新訳・ファイアーエムブレム新暗黒竜と光の剣F 作:朝比奈たいら
ガルダの港町は、海賊の巣窟となっていた。
海賊が本拠地としているだけあって、町の治安は悪い。
ガルダの民は略奪と暴行に怯える日々に耐えている。
海賊は昼だろうが夜だろうがお構いなしに酒を飲み、女をさらい、
気に入らない者は粗暴な感情の赴くまま殺してきた。
そんな海賊達が、搾取する対象が減ってきているのに気付いたのは最近の事だった。
元々ガルダは開拓されてそれほど時の経っていない町である。
屈強な騎士団や自警団が無いのと同時に、人も足りなかった。
正確に言えば、海賊の無策な略奪の結果がこれである。
町から逃げる者は逃げ、留まる者も殺されていく。
これでは町が発展しないのも無理は無い。
しかし海賊はこの状況を打開しようとも思わなかった。
世界はそれなりに広い。
ガルダの町を食い潰した後は、他の手頃な町に移るだけで済む話だ。
このご時世、犯罪で楽に生きる方法はいくらでもある。
この海賊団の規模なら、それが可能だと思われていた。
その時、ドルーア国の使者がやって来た。
その人物は、タリスのアリティア残党を駆除すれば
褒美として金銀財宝の他ガルダへ奴隷を送ると言う。
そしてその財宝と奴隷を使い、一国一城の主となるがいいと海賊をたぶらかした。
海賊団長のゴメスはこの話に飛びついた。
この男は元々権力欲が強く、海賊団の頭をやっているのもその為だ。
一国一城という意味がどういうものかはさておき、
自分の好き勝手が通るというのはゴメスにとって最大の魅力である。
海賊だけに渡りに船であったこの話。
ゴメスは副団長のガザックにタリスを攻撃させる。
タリスにはまともな騎士団も無いらしいし、
アリティアの残党も烏合の衆だと教えられていた。
相手の戦力を軽く見積もったゴメスは、団の半分のみでタリスを攻略せんとする。
そして今、ゴメスは町の西に建設した小さな城の中で
町の酒場から強奪したワインをかっくらっていた。
そろそろガザック達が戻る頃であり、
アリティアの指揮官やタリス王族の首をドルーアへ差し出せば我が海賊団も安泰である。
ゴメスの野望が今にも成就しようかという時、当のアリティア軍は港を完全に制圧していた。
「どうにかなるもんだ」
ラゼルはペガサスを操りつつ、空から市街地に転がる海賊達を見てそう呟いた。
まさに死屍累々というべきか、港付近の海賊はほぼ駆逐出来ている。
逃げた奴らは、今頃騎馬隊が追撃しているだろう。
軍師見習いであるラゼルは、このガルダの町をどう攻略するか悩んでいた。
海賊が拠点にしている以上、市街戦は避けられない。
かといって、町人のいる街中では騎馬隊の機動性は完全には活かせない。
下手をすれば、海賊が町人を人質とする可能性だってある。
それを防ぐには電撃戦を仕掛けるしかない。
だが、海からタリスの軍艦でやって来ればすぐに気付かれてしまう。
仮に全軍でオールを漕いでも、相手は戦闘態勢を整えてしまうだろう。
最初は町から離れた場所に船を付け、歩兵と騎馬で町を包囲するという案もあった。
しかしそれでも不安要素は拭いきれない。
何か名案は無いかと考えていた時、自分のペガサスが目に入った。
彼の考えた作戦は、ペガサスで奇襲を仕掛けるというものであった。
アリティア軍のペガサス乗りはラゼルとシーダしか居ない。
だが、ペガサスには二人乗りくらいなら出来る。そういう事だ。
まず、最も腕の立つオグマとその部下バーツをシーダとラゼルがペガサスで港へ潜入させる。
アリティア軍の船が海賊に見つかったところを見計らい、
四人が町中で盛大に暴れるという手順であった。
問題は船が港に着くまで四人が孤立するという事だが、それは杞憂というものだ。
シーダやラゼルはペガサスで退避出来るし、オグマの実力は先のタリス戦の通りである。
その部下バーツも多少の賊に遅れを取る奴ではない。
少数だと舐めてかかって来た海賊は、たった四人を仕留め切れずにいた。
そこへアリティア軍本隊が到着。
怒涛の勢いで進撃を開始した本隊は、瞬く間に港を含む町の東側を制圧した。
残るは町の西側と城である。
町人の被害を防ぐ為にも、早々に海賊を壊滅させる必要があった。
「わぁ! ま、待ってくれ。降参する!」
バーツは海賊の一人が斧を捨てて降参したのを見て、しばし迷う。
捕虜を取っている暇は無く、このまま放置して置いたところで再び武器を取られても困る。
叩き斬った方が早いと思ったのだが、マルスは平和主義者であり不必要な殺しを嫌っている。
無視して進攻を続けようとした時、海賊が脚にすがり付いてきた。
「ちょ、ちょっと! あんた達アリティア軍だろう?
おいら、もう海賊なんてやめにしたかったんだ。
あんた達の軍に入れてくれ!」
「ええい、離せ。そんなもん信じられるかよ!」
「本当だよ! おいらも数々の悪事を犯したさ。でも今心を入れ替えないと!」
「はぁ、何だ。じゃあ身体で示してもらおうじゃないの。
おれと一緒に付いて来い。そんで戦え。
味方や町民に手を出したらおれが叩っ斬るからな」
その海賊はバーツの言葉に頷くと、斧を拾った。
顔は無骨であるが気弱な表情を見せるその男を見て、バーツは違和感を感じた。
とても数々の悪事を犯した賊の表情には見えなかったからだ。
どうにも疑問が残るが、電撃戦を止めるわけにはいかない。
バーツは男を連れて前線を押し上げに向かう。
道中で聞いた男の名は、ダロスと言った。
東側を完全に制圧したアリティア軍は、一度陣形を整える。
さすがにこのまま騎馬隊のみを先行させては被害が出ると思われるからだ。
奇襲により数を減らす事は出来たが、海賊とて何も考えていないわけではないだろう。
逃げた賊が頭に報告すれば、密集しての迎撃くらいは受けるかもしれない。
あるいは海賊がガルダの町を捨てて逃げる事もありうるが、
その場合は単純に追撃戦となるだろう。
残党が再び町を襲うだろうから、今ここで完全に壊滅させなければならない。
前線に居たラゼルが弓の攻撃を受ける。
命中はしなかったが、敵に弓兵が居るならばペガサスでの突出は避けるべきだろう。
そろそろ引き返して陣形に加わるべきだ。
そこまで考えて、ラゼルはハッとする。
今の弓兵はあの金髪の傭兵だろうか。
矢が飛んできた方向を見やると、青い髪の少年が弓を構えていた。
どうやらあの男ではないらしい。
考えてみれば、戦力を暴露した上で海賊側に留まっているはずがないだろう。
傭兵であれば、今頃別のあてを求めてどこかへ去っているはずだ。
しかし、そうであれば奴はどうやって自分に復讐するのだろうか。
まさかドルーアにつくのではないだろうなと思いつつ、
青い髪の弓兵に手槍を投げつけた。
弓兵は飛んできた手槍をかわし、再び弓を構える。
賊にしては落ち着いているなと思った。
それなりの実力者らしいが、相手は単独である。
一人程度ならと、ペガサス上からファイアーを放ち突撃をかけた。
敵の目の前で炎が弾け、おまけにもう一本手槍を投げつける。
手槍もただではないが、これで敵のエースを倒せるなら安い物だ。
怯んだ敵に接近し、剣で斬りつけようとする。
するとその弓兵は弓を放り出し、両手を上げた。
そして地に膝を付けると、泣きながら命乞いをする。
「ど、どうか助けて下さい。ぼくは海賊に脅されて無理やり戦わされてたんです。
ぼくの母が人質に取られていて、仕方がなかったんです。」
震えながらこちらの顔をうかがう弓兵を見て、ラゼルは驚いた。
その少年の顔に見覚えがあったからだ。
必死に頭を下げる少年に対し苦笑した後、今度はにんまりと意地の悪い笑みを作った。
どうやら相手はこちらを覚えていないらしい。
「そうか。それで、母親はまだ病気なのか?」
少年は数秒ほど硬直すると、気まずそうな顔をしてラゼルの顔を見返す。
そして何かに気付いたように、顔を苦く歪ませた。
「い、いえ、母親は人質で……別に病気とかでは……」
「人違いっつったってごまかされんぞ」
「てめぇ、何でこんなとこに居やがるんだよ!」
少年は気弱な表情から一変し、まさに海賊か不良のような表情で声を荒げた。
どうやらこちらが本性らしい。
既に嘘泣きの涙も止まっていた。
「それはこっちのセリフだ、カシム。
まだリカードのところでサギ師なんてやってんのか」
ラゼルとこの少年、カシムは顔見知りであった。
この二人は以前、リカードという盗賊がアカネイア城の宝物庫に
盗みに入った際の共犯者だった。
盗賊リカードは義賊と称してシスターと傭兵を仲間に加え、
城の警備を強行突破して宝物庫の宝を強奪するという何とも無計画な盗みを行なった。
それに加担していたのがラゼルとカシムである。
カシムとはその時一度仕事を共にしただけの関係だ。
しかし、普段は気弱な少年を装っているのに対し
本性が正反対だった為、強く印象に残っていた。
カシムは元々金を稼ぐ為、サギまがいの行為を行なっていたとラゼルは記憶している。
よく使うネタが、『母親が病気で金が無い』と言って同情を引くものだ。
盗賊リカードの口先に感心していたから、あの盗みの後も彼と共にいるのかと思っていた。
「いや、あいつはあの後一人でどっか行ったよ。
俺はあれからも転々さ。
ここの海賊団は規模もでかいから、宝石の一つくらいパクれると思ったんだ」
「そうか……なら、そんなお前に良い知らせがある。
今俺達はガルダを制圧しつつあって、戦況は有利だ。
お前が軍に入るなら、勝ち取った戦利品は給料になる。どうだ?」
「冗談はよしてくれ。ありゃあアリティアの旗だろう。
滅んだ国の残党なんて、海賊より立場悪ぃや」
「別にそれでも構わんが、俺達が負けたとしたら
アリティアの協力者であるタリスも攻められるぞ。
母親の件は嘘でも、あっちに兄妹が居るのは本当なんだろう?
宝石の一つや二つ持って帰るよりも、戦勝国の軍人の方がマシだと思うがね」
「勝算はあるのかよ!」
「オレルアンと合流し、アカネイアのニーナ姫に付ければな。
どの道ドルーアがタリスに来れば滅茶苦茶になるだろ。
それとも治安の悪いドルーア領にでも逃げるか?
お前は徴兵ぐらいで済むかもしれんが、お前の兄妹達はノルダ行きがいいとこだぜ」
カシムはぐぬぬと顔をしかめると、髪を掴んでぶつぶつと何かを呟き始めた。
損得勘定を計算しているらしいが、彼に選択権など無いに等しい。
そもそも海賊に協力している時点で犯罪者なのだ。
それが罪を問われずに真っ当な職業に就くには、ラゼルの提案を飲むしかなかった。
「指揮官はマルスか? 羽振りはどうだよ」
「側近は頭が固いが、直接俺がかけあってやってもいい。
後、タリスのシーダ姫もいる」
「あのお人好し姫さんもか! よし乗った!」
早く行くぞと張り切るカシムに、ラゼルは苦笑する。
大体性根が腐った奴であるが、完全な悪人になりきれないのだ、こいつは。
よもやラゼルがこのままカシムを
犯罪者として連行する可能性があるとは思ってもいないだろう。
この少年は、貧乏により生活を歪められているに過ぎない。
彼の兄妹を保護し、水準な生活をさせてやればカシムとて犯罪に手を染める事はないだろう。
だからラゼルは彼を信用し、ペガサスに乗せた。
こんな男でも、自分の共犯者だったからだ。
「港を丸ごとぶんどられただと!? 敵はドルーアか!」
「い、いや、アリティアの旗だった……らしい、です」
海賊団長のゴメスは、自身の城の玉座でワインの瓶を手下に投げつけた。
それは手下の顔面に命中すると、破片となって手下の顔に傷をつける。
ゴメスは玉座にもたれかかると、焦りを胸に頭を回転させる。
港が抵抗らしい抵抗も出来ず取られたというから、
最初はドルーアが裏切ったのかと思った。
しかし旗がタリスでもなくアリティアという事は、ガザックはしくじったのだろう。
奴には目をかけていたというのに、たかが残党ごときに負けるとは。
だが、仮にも団の半数を投入したのだ。
奴らは元々少数だったというし、それならば今攻めて来ている残りの連中も
ガザックにより打撃を受けているだろうと推測する。
「おい、奴らは何人だ」
「ええと、逃げ帰って来た奴らの話だとたった一人の剣士が
五十人くらいを薙ぎ倒したとか」
「くそ、情報が当てにならねぇな。全員集めろ。
アリティアの残党なんざ、数で押せば負けはしねえ」
さすがにゴメスも、負けないが勝てもしないとは言わなかった。
だが、ここで逃げ出せば今までの苦労が水の泡だ。
海賊団とて、そう簡単に規模を大きく出来るはずはない。
今のゴメスにはこの戦いで勝利し、ドルーアから報償として奴隷と金、
この町を貰う以外に現状を維持する方法は無い。
奴隷は戦力や労働力になるし、そもそも自分が王となれば
今行なっている海賊行為も正当化出来る。
夢を叶えるには、ここで負けるわけにはいかないのだ。
この海賊団の戦力は、それなりのものである。
仮にもドルーアが手先として扱おうとしただけあり、
大陸中を探してもこれほどの規模を誇る海賊団はそうそう居ない。
数だけならばだ。
しかし、戦闘に関しての練度はそれほど高くはなかった。
彼らは同じ団に所属する仲間ですらただの同業者と見ている。
敵味方の概念はあれど、彼らは馴れ合う事をしなかった。
個々が勝手な行動をしているのだから、集まった戦力も烏合の衆となる。
正規の騎士に比べ実力、装備、連携能力全てにおいて劣っていた。
ゴメスが兵力を集結させる命令を出すまで、
海賊の下っ端達は組織で動く事が出来ていなかった。
貴重な弓兵や騎馬兵はアリティアの速攻により大幅に数を減らしている。
攻撃を止めて陣形を整えたアリティア軍は、
訓練された動きを持って残敵に正面攻撃をかけた。
海賊は城までの通り道である橋を死守しようとしたらしく、橋の上に密集していた。
だがそれは密集隊形などというほど綺麗な陣形ではない。
多分彼らは橋を守るという一点しか頭に無いのだろう。
槍衾を作るわけでも、岸に弓兵を配置するわけでもなかった。
ただ単にぎゅうぎゅう詰めになっていた海賊達は、
ゴードンの弓部隊とソシアルナイト(騎馬兵)による手槍攻撃を受ける。
密集した敵にそれを命中させるのは容易な事であった。
飛び道具による大きな損害を被った海賊は接敵から数分で潰走する。
「これじゃあ、訓練の方が楽じゃないか」
カインは海賊の死体がひしめく橋を渡り終え、部隊を再び整えつつぼやく。
「勝てるのは良いんだが、こういうのばかりだとドルーア軍と戦うのが怖くなる」
「猛牛らしくない言葉だな。だが、それはそうだ。
こうやって実戦を経験させるのもいいが、早いところ練度の高い敵を知るべきだろうな」
アベルが部下を見やりつつ返す。
アリティア軍の兵は勝利した事に歓声を上げていたが、この程度で喜んではいられない。
弱い敵を倒して士気が上がるのは結構だが、
この軍はいずれグルニアの精鋭である《黒騎士団》とも戦う事になるだろう。
現状で満足はしていられないという事だ。
ちなみにアベルが言った猛牛とは、カインの異名である。
カインとアベルはテンプルナイツでも若手の部類ではあるが、
新兵として入団した当初から古参兵にも劣らない実力を持っていた。
腕の良い新兵の名はすぐに広まり、力のカイン、技のアベルとして
それぞれ《猛牛》と《黒豹》という異名が付いたのだ。
「それで、自称軍師さんはこの後どうするつもりだ?」
「どうもこうも、既に海賊は敗走しているように見えるがな。
指揮官を叩いてから掃討戦が普通だろう」
二人の言う通り、ラゼルは海賊の掃討を考えていた。
問題は城攻めだ。
さすがに相手が海賊だろうと、篭城戦になればこちらも被害を受けるだろう。
だから例のごとく、ペガサスで一気に乗り込んで
大将を討ち取るのが最善だと思い人選を行なっていた。
普通に考えれば、オグマが適任だろう。
ラゼルが自陣をうろつきながら考えていると、
カシムがシーダの前に跪いているのを目撃する。
「カシム! あなたカシムね!」
「ああ、シーダ様、申し訳ありません。
母親が病気でお金が無くて、海賊の下働きをさせられていたのです。
雑用ばかりで、決して罪の無い町人やアリティアの方に弓を向けてはおりません」
「そう、そうなの。お母さんが病気で。
……お金なら、少しは持っているわ。
これを持ってタリスへ帰りなさい」
「ああ! シーダ様!
ぼくのような者にそのような施しを与えてくれるなんて!
ぼく、一生あなたについていきます!」
どうやらシーダとカシムは元々知り合いであったらしい。
それにしてもよく口から出任せが言えるなと、ラゼルは呆れた。
カシムがシーダをお人好しだと言ったのは正解だっただろう。
実際、シーダもマルスも理想主義者である。
それは俗に甘い人間だという事だ。
と、ここで二人を見ていて妙案を思いついた。
ラゼルはカシムの首根っこを掴むと、耳元でささやく。
「じゃあ、さっそく役に立ってもらおうか」
「これは俺が出るしかないかもしれんな」
ゴメスはそう言って手斧を手に取った。
既に城は包囲されている。
無能な部下のせいで計算は大きく狂ってしまった。
生き残るにはこの城から脱出するしかない。
戦力を集中させ、包囲を一点突破で抜けるしかないだろう。
脱出用のペガサスなど気の利いたものは無い。
「しかし、ゴメス団長一人が出たところで……」
先程顔にワインの瓶を投げつけられた男が言う。
ゴメスはそいつを横目で見やると、身体を捻って腰に手を回した。
「お前はまだ解ってないようだな」
直後、男は仰向けに倒れていた。
彼の顔には、先程ワインの瓶で切った傷と寸分違わぬ所に手斧が深く突き刺さっている。
「これだけは得意なのよ」
「そりゃあ流石だ」
ゴメスは開かれていた玉座の間の扉から声を聞いた。
部屋の前で突入をかけようと構えていたのは、ラゼルとバーツであった。
「投降すれば、命は助けよう。
うちの大将は無駄な殺しは好きじゃない」
ラゼルが最後まで言い切るか言い切らないかのところで、
ゴメスの手斧がラゼルの顔面目がけて飛んでいた。
即座にバーツが鉄の斧を突き出し、それを受け止める。
「正確な狙いだ。だから予測しやすい」
ふむ、とラゼルが感心する。
やはりバーツを連れて来たのは正解だったようだ。
最初はオグマに敵将を宛がうつもりであったが、
彼にはサジやマジと共に敵の陽動と足止めを頼んでいる。
この玉座の間には、他の敵は現れないはずだ。
バーツはゴメスに対し突進をかける。
ゴメスは手斧を投げつけようとするが、腕にラゼルのファイアーの直撃を喰らう。
鍛えられた肉体は彼の貧弱な魔力程度で燃え尽きはしないが、
動きが止まったところでバーツに懐に入られた。
バーツが斧を下から振り上げる。
ゴメスは得物が小さな手斧だというのにも関わらず、その攻撃を何回か受け流して見せた。
ラゼルが見るに、力量はほぼ互角だ。
ゴメスは打ち合いを続けながら後退する。
玉座の前まで来た時、彼は手斧をバーツに投げつけ後ろに下がった。
逃げ出すのかと思いきや、ゴメスは後ろの壁に飾ってあった斧を手に取る。
それはバーツが持っている鉄の斧よりも数倍は大きな、鋼の斧であった。
ラゼルは緊張した面持ちで剣を抜く。
バーツはそれと合わせるようにじりじりと後ずさりした。
オグマの部下といえど、さすがにあれだけの斧を喰らっては腕の一本では済まない。
ゴメスが鋼の斧を構えた時、玉座の後ろにある扉が開いた。
「お頭、大丈夫ですかい!?」
「おう、お前か。ちょうどいい、手伝え」
ゴメスは内心安堵した。
アリティアの斧使いは思っていたよりも強かったし、
魔道士らしき男ともの二対一であったからだ。
だから、腕の良い部下が援軍に来たのは運が良い。
「お前はそこの魔道士をやれ。斧使いは俺がやる」
そう言ってゴメスが鋼の斧を構え直そうとする。
しかし、彼はそれが出来ず斧を取り落としてしまった。
ゴメスの腕には、弓矢が突き刺さっていた。
「うおおぉッ!」
バーツが声を上げつつ突進する。
ゴメスに体当たりを喰らわせ、落ちている鋼の斧を拾い上げる。
そしてそれを力任せに横に振り抜いた。
刃はゴメスの胸部を捉える。
身体を切り裂かれたゴメスは、そのまま衝撃で仰向けに倒れこんだ。
「な、なんで……カシム……」
「すいやせんね。俺、母親が病気で」
ゴメスの後ろに現れたのは、カシムであった。
服装は海賊団に居た時と同じである。
本来ならアリティアの鎧を着せるとか自前の装備に紋章を施すとかするべきなのだが、
海賊団の奴らはカシムが裏切った事はまだ知らないだろう。
それならば、潜入や奇襲に使えるとラゼルは思ったのだ。
「くそう……カシム、お前はガザックと同じくらい目を掛けていたのに」
「は? そりゃあ知らなかったですねえ。
俺は出来るだけ目立たないようにはしたと思ってましたが」
カシムの目的は金目の物であって、出世ではない。
海賊団に入っても、別に重要な地位に就きたいとは思っていなかった。
下っ端のままで、いつかひっそりと宝を持ち逃げするつもりであったのだから。
「いや、だって、お前顔可愛いじゃないか」
「……なんだって?」
「いやぁ、海賊なんてやってるとむさい男しか居なくてな。
ガザックもそうだったが、あいつはそこそこイイ感じだった。
しかしやっぱり大人よりも少年の方が良いと」
「ラゼル、俺は今アリティアに入って凄く良かったと思っている」
「たまげたなぁ」
カシムの顔から血の気が引き、バーツが半笑いになる。
海賊という男所帯ではそういう方面にも目覚めるだろうが、さすがにラゼルは頭を押さえた。
可愛い少年は嫌いではないが、むさい男はナシだと思っている。
ノルンに聞いたらどんな反応をするだろうかと考えていると、
ゴメスが胸から血を流しながら遠慮がちに降参の声を上げた。
「この度はまことにありがとうございます。
私はガルダの町長、ベクトと申します。
どうか、ごゆるりと滞在下さい」
海賊団を撃破したアリティア軍はガルダの住民から歓呼の声で迎えられた。
例え滅亡した国の残党軍とはいえ、
町を牛耳っていた大きな海賊団を討伐してくれた事には変わりない。
無秩序に横行する海賊と違い、アリティア軍は略奪など行っていなかった。
それどころか、戦闘後の事後処理を手伝って見せる。
それがマルスの命令である事は言わずもがなであった。
マルスとシーダ、ジェイガンやモロドフなどの軍の上層部は
町長の家に招かれひとしきり感謝の言葉をかけられた。
兵達も町の宿で休息を取っている。
町から歓迎されたアリティア軍の士気は高く、
ジェイガンが釘を刺していなければ酒場で朝まで騒ぎ立てていただろう。
既に二度の実戦をくぐり抜けた彼らは、体力も正義感も溢れんばかりであった。
マルス達は町長の家でこれからの行軍の予定を立てていた。
ガルダの海賊を倒したのならば、タリスは安全だろう。
いや、正確には危険の一つを潰しただけに過ぎない。
ドルーア軍が直接タリスに攻め込む可能性も無いではないのだ。
だとすれば、ドルーアの目をこちらに向ける必要がある。
ドルーアと結託した海賊を倒した以上、
ドルーア軍が本腰を入れて攻撃してくる事も考えねばならない。
早いところオレルアン軍やニーナ姫と合流し、
戦力を整えねば暗黒竜メディウスには対抗出来ないのだ。
マルス達は地図を見ながら最も早くオレルアンへ辿り着けるルートを探していた。
効率的な進路はサムスーフの山を越えるというものであったが、
この辺りの地理を知る町長の話によるとその山は《デビルマウンテン》と呼ばれる難所らしい。
そこはサムシアンと呼ばれる盗賊団の巣窟であり、
旅人や隊商が度々犠牲になっているのだという。
「盗賊ごときといえど、この戦力でこれ以上無駄な戦いはするべきではありません。
多少時間がかかれども、迂回してオレルアンへ向かいましょう」
「でもモロドフ卿、今のところ戦況はドルーア優勢で、
オレルアンもそうそう長くは持たないでしょう。
それに、盗賊程度が倒せないでドルーアの正規軍と戦えるとは思いませんね。
幸いこの町で物資の補給は出来るし、今回の戦利品にはまともな武器もあります」
ラゼルの言葉にモロドフがううむと唸る。
寡兵である事も懸念であるが、今まで正規兵と戦った事が無い分部隊の練度も気にかかる。
このままドルーアと戦ってどのような結果になるかの予想がつかないのだ。
「隊商を何度も襲う盗賊となれば、それなりの練度を持つでしょう。
軍の訓練相手としてはうってつけであるし、戦利品にも期待出来る。
残党軍の財布が潤っているわけが無いですからねぇ」
「なら、決まりだね」
マルスのその一言で、モロドフは折れた。
ラゼルの論にも一理あるし、王子が決めたのならば仕方ない。
自分は少しでも戦局を良くする為に動くのみだ。
「ならば、私は輸送隊のところで物資の確認でもしておきましょう」
「頼みますよ、残党のおっかさん」
ラゼルの言葉に、モロドフは眉間にしわを寄せて返した。
仮にもアリティア王子率いる軍の軍師が残党の母親役と呼ばれるとは。
しかしどうにも的を射ている言葉であるから、反論は出来なかった。
そういうのならば、マルス達の親を演じて見せようではないかと
逆に意気込んでモロドフは輸送隊のもとへ向かって行った。
「すまないな、ラゼル」
「さあ何の事か。まぁ、お前はほっといてもそうしただろうに」
マルスとラゼルは微笑を合わせた。
マルスは平和主義者であり、お人好しである。
だから人々が困っているとなれば、助けるのに理由は付けないだろう。
例え祖国解放という大きな目的が待っていたとしても、
目の前の盗賊退治を引き受けてしまう。
それをラゼルも分かっているから、モロドフを説得した。
軍の利益の為ではなく、盗賊退治を主目的として。
二人が見つめ合っていると、不意にマルスは足に激痛を感じた。
どうやらテーブルの下で誰かに足を強く踏まれたらしい。
隣を見やると、シーダが不機嫌そうな顔をしている。
何事かと混乱するマルスに視線を合わさず、シーダは外へ出て行った。
「何だぁ……?」
「そりゃあ、女だって男の友情がうらやましくなる事だってあるさ。
特に、思春期の子供はなぁ。
そして、それをはっきりこうやって示してくれる女は良い女だよ」
困惑するマルスを眺めながら、ラゼルはくつくつと笑った。
ジェイガンも懐かしそうに頷いているのを見て、
マルスはそういうものなのかとシーダの去った玄関に向け口をへの字に歪ませた。
マルス達が作戦会議をしている時、
ゴードンとノルンは木に括りつけた的に向け弓を引き絞っていた。
ゴードンが放つ矢は的には命中するものの、なかなか中心には当たらない。
深呼吸し、精神を統一してから放った一矢が中心からわずかに逸れた場所へ刺さった。
「やった! 見て、ドーガ。当たったよ」
「まだ甘い」
ドーガは椅子に腰掛け、本を読みながら返す。
何の本かとゴードンがドーガの首に抱きついて覗き込んだ。
大昔の戦争を元にした小説のようで、
たった一人のアーマーナイトが数千の敵兵を足止めした事が書かれている。
本のタイトルは、《聖戦の系譜》とあった。
「ちゃんと見てよドーガ、真ん中に当たってるだろー。
あっ、ノルンは今の見てたよね」
「えっ……ええ、うん、見てましたよー。
そりゃあ、ちゃんと」
ノルンが見ていたのはドーガにすがりつくゴードンという趣味的な光景だったのだが、
ゴードンはまったく気付かない様子でドーガの頬をぐりぐりと小突いた。
そのまま耳たぶでも噛んでくれれば面白いのにと思いながら、
ノルンは二人から目を離さずに矢をつがえた。
楽しそうな三人を横目に、カインとアベルは杯を交わしている。
一応戦いに勝利した夜であり、これからは少なくなっていくだろう休息の時間だ。
ワインの一杯や二杯、咎められるものではないだろう。
アベルはフッと溜息を吐き、軽く喉を潤す。
「あんな状態で、ドルーアに勝てるとは思えないがな」
「勝つさ。その為に俺達が居るんだろう。
反ドルーア勢力と合流して、アリティアを取り戻す。
簡単な話じゃないか」
「カイン、お前もテンプルナイツなら、もう少し頭を使うんだな。
今回の戦いでも、わずかながら戦死者が出ているんだ。
今後正規軍との戦闘になれば、それは増えるだろう。
犠牲の無い戦争なんてありはしないからな」
アベルの言葉が本当であったから、カインは唇を曲げた。
無傷で勝利出来る戦いなどは奇跡だ。
例え相手が練度の低い海賊や盗賊のたぐいであっても、剣で斬られれば人は死ぬ。
今まで実戦経験の無かったアリティア兵達は、戦闘に勝った事で士気を上げている。
同時に、少数の死者を出した事で戦争の現実を受け止めたであろう。
カインがそれに気付いたように、アベルもその問題を懸念していた。
これから正規軍と戦い多くの被害を受けた時、
アリティア兵は悪を倒し祖国を奪還するという大義の為に戦い続けられるだろうか。
誰だって命は惜しい。
もしかしたら、悪の帝国を倒すアリティア軍の兵士が脱走兵となり、
このガルダに居た海賊のような悪党に成り下がってしまう可能性もあるのだ。
国、そしてマルスに対して忠誠心の厚いアベルはそれを恐れていた。
「もしもドルーアに負け、マルス様が亡くなったとしたら。
このアリティア軍は烏合の衆となってガルダの海賊と同じ運命を辿るだろう」
「そんな事は無い! 俺達アリティア軍はそんな気持ちで戦っては無いさ。
例えこの場にマムクートが現れようがグルニアの黒騎士団が現れようが、
我らアリティア騎士は臆せず立ち向かう事だろう。
お前もそうだと思ってたがな、アベル」
アベルはカインの精神論に両手を広げて呆れてみせる。
しかし、彼の言葉通りであってほしいとも思う。
慎重論も大事だが、行き過ぎれば臆病となる。
そう考えれば、自他共に認める冷静なアベルにとってカインの性格は非常にありがたかった。
足して割ればちょうどになるとはよく言われるものだ。
柄にも無く感謝の言葉が喉元まで込み上げて来た時、村長宅の扉が乱暴に開かれる。
シーダ姫が不機嫌そうな顔をして出てきたのを見て、
またラゼルが彼女とマルスとの仲を弄くったのだろうなとテンプルナイツ団員は予想した。
シーダは切り株に座って剣の手入れをしていたオグマを尻で押し退けるようにして隣に座る。
そして、また何か面倒な事が起きたと言いたげな顔のオグマを横目で見やった。
「オグマ、私って何の為にここに居るのかしら」
「シーダ嬢ちゃんよう、そういうのはもうちょっと後になってから言うもんだぜ。
昨日の今日で帰りたくなったのか?」
「そんな事無いわ。
でも、マルス様はタリス王女の私と友人のラゼルとだったら
ラゼルの方が大事なのかしらと思っただけよ」
「あー……」
どうやら厄介事は思っていたよりも深刻らしい。
シーダはタリス王女と言ったが、権力を誇示したいわけではないのはオグマには分かる。
マルスの恋人を自称するのがはばかられただけの話であろう。
女であるシーダには男同士の友情とやらが理解出来ないわけで、
オグマにその説明を求めているというところまで読み取る事は出来た。
しかしそんな物は口で言って分かるような物ではないから、
オグマは返答に困って曖昧な声を上げながらシーダから剣へと目を逸らした。
「シーダ様、男の子同士の間には、私達女の子に入り込めない絆があるものですよ」
ノルンが手持ちの矢を圧し折らんばかりに、両手を握り締めて言った。
そんなものだろうかとシーダが頬杖を突く。
ノルンは言葉を続けようとするが、それを遮る様にして当のラゼルが家から出て来た。
「絆ってほど大層なもんじゃあ無いけどね、俺ぁマルスが好きなのよ。
理想主義者で、戦争をするにしても死人を一人も出したくないって考えてるような奴が。
お前もそうだろう?」
「それは……た、確かにマルス様の事は、その」
「そっちじゃねぇよ。お前も理想主義者だろって言ってるんだ。
邪悪な帝国を討つ為に、正義の軍が人を殺す。
だけど本当は味方が死ぬのも敵が死ぬのも嫌、戦争は嫌って。
そういった理想論を馬鹿正直に実行する奴が居ないと、世界は平和にならんだろうが」
シーダは赤面から一転して、神妙な顔で俯く。
確かに、自分とてその為にマルスに付いて来たはずだ。
それはマルスの部下も同じであろう。
見れば、テンプルナイツは各自表情こそ違えど
その理想論を貫かんという信念をその目に宿していた。
仲間の顔に満足したのか、この通りだとラゼルは手を振って見せる。
一方、オグマは目を細めてシーダの頭に手を置いた。
「ほんと、お前らは子供だな」
「夢を現実にしようとするのは、いつだって子供だろ」
オグマとしては、マルス達の理想主義は絵空事に過ぎないと解釈している。
ただし、それに惹かれるものが無いと言えば嘘になった。
シーダに拾われるまで奴隷剣闘士として生きてきた彼にとって、戦争の無い世界。
敵意や悪意が存在しない世界というのは酷く魅力的に感じられたのだ。
そして、マルス達に加担している自分自身も決して嫌いではなかった。
傭兵や剣闘士を辞めてタリスで一般市民として暮らす事も出来たオグマだが、
もしタリス国王から命令されずとも自分はシーダとマルスに付いて行っただろうと思う。
辺りに言い様の無い一体感が漂い始めた時、
不意にアリティア兵の一人が慌てた様子で走って来た。
兵士は息を切らせ、膝に手を突いて伝令の声を挙げる。
家からマルスとジェイガンが出て、続きを促す。
「どうしたか」
「はっ、海賊団の団長が脱走したとの事です」
「見張りは何をやっていた!」
ジェイガンが怒鳴る。
海賊の団長であるゴメスは降伏し、怪我の治療後は拘束状態にあったはずだ。
それが脱走したとなれば、組織を立て直される恐れがある。
兵士はジェイガンの叱責に頭を下げたが、何やら口ごもりつつ返す。
「その……それが、見張りの兵は全員軽傷を負いまして……」
「武装しているというのかい?」
「いえ、賊は丸腰であります。
ただその、肉体的と言いますか精神的と言いますか、
被害にあった兵が数名おりまして……」
要領を得ない兵士の言葉に、マルスが疑問を浮かべる。
それに対し、ラゼルは目を閉じて苦笑する。
城で戦った時、ゴメスがカシムに対して言った言葉が本当ならば
見張りの兵達が負った肉体的な傷は軽傷だろうが、
精神的なものに関してはご愁傷様としか言い様が無かった。
事情を聞いていたノルンは顔を赤らめながら何かを考える素振りを見せている。
その後、ゴメスは去り際に海賊から足を洗うと宣言していたとの情報が入った。
海賊団長に逃げられたのは問題であったが、
先を急ぐアリティア軍はゴメスの言葉を信じて先へ進む他無かったのである。
こうしてガルダの海賊は駆逐され、マルス一行はデビルマウンテンへと歩を進めた。