[完結]Home is the sailor, home from the sea.   作:Гарри

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ここまでの没テキスト+武蔵のキャラを掴む為の練習テキスト


没テキストなど

 負けたのは悔しかったが、僕よりも遥かに沢山の実戦経験を積んだ相手に負けたのだから、諦めもつけられた。僕は少量の修復剤(薄めていない方)で右腕を直した後で、改めて響や妙高、それに伊勢とも戦った。結果は芳しくなかった。響にはどうにか艦種の違いから来る性能差で勝ったが、そんな勝利は敗北に等しい。妙高、いや妙高さん相手の戦いなど、戦いと呼ぶのもおこがましかった。あれは僕を的にした射的か何かと言うべきだ。伊勢も変な縛りを自分に課していなければ日向と同じように強く、お陰で瑞雲から逃げるのは上手になった気がする。そこへ行くと隼鷹は飲み込みが早く、僕と同じぐらい負けたが、その勝負は立派なものだった。もし装備している航空機がもっと高性能だったら、一度か二度の勝利を得られていたかもしれない。そう思うと、少し溜飲が下がるのだった。

 

 一対一が一通り終わった後は、二対二での勝負だった。最初の一度は僕と隼鷹が組み、妙高さん一人と戦った(そして彼女は僕らを一捻りにした)が、それ以降は僕と隼鷹が戦うような組み分けをされた。それは面白い経験だった……そうだとも、尻を何機もの航空機に追い回されて撃たれまくるのは、面白い経験だったぞ、隼鷹。必ずいつか、仕返しをしてやる……絶対に許さないと僕は心に誓ったが、どうやって仕返しをするのかはさっぱり思いつかなかった。夕方、歓迎会という名目の演習を装った、第一艦隊編入に際しての能力試験がようやく終わると、食堂の片隅で今度こそ本物の歓迎会が始まった。僕は食事をするのが精一杯で、酒を飲む気力もなかった。それに昨日、榛名さんや曙との集まりでしこたま飲んだばっかりだ。艦娘の体であるとはいえ、時には肝臓を休ませてやらなくてはならない。隼鷹は一緒に飲めないことを残念がったが、だからと言って強要してくるような狭量な人格の持ち主ではなかった。僕は代わりに新しい飲み友達になれそうな響を紹介し、彼女たちはどちらがより真の酒飲みであるかを競い始めた。

 

 そこへ既にできあがった日向と伊勢が乱入する。「航空戦艦、いい響きだろう? そうだ、あれはいつだったか、この瑞雲でだな……」「どんどん持って来なさいな!」僕は巻き込まれるのを避けて、席を離した。そこには妙高さんと吹雪秘書艦がいて、静かに話をしていたのだ。僕が近づくと秘書艦はねぎらいの言葉を寄越して席を立ち、隼鷹持参の日本酒をらっぱ飲みし始めた伊勢を止めに行った。しかし遅かった。秘書艦が声を掛ける前に、伊勢は隼鷹のドロップキックを受けて床に倒れた。「このやろー! あたしの酒をなー! そんなふーになーっ!」響との飲み比べの際にペースが速かったせいか、もう言葉遣いが怪しい。僕と妙高さんは苦笑しながら彼女たちを見ていた。いい夜だった。賑やかで、何を隠すようなこともなく、ちょっぴりの理性を残して全部解放する感じが本当に気持ちよかった。酒の助けを借りなくても、酔うことができた。まあつまり場酔いみたいなもんだが、心地よさは変わりない。

 

 そうして僕がにこにこしていると、響がやってきた。顔を真っ赤にしている。妙高がこんなに酔っ払った彼女を見るのは初めてだ、と呆れていた。隼鷹が撃沈しているのを見ると、勝利の栄光はこの小さな駆逐艦の手に渡ったらしい。僕が思うに、隼鷹はあのドロップキックに端を発する酔っ払いの絡み合いで変に体を動かしたせいで、早く限界を迎えてしまったのだろう。

 

*   *   *

 

 これは戦場の花形が歩兵でなくなり、艦娘に取って代わられた現代でも変わらない真理だ。彼女たちは訓練の中で心を押し潰される。それまで持っていた資質全部を否定され、職人技で以って軍の望むような人格へと作り変えていく。その作業の最中にやることのリストを印刷したら、この国は深刻な紙不足に陥るだろう。でも軍が特にこれを達成せよ、と教官たちに命じていたのは、一つのことだけだった。それは艦娘たちをこれまでの連中と同じぐらい立派な兵士にしろ、という要求だった。そこで、教官たちはその通りのことをした。教官たちは、艦娘候補生たちに抗うことを教えた。運命に毒を浴びせ、自分を取り巻いておきながら自分の思い通りには決して動いてくれない全てのものに、軽蔑と敵意で以って答える方法を教え込んだ。候補生たちは、艦娘は、タフになった──そして自分で自分のことをそうなのだと気づいた時、彼女たちは必ず言ったものだ。「知るかそんなこと」と。何故なら、それが彼女たちの教わってきた、彼女たちの取るべき態度だったからだ。

 

*   *   *

 

「ええ。そして、その前提は正しいのです。ただこれについては、私の口からは詳しく言えません。あなたは私が言ったからこそ、真実を認めないでしょうから。とはいえ、私たちにはあなたにどうにか自分で答えを見つけ出して貰い、その上でそれを信じていただく必要があります。その為に僅かな手伝いしかできないのは、とても心苦しく思っていますよ」

Умом глубоководной(頭で深海棲艦は) кораблишкой не понять(分からない), 信じることができるだけ、という訳か」

「前半は何を言っているか分かりませんでしたが、後半はその通りですね。ご心配なさらないで下さい。手は幾つかあります」

「待てよ、試してみようじゃないか。命のあり方? まさに僕好みの話題だよ(嘘だ)、話してみてくれ。深海棲艦の連中は何を食べるんだ? 魚か? 魚は僕も好き(こっちは本当)だから、もしそうなら仲良くなれるかもしれないな」

「構いませんよ。彼女たちは指向性を持った魂が……」

「君が正しかったみたいだ」

「でしょう?」

 

 彼女の澄ました顔が袋の裏側に浮かぶかのような一言だった。魂! この時代に魂とは! 十八世紀なら考えるに値するテーマだったろう。だが今世紀では、魂などというものは宗教家や哲学家の扱う、実存だの一イコール三だのというような何だかよく分からないものでごった返している分野に収まるべき概念であって、現実主義者たちが取り上げるものではなかった。例外と言えば、妖精たちによる艤装への「船魂」とやらの転写ぐらいだ。それだって、人類は納得の行くような科学的説明を見つけていないだけで、きっとそれはあるのだと僕は信じている。

 

 僕は袋の内側から、赤城の顔を見ようと試みた。その瞳の中に狂気の欠片でも見つけられたらと思ったのだ。だが、袋は僕の視界をすっかり覆ってしまって、前を見えなくしてしまっていた。「そろそろ袋を外しちゃダメかな?」「もう暫く待って下さい。じきに彼女が……」と、前に聞いたことのある音がした。「銃声?」赤城がぽつりと漏らす。ドアが激しく音を立てて開かれる。赤城が振り返るのが見えたので、僕は袋を外した。この状況で彼女のご機嫌伺いなんかやってられない。すると、赤城よりももう少しよく知っている顔が見えた。

 

「電」

「……お久しぶりなのです」

 

 僕は、あの喫茶店で話を聞いた電だという確信があった訳ではなかった。単にぽろりと、彼女の名前を口に出してしまっただけだ。しかし、それに反応した彼女は、自ら打ち明けてくれたのだった。初歩的なミスだ。僕は彼女のことを意識の中から除外し、銃声のことを考えた。襲撃された融和派グループが仕返しに来たのだろうか? 発砲音はさっきの一度だけでは終わらず、今や明らかに撃ち合いと分かるものになっている。「彼女は?」「撃たれたのです、出血がひどいので止血してからこっちに」「相手は」「排撃班です」「最悪ね」僕には分からない会話を続けている彼女たちに割り込むには、勇気が要った。

 

「何があったんだ?」

「軍の融和派狩り専門の特殊部隊です。何処かで捕捉されていたのでしょう」

 

 目の前に狩りの獲物の方々がおられなければ、僕はダンスだって踊っただろう。僕も機械じゃないので、小さな友人だと思っていた電のことについては少しだけ胸が痛んだが、それでも彼女らと一緒にいるよりは、同じ軍所属の奴らといる方がよかった。憲兵本部への呼び出しのことを忘れてはいなかったが、僕の体に残っている暴行の痕や、胃の内容物を検査すれば、僕が融和派に仲間として扱われてはいなかったことぐらい分かる筈だ。笑顔を浮かべてしまわないように努力するのが辛すぎて、僕は再び袋を被った。赤城はそんな僕を見て「あなたはここにいて下さい。その方が安全です」と言い残し、電と出て行った。喜んでその言葉に従おう。小部屋の奥に行き、へたり込んで壁に背中を預ける。ここを出て行く時は担架に乗って出て行ってやるぞ、と心に決めた。自分で歩くなんて真っ平だ。融和派に捕らえられていた軍人に対して、その程度の配慮が認められるのは自然な成り行きというものであろう。

 

*   *   *

 

今日の出撃における最初の交戦でだって、加賀による航空攻撃で沈んだ艦を除くなら、一番最初に敵を沈めたのは僕の砲弾だったのだ。

 

*   *   *

 

「私は那智のことも、あの天龍のことも、糧にしたいんだ。思い出す度に苦しむような記憶にしたくない。彼女たちの苦しみや死を受け止めて、自分の一部にして、役立てたい。」

 

*   *   *

 

突然僕の肩部砲塔が暴発して偶然に砲口が向いていた僕の頭を吹き飛ばすとか、ナイフを投げて遊んでいたら跳ね返ってきたナイフが心臓に刺さるとか、そんな言い訳でもするがいい。

 

*   *   *

 

吹雪秘書艦の分析によれば、艦隊を構成するのは重巡二、軽巡二、軽空母一に駆逐一が適切だそうだった。そして僕は栄えある二つの席の内、一つを貰い、しかも旗艦というおまけまで付いてきた。

 

*   *   *

 

 昂った感情はよくも作用するし、悪くも作用する。今回は後者だった。僕と戦っているル級エリートが盾を構えてこちらに突撃して来るのに、反応するのが遅れた。慌てて魚雷を四発放ち、全砲門から射撃を行う。

 

*   *   *

 

吹雪秘書艦も僕を避けているように思うが、彼女は提督に忠誠を誓っている。勝手な見立てだが、恐らくは海軍ではなく提督個人に、だ。それは、僕をどうにかするとか、そうではなくとも嫌悪の情を向けることが提督にとって望ましくない、あるいは提督の不利益になってしまう内は、信用できるということを意味していた。

 

*   *   *

 

 戦争の中で、僕は様々なものを見てきたと自信を持って言える。色々な人々と会い、色々な出来事を体験して、今まで生きてきた。新しい出来事は、常に喜びだとは言えなかったにせよ、その多くが喜びに満ちていた。

 

*   *   *

 

 けれど、一日につき十四リットルの水を何処から調達するのだ? 飲用に適する水を増やすことはできる。真水と海水を、二対一の比率で混ぜるのだ。その比率までなら、飲んでも大きな問題はないし、体に必要な塩分を取ることもできる。しかしそれにだって限界はある。単純に計算しても八十三時間、三日半と見て約五十リットルの水を配給することになるのだ。それは脱塩キットを全部使った上で、嵐で溜まった雨水と、教官たちが沈む航空機から持ち出した緊急用物資などを合わせ、海水も足して、ギリギリ出せるか出せないかの量だった。雨が降ればよい。味方の救援と接触できればよい。しかし降らなかったら? 彼女たちが来なかったら?

 

 二リットルは多すぎる。日中の移動は避けたい。那智教官の案は悪いものではなかったが、僕は結局、自分の考えを通した。一日一リットル、日の入りから日の出までの十二時間移動、その後の十二時間はシーアンカーなどを使って待機。

 

*   *   *

 

「お前、次に私が何をするか当ててみろ」

「は?」

 

 言うが早いか、那智教官はその候補生をもう一回投げ飛ばしていた。まともに受身も取れなかったほどの早業だった。もし教官が勢いのままに地面に叩きつけていたら、その候補生は二、三本の骨を折られていたに違いない。教官は候補生を立たせると訊ねた。「私の動きが見えたか? どんな風に動いたか、説明できるか?」候補生は、いいえと答えた。「それはな、お前が砲と魚雷の撃ち方しか知らないからだ。」

 

*   *   *

 

「信じられないだろうが、弾が切れても撃つことのできる砲や魚雷というものは、存在しないのだ。そして、弾がなくなったからと言って撤退することが許されない状況も存在するのだ。お前は明らかに、そのことを知らんようだが。」

 

*   *   *

 

「恥ずかしがらなくともよろしい。確かにどうしようもない質問ではあったが、少なくともお前は質問をしたのだ。さて、何の役に立つかと言ったな。砲が壊れた時、弾切れになった時、接近しすぎて砲撃よりも打撃が早い時、格闘を使うのはこのような状況下においてだろう。あるいはお前が憲兵隊に出向したなら、暴れる艦娘を取り押さえる為に使うこともあるかもしれない。だが、徒手格闘を私が教えるのは、そういった実際的用途の為だけではないのだ。お前は、ここに入るより前、人を楽しんで殴ったことがあるか? 面白半分に刃物で刺したことは? 血を流して死ぬところを見たくて誰かを撃ったことはないか? それか、動物を傷つけたりして遊んだことでもいいぞ」

「まさか、そんなことはしません!」

「だろうな。安心しろ、そんな奴がいたら絶対にこの訓練所から追い出してやる。この訓練所にいるほとんど全員がお前と同じ、綿密に仕込まれた良心を持った、社会の良き一員だ。それが意味するのはつまり、お前たちは命を傷つけるということを知らないということだ」

 

*   *   *

 

「君は説教なんか聴いたこともないだろう」

「響、そりゃ偏見というものさ……この前、テレビでやっているのをだけど、聴かせて貰ったよ。恥ずかしながら告白すると、ひどく胸に響いたね」

「へえ! 何だか嬉しいな、誰の説教だい?」

「名前は見なかったし、聞かなかったよ。黒人の男さ。音を聞いたらしい。リンリン言うような不気味な音だったとか」

「ふうん」

「彼によると彷徨える魂の声なんだそうだ。そうなってから神を求めても今更遅いと言っていた。そいで……」

「みんなで踊った?」

「ピアノに合わせてな。なんだ、響も見てたのか?」

「あのね、君。それは映画だよ」

「なるほど、道理でみんな歌と踊りが上手い訳だ」

 

*   *   *

 

 家族のことを考える。このところ、両親にまともな手紙を書いていない。二人からの手紙や、心ばかりの贈り物は届いているが、返事に書いたことと言えば僕が元気で五体満足かつ精神的にも健康だということと、次は桃の缶詰の代わりにみかんの缶詰にしてくれという、考えてみれば失礼な要求の類ぐらいだ。どうしてちゃんとしたことを書かなかったのだ、と僕は悔やんだ。二人には僕からの一通一通が僕の最後の言葉かもしれないという恐れもあっただろうに、そのことについて何とも思っていなかった。手遅れだ。

 

*   *   *

 

 そこへ行くと、那智教官はやはり凄い。彼女の時計は文字盤に指で触れることで、時間を読めるのだ。

 

*   *   *

 

「不知火先輩、もう一つの回線で話をしてます。あの、お願いがあるんですが」

「もう一つの……ああ、こっち(・・・)ですか。どうしました? 後輩の頼みを聞くのは先輩の甲斐性です。無理なものでなければ何でもどうぞ」

「さっきも話しましたが、次の戦闘では先輩に集中砲火が行くと思います。幾ら先輩でも、そう遠くない距離から三隻に、いいえ、三隻だけじゃなく、空からだって攻撃が来ると思います。それらを全部避けるのは無理でしょう」

 

*   *   *

 

ぼく「これを信じてもいいのか、響? 君が僕の横にいる! これは夢なんじゃないのか、幻や超自然の力じゃないのか? この喜びに僕の心臓は耐えられそうもない! 響、君は天国から降りてきてくれたのか、それとも僕が天国にいて君と会っているのかい?」

武蔵「海の底から戻ってきたという訳か」

 響「私は天国にも海の底にも行ってはいないよ、武蔵」

武蔵「忌々しいことに地獄はお前を見逃したか、響。永遠の黄泉の国から私の心を挫く為に、地獄は自分の獲物さえ逃したというのか」

 響「あの深海棲艦たちは確かに私に死の一撃を撃ち込んださ」

武蔵「仕損じたとは残念なことだ」

 響「運命と主は私の味方だ」

ぼく「ああ、僕は天国にいるのか?」

武蔵「だがもしより長く生きていたいなら……手を引くことだ!」

 

*   *   *

 

 夕食はシーフードカレーだった。武蔵が赤城の持ってきたパイプ椅子にちょこんと座っている様子は面白かったが、それを除けば僕らが囲んだ食卓はお世辞にも和やかなものにはならなかった。椅子と一緒に持ち込まれた折り畳みテーブルを片付けて部屋の隅に置き、水を飲みながら体を休めさせる。

 

*   *   *

 

赤城は武蔵を傷つけないでくれという僕の頼みに頷いたが、必要とあらば約束を反故にすることを躊躇するまい。

 

*   *   *

 

 翌朝、僕は寒さによるくしゃみで目を覚ました。バスルームの浴槽内にいて、上半身が裸だったので心底震え上がったが──浴室のタオル掛けに汚れのないままで掛かっていたので、安心することができた。服を取り、浴槽内で丸まったまま服を着る。辛かったが、そのまま倦怠感に負けずに起き上がった。

 

 と、武蔵がトイレに顔を突っ込んで倒れていた。僕はそっとレバーを引いて水を流した。

 

*   *   *

 

赤城「ご心配なく、あなたに補佐を付けようと思う程度には正気です……幾ら私でも、何も知らない子供を戦場に放り込むような真似はしません。何か他に言いたいことは?」

ぼく「君はひどい奴だ」

赤城「言い直します。何か他に訊きたいことはありますか?」

ぼく「どうやったらそんなにひどい人間になれるんだ?」

赤城「なさそうですね。では、失礼します」

 

*   *   *

 

武蔵反応

 

(ハイファイブする)

「おい、今のはビンタのし損ないか?」

「今のは頭を狙って外したのか? それとも狙い通りでそれなのか?」

 

ぼく「ああ、疲れた」

武蔵「分かるよ、私も若くないらしくてな。一日にあんまり沢山働くと翌日響くんだ。だから融和派を殺すのは『二十四時間ごとに三十人まで』と決めたよ。さて、今日のスコアはどうだった?」

ぼく「ゼロだ。当たり前だろ」

武蔵「おい、お前の艦娘としての才能の話は後にしろ」

 

(ベッドから落ちる)

武蔵「素晴らしい落下だった。並の映画監督ならスローモーションにしたり、カメラの位置を変えて何カットにも分割しただろうが、お前はもちろんそうしなかったな」

武蔵「素晴らしい落下だ。(これほど見事に落ちた後では、)さぞかし自分が誇らしいだろうな」

 

(何かに失敗する)

「気を落とすな。少なくとも私を愉快にさせることには成功した」

「学術的な興味から頼むんだが、今まで何に成功できたか教えてくれないか」

「失敗したのか? 凄いな、挑戦したようにすら見えなかったのに」

「私はてっきりお前が(目的の行為)するだけだと思って特に期待していなかったんだが、忘れていたよ。お前は常に私の予想の上を行ってくれる男だったな」

「そうだ、失敗することに挑戦してみたらどうだい?」

「お見事。失敗することには成功したな」

「私がお前の無様な姿を見ることで喜ぶような性格だと分かってやっているなら、今すぐやめることだ。養殖ものは嫌いでね」

「私には経験がないから分からないんだが、失敗し続けることはそんなに楽しいのか?」

「すごいぞ、今のはまるで成功したみたいに見えた」

「私の性格とお前の諦め、どちらがより悪いかの勝負だな? 受けて立とう」

「失敗することは簡単だ。成功することは難しい。そして挑戦し続けること、これこそが最も難しい。そこで提案なんだが、難易度を一つ下げたらどうだ?」

「何故だ?」

「ははは、面白い。次はちゃんとやれ」

「お前の人生みたいな結末だったな」

「心配しないでいい、退屈していないよ。自殺衝動と戦ってる」

「しまった、ポップコーンを忘れた」

「失敗は成功の母と言うが、お前の成功の父は何度再婚したんだ?」

「もしかしたら理解していないのかもしれないから教えておこう。お前は、今、失敗した」

「そうだな、いつか、お前がしくじったせいで友達が目の前で死ぬかもしれないが、成否は問題じゃない、挑戦することに意義があるんだ。どんどん失敗しろ。友達ぐらい何だって言うんだ?」

「なあ、もし私がやめろと言ったらやめてくれるか?」

「確かにこれを失敗するのは難しいが、難しいからってやったら褒められると思ったら大間違いだぜ」

「ありがとう、私に融和派を殺す以外にも『他人が失敗する姿を見る』という人生の楽しみがあることを教えてくれて。そろそろ成功してくれて構わないぞ」

「神に祈るのはもう試したか?」

「今のがもし『自分がどれだけ必死か』を私に伝える試みなら、お前は満点で合格だったろう」

「もしお前の肩に世界が懸かっている、という状況になったら──そうはなっていないが──私としてはとっとと終わらせてしまってくれ、としか言いようがないな。まあでも、そういう状況じゃないから安心して眺めていられるよ」

「人に惨めな自分の姿を見られて興奮するタイプなのか? 私と相性ぴったりだな」

「私にいい考えがある。挑戦しなければ、少なくとも失敗はしなくて済むんじゃないか?」

「やればできる、と言った奴がいる。どうやら、そいつには考えを変えるべき時が来たようだな」

「残念なニュースだ。私の調べでは、未だかつて失敗し続けることで成功した人間はいないらしい」

「今私が自殺したら、それはお前の計画殺人と見なされるだろう」

「もう沢山だ」

 

*   *   *

 

 赤城は頷いた。どうやら提督のクズ度合いを更新しなくてはならない時が来たようだ。彼女は多分、赤城を始末するつもりだったのだ。それだけではなく、今となっては分からないことだが、始末リストには僕の名前だって入っていたかもしれない。あの時、第二艦隊が数時間の距離にいると提督は言っていた。「数時間」だ。便利な言葉だと思う。二時間でも三時間でも四時間でも、ちょいと苦しいが一時間だって「数時間」に含めようと思えば含めることができる。提督は赤城を呼び寄せておいて、長門たちに後を追わせ、始末をつけさせるつもりだったのだ。

 

*   *   *

 

 それと時を同じくして、白煙の中から二隻の船と、大勢の艦娘が飛び出してきた。長門がいる、伊勢や日向がいる、那智教官がいる、隼鷹が、利根や北上がいる。彼女たちは煙の向こうにいる敵に撃ち続けていて、まだ僕らに気付いていない。船の方も似たようなものだ。赤城が言った。「もっと近づきたいところですが、フリゲートから砲撃を受けたくありません。どうやら、名乗りを上げる時が来たようですね」僕は頷いて、無線機を操作した。大きく息をして、それから全帯域に呼びかける。

 

「救援要請を受け、到着した。諸君らの後方にいる。聞こえているか?」

 

 一瞬、艦隊の無線が止まった。嘘ではなく、戦闘は続いていたが、誰も何も喋らなかった。

 

*   *   *

 

 赤城の計画は上手く行っているようだ。後はこれが日本できちんと放送されていることを祈るばかりである。そして、これまでのようにこの戦闘も生き延びられることもだ。

 

 が、それを許さないとばかりに、僕らを追跡していた最後の敵集団が、針路を塞いだ。砲を照準している。これはマズいか、と思っていたところに、空中の水観から通信が入る。朗報だった。僕らの周りにいるのは敵ばかりで、少なくとも前方に向けて撃つ限りは誤射の恐れがないとのことだった。すかさず武蔵に伝える。彼女は嬉しそうに「ではこの四六センチ砲、存分に撃たせて貰おうか!」と言うや否や、邪魔な敵に向かって発砲した。その砲声と衝撃、威力は僕がこれまでに見たどんな砲撃よりも圧倒的だった。青葉の方でも発砲が観測できたのか「いっ、今の何ですか!」と慌てた様子だ。見ると、前を塞いでいた敵の痕跡も残っていなかった。

 

 これは凄い。これなら、軽巡棲姫だろうと戦艦水鬼だろうと相手にして戦える。前も開いたことだし、急いで前進だ。僕は了解も取らずに武蔵の艤装の庇護下から抜け出そうとした。

 

*   *   *

 

Shake hands, we shall never be friends, all's over; 

握手しよう、もう友人ではいられない、全て終わりだ

I only vex you the more I try.

私の試みは君を苛立たせるだけだった

All's wrong that ever I've done or said,

私の言動のどれを取っても過ちだらけだった

And nought to help it in this dull head:

どうしようもなかったのだ、この鈍い頭では

Shake hands, here's luck, good-bye.

握手をしよう、幸運を、さらばだ

But if you come to a road where danger

だがもし君が危難の道をゆくのなら

Or guilt or anguish or shame's to share,

罪を、苦痛を、恥を分かつ道をゆくのなら

Be good to the lad that loves you true

心から君を愛した者のことを想え

And the soul that was born to die for you,

君の為に死ぬことをいとわない魂のことを想え

And whistle and I'll be there.

そして口笛を吹くがいい 私はそこにいる

 

──アルフレッド・エドワード・ハウスマン

(「Home is the sailor」-3後書き部分挿入予定だった;ハウスマン使いすぎ問題+蛇足感により没;私訳)


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