新訳・ファイアーエムブレム新暗黒竜と光の剣F   作:朝比奈たいら

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第三章『紅のデビルマウンテン』(1)

サムスーフの山道を、一人の青年が歩いていた。

後ろ姿だけを見れば、その青年は女性と見る事も出来る。

膝裏まで届く長い茶色がかった黒髪に、細い体つき。

顔立ちも中性的であったが、その目付きは猛禽類の様に威圧的な物だ。

腰には二刀の剣を下げ、山道を苦にする様子も無く歩いていた。

 

青年は立ち止まり、身体を捻る。

その瞬間、脇の森林から弓矢が飛んできた。

矢は青年を掠めて反対側の木に突き刺さる。

次いで、武装した男が数名ほど森から現れた。

青年はその男達がサムシアンと呼ばれる山賊だとすぐに気付く。

 

サムシアンの山賊は、それぞれの武器を手に青年へ襲い掛かった。

金目の物を置いて行け、などという勧告も無い。

そもそも弓矢を紙一重で避けられた時点で、

この青年がただの旅人でない事は山賊にも理解出来た。

山賊はこの青年を、腰に剣を下げている事から大方傭兵の類であろうと判断する。

商人の様に食物や財宝を持ってはいないだろうが、

傭兵ならば武具か何かを持っているはずだ。

青年が腰に差している剣の鞘は、飾り気がなくとも良質な物に見える。

 

サムシアンの予想通り、青年は高価な剣を持っていた。

青年は紅に染まった二刀の剣、キルソードを両手に抜き放つ。

山賊がそれを奪おうと襲い掛かった瞬間、数名の賊達は一瞬にして倒れ伏した。

剣に付いた血を振り払い、青年はそれを鞘に納める。

山賊の死体に目もくれず立ち去ろうとする青年の背中に、拍手が投げかけられた。

振り向くと、斧を持った大柄な山賊と数名の取り巻きが崖の上から見下ろしている。

 

「いい腕だな。見たところ傭兵のようだが、どうだい。

 俺達サムシアンに雇われてみるってのは。

 お前が倒したそいつら全員の取り分をやるぜ」

 

「断る」

 

「まぁそう言うなよ」

 

大柄の山賊はがたいに似合わない軽快な動きで崖を飛び降りると、

後ろから青年の肩を掴もうとする。

青年が腰の剣に手をかけたのを見て、山賊は慌てて手を戻して振った。

 

「まぁ待てよ。勘違いすんな、やる気はねぇよ。

 傭兵なら金が欲しいだろ?

 それとも女はどうだ、よりどりみどりだぜ。

 ついこの間、上玉のを手に入れたんだ。

 ここらじゃちょっとは有名な、シスター・レナって女をよ」

 

「シスターの、レナ?」

 

その名前を聞いた瞬間、青年は訝しげな表情になる。

彼が心動いたと思った山賊は、有用な戦力を逃すまいと笑顔で両手を広げてみせた。

 

「知ってたか。あちこち旅をしながら慈善事業やってるシスターさ。

 深紅の髪をした生粋のマケドニア人だ。

 この前までガルダに居て、海賊の連中も似たような事を考えてたらしいな。

 でも、俺らサムシアンの方が出し抜けたってわけだ。

 高値で売れるから傷物にゃあ出来んが、一線さえ越えなきゃ何したっていいぜ。

 どうだ、気は変わったか?」

 

「……シスターレナ、か。ああ、そうだな。

 山賊の用心棒というのも面白そうだ」

 

「決まりだ! だが、くれぐれも傷だきゃあつけんよう頼むぜ、用心棒さんよ。

 俺ぁサムシアンの頭、ハイマンだ。あんたは?」

 

「ナバール。見ての通り、傭兵だ」

 

 

 

サムシアンのアジトにある一室で、ナバールは眠りについていた。

ベッドの脇にはキルソードが二刀とも置かれている。

山賊を信用するしないの問題ではなく、傭兵として当然の事だ。

今まで数々の戦場を巡って来た彼にとっては、味方すら疑ってかかるものだ。

 

扉が開く音がして、ナバールは即座に剣を掴む。

だが、キルソードはまるで陽炎のように霞んで消えてしまった。

部屋へ闖入して来た鎧姿の兵士達に剣で押さえ込まれ、身動きを封じられる。

顔を上げると、そこには一人の女性がナバールを庇うように立っていた。

 

(――母さん!)

 

必死に喉を震わせているはずなのに、耳に自分の声が届かない。

ナバールの叫びは、声になって響く事は無かった。

女性は兵士の剣によって心臓を貫かれる。

剣が引き抜かれると、女性は糸の切れた操り人形の様に倒れた。

血だまりに沈む母を見て、ナバールは今度こそキルソードを手にする。

 

「うああああッ!」

 

一閃、キルソードが振り抜かれる。

しかしそれが切り裂いたのは、彼が今まで寝ていたベッドの毛布であった。

息を荒げながら周りを見渡しても、兵士や女性は居ない。

自分が夢を見ていたのだと気付いて、ナバールはベッドに座り込む。

無駄に剣を使ってしまったので、手入れをしないといけない。

そう思う程度の冷静さは持っていたが、動悸はしばらく治まらなかった。

 

喉が焼け付く様に渇いているのを感じ、ナバールは部屋を出る。

通路に置かれていた樽の水を桶に取り、一気に飲み干して顔も洗った。

澄んだ水に自分の顔が映る。

母親譲りのその顔でさえも、今は胸苦しく感じた。

ナバールは誰に対しても自分の過去を語らない。

しかしそれは絶対に忘れたり、忘れようとすべきではないと考えていた。

だからナバールは、サムシアンは山賊だというのに澄んだ水を

常に居住区の通路に置いておく几帳面な組織なのかと、

自分の雇い主の思想や実力を計る様な思考を取った。

無論、それが心にある闇から自分を遠ざける為。

思考の責任転嫁であり、一時的な逃亡であるとも自覚はしていた。

 

サムシアンが几帳面であろうとなかろうと、洞窟に作られたアジトの空気はこもる。

外の空気を吸う為、ナバールは洞窟を出た。

サムスーフの山に掘られた洞窟から、山賊達の声が聞こえる。

下品な笑い声、賭け事の罵声、女達の嬌声や悲鳴。

悪魔の山、デビルマウンテンというのも頷けるとナバールは思った。

 

そんな中、一人の山賊がこそこそと洞窟から出てきた。

まだ若い青年で、別の穴倉へと向かっていく。

確か『お宝』を貯蔵している倉庫の方であるとナバールは気付いた。

気配を消し、後を追う。

青年はパンとコップを載せたトレイを持ち、倉庫の財宝には目もくれずに先へ進む。

最奥には、鉄の檻に囚われた真っ白な修道服の女性が背を向けていた。

 

「神、それは敬うもの。

 幸、それは育てるもの。

 生、それは慈しむもの。

 地竜鎮めし守護神ナーガは共に有り。

 傍らに寄り添うは風神フォルセティ。

 例え地竜ロプトウスの眷属が蘇ろうと、

 神剣ファルシオンを手にナーガは微笑むであろう――」

 

「レナさん、レナさん……!」

 

青年は囚われた女性に声をかける。

振り向いたシスターは、疲れきった瞳を青年に向けた。

 

「ジュリアン、今夜ですか? 私が売られるのは……」

 

「違うよ! ほら、食事を持ってきたんだ」

 

青年ジュリアンは檻の隙間からパンとコップを捻じ込む。

シスター・レナが囚われてから、これが彼の日課であった。

しかしレナは首を振る。

 

「下げてください。

 私は神に仕える身、人から奪ったものを食べる事は出来ません」

 

「もう二日も食べてないじゃないか!

 オレはレナさんに、その、元気で居て欲しいんだ。

 ああ、いや、もちろんこんなとこに閉じ込められて元気も何も無いだろうけど――」

 

しどろもどろに話すジュリアンを見て、レナは微笑を浮かべる。

 

「あなたはいつも優しくして下さるのね」

 

「ン……!? そりゃあ、オレもマケドニアの血を引いてるから……」

 

ジュリアンは一瞬困惑した表情を見せてから言う。

レナの髪の毛は新鮮なリンゴの様に赤い。

これはマケドニア人の貴族に多く見られる。

かつてマケドニア人の祖先はドルーアの奴隷であり、

百年前にメディウスが倒れてドルーア帝国が崩壊すると

彼等は奴隷達の代表であるアイオテを国王にマケドニア王国を建国した。

そのマケドニア人のルーツはドルーア領に存在する赤髪赤眼の被差別部族であり、

元奴隷による下克上を以って彼等炎の血脈は王や貴族を表すものとなったである。

 

ジュリアンの髪は黒髪だが、やや赤みがかっている。

熟れて黒ずんだ果実の様なダークレッドのそれは、マケドニアの混血であるが為だ。

最も、全ての赤髪が現マケドニア人を表すわけではない。

レナは生粋のマケドニア人であるが、

例えば同じ赤髪であるアリティア騎士カインの祖先はアリティア人だ。

ルーツである赤髪の部族の中には奴隷にならず他国へ移住した者もおり、

カインの先祖は代々アリティア騎士の家系である。

 

何にせよ、ジュリアンがレナに言ったのは適当な理由付けだ。

親の顔もろくに覚えていない孤児なのに、血筋に執着があるわけがない。

彼はただレナに一目惚れしたのだ。

サムシアンに入ってから、彼は幾人もの女が奴隷として売られるのを見てきた。

ジュリアンが直接女の尊厳に傷を負わせた事は無いが、

捕らえた者を仲間に渡して金を得る事は慣れたものであった。

仲間がジュリアンに賛辞を送りながら報酬を渡した後、

賊達が女奴隷に対してやる事をジュリアンは止めなかった。

このご時世、そうでもしないと自分の様な人間は生きていけないからだ。

 

だが、今回は違った。

元々美人には弱いとよく言われるが、レナはその中でも規格外であった。

外見の事ではなく、何もかも自分とまるで真逆の存在に神々しさすら感じたのだ。

この女性を傷つけてはいけない。

守らなければという想いが、まるで天から与えられた自分の使命だと思った。

 

そんな二人の様子を、ナバールは陰から見ていた。

ふん、と溜息の様に鼻を鳴らすと、ナバールは外へ戻っていった。

部屋に帰って寝る気分ではないし、

鍛錬でもしているところを山賊達に見つかるのは冷やかされそうで嫌だった。

 

(いっその事、山賊達の様に女やギャンブルにのめり込めた方が楽かも知れんな)

 

ナバールは自分の性格が不器用なのを心の中で批難しつつ、

結局夜明けまで風に当たっていたのだった。

 

 

 

数日後、サムシアンのアジトに商人と鎧姿の大男がやって来た。

でっぷりと太ったこの商人が扱う品は人間だ。

この男は奴隷のみを扱ってここまで肥えた奴隷商人であった。

サムシアンは上客であり、買い付けた奴隷は貴族や奴隷市場であるノルダの町に売るのだ。

 

「ナバールさんよ、相手してくれや」

 

黙々とエールをちびちび飲んでいるナバールを見つけ、ハイマンは声をかける。

 

「そういう趣味は無い」

 

「違ぇよ……最も、あんたみたいな綺麗な髪した奴ならそういう野郎も居るだろうがね。

 そうじゃなくて、あの大男とやりあってくれっていうんだ」

 

「それは契約か?」

 

「勝ったら1000ゴールドだ」

 

ナバールは無言で立ち上がる。

 

「そうこなくちゃな!」

 

洞窟内でも一番広い間へと場所を変え、ナバールと大男の一騎討ちが始まった。

大男は奴隷商人が連れてきた有名な闘士で、現役のドルーア軍人らしい。

本業の他、闘技場の闘士や強盗をやって暮らしているのだとか。

 

「ヌアアアアアッ!」

 

大男は両手剣を片手に一本ずつ持ち、ナバールと同じく二刀流で戦った。

叫びながら振るわれる剣は風圧だけで人を殺せそうな勢いだ。

それをひらりひらりとナバールは苦も無く避けてゆく。

同じ二刀流でも、戦い方も技術の差もまったくの別物だ。

大男は業を煮やして気勢と奇声を上げながら剣を振るう。

 

と、その剣をナバールは片手で受け止めた。

刃の薄いキルソード一本で、両手剣をだ。

しかも、受け止めたのは左手だった。

ナバールは両利きなのだが、それを知らない大男は怒りを通り越して戦慄した。

 

早く片をつけなければ。

そう思い両手を振りかぶったところで、がら空きになった胴体をキルソードが薙いだ。

ナバールの剣は特注のハードレザーを一太刀で切り裂き、大男は倒れる。

苦しみ悶える大男の首を、ナバールは無言で刎ね飛ばした。

首は奴隷商人の目の前に転がる。

奴隷商人は真っ青になり、ハイマンは口笛を吹いた。

 

「やるねぇ。……よぉ、次はもっとマシなのを連れてくるんだな」

 

「なんなのだ、あの双剣士は……」

 

「ナバールってんだ」

 

「何!? まさか、紅の剣士か!?」

 

奴隷商人は、自分が勝ち目の無い賭けをしていた事に気付く。

紅の剣士ナバールとは、大陸一の剣士として有名な傭兵だ。

その実力は、かつてノルダの奴隷剣闘士として名を馳せた

あのオグマに並ぶとも言われている。

ハイマンは最初ナバールの名前を聞いた時、偽者か冗談だと思った。

しかしこうして見ると、この男は本物の紅の剣士だと実感出来る。

 

「くそっ、もってけ泥棒め!」

 

「泥棒の山賊から品物を買ってるあんたは何なんだ?」

 

奴隷商人は舌打ちしてから、ハイマンの手に金貨を落とす。

全部で10000ゴールドはあった。

ハイマンは手のひらで金貨を弄びながら、もう片方の手で指を鳴らす。

 

「さて、仕事の話といこうか」

 

レナが山賊二人に両腕を取られ連れてこられる。

倒れている大男を見た瞬間、彼女は山賊を振り払って大男に駆け寄った。

だが、その首が刎ねられているのを見ると驚愕の表情に変わる。

レナの視界に入ったのは、血の滴る真紅の剣を持ったナバールの姿であった。

 

「ナバール、さん……!?」

 

レナは信じられないという顔でナバールを見つめる。

彼女はかつてならず者に襲われていた際、

偶然通りかかったナバールに助けてもらった事があるのだ。

その後、成り行きで義賊の少年リカードと共に

レナとナバールはアカネイア王宮の財宝を盗み出す事になった。

そのナバールが山賊に雇われ、人殺しをしている。

レナは人生で初めて、神の存在を疑ってしまった。

 

「来い!」

 

ハイマンに腕を掴まれ、奴隷商人の前まで引っ立てられる。

奴隷商人は値踏みする様な視線をレナに向けていたが、

ふと何かに気付いた様にレナのフードを剥ぎ取る。

中から現れたすらりとした赤髪を見て、奴隷商人の目の色が変わった。

 

「マケドニア人……それもかなり良い所のお嬢さんか!」

 

「シスター・レナと言えばこの辺りじゃあ有名人だぜ」

 

「3万ゴールドだ!」

 

ハイマンは微動だにしない。

 

「では、5万!」

 

ハイマンがシッシッと手をやると、部下達はレナにフードを被せて去って行こうとする。

 

「ええい、言い値で良いわ!」

 

「8万だ」

 

奴隷商人は金貨袋を確認すると、8万ゴールドきっかりをハイマンに渡す。

 

「ほい、あんがとさん」

 

ハイマンが手招きすると、部下はレナを奴隷商人に渡した。

この容姿なら例え10万ゴールドでも上手くやれば買い手がつく。

もしもこの女が有力貴族であれば、政治の道具としても売れるはずだ。

そう考えた奴隷商人は躊躇わなかった。

 

レナが買われていく光景を、ナバールは黙って見ていた。

ふと目が合い、レナは酷く悲しそうな顔をする。

それは自分が買われていく事もあったが、

ナバールがこの様なところで山賊をやっている事が悲しくて仕方が無かった。

 

ナバールは自然体を装って目をそらす。

視線の先には山賊達の野次馬に交じってジュリアンが居た。

彼は何かを決意する様に鋭い目つきで拳を握ると、外へ出て行った。

 

それから数時間後。

アジトで客として扱われていたはずの奴隷商人が、

泡を食って洞窟中に響かんかという声で叫ぶ。

 

「女が……女が逃げた!」

 

ハイマンはすぐさま捜索隊を向かわせた。

サムスーフの険しい山々で、人が通れる道はある程度絞れる。

レナが落下死しているのが最悪のパターンであったが、その心配は無い様子だ。

何故なら、レナを連れ去ったのがジュリアンだという情報もあったからだ。

 

 

 

「――ジュリアン。待って、ジュリアン」

 

辺り一面岩だらけの山道を下りながら、レナは動悸に胸を押さえつつ傍らの青年に言った。

 

「リライブの杖を置いてきてしまったわ。

 ジュリアン、このワープの杖であなただけでも逃げて」

 

「そうはいかねぇよ! 杖なんか後で取り返してやるから、

 今は逃げる事だけ考えるんだ、レナさん。

 麓まで降れば、アリティアの残党が来るって話だから

 それに紛れてサムスーフから脱出しよう!」

 

ジュリアンはレナの手を引き、山道を下る。

この期に及んで、レナは自分の身体より回復の杖の心配をしていた。

彼女にとって人を癒す行為はそれ自体が存在意義であり、杖の無い自分など無力なだけ。

現に今だって彼に迷惑をかけているではないか。

 

レナはジュリアンに手を引かれながら、片腕でワープの杖を握り締めた。

このまま逃げ切って助かりたいとは思う。

ジュリアンに関しても、悪い人間とは感じられない。

しかし、未だ山賊のもとに居るナバールが気にかかった。

彼の存在を見なかった事にするというのは、慈愛の精神を持つレナには出来なかった。

 

山賊が現れたのは、その時である。

追手が五名、ジュリアンとレナを取り囲んだ。

後ろからゆったりとした足取りで、あのナバールもやって来ている。

山賊はかつての仲間であるジュリアンを少し残念そうな顔で見つめた。

 

「ジュリアン、お前が裏切るたぁな」

 

ジュリアンは冷や汗を頬に伝わせ、敵となった仲間を見据える。

腰に下げた鉄の剣に、ゆっくりと手をかけた。

 

「女に情が移ったか? 今までそんな事無かったじゃないか、ええ?

 お前はいつも淡々と『仕事』をして、『戦利品』を俺達にくれた。

 それがどんなにありがてぇ事だったか――」

 

「言うなッ!」

 

ジュリアンは抜刀する。

自分のやってきた事は許される罪ではない。

だが、レナだけは。

レナの前でだけはその罪を晒されたくなかった。

 

「ジュリアン、お前は――!」

 

抜刀したジュリアンは、レナから手を離して山賊の一人に斬りかかった。

自分はともかく、サムシアンはレナを傷つけはしないだろう。

売却したばかりの奴隷を殺してしまっては信用問題だ。

レナを人質に取る、という考えまで頭が回らない程度には、ジュリアンは激昂していた。

 

山賊は剣で攻撃を受け止めようとしたが、

ジュリアンの剣は滑る様に相手の首を斬り裂いた。

男はジュリアンにとっての同僚であり、上客であり、友人とも呼べる存在であった。

その男が倒れた瞬間にはジュリアンは次の敵に向き直り、

友との思い出を振り返る事は無かった。

 

山賊達は緊張に身構える。

ジュリアンは決して弱い者いじめだけが得意の盗賊ではない。

恐らくサムシアンの中では、ハイマンに次ぐほどの力量を持つであろう。

組んでかからねば危険な相手だというのは、山賊達も理解していた。

 

「俺がやろう」

 

今まで黙っていたナバールが口を開く。

彼の提案に不服を唱える者は居なかった。

紅の剣士ナバールならば、ジュリアンが多少腕が立つとはいえ敵うはずがない。

ジュリアンもそれは理解しており、剣を持つ手が震える。

二人は数秒ほど、間合いを取って睨み合った。

 

ジュリアンが先に仕掛ける。

下から跳ね上げる様に切り上げた剣を、ナバールは身体を反らしてかわす。

返す刀で振り下ろされたそれを、右のキルソードが受け止める。

だがナバールは左手にも剣を持っている。

自分の胴体ががら空きなのに気づき、咄嗟に身を沈めるジュリアン。

一瞬遅れて、左のキルソードがジュリアンの頭上を薙ぐ。

 

身を屈めたまま、ジュリアンはナバールにタックルした。

何歩か後ずさりするナバールの腰に剣を突き立てようとするも、

膝蹴りを腹にくらって空気を吐き出す。

動きが止まったその時、ナバールは剣の柄で

自分に組み付いているジュリアンの後頭部を力をこめて殴った。

気絶はしなかったものの、身体は大地へと落とされる。

顔から地面の岩肌に叩きつけられ、鼻の奥から鉄の匂いがこみ上げてくる。

地べたに這ったジュリアンの首筋に、二刀のキルソードが挟む様に添えられた。

そこまでされても、ジュリアンは剣を手放してはいなかった。

 

「それだけの腕があれば、傭兵や軍兵にもなれたものを」

 

「ぐぅっ……へっ、アンタみたいなのになるなら同じ事さ……」

 

「ナバールさん!」

 

今にも首を刎ねんとするナバールに、レナが叫ぶ。

彼女は何を言うべきか分からなかった。

きっと神の教えを説いてもナバールはジュリアンを殺すであろう。

だから彼女は、赤みがかった黒い瞳に涙を浮かべながら

ナバールを見つめる事しか出来なかった。

 

「やれよ。ただし、レナさんに手を出したらスケルトンになってもアンタを祟り殺すぞ」

 

ジュリアンは骸骨の魔物の名を口にしてみせる。

主に異大陸に存在する魔物だが、このアカネイア大陸にも見られるモンスターだ。

事実、彼はスケルトンに襲われていた少年を助けた事がある。

その少年リカードは弟子とも相棒ともつかぬ存在になったが、

ジュリアンがサムシアンに入る前に行方知れずとなっていた。

 

(リカードの奴、悲しむだろうな)

 

ジュリアンはしばらく見ていない人懐っこい顔を思い出しつつ、覚悟を決めた。

しばらくの間、ナバールはジュリアンの首筋に二刀の剣を添えたまま沈黙していた。

周りの山賊は、いつそれが元同僚の首を飛ばすのか興味津々で見ている。

 

黙ったまま微動だにしなかったナバールが、突如として動いた。

キルソードは雷の様に走る。

それは倒れ伏すジュリアンではなく、最も近くに居た山賊の一人を斬り飛ばした。

地べたに這いつくばるジュリアンを嘲笑したままの顔が宙に舞う。

 

もう一人の賊は驚く暇も無く、首筋を斬り裂かれて倒れた。

三人目が慌てて剣を構えた時には、その剣ごと腕も首も刎ねられていた。

最後に残った山賊は逃げようとするが、

背中を向けた瞬間に背後から容赦無く心臓を貫かれた。

胸から突き出たキルソードは、本来の色に血を加えて更に紅く輝いていた。

 

「何故……!?」

 

起き上がったジュリアンが声を漏らす。

ナバールは死体から剣を引き抜くと、二人に向き直る。

 

背後から光が迸ったとジュリアンが感じたのは、その時だった。

振り返ると、レナが杖を両手に構えている。

魔法陣がジュリアンを包み、数瞬後には跡形も無く消え去っていた。

対象を別の場所へ転移させるワープの杖によるものである。

ナバールは珍しく、やや驚いた顔をした。

 

「私は、逃げ切れませんから」

 

レナはそう言って見せる。

次いで、山賊達の声が聞こえた。

 

「いたぞ!」

 

近くで捜索に当たっていた山賊数名が駆けつける。

山賊達は五人もの仲間の死体に驚くが、女が見つかった事に安堵した。

しかしジュリアンは見当たらず、ナバールの剣が血塗れている事に気付く。

山賊達が疑惑の目をナバールに向けるが、それを遮る様にレナが挑発的な表情を作った。

 

「六人がかりでも、裏切り者一人捕らえる事も出来ないのですね」

 

この女は、何もかもを守ろうとしている。

そうと知ったナバールは心臓を鷲掴みにされた思いであった。

一方のレナは自分でそう言いながら、

 

(何故私は、会ったばかりのジュリアンを嘘を吐いてまで守ろうとするのだろう)

 

と疑問を感じるのだった。

 

 

 

マルス達アリティア軍は順調に行軍を続けていた。

道中の町や村で志願兵を募り、その数は徐々に膨れ上がっていった。

オレルアン軍と合流し、それが広く知れ渡れば散り散りになったアリティア兵や

志願兵の類ももっと増えてゆくであろう事は皆が確信している。

ドルーアの圧制政治に苦しむ者の士気は高かった。

 

アリティア軍がサムスーフの山に差し掛かった時、

陣の先頭を進んでいたカイン率いる騎馬隊は一人の行き倒れを見つけた。

それは赤みがかった黒髪の青年で、身体にいくらかの傷を負っていた。

青年は帯刀していた為、サムシアンである可能性も考えられる。

マルスは自ら直接会うつもりであったが、軍師モロドフと騎士隊長ジェイガンに窘められた。

もし敵の暗殺者であった場合取り返しのつかない事になるからだ。

 

青年は兵士の監視下にて、僧侶リフの治療を受けた。

傷は大した事無いが、リフが脚を見るに青年は山中を駆け回ったのだろうと推測される。

ライブの杖や包帯によって治療がなされると、青年は数時間で気絶から目を覚ました。

 

「ここは……」

 

「起きられましたか。

 ここは山の麓、アリティア軍の陣でございます」

 

「アリティア……そうだ、レナ、レナさんは……っ!」

 

青年ことジュリアンは、身体の痛みを無視して起き上がった。

彼は魔法の事をよく知らなかったが、

恐らくレナはワープの杖とかいう物を使って場所を移動させたのであろうと判った。

しかし麓の付近にもサムシアンは展開しており、無傷では逃げられなかったのだ。

最も、ジュリアンは二人ばかし返り討ちにしてはいたが。

 

「落ち着いて、ゆっくりで構いません。

 何か事情がおありなのですな?」

 

リフは柔らかな口調で言う。

怪我をした者がどれだけ錯乱しやすいか、リフは理解していた。

怒鳴りつけて一時的に黙らせる方法もあるが、それはもっと酷い場合だ。

 

「あ、ああ。この……アリティア軍は、どこに向かってるんだ?」

 

その態度に冷静さを感じ取ったリフは、安心した様子で返す。

 

「我々はこのサムスーフを通ろうとしているのです。

 そうしたら、あなたが倒れているのが見つかりました」

 

リフは軍属の経験は今まで無かったが、年長者故に言って良い事と悪い事は理解している。

この青年に敵の疑いがある以上、

オレルアンとの合流だとかサムシアン退治だとかの言葉はうかつに口にしなかった。

 

「そうか……アリティアって言ったら、ガルダの海賊を討伐されたんですね?」

 

一方のジュリアンは、頭を回転させて予定を修正にかかった。

アリティア軍の内情を知らないジュリアンにとって、

目の前に居る僧侶や兵士達も敵に回る事を考慮しなければならない。

だから最初は下手に出て、反応を探った。

 

「ええ、ガルダはもう海賊の町ではありません。

 それが分かれば、人も戻ってきて元の活気を取り戻すでしょう」

 

「それはそれは、さぞ盛大に歓迎されたのでしょうね」

 

「ええ、ハメを外し過ぎない様にとあまり大騒ぎは出来ませんでしたが。

 海賊を退治しても、私達が町の者に迷惑をかけては本末転倒ですから……」

 

リフは神像の様な柔らかな笑みで返す。

ジュリアンの意図を全て見抜いたわけではないが、

さりげなく自分達が略奪者の軍勢ではない事を強調していた。

ジュリアンは眼前の僧侶に薄々感づかれているのに気付き、舌を巻く思いであった。

これならば、ある程度信用は出来ると感ずる。

 

「頼みがある。オレはサムシアンを脱走してきたジュリアンだ。

 あいつらに囚われているシスター・レナを助けてほしい。

 情報と財宝の在り処は提供する」

 

「ほう、分かりました。

 上の者にお伺いしてきましょう」

 

リフはそう言って、ラゼルを経由してマルスにその言葉を伝えた。

ジェイガンやモロドフなら間違いなく疑ってかかるのが分かりきっていたからだ。

それは正しい事ではあるが、ジュリアンが間違っているとも思えなかった。

一歩間違えればそのまま罪人として首を刎ねられるのも覚悟の上で、

ジュリアンは名前と自分が賊である事を口にした。

彼の目は真剣であったから。

もちろんその他にも裏づけの理由はある。

シスター・レナという言葉だ。

 

「レナというシスターなら、ガルダの町で聞いたものだな……」

 

話を聞いたマルスは直接ジュリアンに会う。

もちろん傍には護衛としてジェイガンが控えており、

ジュリアンの剣は取り上げられていた。

陣形の中心であり、シーダもそこに居る。

 

マルスが聞いたのは、ガルダに一時期滞在していたレナというシスターの話だ。

危険を顧みず、海賊が支配するガルダで人々を癒し続けていたという。

それが海賊に見つかった為、町人達が何とか逃がしたのだった。

彼女はサムスーフ方面に行ったと聞いているから、その人物で間違いないだろう。

 

「ジュリアン、シスター・レナはサムシアンに囚われていると聞いた」

 

「そうです。奴隷商人によってすぐにでも連れて行かれるでしょう。

 サムシアンの本拠地の場所も、宝物庫の在り処もオレは知っています。

 オレはどうなってもいい、レナさんを助けて貰えませんか」

 

「して、それでそなたに何の得があると言うのだね?」

 

ジェイガンが問う。

下げていた頭を上げて、ジュリアンは叫んだ。

 

「得なんて要るか! オレにとっての利益なら、

 レナさんが助かる道が利益だ!」

 

マルス達を前にしたジュリアンの言葉は本気であった。

どの道捨てた様な命である。

それでレナさんが助かるなら、安いものだと。

ジェイガンは一瞬呆気に取られてから、声を出して笑った。

 

「はっはっは、すまんな。

 そなたらの若さを忘れていたよ」

 

「決まりだね」

 

マルスも笑みを浮かべる。

ジェイガン達の警戒も理解していたが、

マルスにはどうしても目の前の青年が暗殺者や罠だとは思えなかった。

元より何の障害も無くデビルマウンテンを通り抜けられるとは思っていない。

先ほど前衛が敵の斥候らしき賊を発見したという。

 

「サムシアンは元々僕達と戦う気だったのだろう?」

 

「はっ……そうです」

 

ジュリアンは頷いた。

ガルダの海賊と同じく、サムシアンにもドルーアからの使者が来ていたのである。

団長のハイマンはガルダからの知らせを受けてからすぐに迎撃の準備を始めていた。

その陣形や罠も、ジュリアンは全て把握している。

 

「それともう一つ。

 サムシアンに最近腕利きの傭兵が入っているんです。

 ……紅の剣士ナバールが」

 

「何だと……!」

 

近くでシーダを護衛していたオグマが反応する。

シーダは紅の剣士という名を聞いた事が無く、オグマに尋ねる

 

「どういう人なの?」

 

「……おれが奴隷剣闘士だった時、

 おれは闘技場で戦うだけでなく傭兵としても駆り出された。

 メディウスが復活する前の話だ。

 ある内乱で小国側に付く事になったおれは、その反乱軍と戦った。

 間者を使って敵陣を突き止め夜襲をかけたんだが、

 敵に一人だけ死神の様なぞくりとくる剣の使い手が居た。

 その時は無名だったが、そいつはナバールって名乗ったな」

 

「そんな人が山賊にいるのね……」

 

「多分、おれと互角に渡り合える奴だ。

 あいつがあの時のまま成長し続けたならな」

 

シーダは酷く残念な気持ちになった。

オグマの強さは主であるシーダが良く知っている。

それほどまでの力を持つ者が、世の為人の為に動かず。

ましてや主義主張の違う他国軍ですらないただの悪党をやっているのが無念でならなかった。

 

「で、どうする」

 

オグマはマルスに首を巡らせる。

それに続く様に、マルスは隣でペガサスに乗っているラゼルへと首を向けた。

ペガサスは空を飛ぶが、地上を駆けれぬわけではない。

普段はこうやって皆に合わせて地上を行軍する。

ただしラゼルは本職のペガサスナイトではない為、シーダに比べると雑な乗り方であったが。

ラゼルはマルスの視線に鞍からずり落ちそうになる。

 

「俺かよっ」

 

「軍師志望なんだろう?」

 

「何でモロドフ卿じゃなくて俺に言うんだよ……

 頼られるのは好きだが、失敗した時の反動が怖い」

 

俯きながらやや小声で言うラゼルを、ジェイガンの隣に居たモロドフが叱咤する。

 

「それが軍師というものじゃ、ラゼル。

 時には戦果に関わらず汚名を被る覚悟も無くて何が軍師か」

 

「いいえモロドフ卿、俺が言いたいのはそうじゃなくて。

 例え俺が失敗して兵がたくさん死んでも、マルスは俺じゃなくて自分を責めるでしょう。

 それが怖いんですよ」

 

「大丈夫だ。マルス様はお優しい方だからお前の言う通りの事をするだろうが、

 もしそうなったらわしが直々に手討ちにしてやる」

 

「あーあー、そうですか。

 皮肉抜きに、そういう優しさは嬉しくて涙が出ますわ。

 で、モロドフ卿。多分卿は自分と同じ考えだと思いますが」

 

「そうだな。……ジュリアンとやら、敵の陣形と罠、

 そして武器庫及び宝物庫の位置を地図に纏めるのだ。

 もちろん、シスター・レナの居場所もな」

 

「は……はいっ!」

 

ジュリアンはモロドフに連れられながら、

もしかしたら自分は当たりを引いたのかも知れないと感じていた。

 

 

 

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