「私は、1800年前半のドイツ人だ」
喫茶店で荘介と健一が最初に耳にしたのは、アドルフの突拍子の無いカミングアウトだった。
「「は?」」
二人は思わずハモるように返す。
しかし、アドルフの言っていることは断じて嘘ではない。
――と、なると別の疑問が生じてくる。
それは、その時代の人間が何故、二十代前半といった風貌をしているのか、だ。そんな人間が実際に現代まで生きているとすれば非常に高齢のはず。しかし、荘介と健一の目の前にいるその男はどう見ても老人ではない。自分より若干年上の青年にしか見えない。
「ちょっと待ってくれよ! 何でそんな若いんだよ。歳とらないのか!?」
事情を知らない人間からすれば当然の疑問だ。当時二十代の人間が若いままというのは普通の理屈では説明がつかない。
「確かに唐突な話で付いていけなかったな。勿論、その辺も把握してもらえるよう、諸々の事情も込みですべて説明する。……今更だが、もう一度問う。今後起こる出来事に対し、覚悟は出来ているか?」
「…………。何度も言わせんな。ったりめぇだ」
「わかった。よかろう」
****
――昼休み。
青山座苦は食堂でレポート作成に苦心していた。
世界史の講義の中で、1800年代のドイツの文化について何らかのテーマを選ぶというものだった。
座苦は、科学という点について書こうと必死になっているが、如何せん、方向性が定まっていない。そのため、レポートが全然まとまらず、あーでもない、こーでもないと四苦八苦している有様だ。
「青山、ちょっと見せてよ」
同期が座苦のレポートを流し見する。次第に難しい……険しい表情になっていくのが目に見えてわかった。
「あのさ、これが何を主張したいのかよくわかんないんだけど」
「それがわかってりゃ困まんねーって」
ですよねーと言いたげな表情で同期は苦笑いするのみであった。
「でも、何か面白いこと書いてるじゃん。所謂、冷凍睡眠ってやつ?」
「そうそう。でも、何でこんな研究したのかってのがわからないんだよ」
「研究した人物は?」
「あ……。それ調べてねーわ」
「おいおい。けど、その時代にそんな研究した人物いるなら名前くらい残ってるんじゃないの?」
「そうだな。わり、一緒に図書室で調べてくんね?」
「ごめん、俺、三限目あるから」
「あーわかったわかった。じゃあ俺、早速行ってくるわ!」
座苦は手早く筆記用具や書類などを鞄にしまい込むと、同期を背にして、足早に食堂を後にしていった。
「はえぇ……」
同期は昼時で賑わう食堂の人込みに紛れてうっすらと姿を消した座苦の後ろ姿を見て、妙に感心した。
――図書室は食堂のある棟のすぐ隣にあるため、座苦は大して時間が掛かることなく、図書室に辿り着く。
早速、室内の書庫を片っ端に探し回る。
『ドイツの歴史』、『冷凍睡眠』、『ドイツの医学研究』等など。1800年代のドイツのことが書かれていると思しき書類を片っ端に書庫から抜き出し、机の上に積み重ねる。
「時間がねぇ。誰がやったのか早く調べないと」
焦る座苦は冷凍睡眠の研究を誰が始めたのかという点で調べ物を始める。
――数十分の後に、それは見つかった。
「これだ、ヴィクター……。ヴィクター・シェリー」
しかし、そこには『ヴィクター・シェリーは、水晶を用いた肉体保存の研究を行った』といった簡単なことしか書かれていなかった。
研究については座苦は既に調査が済んでおり、後は求めるのはその動機だった。
座苦は見つけたことを忘れないよう、鞄から取り出したノートの空白のページの上段に走り書きでその名前をメモした。
「次は、ヴィクター・シェリーについて調べるか」
座苦は真っ先にスマートフォンを取り出し、Googleで検索した。すると、その名前はすぐに出てきた。検索結果の最初に出てきたのはwikipedia。座苦は延髄反射的にそこへアクセスした。
ヴィクター・シェリー――。
1780年10月6日 - 没年不詳。
没年不詳。これがどうにも気になって仕方がなかった。
とりあえず後回しにするかと座苦は順番に記事を読み進めていく。
――ケンブリッジ大学卒業。
――卒業後はドイツへ帰国。
――流行病で許婚が病死。
――水晶で肉体を保存するための研究を開始。
座苦はヴィクターがこの研究をするに至る大雑把な経緯を把握した。
ただし、幾つか引っかかる点があった。
――いつ亡くなったのか。というより、最終的にどうなったのか。
――許婚が病死したことと研究がどうして結びつくのか。それとも無関係だったのか。
一部不明点は多いが、期限が迫っていたので、座苦は『一部詳細は不明』という形でレポートを纏めることにした。
****
アドルフは自分がヴィクターに友人であることを荘介と健一に明かす。
「じゃあ、そのヴィクターとかいうのがこの時代で何かやらかすからあんたは、それを止めるために同じことをしたってのか!?」
「そうだ。私が彼の元を訪れた時には既に水晶の中で眠りに就いていた」
どのように解除すべきか、アドルフには分からない。
下手なことをすれば肉体が死んでしまうことを懸念すると何も出来なかった。
「私は机に置かれていた彼の日記を読んだ。最初はエリザを救えなかった無念さを呪うようなことが書かれていたが、次第に研究記録へと変わっていった。その中で妙なことが書かれているのを見つけた」
「「妙なこと……?」」
アドルフが見つけたのは、レガリアゲームが行われる年のことだった。
18XX年8月7日
この日、私は預言者の元を訪れた。
彼に
答えは2018年というものだった。
ほぼ200年も後。やはりあの研究を完成させるしかない。
アドルフはその日記で、レガリアゲームが何を目的に行われるのかも把握した。
魔術の札と呼ばれるもので王権の主が最後の一人になるまで争うということを。
最後の一人がどんな願いも叶えられるということを。
――敗者が最悪の場合、死に至る場合もあることを。
「馬鹿な真似をと思った。そんなことをしてもエリザは喜ぶわけがないというのに……」
アドルフの表情は哀しげだった。
愛する者と再会したいという彼の悲痛な想いは友である自分が一番分かってはいるものの、人としてやってはいけないことがあることもわかっていた。
だからこそ、アドルフは何としてでもヴィクターを止める。その為に彼を追いかけるように現代に蘇ったのだ。
――彼の研究資料を参考にして。
****
十六時。
レポート提出期限が過ぎ、講師は教務室のドア内のポスト内から提出されたレポートを全て回収する。
室内に戻り、コーヒーを淹れ直した後に気だるそうにレポート一枚一枚に目を通す。
「……まあ、こいつは単位与えてもいいか」
脇にパソコンの置かれているデスクの中央には、受講生の名簿が置かれており、講師は自分が見たレポートを作成した学生の名前の横にチェックを付けていく。
単位を与えても良い学生は○。そうでない学生にはレ点で。
まともに見ているのか見ていないのか判断も付かない様子でレポートを順番に見ていき、その都度、チェックを付け続ける。
「ほんと、どいつもこいつも同じようなことしか書いてないな……」
所謂、独創性が感じられないのか実に退屈なチェックだった。
しかし、つまらないというだけで単位無しということには出来ず、余程論外というものでなければ単位を与える方針だった。
約四十分が経過し、講師は遂に座苦の書いたレポートに目を通す。
「ん……?」
それは意外なことに講師の興味を惹きつけるものだった。その証拠に講師は、目を大きく開き、他のレポートよりもじっくりと閲覧し始めたのだ。
「テーマからは……逸脱していない。文章自体は学生そのものだが、この内容は……」
目を丸くして食い入るように読んでいく。
「…………。あれ?」
講師は直前に読んだレポートを漁る。
それはヴィクターは許婚の死後、エジプトを訪れていたことが記されていたものだった。
その目的は、エジプトの魂に纏わる伝承から、許婚に再び巡り逢えるのではないかというものを求めてのことも記されていた。
結局、エジプトでその様な術は当然、見つからなかったが、代わりに
その後、水晶の棺の研究に手を出したということが記されていた。
「ヴィクターは、エジプトでの発見を元に研究を始めた?」
講師は脳内で点と点が一つの線で繋がるのを感じた。
「もし……あのゲームが今という時代に行われるというのを何らかの方法で知ることができたとすれば……?」
エジプトの魔術的な力が現実に実行できるならば、予言めいたこともある程度できるのではないかという推測が講師の中で成り立つ。
1930年のドイツには一人の科学者がいた。名はヴィクター。
生物学に精通しており、イギリスのケンブリッジ大学を主席で卒業したともいわれている。
卒業後は許婚、エリザベートの待つドイツに帰国し、生物学の研究により一層の心血を注ぐ。
ところがある時、エリザベートは流行病にかかり病死。彼女の死をきっかけにヴィクターは呪術めいたものの研究に手を出すようになった。
その後の過程は不明だが、氷の棺で肉体を保存し、札の中に魂を保存することで時を越えるという技術を取得。所謂、コールドスリープというものだ。
そしてヴィクターは、その手法を用い、時を越えるための眠りに就いたとされる。
全ては、レガリアゲームに勝ち残り、エリザベートと再会するべく。
尚、その手段は、古代エジプトで
――講師は、読んだレポートと自分の知りうる情報から推理した。
「まだ分からないことは多いけど、それは少しずつ調べていけば……」
パソコンが一通のメールを受信した。
「何だ、大学からの通達とかか……?」
講師は特に何も考えることなく、受信したメールを延髄反射的にクリックし、開く。
それが、差出人不明の得体の知れないメールであることに注意もせず――。
Title:
To:自分
本文:
メールの内容はドイツ語で書かれた不気味な一文であった。
ドイツ語に明るい講師は何と書かれているのかすぐさま把握し、一気に背筋が凍りつく。
思い立ったように窓から外の様子を見る。
しかし、誰もいない。
誰かのいたずらと思い、安堵しつつドイツ語の気味の悪いメールを削除した。
「ふう、気のせいか」
――そう思うのも束の間、足元が一気に冷えだしたことに気付く。
講師が足元を見ると、床中がたちどころに闇の瘴気で覆われていることに気付いた。それはやがて部屋中を覆い尽くし、闇の瘴気の中に講師は閉じ込められてしまったのだ。
「!? 何だこれは!? 闇!? 馬鹿な! こんなことがホントに――」
部屋の中から闇の瘴気が消えると同時に部屋のドアを開いて男が入り込んでくる。
――その男、篠塚は灰色のポロシャツにデニムという至って普通の格好であった。ショック死を遂げた講師の死体を足蹴にし、机の上に置かれた座苦のレポートを手に取る。
「すいませんね。これは知られちゃ困る話なんで」
罪の意識など微塵も感じていないのか口元は歪んでおり、嘲笑を見せる。寧ろ、他者を手に掛けて愉悦すら感じているとすら思わせる。
篠塚はそのレポートを回収すると同時に部屋からすぐに退席。廊下やエレベーターで他人と鉢合わせになることなく、教務室のある棟から出て行った。
――講師がショック死している状態で発見されたのはそのしばらく後であった。
****
自らの魂をカードに移し、肉体を水晶で保存する。
目的の時期になれば双方の封印が解ける時限装置を施し、今、この時代に復活する手法。
肉体の棺、魂の箱舟――。
聞いたことも無い手段ではあるが、とどのつまり、コールドスリープという手段をとり、アドルフは現代に現れたのだ。
「でもちょっと待てよ。そんなことができるなんて話、聞いたことなんか無いぜ!?」
「それはそうだ」
「何で!?」
「ヴィクターはその秘密を徹底的に守っていて、私以外の人間は全員謎の死に方をしているからだ」
「口封じか……」
しかし、それを聞いて二人は更に不安を感じた。
「っておい! その秘密を知った俺らも消されるんじゃ……」
「おそらく、それは無いな」
アドルフからの意外な返事が来た。
「厳密には荘介の友人である君は対象外だ。身も蓋も無いことを言うと、脅威にならないのだから」
「ううっ、それはそれであんまりな……」
命を狙われる危険性は限りなく低いとはいえ、眼中に無いと看做されているのは、健一にとってやや心寂しいものもあった。
「……問題は俺か」
荘介は救世主のカードを持つ。それ故にどのような危険が付きまとうかは分からない。それはアドルフと話す前にそれに対する覚悟は決めている。後はどう対処するかだ。
「君はまだ救世主のカードを手にして日が浅い。それ故に、君はそのカードの更なる力を発揮することができるだろう」
「ストームセイバーの……、更なる力……?」
アドルフの言うそれは決してカードの能力の話ではなかった。
そう、救世主と呼ばれる存在が秘めたる超常現象のこと。
アドルフは話を続ける。その話の中で、救世主の現状判明している力が語られた。
――救世主にはデュエル外でも、特殊な事象を引き起こす力がある。
――その一つがレガリアの力を持つモンスターを抹殺できること。
――それは結果として、レガリア使いの戦いに介入することができること。
それらの特性がわかっているが故に、アドルフは先程のデュエルを中断した。
しかし、彼自身も救世主については不明点が多い。
尤も、荘介がその未知の力を一つ一つ解き明かし、己の力とすることで更なる闇に立ち向かう強さになると断言した。
「これから起こる争いを止める力、それを持つのが俺ってことか……」
荘介は自分の持ちうる力の大きさを考えると同時に、この先に起こりうる問題について考えるようになった。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
だからwikipediaを見ても今回のようなことは一切書かれておりません。(笑)
因みに私はドイツ語の教養がなかったので、ちょっと調べてみました。
……あれで合ってるかなぁ。