ホントに少しだけ。
決着が着いた。白鳥と桜井のデュエルに。
それと同時に、優勝者が決まった。
会場が一瞬、静まる。
そして、弾けるような拍手喝采が始まる。
「おめでとうございます、白鳥選手! 優勝者は白鳥選手です!」
ギャラリーの拍手が一気に白鳥へ向けられる。
参加人数こそ多いが、地方の非公認大会。これほどの拍手と共に称えられるなんて、白鳥は夢にまで思わなかった。
勿論、荘介達も白鳥を褒めちぎる。
「凄いぜ、白鳥!」
「おめでとう、白鳥君!!」
白鳥は嬉しかった。
特に、夕実におめでとうと言われたときは。
――そして、白鳥は拍手喝采の中、桜井が膝をついていた場所を見る。
しかし、そこには桜井の姿は無かった。
いつの間にか立ち去っていた。
(……ま、そんなもんか)
白鳥の反応は冷めていた。
それだけでなく、その場の誰もが、桜井の事など気にしてすらいない。
そして、白鳥は桜井のいた場所へ向けて、目を細めて冷たい視線を向けていた。やはり、そのどこか悪意に満ちた眼差しに気づいた者はいない。
おそらく、その目には憎悪が宿っているだろう。
****
「くそっ、くそが……ッ!!」
桜井は路地裏で建物の壁をひたすらに拳で叩いていた。
叩くことに腕が疲れ、頭を壁にこすり付ける。
下を向いて地面を見る顔。完全に興奮しきっている心は目を大きく開かせる。
これほどの屈辱は無い。
かつて、自分がいいように扱っていた白鳥春樹、彼に公衆の面前で圧倒的な力量を見せ付けられて敗北を喫したのだから。
「白鳥ィ……! またデュエルで俺をコケにしやがってぇ……!!」
桜井はかつて、小学生の頃にも白鳥にデュエルで敗北している。
その時のデュエルで敗北して以来、桜井は白鳥に目をつけ、デュエル以外の局面で徹底的な嫌がらせを働き始めた。
所謂いじめ。
その行為参加したのは桜井だけでない。否、桜井はあくまでいじめグループの一員に過ぎなかった。主犯格は別にいる。
「そうだ……! まーた、皆で砂にしてやるか……!」
桜井はおもむろに銀色のスマートフォンを取り出し、LINEを起動する。
トーク一覧の中には『伊藤会』と言うグループがあり、桜井はそこをタップする。
そして、桜井は焦る指でメッセージを入力する。
桜井一臣
『なー、皆聞いてよー』
メッセージがLINEの画面に反映される。
伊藤
『ん?』
伊藤鐘鳴と言う名前の人物から返信が来る。
金井信彦
『お、桜井じゃん!』
他にもメッセージが返ってきた。
桜井一臣
『今日、白鳥にデュエルで負けた』
まずは出来事から話す。
金井信彦
『んで?』
伊藤鐘鳴
『お前、まだ白鳥で遊んでんの?飽きねーな』
まさかの反応だった。
(お、おいお前ら……)
桜井の顔が蒼ざめる。
これまでなら、「まじか、うぜぇなあいつ」「シメるか」と言った話になる、そう確信していたのにだ。
桜井一臣
『なあお前ら、あの白鳥だぞ?
俺らでまたシメようぜ?』
続けて、メッセージを送信。
伊藤鐘鳴
『いや、ねーよ』
金井信彦
『な』
(は……?)
気づけば桜井は引きつるような笑いを浮かべていた。
いや、桜井にとっては笑えない事態だ。
伊藤鐘鳴
『俺、降りるわ。お前と同類とかやだし』
金井信彦
『禿同』
伊藤鐘鳴さんが退出しました。
金井信彦さんが退出しました。
二人はLINEのグループから出て行ってしまった。
伊藤会には、桜井一人しか残っていない。
呆然としたまま、桜井はスマートフォンを持ったままその画面を見続ける。しばらく時間が経ち、スマートフォンの画面は電力の温存のため、真っ暗となる。
画面が暗くなると同時に、スマートフォンを握る桜井の右手が小刻みに震えだす。
「はぁ……? 俺ら友達だろぉ……?」
喉の奥から何かが出てくるような感覚を味わう。
まるで、火山が噴火する前触れのような感覚。
それを感じれば感じるほど、手の震えが強くなる。
次の瞬間、枷が外れたかのように、何かが込み上がる。
居ても立ってもいられず、桜井は頭まで急激に温まるような感覚をおぼえる。
「……ッ!!」
桜井はいきり立って、右手に持つスマートフォンを地面に投げつけた。
表面に取り付けているカバーが衝撃をある程度軽減するものの、人が故意に投げつけて与えたショック。どれほどの損傷を被ったかはわからない。
今の桜井を、怒りと言う感情が支配し切っている。
敗北の屈辱。
友人から絶縁。
この短時間に、味わったショックは並ならぬものだった。
勿論、彼の自業自得である。
しかし、そんな事を悪びれることも無ければ、悔い改めることも無い。その心は全ての者に対する憎悪で染め上げられる。
「うああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!」
――人気の無い路地裏に、全てを失った不良の慟哭が響き渡る。
****
駅前で行われたデュエルローカルイベントもいよいよ閉会式。
興奮冷めやらぬ会場だが、誰もがステージ上の理沙に注目する。
「皆さん、今日は集まってくれてありがとう!」
理沙からの感謝の言葉に、大歓声で返すギャラリー。
昼間よりは人は減ったものの、まだまだ駅前の人だかりは普段からは考えもつかぬほど圧倒的。
人の数は依然として多く、それだけに相変わらず歓声もうるさい。
尤も、荘介もいい加減、その光景に慣れてきて、眉一つ動くことは無かった。寧ろ、理沙にお疲れと、一言労ってやりたいとしか思っていなかった。
「閉会式の前に、告知が一つあります。麗須美術館の館長代理、クライヴ・ウィルソンさんの登場です!」
理沙に呼ばれるとともに、ステージに上がる一人の男性の姿があった。
身長は180cm程はあり、既に初夏であるにも関わらず、暑そうな白の外套で身を纏っている。両手は外套のポケットに入れたままで、ステージの下には数多くの大衆がいるのにも関わらず、気障ったらしい立ち振る舞いでの登場をした。
(なんだ、アイツ。キザくせぇな)
先ほどまで理沙が盛り上げてきた場に似つかわしくない奴が現れたなと、荘介は苦笑いした。
他の人がどう思ったのかはわからないが、先ほどまで盛り上がっていたちょっとだけ大人しくなった気がした。ただし、ざわざわと雑談する様子には変わりない。また、このタイミングで会場を後にする興味の無さそうな人も散見された。
(あー、興味なきゃ帰ってくか)
荘介は少しずつ人が捌けていく様子を見て、何となく理解を示す。
女の子がステージで頑張っている姿を見ているのは良いけど、よくわからん気障な男がしゃしゃり出てきてもそれは正直、誰得だよって話だからだ。
しかし、何故、美術館の館長代理なんて人物がここで姿を現すのか?
代理なのだから、何かの事情で館長本人が来れなかった事はわかるが。
「会場の皆さん、こんにちは。私はクライヴ・ウィルソンと申します。何故、外国人が?と、思う方もいると思います」
ホントだよと、荘介も心の中でクライヴに突っ込みを入れる。
「外国人ついでに、出身国を話しますが、私はイギリス出身です。因みに館長はしばらく不在で、その間、縁あって美術館の館長は私が勤めております」
まだ会場に残っている客の中には、良いから話を進めろといったオーラを漂わせている者がおり、クライヴもそれを感じ取ったのか、速やかに本題に移ることとした。
「そして、本題なのですが、明日の日曜から来週の日曜までの約一週間、『古代救世主展』と言う催しを行います。デュエルモンスターズのイベントと関係が無い、と思われる方もいるでしょう。しかし、これはデュエルモンスターズと言うカードゲームとも密接に関わる伝承について取り扱っています」
デュエルモンスターズと密接に関わった伝説、これには荘介も食指が動いた。
クライヴの話すことはデュエルモンスターズと言うのはただのカードゲーム以上の何かを持っているとも取ることができかねない。
これは何か特別なものなのか? ここ最近、デュエルモンスターズに対する熱意が次第に増している荘介にとって、決して無視できない話だった。
「へぇ、面白そうじゃん」
「ちょっと行ってみようかな」
会場からも『古代救世主展』と言う期間限定イベントに興味を抱くものがある程度いた模様。
一方、純粋にカードゲームとしてのみ興じている人間にとっては大して興味の抱くものではないようだった。
「デュエルモンスターズとは何か? モンスターはどこからやってきたのか? 全てに答えが出せたとは言えませんが、私や、その他考古学者などが導き出した答えについて、そこで皆さんに話せればと思っております。是非、少しだけでも、美術館に足を運んでください。私は皆さんをお待ちしております」
クライヴは一礼し、マイクを理沙に返した後に、ステージより退場する。
「以上、クライヴ館長代理からの告知でした。ありがとうございましたー!」
理沙の言葉に合わせて、会場が一斉に拍手する。
しばらく拍手が続いた後に、理沙の司会進行が再会する。
「では、改めて、閉会式に入ります!」
****
――夜七時。
荘介はLINEをしていた。相手は理沙。
そーすけ
『藍川、お疲れー!
お前、めっちゃ頑張ってたな!!』
理沙
『ありがとー!
めっちゃくちゃ緊張したんだよー!!ヽ(≧Д≦)ノ』
顔文字を添えて、とても緊張したことをアピールしていた。
それを見て、荘介はなんだか顔が緩む。
結局、会場でお互いちゃんと話す機会には恵まれなかった。あれだけ人がいれば仕方の無い話ではあるが。
だからこそ、今日一日のことをお互い、LINEで話し合っている。
その後も、しばらく、取り留めの無いやり取りを続ける。
「お兄ちゃーん、後、風呂お兄ちゃんだけだから早く入っちゃってよー!」
「うーっす」
下の階から、夕実が風呂へ入るように荘介へ促してきた。
荘介はいつ風呂に入るかは考えず、適当にそれに応じる返答をした。
(もーちょいLINEしてーんだよな……)
理沙とこうしてやりとりしている瞬間が、なんとも言えないほどに楽しい。
デュエルをしている時も常に緊張感があり、興奮して楽しい。
でも、今のこの瞬間にも安らぎをおぼえる。
理沙からメッセージが来た。
理沙
『草薙君、明日何かするの?』
そーすけ
『俺?特に何も。
あ、でも、今日言ってた美術館のイベントはちょっと行ってみたいな』
理沙
『草薙君も?』
そーすけ
『てことは藍川もか?』
荘介はあれ? と、違和感を感じた。
この流れは……。
理沙
『うん!』
一言だけ返してきた理沙。
まさかとは思うけど……。荘介はとりあえずメッセージを返した。
そーすけ
『一緒に行くか?』
理沙
『いこいこ!o(^O^*=*^O^)o
今日話せなかったし!!』
見事にとんとん拍子で話が進んだ。
流石にこの状況で、ごめんなさいとか言われたら鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする事は間違いないが。
そーすけ
『んじゃ、決まりだな』
理沙
『楽しみー!!゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚
何時にする?』
そーすけ
『11時くらいに駅前にするか?』
理沙
『それで!!』
二人は翌日、つまり日曜日にデートに行くことが決定した。
お互いに今日会話できなかったからか、会いたいという気持ちが高まっていたのもあるだろう。
この後、お互いに明日が楽しみだと言い、この日のLINEでのやりとりはそれで終わった。
「おおぉぉぉおおぉぉぉ……!!」
荘介は思わぬサプライズのような出来事に、部屋で一人悶々としていた。
それはマグマの様に奥底から何かが溢れ出すようで、込み上がる何かに抗うように声を必死で抑えていた。
「ちょっとお兄ちゃん、早く風呂に――」
有無を言わぬ勢いでドアを開ける夕実。
ノックもせずにいきなり開けた。
何の前フリも無く入ってくる妹の顔を見て、荘介の顔はびっくり仰天。
「ぁ……ッ!!」
声にならないような声を出すことしかできなかった。
しかし、声量とは裏腹に、顔のほうの迫力は満点で、目と口は完全に開ききっており、縦に大きく伸び切った表情は瑞々しく若い少年の顔にさえ、筋が出てきてしまうほど。
一部の界隈では、『顔芸』と呼ぶに相応しい領域の表情を妹に見せてしまった。
「…………」
その強烈な表情を見た夕実も思わず言葉を失う。
しばし、沈黙の間ができた後に、夕実は冷静さを取り戻す。
「は、早く入ってね……」
見てはいけないものを見てしまったかのように、恐る恐る退室する。
静かに閉まるドアから妹が感じた謎の後ろめたさが伝わってきた。
荘介は心臓バックバクだった。
そもそも、今の時点で自分が理沙と交流を深めているなんてまだ誰も知らないんだから。
(危ねぇ、危ねぇ……)
まるで、落とし穴に落ちかけたようなギリギリな感覚。
しかし、すぐに明日のことを思い出し、再び気分が高揚してきた。
「あー、マジかー。すげー楽しみになってきたなぁ」
明日を楽しみにしつつも、これ以上、風呂に入らずにいるとそろそろ夕実に怒られそうだと考え、荘介は自室を出て、一階へと降りて風呂へ入りに行く。
****
深夜の美術館、クライヴは一人だけまだ館内に残っていた。
他のスタッフは全員帰ったものの、自分一人だけは残業と言うお題目のもと、あえて残留していた。
夜の闇に染まった従業員用の通路を歩き、どこかへと向かう。決して帰宅しようとしているわけではない。
通路の途中に扉がある。そこは鍵がかかっており、普段は閉ざされている。
そして、その錠前は今からクライヴにより解放される。
クライヴは鍵を開け、扉を開く。扉の向こうは更なる暗闇が広がっていた。
しかし、壁に備えられている照明のスイッチを入れることにより、天井の蛍光灯が光り出す。
扉の向こうには下に向かう階段が続いていた。
クライヴは階段を降りてゆく。
しばし階段を降りて行った後に、地階の床をその足で踏む。
後はただ真っ直ぐ続く廊下を歩く。
廊下の先には再び扉があった。
クライヴがその扉を開くと、倉庫と思しき、決して広くはない空間の中へと入り込む。
その地下室の中には真ん中に木製のテーブルがあり、その上にはジュラルミンケースが安置されている。
クライヴは、ジュラルミンケースを開き、中にあるものを確かめる。
――ストーム・セイバー。
中に入っていたカードに、その名は刻まれている。
ジュラルミンケースの中に後生大事に保管されているそれは、デュエルモンスターズのカード。
このような美術館の地下で厳重に保管されていると言う事は、これは余程の代物なのだろうか。
――三幻神。
――究極のD。
――星界の三極神。
――絶対なる強運を齎す
度々、人々を沸かせた伝説のカードと同列の存在であるやもしれない。
「……選ばれし者は、間もなく現れます」
中身を確認した後、クライヴは意味深な呟きと共にジュラルミンケースを閉じ、施錠する。
クライヴは、ジュラルミンケースと自身の左手首に手錠を掛け、強奪されぬよう、万全の状態を整えた上で、持ち帰るようだ。
地下の重い扉が閉まり、もはや自分一人だけとなっていた美術館を出る。
黒のセダンが、美術館を背に、夜の街を走り去っていく。
クライヴ・ウィルソン。
構想段階では、ファーストネームをアルフレッドと考えていました。
しかし、愛称で呼ばなくとも、比較的短めで、イケメンっぽい響きから、感覚的に名前を今の名前に変更しました。
やっと出せた……。
ところで今回、LINEのやりとりを表現するためだけで行数を結構使ってる気がしますね。