新訳・ファイアーエムブレム新暗黒竜と光の剣F   作:朝比奈たいら

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第三章『紅のデビルマウンテン』(2)

 

「七人もやられて逃げられただぁ!?」

 

ハイマンは部下の報告に思わず声を荒げる。

ジュリアンがそれなりの剣の使い手だった事は知っていたが、

それでも無力な女を連れてサムスーフの山道をゆくのは簡単な事ではない。

自分達サムシアンの庭とも言えるこの場所で、

まさか七人も返り討ちに遭うとは思わなかった。

その内の四人がナバールの手によるものだというのは、

レナのハッタリによってバレていなかった。

 

「へい、でも女の方だけは何とか取り返してきたんでさぁ」

 

「チッ、裏切り者がどうなるかを見せつけねぇと、示しがつかねぇ」

 

「ですが、アリティア軍も近づいて来てるってんです。

 どっちを優先するんで?」

 

「ああ? そんなん決まってんだろ、アリティアが先だ。

 ジュリアン一人殺るより遥かに利益が得られるからな。

 ゴメスの野郎みたいに賊から領主や貴族になるつもりはねぇが……」

 

町を歩けば単なる罪人であるハイマンも、山賊としての矜持は持ち合わせていた。

彼はゴメスと違い、特定の国家に仕えるつもりもなければ

自分が貴族になって民を支配するつもりもない。

民とは獲物であって、税を生み出す家畜ではないのだ。

それこそ国が滅びようが関係無しに、彼らは人を襲い続ける。

今までもそうやってきたし、これからもそうであろうとハイマンは思っていた。

 

「全員、作戦通りに動け」

 

その台詞をモロドフやラゼルが聞いていたなら、

賊が作戦などという言葉を使うのかと嘲笑していたであろう。

だが、ハイマンの立てた策は賊にしては良く出来たものであった。

 

日が高く昇らんとした頃、アリティア軍はサムスーフの山道を通っていた。

隊列を組んで先頭を進むのは重騎士(アーマーナイト)の部隊で、

それを盾にする様に弓兵という陣形であった。

陣の内部には食料か何かの輸送隊も居る。

 

ハイマンが部下に命じたのは、崖上から丸太や落石の罠で重歩兵を狙う事であった。

この細い山道では騎兵の機動力はどうせ活かせないと見て、

先に歩兵やアーマーナイトを狙う方針である。

問題はアーマーナイトが陣形のどの辺りに居るかであったが、

先陣を切って行軍して来た為あれこれ考える必要は無くなった。

ハイマンの部下が命じられたのはアーマーナイトの撃破であって隊列の分断ではなかった。

ついでに輸送隊も巻き込めるなら上々であろう。

 

だからサムシアン達はアリティア軍の後列を視認するのも待たず、

前面のアーマーナイトに対して罠を作動させた。

丸太や岩が転がり、アーマーナイトの部隊を輸送隊ごと轢き倒すはずであった。

しかしアーマーナイト隊の大部分はぎりぎりの場所で踏み止まり、

完全に射程内に入ってしまった者も逃げるなり

列を組んで丸太を受け止めるなどをしていた。

 

思った以上に成果が上がらなかった。

そうサムシアン達が思った次の瞬間には、アリティア弓隊から手痛い反撃を喰らっていた。

サムシアンの飛び道具持ちも応戦するが、ほとんど無傷のアーマーナイト隊が

弓隊の盾になって弓も投石も防がれてしまったのだ。

 

ゴードンなどは迂闊に身を晒していたが、

ドーガが慌てて首根っこを掴み、大盾の中へ入れる事で何とか死なずに済んだ。

ゴードンが立っていた場所には弓矢が大量に刺さっており、

それを救ったドーガの盾や鎧にもそれは降り注いだ。

だが、アーマーナイトの鎧を山賊が使う短弓が貫けるはずがない。

がちゃがちゃと音を立てて弓矢が弾かれ、

ゴードンはその音に「うわわ」と悲鳴を上げながらドーガの腕に包まれていた。

 

サムシアン達がドーガのアーマーナイト隊に釘付けになっていたその瞬間、

不意に彼らのすぐ傍にアリティアの歩兵が現れた。

崖上からアーマーナイトを罠と飛び道具で攻撃する予定であり、

それら重歩兵がここまで昇って来るのには時間がかかると踏んでいたのだ。

しかし突如現れたそのアリティア歩兵はサムシアンに襲いかかり、

奇襲をしたつもりが奇襲されているといった状況に賊は陥った。

特に赤い鎧と緑の鎧を着た若い兵は、サムシアン達を次々と斬り捨ててゆく。

数分と立たずに、サムシアンの前衛部隊は壊滅した。

 

軍師モロドフとラゼルの意見は一致していた。

それはこの山道で、騎兵は単なるお荷物でしかないという事だ。

だから彼らを下馬させ、歩兵として扱った。

アカネイア大陸では歩兵よりも騎兵が重視される傾向にある。

アリティア騎士団のみならず、オレルアン騎士やグルニアの黒騎士団もそうだ。

騎兵頼りの戦いをしがちなこのアカネイア大陸であったが、

歴戦の軍師であるモロドフや元々異国人であるラゼルは

山道や細道で騎兵を使う愚かさを重々承知していた。

 

敵の罠配置は全てジュリアンによって筒抜けであった。

だから罠にかかったふりをして、崖上にカインやアベル達を進ませた。

ソシアルナイトと言えど、馬無しで戦えないわけではない。

騎馬兵から下馬騎士(ナイト)になった彼らは、

愛馬が無くとも山賊を圧倒する様に薙ぎ倒していった。

 

サムシアンの前衛を打ち破ったアリティア軍は、

無傷のアーマーナイト隊を前面に押し立てて進撃した。

サムシアンは地形を利用した簡易的な陣地をいくつか作っていたが、

正面からのぶつかり合いならば仮にも正規軍であるアリティアが負けるはずがない。

高台に陣取った敵の弓兵はゴードンやノルン達と撃ち合い、

数を減らしたところをカインやアベル達下馬騎士隊によって討ち取られた。

馬鹿正直に正面から突撃してくる敵達は

ドーガ達アーマーナイト隊による壁に阻まれ、槍に貫かれて死んでいった。

 

サムシアンの中にはアーマーナイトとはいかないまでも、

ある程度の質を持つ装備を持った構成員も居た。

鉄鎧や鎖帷子を着込み、新品同然の武器を持った者だ。

しかしそういった連中はサムシアンの内一割二割に満たず、

良質な武具を纏った団員を組織的に扱う事もしなかった。

つまりこういった武具に恵まれた団員は、

他のぼろ布の服や錆びた剣を持っただけの者と一緒くたに突撃した為、

その意味をまるで成さずに討ち取られていった。

これが最初から良い鎧を着た重歩兵部隊だとか、

良い剣を持った古参団員のみによる精鋭部隊だとかを編成出来ていれば

アリティアに勝てずともある程度の戦死者を強いる事が出来たであろう。

 

これはハイマンの怠慢というよりは、悲しいかな山賊であるが故の必然であった。

山賊は軍隊ではない。

基本的に個人主義の組織であり、戦利品は略奪に成功した者の所有物である。

部下達から戦利品である武具を取り上げて、有能な人材に良い武具をあてがう。

そんな事はサムシアンのハイマンにも出来なかった。

自分が奪ってきた戦利品を上に納めるなどという行為を強制させれば、

部下は離れていく一方であろう。

ハイマンもある程度は略奪品の上納をさせていたが、

ほとんどの略奪品は「自分が取った分は自分の物」で済ませていた。

山賊としての矜持を持つハイマンは、その方針を曲げれなかったのだ。

 

「ああくそ、俺は山賊だって言ってるのによ」

 

崖上から劣勢の味方を眺めつつ、ハイマンは言った。

自分の組織の問題点を理解していながらも、

どうにも出来なかった自分に悔しさにも似た感情を覚える。

彼とて、仲間を単なる道具として扱うだけの冷徹非情な人物ではない。

そうでなければ、

サムシアンなどという名前で呼ばれる自分の山賊団に誇りを持ったりしない。

解ってはいたが、軍人や傭兵団の真似事は嫌だった。

その「嫌だ」というチンケなプライドのせいで、多くの部下が死んだ。

それに気付いた今だからこそ、目の前の現状が悔しくてしょうがなかった。

 

「そ、それでは私はここで失礼する」

 

レナの首根っこを掴みながら、顔を青くした奴隷商人が言った。

勝手にしろ、とハイマンは返す。

ここでサムシアンが完全に潰れるなら、この奴隷商人を殺して金を奪い、

自分一人でどこか遠い土地へ逃れるという方法もあった。

しかしハイマンはまだサムシアンへの執着を捨てきれずにいる。

奴隷商人の方へは振り向かず、ハイマンは部隊指揮に戻った。

 

奴隷商人はレナを連れ、洞窟から裏道を通って脱出しようとする。

ささやかながらも不服従という形の抵抗を見せるレナを、

腕を強く引いて何とか従わせようとした。

奴隷商人からして見れば、これ以上サムシアンに付き合う必要は無い。

レナという荷物が無ければ、むしろサムシアンの宝をいただきたい気分であった。

だが純血で純潔のマケドニア人、それも貴族の女となれば、

目先のゴールドに惑わされるのは愚の骨頂である。

アリティア軍に捕まらない内にさっさとこのシスター・レナを持ち帰るのが先決だ。

 

そう思って洞窟を進んでいると、目の前にあの紅の剣士ナバールが現れた。

僥倖だ! と奴隷商人は思った。

奴隷商人が今まで出会ってきた傭兵は、金を第一に動く忠誠心の欠片もない人間であった。

それは傭兵という人種を表す中でほぼ間違い無い見方であるのは事実だ。

だから奴隷商人は、懐から躊躇い無く金貨袋を取り出した。

 

「おお、ちょうど良い。

 紅の剣士ナバール、わしの用心棒にならんか?

 金はハイマンの倍、二倍を出そう」

 

返事は剣であった。

ナバールは奴隷商人に近づくと、目に見えぬ速さでキルソードを抜刀し、

まるまるとした奴隷商人の頭部を胴体から刎ね飛ばした。

金を受け取りに近づいたと信じたままのその顔は、

土の上を二転三転し壁に叩きつけられてぺちゃりと音を立てる。

レナの表情が恐怖と哀しみの色に染まった。

 

「何てことを……!」

 

レナはナバールにすがる様に、腕の裾を掴んだ。

彼女にとって、死体に対する恐怖はあれどナバールという存在に対する恐怖は無かった。

だから彼女は自分が斬られるかもしれないという心配など無しに

ナバールの腕にしがみついていた。

それは殺人に対する非難であり、

自分を救う為にナバールに人殺しをさせてしまった事に対する哀しみの表れでもあった。

ナバールはレナの手を振り払い、彼女の前で自分の掌を眺める。

 

「俺の手は血にまみれている……人殺しの手だ」

 

それはレナに語りかけているとも、自分自身に言い聞かせているとも取れた。

レナはナバールの掌を哀しげに見つめる。

 

「それをさせてしまったのは私のせいです……」

 

「違う。俺は昔からそうやって過ごしてきた。

 今更引き返す事など出来ん。

 お前の崇める神の力とやらでも、人殺しを元に戻すなど出来ない」

 

「ならば何故私を助けたのですか!

 アカネイアパレスの時も、ジュリアンも、今も!」

 

ナバールはしばし沈黙した後、そのまま去って行った。

レナは追いかけようと思ったが、不意に何者かが肩に手をかけてきた。

驚いて小さな悲鳴を上げると、目の前で赤みがかった黒髪が揺れた。

 

「しーっ、大丈夫かいレナさん」

 

「ジュリアン!」

 

「せっかく高い杖使ってもらったところ悪いけど、

 レナさんを見捨ててオレ一人逃げるなんて出来るわけないじゃないか。

 ――これは、いったい……」

 

ジュリアンは奴隷商人の死体を見つけて言う。

レナはそれに対して聖印を結び、黙祷してから返した。

 

「また、あの人に助けられました……」

 

「ナバールさんが?」

 

二人が話していると、後ろから二人を呼ぶ声がした。

ジュリアンはレナの手を引いて来た道を戻ると、

そこにはマルスとジェイガン、そしてシーダが剣を構えて部下と共に辺りを警戒していた。

 

ジュリアンだけでなく、

彼から裏道を教えられたマルス以下本隊もアジト内部へ進攻していたのだった。

マルスの護衛であるジェイガンは言うに及ばずだが、

シーダまでもがペガサスを降りてマルスと共に敵陣へ潜入している。

モロドフとラゼルは、いつの間にか自軍の総大将と姫が最前線に居るとの連絡に

「理想主義の王子と突貫娘を持つと苦労する」と溜息交じりに言い合ったという。

 

ジュリアンは、レナがナバールに救われて無事だった事を話す。

するとマルスとシーダはあからさまに表情を変えた。

傍に居たジェイガンは、二人の顔を見て今後の展開がすぐに予想出来た。

だからあえて自分から尋ねる。

 

「ナバールとやらを説得するつもりなので?」

 

「もちろんだジェイガン、彼が悪人ではないのは確かだ」

 

マルスは即答した。

そういう甘いところも含めてジェイガンはマルスを慕っているのだが、

その甘さによる理想主義を成し遂げるのは並大抵の事では出来ない。

だからこそ自分の様な忠臣が居なければとジェイガンは思った。

マルスは部下に裏道の確保を命じつつ、レナに訊く。

 

「シスター・レナ、剣士ナバールは何処に?」

 

レナは目の前に現れた王子が、まるで神の遣いに見えた。

その天使は自分だけでなく、あの哀しみの剣士を救ってくれるはずだとも思える。

が、その隣に寄り添うもう一人の女神には、レナはこの時気付けなかった。

 

 

 

大勢は決していた。

サムシアンのほとんどはアリティア軍によって討ち取られるか逃げるかして、

軍勢の態を成さないほどに壊乱していた。

それでも団長のハイマンは諦めずに抵抗する。

サジ、マジ、バーツの三人組と共に前線で剣を振るっていたオグマは、

ハイマンをサムシアンの指揮官だと見て吶喊した。

取り巻きをことごとく斬り捨てられたハイマンは洞窟内部に逃げ込み、

それを追ったオグマと一騎討ちの形になった。

 

ハイマンは健闘していた。

多対一でも圧倒的な強さを見せるオグマにサシの勝負で持ちこたえていたのである。

それもこれも、彼のサムシアンに対する矜持の成せる技であった。

時には斧の柄で上段斬りを防ぎ、時には喉元を狙って来たオグマの剣を弾く。

たかが山賊に手こずるものだな、とオグマは感心した。

奴隷剣闘士として屈強な男と戦い、傭兵として正規兵をも圧倒してきたオグマであったから、

久しぶりに血が騒ぐのを自覚出来た。

 

それでもオグマにとって、この程度は命の危機を感ずるほどではなかった。

手加減しているわけではない。

むしろ本気で放った突きを弾かれるくらいだから、ハイマンは称賛に値する敵だと思っていた。

だが、それでも大陸一、二を争う傭兵オグマは伊達ではない。

身体の部分部分に次々と裂傷を負っていくハイマンは、自分に勝ち目が無い事を悟った。

 

「俺がやろう」

 

だから、その声は信仰心皆無のハイマンですら神の助けと信じるほどの音色であった。

通路から現れたナバールが、ゆらりとした足取りでハイマンの傍にやって来る。

「ありがてぇ」とハイマンが後ろに下がると、一騎討ちの時から機をうかがっていたゴードンが弓矢を放った。

矢はハイマンの胴体を捉えていたが、紅い光がきらめいたかと思うと真っ二つに折られて地に落ちた。

ナバールが飛翔する弓矢を叩き落としたのだと解ると、ゴードンは背筋がぞっとする。

 

「その深紅のキルソード……紅の剣士ナバールか」

 

オグマがそう口にしても、ナバールは反応しない。

しかしオグマとしては、紅の剣士などという他人が呼んだ言葉を伝えるだけのつもりなど無かった。

 

「おれを覚えてるか? 奴隷剣闘士、傭兵のオグマだ。

 昔、反乱軍に雇われたお前とやりあった事がある。

 あの時はお前さん、紅の剣士なんて呼ばれちゃいなかったな。

 おれが味方した軍では、死神が出たって噂になった。

 何人で攻めよせても全て屍として積み重ねられる、死神が居るって」

 

「……覚えている」

 

その場に居た誰もが気づかなかったが、ナバールは無表情を保ちつつ驚愕していた。

ナバールは既に自分が殺した敵の数など分からなくなっている。

それでもかつて最も苦戦した相手であるオグマは覚えていた。

当時のオグマは頬に傷が無かったから言われるまで気づかなかったが、

自分以外にオグマの顔を傷つけられる人物が居るとも思えない。

そこは単純に、嫉妬心が芽生えるのを自覚出来た。

 

「あれほどの傭兵が、顔に傷を負うとはな」

 

気づけば、ナバールはつい口に出して聞いていた。

それが嫉妬だと気づかないオグマは、へっ、と笑って返す。

 

「勘違いするな、戦いで受けた傷じゃねぇ。

 奴隷時代に仲間を庇ってついた名誉の勲章さ」

 

「……そうか」

 

ナバールは安心する。

対峙する二人を囲んでいたアリティア兵達は、珍しいオグマを見たと思った。

彼が軽口を叩くのはよく見る光景であるが、自画自賛をする事はあまりなかったからだ。

比喩表現とはいえ、傭兵のオグマが名誉の勲章などという言い回しをするなどと。

オグマ自身も、何故自分がそんな事をこの様な戦場で語るのか不思議であった。

数瞬後、それがナバールに対する言い訳であったのに気づく。

自分はナバールに、弱い人間だと思われたくないのだと。

思わずむず痒い恥が肩を震わせた為、オグマは剣を構える事でごまかした。

 

「御託は要らねぇ、やろうぜ」

 

ナバールはそれに応える様に剣を構える。

数秒ほど睨み合いが続いたかと思えば、次の瞬間には

片手半剣(バスタードソード)と紅の双剣が火花を散らしていた。

交叉し互いの位置を入れ替えたオグマとナバール。

辺りに居た兵達はどちらがどこを斬ったのかすら判別出来なかった。

 

二人は背を向けたまま動きを止める。

からん、と金属が転がる音を聞き、観客と化した兵はハッとした。

ナバールが左手の剣を落としたのだ。

オグマがやった、と誰もが思った。

しかしこの雰囲気で歓声を挙げられる豪胆な人間は居なかったし、半ば間違いでもあった。

オグマもまた、左肩のショルダーパッドをちぎり捨てる。

血が滴り、いくつか地面に赤い滲みを作った。

 

オグマとナバールは同時に振り向き、再び刃を交わす。

オグマは傭兵として、または奴隷剣闘士としての戦い方が身に染みついていた。

だから砂を蹴り上げる目つぶしだとか、股間を狙うなどは常套手段である。

しかし、オグマはナバールに対してそんな戦法は仕掛けなかった。

ただの剣士ならともかく、自分と同等の力量を持つ者。

かつて一度やり合っただけの仲ではあるが、オグマはナバールの事を好敵手だと心の中で叫んでいた。

流石に本人を目の前にして口に出すほど、彼は純情ではない。

友情とは無言の内に成り立つものだというのを今までの経験で知っているからだ。

 

二人は言葉の代わりに剣を交わす。

オグマが左から薙ぎ払えば、ナバールは残った一本のキルソードを両手持ちに右から受け流す。

ナバールが右下段から剣を振るえば、オグマは刃を下にして捕らえる。

そのまま剣を下からすくい上げると見せかけ、

上段に振りかぶったオグマの剣をナバールは正面から受け止める。

一進一退などというものではない。

まるでどちらが勝つか判らない戦いが続く。

 

「止めるんだ、オグマ!」

 

王子だというのに、全力疾走で洞窟内を捜索していたマルスが姿を現す。

シーダやジェイガンも一緒で、遅れてレナの手を引いたジュリアンもやって来る。

 

止めろ、などと言われても聞こえなかった。

オグマとナバールはもう目の前の好敵手しか見えていない。

マルスが来た事にも気づかず、二人は鍔迫り合いをする。

細身のナバールだが、オグマに押し負けない力を持っていた。

 

そこまでして何故、とシーダは思った。

今はメディウス率いるドルーアに対抗するのが先決だ。

だというのに、何故あれほどの剣士が山賊をやっている。

いや、ドルーア云々はアリティアやタリスにとっての懸念に過ぎない。

純粋にシーダは、ナバールほどの実力者が悪事に手を染めているのが悲しかった。

彼女はマルスに並ぶ夢想家である。

 

「止めてっ!」

 

気が付けば、シーダは二人の間に割り込んでいた。

両手を広げて、ナバールの前に躍り出る。

マルスや兵達は驚愕した。

姫であるシーダが敵の、それも腕利きの剣士に対して無防備に飛び出るなどと。

最も、マルス以上に呆然としたのは当のナバールとオグマである。

思わず手を止めて、間に入ったシーダを見やる。

 

「あなたナバールさんでしょ。

 どうしてあなたほどの剣士が山賊の味方をしているの!

 こんな……こんな無意味な戦いでその力を使うなんて、間違ってる」

 

「どけっ、お前には関係無い」

 

「じゃあ何でレナさんやジュリアンを助けたの?」

 

「理由など無い、ただの気まぐれだ」

 

言いながら、ナバールは苦しい言い訳をしている自分に気づいていた。

しかし、何故か嘘を吐く気にはならなかった。

後ろでハイマンが身構える気配を感じる。

嘘でもいいから、そんな事はしていないと言うべきであった。

だがオグマも見ているし、

無防備な少女に対して下手な嘘は吐きたくないのだと徐々に自分の気持ちを理解する。

自分自身がそういう思考をしているのに、ナバールは驚きを隠せなかった。

 

「違う、気まぐれなんかじゃない、あなたは救いが欲しかったのよ。

 ただ単に優しいだけとか、そういうのでもない。

 レナさんから聞いたの、あなたが人殺しは元に戻せないって言ったって。

 それでも、自己満足でも良いから救われる様な事をしたかったんじゃないの?」

 

「そんな事は無い!」

 

ナバールは自分が何故大声を張り上げているのか、それは本当に解らなかった。

まさか、と再び自分の胸に聞いてみる。

救われたいなどと、そんなはずはない。

神の救済を求めるくらいなら、そもそも傭兵なんてやっていないからだ。

自分が戦っている理由はただ一つ。

そういう人生になってしまったからだ。

戦わなければ、母親も孤児院代わりをやってくれた司祭様も救われなかったからだ。

そこまで考えて、ナバールは自分の思いつきを否定した。

――すなわち、自分は他人を救いたいのだと。

 

「そんな事が……あるわけが!」

 

「私はあなたではないから、全て理解出来るわけではないわ。

 でも、ナバールという人間がただの悪人でないと信じたい。

 どうしても戦うというのなら、その剣で私を好きなようにして!」

 

その言葉を聞いた者は、一兵卒だろうがマルスだろうが顔を真っ青にした。

マルスもナバールを説得するつもりであったが、

オグマとの斬り合いに割って入るほど命知らずでもないし、

ましてやこんな言葉は今までの人生で聞いた事も無い。

歴史上の人物の言葉でもなければ叙事詩にも知らない。

これがシーダの本気なのだと、マルスは背筋を震わせた。

半分はシーダの身を案じて、もう半分はシーダの魅力に対して。

 

オグマは剣を構え直す。

シーダがこういう人間なのは薄々感づいていたが、予想以上だった。

ナバールが少しでも手首を捻った瞬間、それを斬り飛ばせるようにする。

しかし最も困惑していたのは、その言葉を投げかけられたナバール本人であった。

ここまで言われて、目の前の少女を斬れるほど腐った人物ではない。

それに、両手を広げて立ち塞がるシーダの姿は、ある女性を想起させた。

幼少期、自分を庇って倒れた女性に。

 

「無意味な戦いだと言ったな。

 ならば、俺の力は一体何の為に使う力だというのだ。

 貴様達の戦いは、正当性のある戦いだとでもいうのか」

 

「自分の国だけが正義などとは言いません。

 しかし……でも! 私は暗黒竜メディウスを倒す事が平和に繋がると思います。

 そして何よりも、私はマルス様を信じています」

 

「王子は……マルスの、アリティア……?」

 

「お金が欲しいのなら、私があなたを雇いましょう。

 正義が欲しいなら、あなたが私達を見極めてくれればいい。

 少なくとも、ナバールさんの求める救いは悪行によって得られるものではないと、私は思います」

 

その言葉に、ナバールは納得しかけた。

アリティア軍にしても、シーダを単なるマルスに準じた理想主義者だと思っていた者は多い。

だがそうではなかった。

彼女は理性的で、ちゃんと彼女なりの考えと理屈を持っている。

マルスはシーダから、大切なものを教わった気がしていた。

理想だとか夢だけでは人はついてこない。

タリス王から言われた「仲間を集め、認めよ」とは、ただ自分の夢を押し付けるだけではなかったのだ。

 

マルスはレイピアを抜き、放り投げる。

剣が落ちる音に、全員が注目した。

そのままナバールの目の前まで歩き、マルスは真っ直ぐにナバールを見据える。

 

「シーダの言った事は、僕以上に僕達アリティア軍の在り方を示してくれている。

 紅の剣士ナバール、いや、そんな二つ名なんてどうでもいい。

 君にまだ人の心があるのならば、どうか悪行に加担するのは止めてほしい」

 

「貴様の言い分を聞く義理は無い」

 

「それはこちらも同じだ。

 僕は君が何と言おうと、こういう事を言い続ける。

 夢想家とか理想主義者とか言われても、曲げるつもりはない」

 

単純なやり取りだった。

だが、ナバールは目の前の少女とこのマルス王子が同類だと理解する。

ならば、このアリティアは本当に有言を実行するかもしれない。

それは、酷く魅力的な話であった。

 

見れば、オグマは剣を構えたまま微笑を浮かべていた。

「こういうのが、おれ達だ」と言わんばかりに。

その表情が見れただけで、ナバールは自分の中の価値観が一気に変わってゆくのを感じた。

自分の家や、居候していた教会が襲われた時と同じ。

いや、それとはまた別の、優しい気分。

心地よさとか言い様はあるのだろうが、それが幸せな感情なのではないかとナバールは思う。

目をつむり、今までの人生が走馬灯の様に流れ出す。

もう自分がただの死神でないと、信じる事が出来た。

 

「お前達が……いや、お前達が信じる正義とやらを見てみるのも、一興だ」

 

お前達が俺に居場所を与えてくれるのか?

本当はそう聞きたかった。

だが、喉まで出かかったその言葉は飲み込んでおく。

自分の弱音を相手に見せるのは、世の中に一人二人でいい。

願わくば、そういった存在が見つけられれば幸いだと。

 

「ナバール貴様ぁーっ!」

 

激昂したハイマンが、斧を掲げてナバールに吶喊する。

もはや逃げ場はないと理解していたし、サムシアン最後の矜持を見せられるのはここだけであった。

不意討ちとはいえ、紅の剣士を屠ったとなればサムシアンの名は有象無象ではない。

相討ち覚悟で、ハイマンを斧を振り下ろした。

 

ナバールは冷静に、身体を捻って斧をかわした。

同時にキルソードはハイマンの身体を薙いでいる。

一拍置いて倒れ伏したハイマンは、最期に一度だけ身体と喉を震わせた。

 

「ナバール、何で……」

 

「また気が変わった」

 

その言葉がハイマンに届いていたかどうかは、判らない。

サムシアンの団長が倒れたのを確認したジェイガンは、直ちに降伏勧告を行うよう指示した。

シーダは今更になって自分のやった事を認識した様子で、オグマにもたれかかって皆から心配されていた。

 

 

 

ハイマンが倒れ、降伏勧告が流れると大部分のサムシアンは散り散りに逃亡した。

逃げたサムシアンのうち半分以上は追撃戦にて討ち取るなり捕縛するなりしたが、

地の利を得た山中で巧みに逃げ回り、脱出に成功した者もそれなりにいた。

マルス達はサムシアンが麓に降りて拡散するのを防ぐ為、出来る限りの追撃を行う。

しかしペガサスが二頭しかいない今のアリティア軍では、完全な撲滅は不可能であった。

 

サムシアンのアジトは宝の山であった。

これを発見した軍師モロドフは、まず最初に幸運を神に祈った。

仮にもモロドフは司祭である。

次いで彼が考えたのは、

サムシアンの団長ハイマンはある程度組織力を効果的に扱う才能があったのではないか、という事だった。

 

盗賊達への尋問によると、ハイマンはサムシアンという団体について並々ならぬ執着があったらしい。

盗賊の矜持というのはモロドフには理解出来なかったが、

犯罪集団でありながら地方の領主が持つ軍勢に匹敵する部隊を作り上げた。

実際、ジュリアンの事前情報が無かったらアーマーナイト隊は罠にかかって壊滅していただろう。

しかし盗賊のルールでは軍事力を効果的には活用出来ず、

統率力はあっても中途半端な個人主義に妥協せざるをえなかったのは致命的であった。

前線で戦っていた経験豊富なオグマや、観察眼のあるアベルは、

敵に装備の整った者が点在している事に気づいていた。

もしもこれが規則性を持っていたらと思うと、背筋が寒く感じるモロドフ。

たかが盗賊に多大な被害を出すところであった、と。

 

宝にしても、貯蓄されているという事は単なるイナゴの様な組織ではなく、

部隊を維持する軍資金を理解しているという事である。

文字も書けない様な貧民がありふれている盗賊集団では、これは異常な事だ。

最も、そのおかげでアリティア軍はしばらく給金の心配はしなくて良くなったのだが。

 

数日間事後処理に足止めされたアリティア軍は、

戦利品の整理と行軍の準備を終えて再びオレルアンへ向かわんとする。

しかしその前にやる事があった。

捕らえてアジト内の探索に協力させていた、サムシアン達の処分である。

 

サムシアンは軍人ではない。

よって条約やその他暗黙のルールに則った扱いをする必要が無い。

降伏勧告の際には命を保障すると言って広めたのだが、それを守る義理も無い。

元々犯罪者である盗賊にはそもそも人権などという概念も当てはまらないのであった。

これは世間一般の共通認識であり、

捕らわれた盗賊は基本的に処刑されるか奴隷となるかの二択であった。

そこにマルスが待ったをかける。

 

「どうにか、助命出来ないだろうか」

 

アジトの一室を会議室として、集まった幹部達にマルスは言った。

マルスの言葉には、ほぼ全てのアリティア軍幹部が反対した。

ナバールを助けるほどのシーダでも、盗賊の無差別な赦免には躊躇を見せるのだ。

カインやアベルの様な忠臣も、ラゼルの様なマルスに好意を持っている者も。

いわんや、ジェイガンやモロドフは言うまでもない。

しかし意外な事に、これに大きく反対したのは元サムシアンのジュリアンであった。

 

「何でなんだ! あいつらは生きてる限り賊を止めない。

 貧しくて何の取り柄の無い人間はそれでしか生きられないからだ!」

 

ジュリアンはサムシアンというものがどういう組織か理解している。

綺麗事では生きられないし、それは自分もそうであった。

本来ならばこの様な会議に同席出来る立場でもないのだが、それでも言わずにいれなかった。

マルスはゆっくりと首を振る。

 

「更生の機会があるのなら、殺す必要は無い。

 むしろ人手が足りない今、仲間に迎えたいとも思っている」

 

「バカな、仲間になんかしたら、絶対に裏切る!」

 

「そうだね。僕は甘いと、よく言われる。

 だけど、偽善と取られても僕は人殺しをしたくないんだ。

 逃がした賊がどこかで人を殺すかも知れない。

 仲間にした者が裏切って寝首を掻きに来るかもしれない。

 それでも可能性があるなら信じてみたいんだ。

 君が――」

 

マルスはジュリアンを見据え、一拍置いて言う。

 

「君が、レナさんを助けた様に。

 だから、僕は君も殺したくないよ」

 

ジュリアンは戦慄した。

マルスの目は、ただのお人好しと違う力を放っていた。

威圧と呼ぶ様な暴力じみた力ではない。

恐れおののくというよりも、まるで神を見たかの様な絶対的な何かを感じた。

あえて説明するのなら、それは王者の風格と呼べる。

アリティア軍幹部の大部分でさえマルスを単なる善人だと思っていたのだが、

この時マルスを見た誰もが息を呑み、背筋を凍らせつつも心の中で興奮に似た熱が沸き上がるのを感じた。

 

「サムシアンを許さないという事は、君も許せないという事だ。

 だから君の様な善の心が残っている人間も殺さなくちゃならない。

 それが嫌だから、『こういう事』をさせてくれと言っている。

 ……頼むよ」

 

マルスは椅子から立ち上がり、ジュリアンに近寄る。

狼狽するジュリアンの肩に手をかけて、マルスは懇願する様な悲しい瞳をした。

その瞳を受けて、ジュリアンは理解する。

マルスは単なるお人好しでもなければ、裏で謀略を巡らせている腹黒い男でもない。

この王子は本気で犠牲を最小限に留めたいと考えている。

 

(ここまでの信念……そう、信念、って言えばいいのか……)

 

マルスの想いがそういうものである事を理解してしまっては、何の文句も言えなかった。

ジュリアンはただ、頭を下げるのみである。

 

「出来る限り、処刑はしない方針でいく。

 ……ただし裏切られて味方に被害が出るようだったら、悪いけど、皆手を貸してくれ」

 

テンプルナイツ達が、「ハッ!」と一斉に声を上げる。

その誰もがマルスの信念を伴う成長に高揚を隠せないでいた。

 

この後、マルスはサムシアンを解放。

希望する者にはアリティア軍への入隊を許可した。

しかしオレルアンへの道程にて、金品や食料を奪い脱走する事案が多発。

この脱走兵は、軍師見習いラゼルが自ら進んで討伐指揮を申し出た。

ラゼルはマルスがやるべきではない汚れ仕事を請け負ったといわれている。

モロドフの助言を得たラゼルは、これをきっかけに治安維持部隊であるアリティア憲兵隊を編制。

アリティア軍古参騎士を中核とし、騎士隊の一部がこれに異動となった。

 

また、解放及び脱出に成功したサムシアン残党は各地で猛威を振るった。

彼らサムシアンは、現行の全ての国家が滅亡する二千年もの後にまで、その名を残す事となる。

それをマルスが知っていたら、彼は酷く後悔したであろう。

マルスはここでサムシアンを撲滅しておくべきであった。

だが、それも詮無き事であった。

 

「……オレルアンだ」

 

丘の上で地形を見渡すマルスは、海原の様に広がる草原を見て声を漏らす。

自分のやっている事は本当に正しかったのだろうか?

そう自問自答しつつ、少なくとも間違ってはいないはずだと思う。

何故なら、彼の傍らには一人の剣士と、一人の青年と、一人のシスターが居る。

彼らは不幸に見えなかった。

彼らが幸福になれる世界を創りたいと願った。

マルスは大地の彼方へ、視線を投げかける。

 

「待っていてください、ニーナ姫……」

 

時にアカネイア暦604年。

マルス達は、歴史の表舞台へ上がろうとしていた。

 

 







~後書き~
2016年5月29日
第三章を(1)と(2)に分割
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