐倉杏子である。
「どういうつもりだい?」
「この町に、黒髪で黒いローブを羽織った魔法少女が来てるだろ? 薙刀とかを使う……そいつに用があるのさ」
杏子の言う魔法少女像に、キュゥべえは当然思い当たる節があった。昨日、マミを助けた魔法少女の一人だ。だが、おかしい。杏子はイブが薙刀を使っていたと言うが、魔女との戦いで彼女が見せたのは、何でも溶かす血の魔法だった。
魔法の応用性は使用者の熟練度に比例するが、戦闘に於いてそれほどのバリエーションの魔法を持つ魔法少女を、キュゥべえは見た事がなかった。その旨を杏子に伝えると、
「つまり、どういう事だ……?」
「分からないよ、僕にも。暁美ほむら、深雪風華、そしてイブ……あの3人は、極め付けのイレギュラーだ」
結局、何も分からず。その結果に杏子はふんと鼻を鳴らすと、まだ半分以上残っていたクレープを一呑みにした。
「まあ良い。この前は油断したけど、次はそうは行かない。ぶっ潰してやるさ」