保田家で行われた晩餐。そこは最早戦場であった。
女陣は普通の娘の五倍は食べるであろうルーミアと、成人の倍は軽いスティル。男陣は大食漢の源次郎に、歳の割に健啖すぎる千太郎。
まず、用意された米は一升。そしておかずは猪肉の煮物とお浸し、梅干し、香の物云々。一人頭二合半に上る米と四人で囲むには大きすぎる鍋は開戦からおよそ三十分で空となった。
そして戦争は未だ終わっては居ない。おかずの残党狩りという名目の酒盛りで現在も継戦中である。
「はっはっは!お主も中々の健啖ぶりよのう!」
「えへへ、そうでしょ~?」
「どうじゃ、今度は酒で勝負せんか?」
「受けてたとー!」
すっかり酒の回ったスティルとルーミアはいつの間にか仲良くなってしまい、お互いを褒め称えたり、軽口を叩いたり、自慢したりしていた。その一方で千太郎と源次郎は。
「おい、お前どーやってルーミアちゃんを引っかけたんだよ」
「えーと、一人でスイカ一つは食べきれないから誰か誘おうと思って」
「俺がやったスイカか?人生何が起きるか分からんもんだ…」
と、ルーミアとの出会いを話しながら酒を飲み交わしていた。
しかし、ここにはザルが三人。千太郎は舐める程度だったが、他のルーミア、スティル、源次郎が呑みまくった為に酒はあっという間に底を尽いた。
酒が無くなった事にルーミアとスティルの二人が顔を見合わせる。そして。
「酒が無くなったわい。この勝負はお預けじゃ」
「むー、この調子なら勝てたのにー」
「ほざけ、ペタンコ」
「何よう、ノッポお化け」
酒で顔を真っ赤にしてフラフラしながら楽しそうな貶し合いを始めていた。
その掛け合い漫才を楽しみながら源次郎は笑い。
「おい、お二人さん。俺らは片付けやっとくから先に風呂入ってきな」
と、お風呂場の方を指さす。
それを聞いたスティルは「じゃあお先」と手を振りながらフラフラと風呂場へと向かっていく。ただ、その小脇にはルーミアが一匹、まるで子犬のように抱えられていた。それを見ていた源次郎と千太郎が噴き出したのは無理もない話である。
そんな女衆を見送った男衆は片付けを始めた。空になった飯台がべたつかないように水でさっと流し、余った梅干しや香の物は小さな壺に入れて蓋をする。その他食器もお勝手に置いてある水の張った桶の中に入れておいた。片付けるまでが戦争である。
男たちは片付けの下準備をするのがこの家での決まりであり、その他はスティルがやるようになっている。詰まるところ源次郎と千太郎の仕事はひとまず終わったので、二人は卓を挟むように座った。
「で、千太郎。お前もうルーミアちゃんとヤッたのか?」
「え!?」
そして源次郎いきなりの先制攻撃。対する千太郎は驚きながらも首を横にブンブン振った。
「なんでぇ、ヤッてねーのか。昨夜はあんなに喧しかったのに…あ、そうか。布団に引きずり込んだ所で暴れられたんだな」
「違う違う!」
「じゃあ何でルーミアちゃんが喚いてたんだよ」
「えっと…」
千太郎はどう説明したものかと言葉に詰まる。その様を見た源次郎は「やっぱり図星だろ?」と得意げな表情。
「違うったら違うんだよ!おっさんのアホー!」
「いだだだ!やりやがったな!」
今度は千太郎が源次郎の腕をつねって先制攻撃。こうして大人げない源次郎と子供らしい千太郎のレスリングが始まった。
さて一方でお風呂に入った二人はと言うと。
「で、でかい…」
「おい、いい加減手を離さんか」
湯船でルーミアがスティルの豊満な胸を鷲掴みにしていた。
しかしそのまま鷲掴まれるスティルではなく、ルーミアを引っぺがして前後逆にした後、そのまま膝の上に置いた。
「全く、少しは遠慮しろ」
「むー」
スティルは呆れながらもルーミアの頭を撫でてやる。赤いリボンが目に入るが、あえて無視した。
「ねぇ、スティル」
「何だ?」
「源次郎とは夫婦なの?」
「そうだ」
「じゃあどうして夫婦になったの?」
「……」
ルーミアの問いにスティルが考え込む。急に黙り込んだ彼女が気になったのかルーミアが振り向くと、得意げな顔をしたスティルが居た。
「そうだな、惚れたからだ」
「惚れたから…」
「簡単だろう?物事は単純が一番だ」
しかし、事はそう単純ではない。人間と妖怪の間には習慣の違いや人生観の差異、何より寿命の差があった。人はおよそ四十年も経てばどんな者でも衰える。妖怪は不老かつ長寿、生きれば生きるほど成長する。さらに言えば人と妖怪の間に子が成る事は極めて稀であるということ。
二人を隔てる壁はいくらでもある。だが。
「妖怪が人を愛してはならんという決まりも摂理もない。だから私は源次郎を愛した。唯それだけなのだ」
スティルはそれらを物ともしないほど強い心の持ち主であった。
「…すごいね、スティル」
「どうだ、惚れたろう?」
「うん」
「だが私の伴侶はゲンジローだ。惚れられても困る」
「あはっ、何それー」
ルーミアの花のような笑顔が咲く。そして。
「ところでルーミア、お主はもうセンタローとはまぐわったのか?」
「ふぇ!?」
やはりスティルは源次郎と夫婦なのだった。
「…なんだこれは」
風呂から上がり、着替えを済ましたスティルが見たのは千太郎に腕ひしぎ逆十字を見事に決められている情けない源次郎の姿だった。
「あ、スティルさんもう上がったの?」
「あががががが!助けてくれスティル!」
源次郎はジタバタして抵抗するも千太郎の固めから抜け出すことは出来なかった。それを見たスティルは深い溜息を吐く。
「センタロー、代われ。私がやる」
「は!?おいスティル!止め……がああああああああ!」
千太郎から奪い取った源次郎の頭を右腕でフロントヘッドロックを掛け、左腕で変則チキンウイングアームロックを掛けた。
「この…甲斐性無しめ!子供に負けてどうする馬鹿者めが!」
「折れる!折れるから勘弁してくれえええええ!」
「ばかものおおおおお!惚れた私が阿呆みたいではないかあああああああ!」
「ぎゃあああああああああ!!」
ゴキリ、と小気味の良い音が響く。そしてスティルが拘束を解くと源次郎はそのまま地に伏せた。
「フン!軟弱者めが!」
捨て台詞を吐いた後、源次郎を引きずっていき寝室へと放り込む。千太郎はそれを唖然と見つめていた。それを見たスティルは先程とは打って変わって優しい笑みを浮かべ。
「すまんなセンタロー、あんな馬鹿者の遊びに付き合って貰って」
と、千太郎の頭を雑に、しかし優しく撫でた。そして軽く背中を叩く。
「ほら、風呂に入って来い。お前も酒臭いぞ?」
「う、うん」
言われるままにお風呂へと向かう千太郎。そしてお風呂場の入り口でルーミアとバッタリ顔を合わせた。
ルーミアは藍染めの浴衣を着ている。柄は『波に龍』と呼ばれるもので、大波の中を龍が泳いでいるものだ。
しかし一番に千太郎の目を引いたのはその丈の短さであった。小柄なルーミアにも関わらず太ももが丸見えなのである。だからルーミアは顔を真っ赤にして、ここでもじもじしていたのだ。
千太郎は目のやり場に困りながら、やはりルーミアを褒める。
「えっと、その、か…かわいい、よ?」
「……」
「じゃ、じゃあ俺風呂入ってくるから!」
そしてその場の空気に耐えられず、逃げるように風呂場に入っていった。ルーミアは隠すように火照った顔を手で覆う。その顔は僅かにだが口角が上がっていた。
顔が赤いのをそのままに、ルーミアはスティルのいる前までやって来た。そしてスティルから一言。
「千太郎の反応はどうだった?」
ルーミアのにまにました顔を見れば判りそうなものだが、スティルはあえて聞いた。それに対する彼女の返答はもちろん「かわいいって言ってくれた!」だ。それを聞いたスティルは満足そうに頷く。
「そうであろう!その服は私の勝負服であったからな…。今は背も高くなって着れなくなってしまった物だ、ルーミアに着てもらえて服も満足じゃろう」
もう一度、感慨深そうに頷き。
「さあ、今晩は存分に楽しめ!服は汚しても構わん!」
スティルは人差し指と中指の間に親指を差し込んだ拳を作り、ぐっと前に突きだした。
「何そのポーズ?」
その謎のポーズにルーミアは首を傾げるばかりであった。
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夜も更け、夫婦の営みがあるからと追い出された千太郎はルーミアを連れて自らの家に戻っていた。が、そこに待ち受けていたのは汗臭い布団と未使用の布団が一つずつである。
ここでルーミアは考える。これは先ほどスティルから教えてもらった「男女が仲良くなるおまじない」をするチャンスではないのかと。
「ねえ、千太郎」
「ん?何?」
「綺麗な布団一個しかないし、いっしょに寝る?」
「えっ!?」
ルーミアの言葉に千太郎は飛びあがるほど驚いた。ルーミアとしては単純に「ドーキン」なるおまじないをしようかと思っていただけなので千太郎を訝しげに見る。
「なんでそんなに驚くの?」
「いやその…あはは…」
千太郎はその後の問答にものらりくらりと質問をかわし、いい加減に痺れを切らしたルーミアが千太郎を布団に突っ込んだ。ルーミアはその後に続く。
そしてルーミアはここにきて自らの失敗に気が付いたのだ。
「……あ」
「……う」
近いのだ。お互いに顔を向け合うと吐息がかかるほどに。少し考えれば分かりそうな事なのだがルーミアは少々頭が残念であるのでそこを責めるのは酷だろう。ルーミアはたまらず背を向ける。それに倣い千太郎も背を向けた。
沈黙。闇の帳に包まれれば直ぐにでも寝れる千太郎であったが、今日ばかりはそうもいかなさそうだった。
そして一睡もできずに迎えた朝。幸いにして今日は寺子屋は休みであった。
もそもそと布団から這い出した千太郎の目の下にはばっちりと隈が出来てしまっている。ルーミアも同様だ。
一先ず、二人のやることは決まっていた。
「とりあえず、布団あらおっか…」
「うん…」
それは安心して眠れる寝床を確保する事である。
「若人よ!昨夜は楽しんだようじゃな!」
二人が洗った布団を干している時にスティルが絡んできた。スティルの頭の中では布団を洗うということは「男女が仲良くなるおまじない」をして布団を汚したということになっているのだ。
普段ならこのあたりで千太郎の反論が飛んできそうな所であるが、そうはならなかった。おかしいと思ったスティルが寝不足の千太郎の顔を見て、合点がいったのかポンと手を合わせる。
「センタロー、あまりやりすぎるなよ?一晩三回までにしておけ」
「そんなんじゃねーし…」
千太郎の声はあまりにも弱々しかった。
「おお?今度こそしっぽりやっちまったのか?」
二人が布団を干した後、縁側で休憩しているところで源次郎がやってきた。源次郎の頭の中では布団を洗うということは次使うことを憚るほどに汚したことの証左ということになっている。
普段ならこのあたりで千太郎の反論が飛んできそうな所であるが、そうはならなかった。おかしいと思った源次郎が縁側を見ると、二人は仲良く昼寝をしていた。
「おっと、俺はお邪魔虫だったかな」
ニッと笑う源次郎の視線の先でルーミアと千太郎は互いに寄りかかって寝ている。そしてルーミアの顔はどこか幸せそうであった。