夏、というのは得てして暑いものである。それから逃れるために人は涼を求め、工夫をするのだ。
その点は妖怪も同じだ。ただ、まっとうなやり方で涼をとる妖怪の話はとんと聞いた事がないが。
「ゔ~、あついー」
そんな暑い夏に森の中漂う一端の妖怪、ルーミア。彼女もまた、まっとうではないやり方で涼をとる妖怪の一人だ。
黒を基調としたデザインの洋服に身を包み、柔らかなブロンドに赤いリボンのようなアクセントをつけた、見た目は十代前半の妖怪。
だが侮るなかれ。いくら幼く見えても人を襲う妖怪、本気の彼女に組みつかれようものなら死を覚悟した方がいい。彼女に狙われて生き延びた人は居ても、捕まって生き延びた人は居ないのだから。
そして彼女の能力である「闇」。体の周りから滲み出すような闇は彼女をすっぽりと覆ってしまう。闇に溶け込むことで獲物に近づき、そして襲うのが彼女の常套手段である。専ら、昼間に使う分には避暑専用だが。
その様に恐ろしい人食い妖怪である彼女だが、しかしとても能天気かつ無邪気でもある。別にお腹が空いてない時であれば人間……主に子供との話に華を咲かせることもあるし、妖精と遊ぶこともあるのだ。
ただ今日は、とてつもなく暑かった。その暑さが彼女の持ち前の元気を全て奪ってしまい、ただ無気力に闇の中をふわふわと浮かぶだけの存在に堕落させてしまった。
「ぐえー、しぬー」
正確には妖怪は死なないが、彼女はそう嘯く。両手足を投げ出して寝転がる様に空を漂っている彼女だが、ふとあることに気付いた。
なんと、移動する速度を増やすとなんだか涼しくなるのだ!
…と、まあ、普通の人間ならすぐ解りそうなことではあったが彼女にとっては大発見だった。
少し飛ぶ速度を速くする。涼しい。
もっと飛ぶ速度を速くする。もっと涼しい。
そんな当たり前の事を確認するように、ルーミアはぐいぐいと加速していった。そして彼女はある事を思い出す。
「あ、そうだ。木にぶつからないようにしなきゃ──」
そしてその言葉は最後まで紡がれることなく、何か重いもの同士がぶつかった時のような音を響かせて止まった。タロットカードにもあるように、足元を見ない愚者は崖下に墜ちるものである。
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日が西へと傾いた頃、ルーミアは頭に残る鈍痛によって飛び起きた。体を起こした後に振り返って見ると、大きくヒビの入った大木が佇んでいる。
これに頭をぶつけたのか。彼女はそう解釈し、そしてこの木の下が涼しいことにも気づいて、その背中を大木に預ける。
そよりと涼しい風が頬を撫でる。揺れる葉の音が心地よく、ルーミアを眠りへと誘うが、未だに残る頭の痛みがそれを阻んだ。
そして時間が経ち、太陽が西に沈もうとした頃には頭の痛みもようやく収まった。そして彼女がうとうとと船を漕ぎ始めた時、元気な声が響いた。
「ねーちゃん、こんなトコで寝てると妖怪に襲われるぞー」
この声によりルーミアは再び目覚める。彼女が目を開いた先には、男の子が居た。歳は十といったところだろうか、少しくたびれた甚平を着て人の頭ほどある緑と黒のシマシマ模様の丸い物、スイカを抱えている。
はて、妖怪を襲う妖怪なんて聞いた事が無いとルーミアは男の子を見つめながら考える。実際はその目の前の男の子がルーミアを人間と勘違いしているだけなのだが、彼女はそこまで考えが至らなかった。
「もう夜になるからねーちゃんも早く帰んなきゃ」
「帰る?」
大体の野良妖怪に言えることだが、ルーミアには家と言えるような拠点は無かった。
「私に家なんてないよ」
「え、ホント?兄弟とか親はどうしてんの?」
「居ないよ、ずっと一人だもん」
そう伝えると、男の子は考えるように唸りだした。
何を考えているんだろう?そうルーミアは首を傾げるが答えは全く持って考え付かない。
面倒臭くなって考えるのを投げ出すと同時に、彼女の左手を取る存在があった。さっきまで呻っていた男の子だ。両手で抱えられていたスイカはいつのまにか左の小脇に抱えられていて、右手はルーミアの左手へ伸びていた。
そして元気いっぱいの声で男の子は言い放つ。
「じゃあ俺ん家こいよ!」
これがルーミアと男の子との出会いであった。
男の子の家は人里の中にあった。やや狭めの家ではあったが一家が暮らす分には十分の間取りがある。
ルーミアが家の中を見渡してる間に男の子はドタバタと家の中に駆けて行った。そして仏壇の前に座るとスイカを脇に置き、両手のひらを合わせる。
「じーちゃんただいま」
それを見たルーミアは「じーちゃん」なる人が死んだのかなと思った。
彼女自身は仏教には疎いが、この両手を合わせる行為が誰かを追悼する儀式のような物だと知っていた。なので黙って見ていた。
そして思い出したかのように玄関の扉を閉じようと振り返り、なにげなく外を見てみると太陽は既に沈んでいた。ただ名残惜しそうな橙色の光と、闇を削ったような細い月だけが空に浮かんでいる。
ルーミアは感銘を受けるでなく、そのまま扉を閉じた。彼女が再び振り返ると、男の子は手を合わせるのを止め、スイカを抱え上げて立ち上がろうとしていた。そしてルーミアの視線に気が付いた男の子はお勝手……つまり台所の方を指さして言った。
「これ、一緒に食べよう」
ルーミアはスイカを食べた事は無いが、中身がみずみずしくておいしい食べ物だと聞いた事はある。なので彼女は笑顔でそれに応えた。
さて、お勝手に立った二人だったが、男の子の取り出す包丁にルーミアは違和感を覚えた。記憶にあるどんな刃物よりボロボロなのである。何か硬いものに使ったという風でもなく、手入れをしてないといった感じだ。
当然スイカに刃が立つわけでもなく、男の子の振るう包丁はスイカの皮に食い込んだ段階で止まってしまった。そして困ったことにそれが抜けなくなってしまったのである。
「あー、どうしよう」
男の子はルーミアをちらと見やった。そしてそれに気づいた彼女は任せなさいと言わんばかりに前に出た。
彼女はスイカを左手で押さえ、右手で包丁を握ると何でもない事のように抜く。さらに抜いた包丁を置いた後、両手でスイカを掴んだと思えばねじ切るように互い違いに回した。
「それっ!」
「わっ、すげーや!」
するとスイカは切り目があったのも幸いして真ん中から綺麗に割れる。それを見た男の子は諸手を挙げて驚きながら賞賛した。
妖怪は力が優れているのは当たり前だが、ルーミアはその中でも頭一つ分突き出していた。無論、妖怪同士の喧嘩でも取っ組み合いになれば負けることは無かった。(喧嘩の原因は専らルーミアの前方不注意による衝突であったが…)
だが彼女はこの力の強さを誇りに思っては居るが、無暗矢鱈に振るうのは嫌っている。精々自活に役立てるか困っている誰かを助けられればいいのだ。
さて、その双方を為したルーミアの表情といえば当然にこやかなものとなった。それを見る男の子の眼差しは羨望と好意を混ぜたものとなり、興奮したようにルーミアを褒めちぎる。
「ねーちゃんすっげー!スイカねじ切るなんて保田のおっさんでもできねーよ!それもキレーに真っ二つじゃん!やべー!」
「えへへへー」
その褒めちぎられたルーミアは照れ臭そうに頬を掻く。なお男の子の話に出てきた保田のおっさんとは人里に居を構える力自慢の大工だ。
しかしそれだけでは終わらない。男の子に煽てられたルーミアは包丁も使わずパコパコと器用にスイカを割っていく。無論刃物のように綺麗に切れる訳でもなく、それでも整った形になった。
それを見ていた男の子は惜しみない賞賛をおくる。そしてその賞賛を受け取ったルーミアの顔は緩みきったものとなっていった。そして最後のひとかけらを割ったとこで、彼女は男の子の方に向き直った。
「食べよ?」
その笑顔に胸が高鳴るのを、男の子は感じた。
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「そういやねーちゃん、名前はなんてーの?」
話を切り出したのは男の子だった。頬にはスイカの汁を付けている。対するルーミアは頬にスイカの種を付けて答えた。
「ルーミアだよ」
「るーみあ?変な名前だなー」
「むー、人の名前をけなさない!」
わざとらしく怒るルーミアに男の子は笑いながら「ゴメンゴメン」と両手を合わせた。誰かを弔う時にもやっていた儀式をなぜ今もやったのかとルーミアが何となく考え始めるが、構わず男の子が名乗る。
「俺の名前は千太郎ってんだ」
「センタロー?変な名前だねー」
「あっ、言いやがったな!」
そして千太郎もわざとらしく怒り、そして顔を突き合わせた二人は大笑いした。
その後二人はスイカをかじったり談笑したり、外に向けてスイカの種をどれだけ遠くに飛ばせるか勝負したりして時間を過ごした。
「あー、お腹いっぱい」
「私もー」
そうして腹を満たした二人はそろってお勝手で手と顔を洗い、今後について話し出す。
「ルーミアねーちゃん、風呂はどうすんの?水浴びがいい?」
「んー、お風呂かなー」
「じゃあお湯沸かしてくるなー」
そう言って千太郎は勝手口から出ていった。
ルーミアというと、誰の許可なく家の中を見回り始めた。お勝手には外へ続く扉と風呂場へ続く扉、居間と食堂を兼用した部屋への仕切があり、そこから玄関と寝室へ行けるようになっていた。
ふと、彼女の目に仏壇が目に留まった。そして先程弔っていた「じーちゃん」なる人物とは誰なのかという興味もあり、仏壇に置いてあった位牌に視線を向ける。
──
この名前を見たルーミアは何か、言うなれば既視感なるものを感じた。
どこで見たのだろう、どこで知ったのだろう……そう考え込む内、面倒くさくなってやめた。言うまでもないが彼女は考え込むのが大嫌いだった。
考えることも面倒くさく、かといって何もしないのも暇なので今度は寝室にお邪魔することに決める。
襖を開けると明かりが無く居間に置かれた灯火の光が道を作るように差し込んだ。襖を動かすたびに光の道は大きくなり、全部開けばそれなりに中が見渡せる。
さて、とルーミアが中を覗くと、予想されたように一組の枕と布団があるだけだった。布団に近づくとほんのり汗臭い。洗ってないのかな、と彼女は思いつつこの家にはあの千太郎しか居ないことを再確認した。
すこし図々しい事と自覚しながらもルーミアは押入れであろう襖を開け、その中にやっぱり在るであろう布団を引っ張り出して汗臭い布団の隣に敷く。
布団がもう一組あることに気付いた彼女は汗臭い布団を丸めて居間に放り出し、押入れから布団を引っ張り出して先程汗臭い布団があった場所に敷いた。彼女なりの心遣いである。
「これで良し!」
やりきったような表情でルーミアは寝室を後にし、汗臭い布団を抱えてお勝手へと持って行った。
お風呂が沸いたと千太郎の声が聞こえたのはその時である。