魔法少女まどか☆マギカ EDEN(完結)   作:ファルメール

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第07話

 

 かちん、とソーサーにカップが置かれる音が響く。ほむらの口から語られた話の重要さに、マミは呑気に紅茶している場合ではないと悟っていた。

 

「イブさんが……そんな事を?」

 

「ええ、さやかに私達の仲間から外れるように言って、それで聞き入れない場合には自分がさやかを始末すると言っていたわ」

 

 言い切った所でほむらの視線が、マミと向かい合う位置に座っていた人物に移る。この場にいるのは全員が魔法少女だ。一人はほむら、一人はマミ、そしてもう一人。

 

「深雪さん、イブさんは何を考えているのかしら?」

 

 折角ワルプルギスの夜に対抗する為の仲間が集まったのに、いくら杏子をこちらに引き入れる為とは言えそのチームワークに自ら亀裂を入れるような真似をするとは、正気の沙汰ではない。

 

 責めるような響きも含んだマミの言葉を受けて、風華は顎に手をやって少しの間考える仕草を見せた。

 

「……私はあの子の事を信じているわ。少なくとも、あの子は何のプランも立てずに行動するバカじゃない」

 

 その後に「尤もリンゴが絡めば分からないけど」と付け足した。風華にしてみれば場を和ませようとした会心のジョークだったが、そう言われたマミとほむらはにこりともせず、互いの表情を伺い合った。

 

 二人の表情からかなり事態を重く見ている事が分かる。ここは自分が何か安心させる一言を言ってやらなくては。風華はそう思って、

 

「大丈夫よ。イブの行動は滅茶苦茶なものほど、大体良い結果が出るから。長い間一緒にいる私が言うんだから間違いないわ」

 

 と、胸を叩く。ここはパートナーとしての信頼関係の見せ所だった。最後に「まあ、たまにとんでもなく悪い結果を招く事もあるけど」と付け足す。それは小さな声だったが、神経を尖らせている今の二人にはしっかりと聞こえたらしい。マミとほむらはもういたたまれないといった風に立ち上がって出て行く。風華も一拍遅れてその後を追った。

 

 全く、正直すぎるのも考え物である。

 

 

 

 

 

 

 

 僅かに太陽の光が残るぐらいの時間帯となって、さやかは上條恭介の家を訪れていた。だが、折角退院した幼馴染みを訪ねるというのに彼女の足取りはいまいち重い。

 

 今日、病院の彼の部屋を尋ねた時、既にベッドはもぬけの殻だった。居合わせた看護師に聞いた所、経過が順調であったので退院が前倒しになったらしい。

 

 退院の知らせをよこしてくれなかった事や、退院祝いに呼ばれなかった事が彼女の心に幾ばくかの曇りをもたらしていた。ひょっとして、私は恭介に何とも思われていないんじゃ……?

 

 それは今は心の中の漠然としたシミでしかなく、彼女の中で言語化さえされていない小さな不安でしかない。いや、意識的と無意識が半々でそれを避けていると言うべきだろうか。

 

 そうして家の前まで来て、チャイムを鳴らそうとして、バイオリンの旋律が聞こえてきた。恭介の音色だ。

 

 恭介は、退院してもう、事故に遭うまで自分の体の一部同然に扱っていたバイオリンの感触を取り戻そうと練習を頑張っている。その事実だけで良かった。

 

『……恭介がバイオリンをまた弾けるようになったんだから……私はそれで十分……』

 

 心の中でそう呟いて、さやかはチャイムに伸ばしていた手を下ろした。練習を邪魔しちゃ悪い。そうして帰ろうと振り返った彼女の視界に、二つの人影が入った。

 

「会いもしないで帰るですか? 今日一日追いかけ回したくせに、です」

 

「イブちゃん……? なんでそいつと……!?」

 

 イブが、何故だか杏子と並んで立っていた。どうして、自分達の仲間であるはずの彼女が、あんなグリーフシードを集める為に人間を餌にするような奴と一緒にいる?

 

 戸惑った様子のさやかだったが、何か悪い予感を背筋に感じて身構える。

 

 さやかの前に立つ二人の内、次に口を開いたのは杏子だった。尤も、それはさやかの質問に答える為ではなかったが。

 

「イブから聞いたよ。この家の坊やなんだろ? あんたがキュゥべえと契約した理由って。全く、たった一度の奇跡のチャンスをくっだらねぇことの為に使い潰しやがって」

 

「!! イブちゃん……どうして……!!」

 

 「お前なんかに何が分かる」と言い返したかったが、それよりもイブが軽々しく契約の内容を杏子に話してしまった事が、さやかにはショックだった。だが、

 

「その意見については、僕も杏子さんと同感なのですよ。僕に言わせてもらえば、さやかさんは全く無駄な願い事で魔法少女になってしまったです」

 

 杏子は兎も角、イブまでもが追い打ちの如くそんな事を言う。この事実に、さやかは全力疾走していて頭を思い切り電柱にぶつけた気がした。杏子が「魔法ってのは徹頭徹尾自分の望みを叶える為に使うモンなんだよ、他人の為に使おうとしたって、ろくな事にならねェのさ」と言っているのも気にならない。

 

 信じてたのに。マミさんは勿論、ほむらも、風華も、そしてイブも自分の事しか考えない魔法少女とは違うって。だから新しく魔法少女になった私も、そんな魔法少女になろうって、決めてたのに。

 

「どうして……契約する前に僕に一言そうだ……」

 

「イブ!! あんた、見損なったよ!! あんたがそんな事を言う魔法少女だったなんて!!」

 

 何事か言いかけたイブを遮って、顔を真っ赤にしたさやかが叫んだ。駄目だ、完全に頭に血が上っている。これではこれ以上何を言っても悪い方に解釈されるだけだろう。

 

 イブはそう考えて、自分の愚痴はこれぐらいにして本題を切り出す事にした。

 

「ま、その話は置いとくです。今日はさやかさんに伝える事があって捜してたです」

 

「ちょっと、話はまだ終わって……」

 

「杏子さんに頼んだら、さやかさんがチームから抜けるなら協力しても良いと返事をもらったです。だから、さやかさんには今日限り対ワルプルギス戦線からは外れてもらいたいです」

 

 抗議も無視して一方的に告げられる言葉。それは戦力外通告と同義だった。杏子が入る為にさやかが抜ける。人数は減りもしなければ増えもしない。ならば杏子の方が自分よりも役に立つと、イブはそう思っているのだ。と、さやかは考える。それは当然の論理だった。

 

 確かに自分はまだ魔法少女になって時間が経っていないし、キュゥべえの言葉を信じれば才能も無い。ベテランのこいつと比べて力が劣るのは認めざるを得ない。でも、だからって……何で……!!

 

 論理と感情、理解と納得は何処まで行っても別々の代物だった。

 

「納得行かない、って顔です」

 

「当たり前でしょ!!」

 

 声に怒りを滲ませて、さやかは思わずソウルジェムに手をやった。イブの次の言葉がなければこの場で変身して斬りかかっていたかも知れない。

 

「分かりました、です。ならば最後のチャンスをあげるです」

 

「チャンス……?」

 

 魔法の力を解放させようとしていた指が、ぴくりと止まる。

 

「これから僕を相手に模擬戦をするです。それで僕を納得させられるだけの実力を証明できたのなら、杏子さんとの話は白紙にするです」

 

「おい!!」

 

 杏子が怒ったような声を上げる。勝手に話を変えるなと言っているのだ。さやかが拒んだ場合には、実力行使で排除すると言っていたのに。

 

 しかし「場所を変えるです」と言ってイブが振り返った時、杏子の頭に声が響いた。念話。ほぼ全ての魔法少女が共通して使える初歩の魔法だ。

 

『模擬戦と言っても真剣勝負、ならば”事故”はいつ起こっても不思議じゃないです』

 

 

 

 

 

 

 

 イブが模擬戦の舞台として選んだのは、町境の高架の上だった。既に空には太陽の代わりに月が輝く時間帯となっており、住宅街や駅から離れたここならば人目を気にする心配はなかった。

 

「ここなら遠慮は要らない、です。ひとつ全力で掛かってくるです」

 

 イブはそう言うと、左肩に掛かる黒髪一房を束ねるアクセサリーへ加工されたソウルジェムに手をやり、その力を解放する。宝玉から闇のように黒い光が走り、イブが纏う衣装が涼しげな白いワンピースから光沢の無い黒のローブへと変わった。

 

 そうして手を一振りすると、彼女の手にはさやかが使うのと同じぐらいの長さをした剣が物質化される。それを見た杏子は「ほう」と驚いたような声を上げた。先日の自分との戦いで見せたジャマダハルと薙刀に続き、この剣。彼女はこれで少なくとも3つの武器を扱える事になる。一体彼女はいくつの魔法武器を使えるのだろうか。

 

 杏子は最初はそう思っただけだったが、この武器の選択はイブがただ単に自分の使える武器の中からその一つを選んだだけではないと気が付いた。

 

「成ぁる程。敢えてそいつと同じ武器を選んだのか」

 

「え……?」

 

 杏子は言葉の意味が分からないといった様子のさやかを振り返って、からからと笑い声を上げる。

 

「分かんないのかい? 同じ武器、つまりあんたの戦い方に合わせて戦って、その上であんたにボロ勝ちして、身の程を教えてやろうってことなのさ」

 

 完全に侮られている。先程の上條家前のやり取りから切れそうだった堪忍袋の緒が、まさにプッツンしようとしたその時、乾いた銃声が鳴り響いた。

 

 場の全員がびくりと体を弾ませて音のした方を振り向くと、そこには近付いてくる気配など全く無かったのにマミ、ほむら、風華。ここに最初からいた者を除くこの町の全ての魔法少女が集まっていた。たった今の銃声は、マミが天に向けているマスケット銃からだ。

 

「イブさん……これは、一体どういう事かしら……」

 

 マミの声は穏やかであったが内面の怒りを隠し切れず、震えていた。だがそんな彼女の追求にもイブはしれっとした顔である。

 

「杏子さんの件は、僕に任されていたはずなのですよ?」

 

 確かにそれはそうであった。先日の話し合いでイブは「杏子さんの事は任せるです」と言って、それに関しては今ここには居ないまどかも含めて全員一致で賛成だと、言質を与えてしまっていた。

 

 だが、だからと言って……

 

「だからって、さやかをチームから外すなんてのは行き過ぎよ。そこまでは越権行為だわ……」

 

 今度はほむらが進み出る。彼女も表情は険しく、これ以上イブが強行に及ぶのであれば一戦交えても止めるといった剣幕だ。

 

 魔法少女二人に凄まれてもイブは怯んだ様子も見せないが、杏子は中立であるしこの場で唯一彼女の味方である魔法少女が、流石に総スカンは不憫に思ったのか助け船と言えなくもない発言をした。

 

「イブ…私はあなたを信じているけど、一応確認しておくわね」

 

「風華……」

 

 前に出たパートナーに、イブの声と表情が柔らかくなった。やはり風華が相手だと彼女も違うらしい。

 

「何か考えがあっての事だと、信じて良いのね?」

 

「勿論です、風華」

 

 相方の即答と迷いの無い光の宿った瞳を見て、風華はこれ以上追求する事はしなかった。内容を聞いたりもしない辺りも信頼のなせる業だ。彼女は一度頷くと、マミとほむらを制するように手を上げた。

 

「深雪さん……?」

 

「風華……」

 

 当然、二人の魔法少女は納得が行かないと抗議の声を上げかけるが、風華が強い口調で制した。

 

「何かあった時は、私が全て責任を取るわ。もし、イブが信じられないのなら、私を信じて。イブを信じる私を」

 

 彼女がそう言うとほむらとマミの頭にここへ来る前、マミの部屋でしてきた会話が蘇った。

 

 曰く「イブは何のプランも立てずに行動はしない」。

 

 曰く「イブの行動は滅茶苦茶なものほど、大体良い結果が出る」。

 

 それに加えて万一の時は自分が責任を取ると言ったのなら、まあ風華を信じてみようかと二人は顔を見合わせ、そして一歩下がる。一応、信用する事にしたという意思表示だ。

 

 そうして二人が取り敢えず「見(けん)」の姿勢に入ったのを見て取ると、風華は手を振ってイブに合図する。イブは頷くと、待ちぼうけを食らっていたさやかに向き直った。

 

「さやかさん、待たせたです。さ、始めるです」

 

 そう言われて、さやかは掌に置いたソウルジェムに意識を注ぐ。そこに封じられた力が基底から励起状態となるのを示すように、宝石全体が静かな青い光を放っていく。

 

「待って、さやかちゃん!!」

 

 あと一秒もあればさやかが魔法少女に変身していたという所で、後ろから掛かった声でそのシークエンスは中断された。振り向くと、そこにはまどかがいた。この中の何人かは「何故まどかがここに?」と思ったがその疑問はすぐに解消された。彼女の足下に付いて来ているキュゥべえがこの模擬戦の事を知らせたのだろう。

 

「邪魔しないで、まどかには関係ないでしょ!!」

 

 いい加減苛立っていたのかさやかは取り合わずに、再び変身しようとする。だが彼女が再び掌の石に意識を集中するよりも、まどかの方が早かった。

 

「さやかちゃん、ごめん!!」

 

 そう言うと親友の手からソウルジェムを奪い取り、下の道路へと投げ捨ててしまう。

 

 まどかにしてみればこの行動はさやかとイブ、同じ魔法少女でありしかも共通の目的の為に団結した仲間に戦って欲しくないという願いからのものだった。話し合いで止められないのなら例え魔法の力の源であるソウルジェムを取り上げてでも……!!

 

 強引で間違っているやり方だとは分かっていたがそれでも、まどかは二人に戦って欲しくなかった。

 

 そしてさやかのソウルジェムはちょうど高架の下を通りかかったトラックの前に落ちて、そして一秒後、タイヤが宝玉を粉々に砕いた。

 

「「「!!」」」

 

 この事態にほむら、風華、イブの3人が表情を凍り付かせる。と同時に何の前触れもなくさやかがどさりと倒れた。手を使って上体を支えようとしない、危険な倒れ方だ。風華が、指輪にはまったソウルジェムに手をやった。

 

「さやかちゃん、どうしたの?」

 

 慌てて親友に駆け寄ってその体を助け起こすまどかの傍に、キュゥべえが近付いてくる。

 

「今のはまずかったよ、まどか」

 

「え……?」

 

 言葉の意味が分からないという彼女に、魔法の力をもたらしたその動物は、残酷な事実をきっぱりと告げる。

 

「友達を殺すなんて、どうかしてるよ」

 

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