新訳・ファイアーエムブレム新暗黒竜と光の剣F   作:朝比奈たいら

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第四章『正規軍の軍靴』(3)

 

アリティア軍とベンソン軍との戦闘が行われた二日後。

本来ならばその日のうちに速攻をかけたいと思っていたモロドフとラゼルだが、

マチス隊の半数が投降し味方に加わった事と、騎士隊の疲労が予想以上である事を鑑みて

戦闘後の夜と翌日を休息に当てざるを得なかった。

マルスは火攻めという行為に悩んでいる様子だったし、

カインの愛馬がやられたという話はアリティア軍全体の知るところであった。

元マケドニア軍のマチスとしても、ベンソンが騎士として勇猛なのは知っていたが、

所詮海軍が陸上で馬に乗って何になるのかと侮っていた。

 

最も、カインの方はさほど問題ではなかった。

やや鍛錬に励みすぎるきらいはあったが、愛馬の死に気を引き締めた様子だ。

同僚も討ち取られており、アベルには「お前は正しかった」と援護の礼を言っていた。

ただし、公の場でライバルに礼を言う場面は見せなかったが。

 

ベンソンとその騎兵隊が消耗している今がチャンスである。

しかしシーダとラゼルは、

唯一の通路である橋がベンソン軍のアーマーナイト隊に守られている事を偵察で確認していた。

弓隊も援護についており、正面突破ではこちらにも被害が出る。

オレルアンと合流し、最終的にドルーアを倒してアリティアを復興させるのが目的なのだから、

政治的立場を鑑みてオレルアンとニーナ姫を助ける戦力は多い方が良い。

どうしたものかと、軍師達は頭を悩ませていた。

 

「だからオグマをペガサスで後方に浸透させてですねぇ――」

 

「一度上手くいった策を使い続けるのは危険しかもたらさない。

 ガルダの時とは状況が違うというのを分かるのだよ」

 

ラゼルの案を却下するモロドフ。

二日間作戦を考え続けていたが、そろそろ頭も喉も痛くなってくる。

ラゼルは水を飲みながら、天幕内の隅っこでトランプ遊びに興じているマチスを見やる。

相手はジュリアンだ。

レナを助けたと聞き、妹が元盗賊に惚れないか警戒心を持っているらしい。

ジュリアンは最初こそ恐縮していた様子だったが、

マチスの貴族らしからぬ態度を見て今では寝っ転がりながらポーカーの相手をするほど気楽になっていた。

 

「ストレートっすよ、兄貴」

 

「誰が兄貴だっ」

 

「レナさんにはお兄ちゃんと呼べとか言ってるらしいじゃないですかよ」

 

「お前はお兄様と呼べ。

 というか妹はやらん。

 あー……俺は運が酷く悪いんだ。

 何の役にもなってないよ、まるで今の俺の様だな、ふははっ」

 

ラゼルはジュリアンの後ろから近寄り、袖口を掴んで見せる。

そこからはカードが数枚ほど零れ落ちた。

 

「休息は任務の内だけど、あんたら気ぃ抜きすぎだろ」

 

目をぱちくりとさせながら手札を投げだすマチス。

 

「そう言うな、どっちが勝っても女性が喜ぶ賭け事をしてるのさ」

 

「レナなら何を貢がれても他人に分け与えちまうでしょ。

 そんな事より、マチス卿もマケドニア側に居たなら何か考えて下さい。

 こう、せめてフルハウスぐらいに役に立ってもらわないと」

 

「俺はそれすら揃えられた事が無いんだよ。

 カードはともあれ、敵はナイト(騎士)もルーク(城)も持ってる。

 どうあっても被害を出さずに勝てるはずがない。

 ……というか君、妹呼び捨てにしたね?」

 

「ナバールや弓兵隊のカシムって奴と一緒にね、

 レナとはジュリアンより前の付き合いがあるんですよ」

 

肘を突いて寝転がっていたジュリアンが、ずるりと体勢を崩す。

 

「知らねぇぞオレは!」

 

「言ってないからな。

 皆お互いその時の事は言ってないみたいだけど……まぁそんなのはどうでもいい。

 問題は、橋をどうやって攻略するか」

 

「迂回すれば良いんじゃないの?」

 

「マチス卿、橋が一つしかないから困ってるんですよ」

 

何を言ってるんだと言わんばかりの顔をするラゼルだったが、

次の瞬間にはマチスがまったく同じ表情を返していた。

 

「だから、橋を迂回すれば良いんじゃないかって話だろう?」

 

それを聞いて、ラゼルとモロドフは顔を見合わせる。

その手があったか! とモロドフは膝を叩いた。

この地域で敵城へ通れる橋は一つしか無かった為、他のルートは早々に戦略から外されていたのだった。

架橋作戦は思いついたものの、時間がかかり過ぎるとしてこれも却下されている。

小舟を造るにしても同じだ。

 

「何故そんな単純な事に気づかなかったのか!

 ああ、いや、深さを考えると騎士隊は渡河できん。

 だから私も思いつかなかったのだろう」

 

「オルバニー城の東に町があるんで、そこで船なりなんなり徴発すればいいでしょう。

 対岸まで運ぶだけなら反感も少なくて済みますし、

 悲しいかな我々は市民に嫌われているのでアカネイア側の人間には協力的です」

 

自分達の苦労は何だったのかと、ラゼルが気の抜けた声を出す。

 

「それをもっと早く言って欲しかったなぁ……」

 

「考えつかないあなた方軍師が悪い。

 へっ、もしかしたら俺はアリティア軍の軍師にもなれるかも知れませんね」

 

「どうかな、カシム辺りと一緒に輸送隊の隊長が関の山じゃないっすか?」

 

「自分は動かない運び屋で生きていけるなら、俺は輸送隊長でも構わないっすよ」

 

この会話を元に、両軍師は作戦を練り直した。

そしてこの日の夜には戦域北部の川を渡り、町の協力を経て全軍を渡河を開始する事となった。

会議の席で、マルスが作戦の承認を行う。

 

「――解った、その作戦で行こう。

 まずはペガサスで交渉役の者を町に向かわせて、船を調達してもらう。

 その代表役なんだけど……ノルンにお願いしたい」

 

「あっ、あたしですか!?」

 

弓兵隊副長として会議に出席していたノルンが驚く。

元々ノルンはアリティア脱出の際に仲間入りした義勇兵の一人であり、

自分が誰かを率いて戦う立場になるなどとは考えた事も無かった。

ましてや、今の話の流れで自分に白羽の矢が立つなどとはまったくの予想外であった。

マルスは真面目な、それでいて優しげな顔で言う。

 

「君は僕達がアリティアから脱出する時に、ドーガと一緒に脱出船の準備をしてくれた。

 その経験と実績を買ったというのは不満かい?」

 

「いえ! 光栄ですし、やれと言われればやります!

 ……でも、これ失敗したら大変な事になりますよね?」

 

「大丈夫だ、皆で協力していこう。

 僕達アリティア軍はそういう存在のはずだ」

 

それってつまり、自分が失敗すれば誰かに尻拭いをさせる事になるんじゃないか。

ノルンだけでなく他の面子もそう思ったが、口にはしなかった。

何にせよ一人一人が『ちゃんと』としなければならないのは、組織として当たり前の常識である。

 

「分かりました、やって見せます」

 

ノルンは少しばかり冷や汗が出そうな感覚を覚えるも、真剣な眼差しで了解した。

隣に居るゴードンが、「いいなぁ……」と呟く声が聞こえないくらいには緊張している。

まだ幼さの残るゴードンにとっては羨望に値する抜擢であったが、

実際に命じられたノルンにはプレッシャーの方が大きかったのである。

しかし、ノルンにも仕事をやり遂げる事へのやりがいというものは確かに存在した。

だから不満気な表情は一切していない。

 

「よし、じゃあ全部隊は北へ進軍。

 町の対岸で船を待ち、できれば今日中に渡河をする」

 

作戦が決定した後、アリティア軍は陣地の片づけもそこそこに北へ向かった。

全て何も無かった様に痕跡を残さないべきであるが、

壊れた柵や諸々のゴミは放棄して進軍せざるをえない。

人間一人でさえ寝床を探してテントを張って食事を作って……という事をしなければならないのだから、

数百数千の軍勢が宿営を行うのは並大抵の事ではなかった。

野営の準備にも撤収にも時間がかかり、アリティア軍は今少しでも時間が惜しかったのだ。

最も、ゴミは放っておけば金属以外は大体土に還るので問題無いのだが。

 

ノルンはシーダのペガサスに乗り、先んじて町へ向かう。

ラゼルのペガサスには元海賊のダロスが乗り、操船の指揮を執る予定であった。

 

空が紺色に染まった時刻、四人は町へ到着する。

町はこの地域では一番大きなものであり、

係留されている船にしても軍艦とまではいかないまでも渡河に十分な輸送力はある様子だ。

元海賊のダロスは港に繋がれている船を吟味する。

 

「あれが個人用の小舟だろうね。

 あっちのはここら辺を取り仕切ってる商会の商船で、

 一番大きな奴は海運が主な仕事の商会のだ。

 今回は短距離を往復するだけだから、無駄に大きい船は必要無いね」

 

団長などではなかったものの、ダロスとて海の男の端くれである。

パッと見ただけで船に関する情報はあらかた理解出来る。

ノルンが興味深そうにそれを聞いていた。

 

「ふむふむ、一応ある程度のお金は持たされてますけど、そこのところどうでしょう?」

 

「うーん、こっちとしては長く借りる必要は無いんだけど、

 絶対今晩中に必要だって悟られるとふっかけられると思うよ。

 中くらいの船を借りるなら問題は無いと思う」

 

「じゃあそれで行きましょう。

 マルス様は略奪や徴発が大嫌いですからね。

 ……実を言うと、アリティア脱出の時は割と強引に調達したんだけど」

 

「ええっ、無理やりかい?」

 

「軍船は既に敵に確保されていて、

 商人さんに必死にお願いして、何とかぎりぎりのお金で貸して貰えたんです。

 相手が男の人だったから、こう、あざとい感じに」

 

ノルン以外の三人は反応に困って苦笑を返す。

ラゼルは「俺何も聞いてねーぞ」と耳を塞ぐふりをして、半ば本当に笑っていた。

貸して貰えた、とはいうが、その時の船は今もタリスにあるはずである。

延滞料の契約などしていないのだろう事は簡単に予想出来た。

 

「つまりあれだ、マルスはノルンに期待したんじゃないか?」

 

「そりゃあ期待は重いですけど……」

 

「いやいや、その可愛さで口説き落とせっていう」

 

「はい!?」

 

ノルンは顔を赤くして、顔の前で手を振る。

 

「何言ってるんですか! マルス様ってそういう事するんですか!?」

 

「人使いに関しては意外とそういうところあると俺は思うんだが……まぁそれもそうか。

 本気で人を口説こうとしたら、紅の剣士すら口説ける子に頼むからなぁ」

 

「ちょっ……私は口説くとかそういうつもりでやったんじゃないわ!」

 

シーダが膨れた顔をする。

ノルンとラゼルは、そういう物言いが問題なんじゃないか、と思いつつも

とりあえず中型船舶を借りる為にとある商会へ向かった。

各人は鎧を着ておらず、一般的な町人に変装している。

ノルンは商人風の恰好をしていた。

商会の建物に入ると、手近な者を捕まえて上の人間を呼び出す。

身分は明かしていないが、船を使いたいというのは伝えた。

 

商会の会長が現れると、ノルンはにこやかな表情で要件を伝える。

自分達はしがない商人であるが、町の対岸にある積荷と人を輸送したいのだと。

会長は笑顔のまま困った様な声を出すという、器用な真似をした。

 

「しかしですなぁ、夜に船を貸せと言われても困りますよ。

 暗闇での操船は真昼間とは違いますし、そのまま船を盗まれる事例もあるのです。

 失礼ですが、そんなにお急ぎなのですか?」

 

「いえ、そういうわけでは……

 ですが、近くでは戦争をやっていると聞きますし、

 迅速な行動は私達商人の基本ではありませんか?

 対岸に居る仲間達にも、今夜は町のベッドで寝てもらいたいのです。

 もちろんそちらの商会に関連する店を使わせてもらいますよ」

 

「確かに、戦争が起きれば何もかもが変動するものですが……

 対岸の仲間とやらは一晩の携帯食料も無いとおっしゃられる」

 

「ま、町の中と外で寝る違いは理解してもらえるはずです。

 野営中に軍隊や敗残兵に襲われる恐怖に怯えながら安眠は出来ませんよ」

 

「ふむ、積荷はいかほどで?」

 

「隊商の馬と人が五百ほど。

 それに嗜好品や衣類、金具などの金属製品がいくつか、です」

 

嘘である。

今から戦争をする軍隊を輸送したいなどとは言えないし、

千人以上の数を運搬すると言えば疑われるだろう。

目的地を同じとする商人が徒党を組むのは珍しい事ではないが、

現在のアリティア軍の数は隊商にしては巨大過ぎる。

 

「いかがでしょうか、船に見合った額はお出ししますが」

 

ノルンが人懐っこい笑顔のまま言う。

しかし会長は一変して険しい表情になり、敵意の篭った視線を向けてくる。

 

「失礼を承知で言おう。

 軍の輸送に手を貸せと、何故はっきりおっしゃらないのか、あなたは」

 

ノルン達四人は背筋が凍った。

何がいけなかったか。

さすがに人馬と金属製品は露骨過ぎたか。

腰に隠した短剣に手をかけながら、ノルンは震える声を振り絞る。

 

「わ、私達は軍や傭兵の類では――」

 

「嘘は良くない。わざわざ夜にそんな動きをするとなれば、それは軍事行動以外にないでしょう。

 申し訳ないが、この商会はマケドニアに屈するつもりはない。

 いいや町全体が、自分達がオレルアンの民である事を忘れてはおらんのだ!」

 

そう言って、会長は冷や汗を流しながら懐に手を入れる。

何か武器を持っているのであろう。

がたり、とノルン達の背後にある扉で音を立てたのは商会の人間か、もしくは雇われた傭兵か。

 

「ち、ちょっと待って下さい。

 マケドニアではなくてですね、その、実は私達はアリティア軍なんです」

 

このままでは刃傷沙汰になると思ったノルンが、慌てて真実を話す。

それでも嘘を吐いて軍隊を輸送させようとしたのだから、警戒は解かない。

一般論において、軍隊が他国の町に入るというのは略奪が行われると同義である。

だからアリティア軍がオレルアン支援の為に動いているとしても、信用には値しない。

そもそも亡国のアリティア軍など、傍から見れば盗賊団と変わらないのだ。

 

しかしこれを聞いた会長は、大きく目を見開いた後に嬉しそうな表情を取る。

 

「お、おお、おおおおお! アリティア軍!? つまりマケドニアと戦っておられるのですな!」

 

「えっ、ええ、まぁ、はい」

 

「何故それをおっしゃらないのか、あなた方は!

 オレルアンの民はドルーアや、それに属するマケドニアを嫌っているに決まっているでしょう」

 

「それは聞きましたが、流石にこれを聞いて手伝ってもらえるとは思いませんので……」

 

「手伝います、手伝わいでか!

 なぁに、どうせ何したって結局はあいつらと戦う事になるんです。

 オレルアン軍が国を取り戻す助けになるんなら、私らは何だってしてやりますよ。

 そうだ、今すぐ他の所にも声をかけて、船を全部使える様にしましょう。

 ねっ、そうしましょう」

 

ノルン達は懐の短剣を握ったまま、呆気にとられていた。

まさかここまで好意的に取られるとは思っておらず、

こんな事なら最初からマチスの言う通り身分を明かすべきであったと安堵の溜息を吐いた。

それと同時に、ここまで嫌われるマケドニア軍は一体何をしたのかが気になった。

実際には、この辺りを統治しているベンソンはさほど非道な行いをしたわけではなかったが、

それでも一般的な貴族や軍としての支配はある。

そして一般的な支配であろうとも、オレルアンの民は他国に屈したくなかったのであった。

 

「マケドニア兵でないのならば、こんなに可愛い娘さんの頼みは断れませんからなぁ」

 

「か、かわいい?」

 

「ええ、商人の真似事は中途半端でしたが、そこもまた可愛く見えたものですよ」

 

当然これは半分ほど世辞であるが、半分は会長の口説きだった。

得な女だなぁ、と後ろに居たラゼルとダロスは内心思ったが、口にはしなかった。

隣に居たシーダが、純粋に笑顔でいたからである。

何も居ないはずの藪から蛇を生み出す必要もあるまい、と。

 

ともあれ、こうして船は手に入った。

商会の会長は有言通りに他の有力者に声をかけ、町にある大部分の船をノルンに貸し出した。

船の指揮はダロスが執り、アリティア軍を町へ輸送する。

予想以上に大規模な船団にモロドフが「マケドニアに勘付かれたのやもしれぬ!」と慌てたが、

船員達がアリティア軍に手を振る光景を見て兵達は歓喜の声を上げた。

アリティア軍は渡河を完了し、町民からは歓迎され、

夜が明ける頃には出撃準備を整えて町の外に整列していたのだった。

 

一方ベンソン軍は、部隊の大部分を橋の守備に回しており、城の守りは少数の騎士隊のみ。

アリティア軍は一直線に、側面から城へ迫る事となった。

 

 

 

アリティア軍が町を出る前、思いがけない出会いがあった。

 

「アリティア軍なら、マルス王子が居るはずです!」

 

青いローブを身に纏った魔道士が、出撃を間近に控えたアリティア軍に声をかける。

マルス王子の有無を聞かれた兵達は、その魔導士が自分と同じ義勇兵の一人かと思った。

だが、マルス王子の存在を知った魔道士は兵達を押しのけて本隊の中枢へ向かう。

間者か何かか、と憲兵隊が捕らえてラゼルに報告したところ、

傍に居たジェイガンが慌てて解放する様に指示した。

どうやらマルスの知り合いの様で、対面を果たした二人は抱き合って喜んでいた。

 

「マリク! こんなところで会えるとは思わなかった!」

 

「マルス王子が挙兵なされたと聞いて、おっとり刀で駆け付けた次第です!

 ああ、刀というかファイアーとサンダーの書くらいしか使いこなせませんが」

 

「いや、君が居るだけで僕は嬉しいよ」

 

何やら親し気な様子に、数メートル離れた場所でシーダが困惑していた。

マルスの紹介によると、マリクはアリティア人の貴族であり、マルスとは兄弟同然に育った仲らしい。

騎士ではなく魔道士を目指し、魔法都市カダインに修行へ出ていたところに

アリティア本国が陥落し、以後はカダインでひたすら力を蓄えていたという。

 

「マルス様とエリス様の危機に何も出来ず、申し訳のしようもありません。

 しかしお二人が生き延びていると信じ、ひたすら修行に明け暮れていました。

 完全ではありませんが、伝説の風魔法エクスカリバーを身につけたんです。

 これでやっとお二人の役に立つ事が出来ます」

 

エリス、という名にマルスの顔が曇る。

 

「そうか……それは頼もしいよマリク。

 でも、エリス姉さんは……」

 

生きているかどうかも分からないんだ。

その言葉を口にする事は出来なかった。

マルス自身信じたくないし、口にしてしまったら本当になってしまう様な気がして。

何よりも親友のマリクが、自分の姉を好いている事にマルスは気づいていた。

顔色を悪くするマルスの手を、マリクが握る。

 

「エリス様は生きておられます、カダインで師が見たんです!」

 

「えっ……何だって!?」

 

「本当です! 私の師匠……ウェンデル司祭が、ガーネフに連れられるエリス様を見たと。

 そうおっしゃってました。

 今はもうおりませんが、ガーネフは何か理由があってエリス様を捕らえている様です!」

 

「姉上が……」

 

膝の力が抜けるのを感じ、マリクにもたれかかるマルス。

アリティア陥落からずっと、自分の家族を思わない日は無かった。

父コーネリアスは戦死したが、母リーザと姉のエリスは生死不明のままであった。

二人が生きていると信じたからこそ、マルスはここに立っていられる。

だが心のどこかで諦めている気持ちがあったのは事実だった。

 

「マルス様……」

 

「そうか、そうか姉上が。

 ありがとうマリク、僕はそれだけで希望が持てる。

 正直な話、アリティアを取り戻す事に何の意味があるのかと頭を過った事も一度じゃない。

 故郷を捨てる時に誓ったはずなのに、タリスで平和に暮らしていたいという気持ちもあった……」

 

その言葉を聞いて、シーダは口を手で覆って俯く。

マルスが無理をしているのは薄々気づいていたが、シーダはあえて触れない様にしていた。

ご家族は絶対に生きてらっしゃいます、などという根拠も無い事を無責任に言う事は出来ない。

マルスは二年間ずっと悩み続け、今やっと明確な希望が持てた。

シーダも、その場に居たジェイガンも、涙が出そうなのを必死に堪えていた。

マルスよりも先に泣くわけにはいかない。

 

しかし、マルスは涙を流さなかった。

しばらくマリクにもたれかかっていたが、身体を離すと一つ溜息を吐き、自分の頬を両手で引っ叩く。

次の瞬間には、君主としての顔に戻っていた。

 

「進軍しよう」

 

誰へともなく、マルスは言った。

二の句を継ぐ事もなく、マリクには手でモロドフを指し示した。

青いマントを翻して馬に跨るマルス。

周囲に居た面々は涙を引っ込めて、進軍の準備にかかった。

マルスの姉が生きている、と知った他のアリティア兵達は確信する。

この戦、まるで負ける気がしない、と。

 

 

 

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