新訳・ファイアーエムブレム新暗黒竜と光の剣F   作:朝比奈たいら

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第四章『正規軍の軍靴』(1)

 

「馬防柵の構築を第一に優先せよ! 敵の騎馬隊はすぐにやってくるぞ!」

 

オレルアン領内の草原にて、モロドフは陣地構築の指揮を執っていた。

だだっ広い草原に陣取ったアリティア軍は、

輸送隊の中で工兵も兼ねられる人材を駆り出して西側の防衛に努める。

道中で募った義勇兵は農民や町民で構成されていたが、

中には腕の立つ傭兵や工兵代わりになる大工などの有用な人材が含まれていた。

大工を使って陣地構築を行うのだが、どうも輸送隊の士気は低く作業には時間がかかった。

補給部隊というのは前線に出ず、冷や飯喰らいであるのはよく言われる事であったが、

彼らの働きに今回の作戦の成否がかかっていると言っても過言ではなかった。

 

数時間ほど前。

オレルアン領に到達し、進撃を続けていたアリティア軍。

しかしシーダとラゼルのペガサスによって偵察を行ったところ、

北西の城を中心に敵軍が展開しているのを発見した。

目の良さからゴードンがシーダのペガサスに、ラゼルにはジュリアンが同乗したのだが、

両者は確かにマケドニア王国の旗印と数百の騎馬隊を確認していた。

それだけでなく、東側には歩兵隊が存在する。

挟撃するのだろう事は明らかであった。

 

これに至り、軍議は少し紛糾した。

まずモロドフが後退してから丘に陣取る事を提案し、カインとアベルが反対する。

マケドニア王国はドルーア帝国の同盟国であり、

ドラゴンナイトによる竜騎士団、ペガサスナイトによる白騎士団という

空中戦を得意とする精鋭部隊を所持している。

しかし今回はそれら空戦部隊が投入されておらず、なおかつ旗印には有力貴族の紋章が確認出来ない。

展開しているマケドニア騎馬隊は精鋭ではなく、むしろ練度に劣る小貴族の軍勢だと判断される。

以上の事から、無駄に睨み合って時間をかけるよりは起伏の少ない平原で

自分達騎士隊が互角以上に戦って見せると両騎士は返した。

騎士団長のジェイガンも、アリティア騎士の機動力を殺すのは惜しいと言う。

 

アーマーナイトであるドーガも、重騎士隊による槍衾を用いて正面衝突に賛成した。

一方、ゴードンやノルンの様な弓兵にとってこの戦法は批難の声を挙げる根拠に満ちていた。

 

「ちょ、ちょっと、冗談じゃないですよ!

 一騎二騎でも戦線を突破されたり迂回されたら、僕達弓兵はどうしようもないですよぉ!」

 

遮蔽物も森林も櫓高台も無いところで弓兵が戦うなど、間違いなく被害が尋常ではなくなる。

二人はモロドフ卿の言う丘の上からの射撃戦を支持した。

ゴードンが本気で焦ったので、友人のドーガもううむと唸る。

 

「しかし、坂道では重騎士隊は踏ん張りがきかない……」

 

「ドーガ~、アーマー達だってこの前みたいに僕達を庇いながらは戦えないでしょ?

 相手は騎馬隊だし、正規軍だし」

 

「山道である程度進軍路が絞れれば、私達弓隊は足の鈍った敵騎馬に十字射撃が可能です。

 森林で戦うのならば地形が利用出来ます。

 弓隊は今のところ、テンプルナイツの中でも練度が一番低いですから、平原では……」

 

ノルンの言う事は最も正解に近い正論であった。

各員はノルンの説に賛同しかけたが、今まで黙々と剣の手入れをしていたオグマが頭を掻きながら言う。

 

「しかし、奴さんが素直に突撃してくれるかね。

 坊主はどう思う」

 

「うん……オレルアン勢と合流する前に損害は避けたい。

 だからノルンの案を採用したいところだけど、問題は時間だ。

 マケドニア軍からして見れば、僕達を無理に相手取る必要は無い。

 そうだね、じいや?」

 

「ですな。奴らの狙いはアカネイアの象徴であるニーナ姫です。

 アカネイアはアリティアだけでなく、大陸全ての国にとっての宗主国。

 その象徴である聖女アルテミスの子孫が姫であります。

 グルニア、マケドニア、グラがドルーアについた今、

 ニーナ姫が囚われれば各国全ての反ドルーア勢力が纏まりを無くして各個撃破されてしまいます。

 そうなれば反攻は不可能でしょう」

 

「マルス様もアンリの子孫なのにですか?」

 

「シーダ姫、アリティアはアカネイアと比べて遥かに小国です故に……」

 

マルスは考える。

いつも通り仲間の命を優先させるか、多少の被害を覚悟してでも強行突破するか。

その二択しかないはずなのだが、自分の信念に妥協しない事を彼は誓ったのだ。

それは滅びた祖国に対し、行方知れずの姉に対し、タリス王に対し、シーダに対し。

何よりも自分に対して、自分に出来る事、やりたいと思う事に妥協は無い。

 

「時間が惜しい、草原で迎え撃とう。

 敵にあれだけの騎馬隊が揃っているなら、平原に陣取れば攻撃を仕掛けてくるはずだ」

 

へっ、とオグマが楽しそうに笑って見せる。

 

「おお、賭けをする度胸が身についたか」

 

「まさか、被害も抑えるんだよ」

 

「……言うと思ったぜ」

 

「オグマ達は対騎兵戦でもいけるかい?」

 

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、って言葉があるだろ。

 おれなら馬ごと騎手を叩っ斬るがね。

 木こり三人組も当てには出来るし、ナバールは言うまでもねぇ」

 

「ありがとう。だったらジェイガン、騎士隊は東の歩兵隊へ向かってくれ。

 歩兵は草原に陣地を築いて西側の防御を固める。

 これで挟撃は防げるはずだ」

 

ほう、とモロドフが興味を示す。

ただし無条件に賛成は出来ないので、教師が生徒に教える様な声音でマルスに注意した。

 

「その案ですと、対騎兵用の陣地をどうするかが問題ですな。

 何か策がおありなので?」

 

幹部達はマルスを期待の眼差しで見つめる。

視線が集まったのを理解したマルスは、堂々と返した。

 

「その策を、じいに考えてほしいんだ」

 

 

 

「――しかし何ですね、マルスも爺馬鹿の扱いが上手くなりましたね」

 

会議からしばらくして、草原で陣地構築を行っているモロドフにラゼルが言う。

相変わらず口の減らない奴だとモロドフは鼻で笑った。

 

「仕方ないだろう。

 あの様な期待のされかたをしては、軍師として仕事せざるをえん」

 

「はぁ、まぁ俺は図形が苦手なんで無理っすけどね」

 

「細かな地形も読めず、陣地の造り方も知らんで何が軍師だ。

 『軍師は策を知るにあらず、天地人を知り、常識を知る』と言うであろうが」

 

「はぁ……アンリの時代にそんな事言う軍師いましたっけ?

 ユグドラル大陸の系譜に連なるものですか?」

 

「わしの言葉じゃ」

 

「さいですか……」

 

モロドフ卿も冗談が上手い、とラゼルは思ったが、当のモロドフは飄々とした態度であった。

好々爺じみた顔はまるで少年の様であるし、陣地構築を指揮するその姿は幾分か楽しそうに見える。

冗談でもなく、この人は天職でやっているのだろうとラゼルは感心した。

 

「感心しますね、それだけ楽しそうだと」

 

思うだけでなく、はっきりと言ってしまうのがラゼルの人柄である。

モロドフは「ハッ、偉そうな物言いをする」と返しながらも、

あまりにストレート過ぎるラゼルに対していささかの不安を抱いた。

軍師は人に嫌われる悪行が仕事である。

ラゼルは他人に好かれる人間ではないが、主義的にはマルスと大して変わらないのではないかと思えた。

今の会話は、モロドフであったならば自分の上司をヨイショするところである。

 

「まったく、誰も彼も綺麗事で動く……ところで、騎士隊はどうなっておる」

 

「ジェイガン、アベル、カイン全隊は進発しましたよ。

 しばらくしたら俺もペガサスでそっちに行きます。

 シーダは西から北にかけての偵察をして、戻ってくるはずです」

 

「もうわしは知らんぞ、王族を偵察に使うなどと」

 

「天馬騎士は貴重ですからね。

 俺だって本当は軽装の剣歩兵をやってたいっすよ」

 

そこでモロドフは久しぶりに、ラゼルが本職のペガサス乗りでない事を思い出す。

 

「ふむ……お主の本業は剣士だったのか」

 

「まぁこれでもサムライの血を引いてますからねぇ」

 

「サムライ?」

 

聞いた事の無い言葉に、怪訝な顔をするモロドフ。

ラゼルはそんな事も知らないのかと言わんばかりに返した。

 

「知らないんですか? 世界で最も東にある国の兵科です。

 こっちの剣士よりは遥かに重装備ですけどね」

 

「ほう、お主がそんなところの出身だとは知らなかったな。

 今まで故郷の話をする時、不明瞭な事しか言わなかったが」

 

「えっ? いや……俺の出身は……」

 

普通に立ち話をしていたはずのラゼルは、突然視界が真っ暗になる感覚を覚える。

そして頭の中がごちゃごちゃとして、自分が何を考えているのか、

自分が今どこで何をしているのかが分からなくなった。

思考という画板に無数の絵具をぶちまけた様な混濁した脳のどこかで、

誰かが自分を呼んでいる様な気がする。

 

(――おに――ちゃ――!)

 

確かに呼ばれているはずなのだ。

ラゼルは頭を抱え、呻く様にして言葉を漏らす。

 

「カムイ、ルフレ、クリス、マーク。

 俺は……俺は……門の……」

 

「おいどうした、ラゼル!」

 

「ああ、オイゲ……いや、オイフェ、何でもないよ……」

 

ぼうっとした様子で違う名前を呼ぶラゼルを尋常ではないと感じたモロドフは、肩を掴んで強く揺すった。

それでも目の焦点が合わないので、頬を両手で掴み、何度もはたく。

 

「ラゼル、しっかりせい!」

 

「うぅ……あ、モロ、ドフさん……」

 

「どうしたのだ、突然おかしくなりおって!

 心ここにあらずなどというレベルでは無かったぞ」

 

「ああ、すいません。

 よく分からないんですけど、昔の話をするとたまになるんです。

 昔色々あったんでしょうが、今回は特に頭がすごく滅茶苦茶になる……」

 

「記憶が無いのか? いや、どちらにせよ無理に言わなくてもよい。

 心が壊れられたらかなわん」

 

「はい。あー、多分すぐ治ります。

 ちょっと休んだら騎士隊の支援に向かいますんで」

 

ふらふらと身体を揺らしながら、ラゼルは天幕に戻ってゆく。

本当に大丈夫であろうかとモロドフは心配したが、

あいにくとこの大事な局面に病人の面倒は見切れなかった。

戦争や不幸な出来事で心が壊れるというのは病気の一種として認識されているが、

壊れた心を治せた事例はほとんど存在しないのだ。

それだけは天に祈るしかないと、モロドフは黙祷した。

 

一方でラゼルは道すがら、あまり深入りし過ぎない程度に記憶を辿る。

 

「俺はサムライの国出身って言ったな。

 太陽……日の……いや、白か? 黒かった様な気がする……」

 

アカネイア大陸に来てからの記憶は確かに存在する。

しかし故郷の大陸に居た時の記憶が、何故か思い出せない。

それどころか、大陸や国の名前すら定かではないのだった。

 

「遊牧民の……いや、世界に魔物が……あぁ! くそっ、知るか!

 俺は俺だ、マルスに仕えている軍師で、世界一価値のある神みたいな存在だ、舐めんじゃねぇぞ」

 

心を落ち着かせる為、わざと独り言を口にする。

それでも自分が何者なのかという疑念は拭えなかった。

だがそれよりも作戦を優先するべきだというのは理解している。

自分の記憶など後回しでも構わない。

ここは正念場なのだ。

 

 

 

その頃、アリティア軍に対するマケドニア軍は出陣準備にかかっていた。

指揮を執るのはマケドニア軍の貴族であるベンソン卿。

草原が広がるマコンの土地とオルバニー城を預かる身であり、

マケドニア海軍の主要貴族として海賊退治を得意としていた。

 

そう、海軍である。

マケドニアは山が多い国であり、だからこそ飛竜やペガサスによる戦力が発達していた。

飛行が可能なこれらは海上戦力にも転用する事ができ、

マケドニアは対海賊戦闘において優位に立つ事が出来る、というのは庶民の考えである。

実際はそうではなかった。

 

マケドニア竜騎士は、飛竜という貴重な生物を相棒とするエリートである。

彼ら、または彼女らは海賊退治という下賤な戦いを嫌った。

仮に行ったとしても、それは実戦演習と変わらない戦いがほとんどである。

マケドニア王女ミネルバは積極的に賊の鎮圧を行ったが、これは他の貴族、騎士から見て異常であった。

そういうものだから、マケドニア軍は船による一般的な海軍を作って治安を維持していた、

ベンソンはその様な貴族の一人である。

 

有り体に言って、彼はマケドニア海軍としては重鎮であったが、

貴族全般で言えば冷や飯喰らいもいいところであった。

ベンソン軍は竜騎士どころか、一騎のペガサスナイトも持たない。

マケドニア軍の精鋭は竜騎士団と白騎士団であり、主力は騎馬隊であった。

海軍は治安維持と輸送が主任務であり、それは輜重隊と同じく蔑まれていた。

 

しかしベンソンは、タリスの様な島国では間違いなく諸手を挙げて歓迎されるほどの将であった。

もしもタリス軍人に産まれていれば、アリティア軍が居なくとも彼が自力で国を守れていたであろう。

事実彼の任務はガルダの海賊の処理だったのだ。

ドルーアはガルダやサムシアンとの取引を守る気はさらさら無く、

マルスの首を確認し次第両組織を掃討するつもりであった。

そして次期ガルダ総督はベンソンとなり、ここを足掛かりにタリスへ攻め込む予定である。

これはベンソンにとって一世一代のチャンスであり、適材適所極まる人選であった。

 

だが誤算は生じた。

アリティア軍は予想以上の速度で海賊と山賊を撃破し、兵を募り、

膨れ上がりながらマコン平野に進攻を開始してきた。

ここに至って、ベンソンは海軍出身でありながら平地での戦いを強いられる事となった。

ベンソン自身が腕の立つ騎士ではあるものの、

アリティア軍の力は未知数であり、戦法の定まらないままオルバニー城南の橋の防御を固めていた。

 

「草原にアリティアが布陣しているだと」

 

城の会議室で斥候からの報告を受けたベンソンは、酷く困惑した。

彼とて陸戦の常識くらいは知っている。

何も遮蔽物の無い平原に敵が陣取るなどとは思っていなかったベンソンは、再度斥候を向かわせた。

 

「何かしらの柵を築いて……いや、そんなもの一つでマケドニア騎馬隊が止まるとは相手も思わんだろう。

 これは囮で、本隊は南側の山から逆落としをかけてくるのではないか?」

 

ベンソンは目を細め、前かがみになって机に広げられた地図を見つめる。

南東部の草原に陣を敷いたアリティア軍だが、その更に南には草原を見晴らす山々がある。

自分ならば絶対そこに布陣する、とベンソンは断言出来た。

 

「マチス殿、どう思われます?」

 

ベンソンは隣の貴族を見やる。

マチス、と呼ばれた赤髪の青年は、顔も口調も軽い男である。

椅子の背もたれを抱きかかえる体勢で、

ぐらぐらとロッキングチェアの様に揺らしながら羽ペンを鼻の下に挟んでいる。

 

「んー。ああはい、どうとは?」

 

「これが罠かという事についてです」

 

マチスは椅子を大きく前に倒し、地図を指し示す。

 

「ここにアリティアが布陣したなら、平地での決戦を考えているでしょう。

 ただ幕営地を置いただけならただのバカです、どうとでもなる。

 しかし陣地を造っているというのなら、東に居る歩兵隊に退却の指示を出した方が良い」

 

「退却?」

 

「ま、手遅れでしょうな。

 示し合わせて挟撃するつもりが、各個撃破されているでしょーね。

 見捨てて籠城するか、今からすぐに突撃して無理やり挟み撃ちの態で行くか」

 

「西側に向けて陣地を造りつつ、東の歩兵を撃破するですと!?

 それだけの力と数があるのなら、今すぐ出陣しなければ」

 

「ありゃ、籠城しないんですかい」

 

「歩兵隊を見捨てるわけにはいかん、あれは私の部下なのだ。

 ……マチス殿にも出陣を願いたいのだが、よろしいか?」

 

「よろしいもよろしくないも、アリティアの一つ二つ滅ぼさないとどうにもならんでしょ。

 ベンソン殿はガルダを任される予定なのかもしれないが、俺には何も無い。

 そもそもそちらがこの城を任されているのだって、左遷ですよ。

 いつからマケドニアはこんな遠い所まで国土を伸ばしたのか。

 まったくミシェイル殿下の手腕には驚かされるばかりですね」

 

「……マチス殿、そういう皮肉は良くない。

 それにミシェイル様は殿下ではなく、陛下であらせられる」

 

「ウチの妹がもうちょっと大人しければ、俺は陛下の兄になってたはずなんすけどね」

 

会議を終えたベンソンとマチスは、それぞれ部隊の編成と出撃準備にかかる。

ベンソンの副官は、馬に乗って最終確認を行うマチスを見ながらベンソンに耳打ちする。

 

「大丈夫なんですか、あれ」

 

「まぁ……仮にもミシェイル殿下との縁談が持ち上がる家柄だ。

 当の妹が失踪して没落しているらしいが、無能ではない」

 

「ベンソン卿……ミシェイル様は陛下でありますが」

 

「知った事か! 私もマチスと大して変わらん。

 チャンスではあるが、そもそもこんな辺境の最前線に飛ばされているのだ。

 ニーナ姫を捕らえてドルーアとの交渉道具にするつもりだろうが、

 本国から離された我々の士気というのも考えてもらいたいものだ!

 ミネルバ様がミシェイルに嫌われていなければ、こんな所に来るものかよ」

 

「はっ、聞かなかった事にするであります」

 

「すまんな、苦労をかける。

 アリティアを倒し、ガルダを占領するまでの辛抱だ。

 私はこの戦いが終わったら、あそこを世界一の港町にする。

 タリスまでは貰えんだろうがな」

 

「お供させていただきます」

 

敬礼する副官。

ベンソンは自分の騎馬隊を眺めつつ、

何故マケドニアはドルーアと組まねばならなかったのだろうと心の中で嘆くのであった。

 

 

 

「全て追わなくても良い! 挟撃だけ防げれば後回しでも構わん!」

 

赤色の鎧が真上に昇った陽を受け、燃える様に輝く。

北東から南下し、東から攻め込まんとする敵の歩兵隊に

ジェイガン達アリティア騎士団が突撃をかける。

カインは部下に指示しながら、敵の歩兵を次々と剣で斬り捨てていった。

すれ違い様に馬上から斬撃を放ち、敵兵の首が飛ぶ。

猛牛の名に違わん力強さである。

 

「……チィッ」

 

しかし舌打ちする。

海賊や山賊と違い、相手は陣形を保てている。

盾を構え、その背後から手斧を投げ、味方の馬がそれを喰らって倒れる。

散兵(陣形の外におり、接敵前に投擲武器で敵の隊列を崩す軽装兵)の投石で落馬した騎士が、

それらに囲まれて短剣を鎧の隙間にねじり込まれる。

味方から上がる悲鳴と断末魔が、今までの比ではない。

 

「こんなところで消耗してられるか。

 聞け! 我が名はアリティア宮廷騎士団(テンプルナイツ)、猛牛のカインだ!

 我こそはと思わん兵(つわもの)は前に出よ!」

 

その声を聞いた敵兵の列が、一斉にカインを向く。

直後、ジェイガンとアベルの部隊が敵陣の側面から手槍を放って突撃をかけた。

祖国滅びたりとはいえ精鋭のアリティア騎士が、そうそう負けるはずもない。

しばらくして、マケドニア歩兵隊は大きな被害を出して敗走していった。

ぜいぜいと息を吐きながら、カインは仲間達に声を張り上げる。

 

「どうした貴様ら、この程度で臆したか。

 それが祖国再興を誓うテンプルナイツか!

 俺はアリティアに居た時、まだ見習い騎士だった。

 それがどうだ、いますごくピンピンしている!」

 

かすり傷程度ならばいくつか受けていたが、カインはあえて自分の力を示した。

タリスまで脱出したアリティア騎士の中にはカインと同じ見習いも居たし、

ジェイガンほどではないにせよいい歳をした古参騎士も居た。

彼はその両方のプライドを刺激したのだ。

仮にもアリティア再興を掲げるアリティア騎士が、これで何も感じないはずがない。

 

「ちくしょう、またカインの牛野郎に先を越された!」

 

「馬鹿を言うな、私が何年国に仕えていると思っている!

 この程度の敵なぞ臆するに値せんわ!」

 

新米も古参も、カインに向けて矜持を示す。

死者はそれなりに出たが、アリティア騎士の士気は高かった。

問題は新参者の義勇兵、傭兵の類である。

そこはアベルが上手くフォローした。

 

「まだ終わっていない。

 このまま我々は北東部の湖沿いに西進し、陣地で足止めされた騎兵を側面から叩く。

 これが失敗すれば本隊は蹂躙され壊滅し、味方はことごとく死に絶えるだろう。

 だが成功すれば、今回は我々が戦功第一である」

 

功績とはつまり報酬である。

アリティア本隊が無くなれば報酬は出ないが、それを上手く救ったとなれば功績が認められる。

つまりは自分達の働きに自分達のお給料がかかっているのだ。

アベルの言葉でそれを理解した義勇兵達は、やらねばならぬと判断した。

 

カインとアベル。

個々でも有能だが、二人合わせたらちょうど良い名将が出来上がるのではないか。

鼓舞の出番を逃したジェイガンが、軽く笑いながら銀の槍を掲げた。

空にはラゼルのペガサスが飛んでおり、合図を受けて本陣へ連絡に戻る。

 

「これより我らは中央やや北まで進撃し、側面攻撃に移る!」

 

 

 

「マケドニア騎馬がもう橋を出た?」

 

本陣へ帰還したラゼルは、シーダからの偵察結果を聞いていた。

何でも、敵軍の騎馬隊は既に橋を経由して本陣に近づいてきているらしい。

もう数十分もしないうちに接敵するだろうと。

 

「早いな……陣地構築と騎馬隊が間に合わん。

 敵は二百騎だけが先行しているんだな?」

 

「ええ、でも今の段階で侵入されたら、第二波を食い止められない。

 敵の旗印は見慣れないものだったわ……こんな感じの」

 

そう言ってシーダは、大まかに描いた紋章を見せた。

異大陸出身のラゼルはもとより、モロドフも知らない紋章らしい。

大方、小貴族のものであろうと思われた。

 

「主要貴族の竜騎士団でないだけマシか……」

 

紋章が描かれた紙を手に取って眺めるラゼル。

突然背後で「あっ」と驚く声が聞こえた。

先程までラゼルから心の病について相談を受けていたレナである。

彼女はジュリアンと共に、アリティア軍に従軍する事となった。

ジュリアンは心を入れ替えて働くと言い、レナはレナで彼女なりに何か人助けをしたいらしい。

確かに戦場ならば治療の仕事に困らないだろうなと、ラゼルは思っていた。

 

「どうしたレナ……って、そういえばあんたマケドニア人だったな」

 

「は、はい。それで、その紋章なのですが……本当なのですか?」

 

頷くシーダ。

 

「画家みたいな画力は無いけど、大体はそんな感じよ」

 

「あの、それなんですが」

 

「何だ、まさか名将とか言わんでくれ、モロドフ卿が過労で死ぬ」

 

レナは非常に言いにくそうな顔をしてしばらく黙った後、やや目線を逸らしつつ返す。

 

「それ、私の家系の紋章なんです」

 

 

 

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