――四年前。
午後七時、一軒の民家は激しく燃え盛っていた。
消防車のサイレンが鳴り響き、サイレンや炎が夜の町を赤で染め上げる。
現場に駆けつけた消防隊員は、燃え上がる火を鎮めるべく、必死に消火活動に努めた。
その作業の中、家の門の前で春樹は泣き叫んでいた。
――まだ母が家の中から出てきていないのだ。
消防隊の何人かが燃える家屋の中に入っていったが一行に出てこない。
二人の消防隊員が泣き叫ぶ春樹を必死に押さえてなだめるが、大人しくなることもなく、燃え上がる炎と同じように春樹の悲鳴にも似た慟哭が真冬の住宅街に響き渡った。
一時間後、火は消し止められた。
そして焼け跡の中からは脱出することができず、一酸化炭素中毒にかかり、炎で焼かれて亡くなってしまった白鳥の母が発見された。
息子の春樹、残業を切り上げて駆けつけた父の二人はその無残な姿に無念な想いを隠しきれるものではなかった。
大人である父は何とか平静を保つことができていたが、まだ小学生の春樹にとてもそんなことは出来ず、再び大声で泣き出した。
その悲痛な泣き声は、父の心を揺さぶるだけでなく、その場に居合わせていた消防隊員や警察、周囲の野次馬の人々の心にも酷く影響し、あまりの痛々しさに貰い泣きする人も出てくる程の有様だった。
黒く焼け焦げた廃屋から未だ上る黒煙は寒空へと上がり、そして消えていく。
理不尽な死を遂げた母の魂を乗せるかのように――。
――後日、警察の捜査でその火災は何者かによる放火と判明。
犯人は四年経った現在も見つからず、依然として捜査が続いている。
****
「また、あの夢か……」
春樹の夢の中では四年前の惨劇がしばしば蘇る。
現在、春樹は父と二人でマンションにて生活している。
父はあの惨劇から表向きは立ち直り、息子の共に生活する為と、日々、仕事に励んでいるが、妻を亡くして以来、希望を持って生きることができなくなった。
「お前はこれから大人になっていくんだ。母を亡くしてお前も悲しいだろうが、お前はお前が幸せになれるために希望を持って生きろ」
それでも父は春樹に言って聞かせた。
既に成熟した自分のことは兎も角、まだ未熟で将来がある息子に自分と同じ気持ちを持たせるまいと思って――。
白鳥が自室を出てダイニングに向かうと、父が既にトーストと簡単なサラダを用意して先に朝食を済ませていた。
「父さん、おはよう」
「おはよう。父さんは先に仕事へ行くからな。朝飯片しといてくれよ」
「うん。行ってらっしゃい」
父はダイニングの隅に置いてある鞄を手に取り、足早に玄関へ向かい、出て行った。
春樹は椅子に腰掛け、食卓に置かれていたトーストを口元に運んでかじった。
――朝食を終え、歯磨きや顔洗いなどを済ませると春樹は学校の制服に着替えるために自室へ戻ってきた。
机の上には昨晩に調整した自分のデッキが置かれている。
メインデッキを調整した後にエクストラデッキを弄ったのか、後者の束のほうが手元に置かれている。
そして、その一番上のカードは《
春樹はそのカードを手に取り、まじまじと眺める。
父にも、誰にも明かせない、暗く後ろめたささえも感じる程の誓いに想いを馳せて。
その表情は平静であれど、心の奥底には深い陰を落としている。
****
――二ヶ月前。
それは荘介達と出会う少し前のこと。春樹にとってのターニングポイントはその時だった。
小学校時代には深刻だったいじめは沈静化し、それなりに良好な高校生活をスタートした頃だった。
五月。クラス内でも誰がどのクラスメートと付き合うかがある程度決まってきた時期に、春樹はクラスメートの一人に話しかけられた。
「白鳥さ、デュエルとかしないの?」
その頃の春樹はデュエルをすることをクラスでは伏せていた。
過去に自分が勝ったことでいじめに発展したことがあったから警戒していたのだ。
「何でそんなこと急に聞くの?」
特にその様な主張をしたわけでもない春樹からすれば不思議な質問だった。
確かに周りはデュエルに興じてる生徒が多くて、人によってはやってる人が多いほどいいと思う人がいるのも無理は無い。
「いやー、だってさー。この前、お前をエタドリで見た気がするからさー」
「あー……」
苦笑した。
でも川口はあの桜井みたいな卑怯なことをする人間とは思えないとも判断したから、春樹はやってると返答した。
「でもごめん、今日はデッキ持って来てないからやりたいなら明日やろう?」
「よし! 明日だな。約束だぞ!」
放課後、春樹は教室を出て帰宅しようとするが、デュエルに興じるクラスメートの様子を見てやや興味津々といった様子を見せた。
「白鳥ー、お前やりたいんじゃないの?」
春樹は微笑みながら教室の中へ戻り、クラスメートがデュエルしている光景を楽しく見ていた。
その時の春樹は、いじめられる前の、朗らかな表情でデュエルができていた頃に戻りつつあった。
翌日、春樹はクラスメートとの約束通り、デッキを鞄の中に入れて登校した。
この時の春樹のデッキは『
「おはよう」
「うぃーっす」
春樹が教室に入り、挨拶をすると皆もそれに対してフランクに返してくれた。
「デッキ、持って来たよ」
「よっしゃ、やろうぜ!」
早速デッキを出そうとするクラスメート。
しかし、もうすぐ
直に担任が教室に入り、教卓前に立つと生徒は一斉に自分の席に着き、朝の
担任が話す最中、春樹がブレザーの右ポケットにしまっていたスマートフォンのバイブレーションに気付く。担任の目を盗んでこっそり画面を見ると、さっきのクラスメートからLINEが来ていたことがわかった。
(何のデッキか教えて)
(E・HERO)
春樹は素っ気無いといわれても致し方ないレベルの簡素なメッセージで返す。それはもう、一文どころか一語で。
(なるほどね)
(長くなると先生に怪しまれるから後で)
(うぃっす)
担任は春樹とそのクラスメートの挙動が気になったのか、時折二人へ視線を向けた。それに気付いたのか、二人は余計な行動をしないように教卓へ視線を向けた。
昼休み。早々に昼食を終えた二人は早速、机の上で対戦を始めた。
流石にデュエルディスクまでは用意しておらず、広い空間での迫力ある対戦ではないのが彼らも残念がっているが、仕方ない話だろう。
春樹が『
「《
「うおぉ……! 俺の負けだ!」
ギャラリーも含め、クラスメートの誰もが唸った。
春樹が対戦した相手は少なくともクラスの中でも特に強いほうだが、春樹はそれを圧倒するほどのプレイセンスを見せた。
「お前、強いな。普段、誰とやってんだ?」
「僕? 僕は最近は、ネット対戦しかやってなかったんだけどね……」
過去にいじめられ、マンションで暮らすようになってから春樹のデュエル環境は基本的にネットが主体となった。やりこむ時は一日に四十戦、五十戦……、それ以上デュエルすることも多い。
実物でも常にデッキを持っているが、基本的にはたまにオフ会に参加する程度で人と対面で対戦する機会はここ数年で殆ど無かった。
「ありがとう、少しはリアルでやる勇気が持てた気がするよ」
春樹は対戦したクラスメートに対して握手を求めた。
「白鳥……。今度はお前を目標にするぜ!」
このクラスメートはちょっと変わり者だった。
最初は大して強くないのに向上心だけは一人前……と、いうのが周囲の評判だった。かと言って悪意は全く無く、周りの凄い相手に認めて貰いたいっていう前向きな思いで日々研鑽をしているというのも分かっていたから次第に周りも強くなれるように協力していったという。
その結果、生まれたのが今のクラスでのデュエルの流行ようだ。
そんな彼のいるコミュニティだから、白鳥は安心してデュエルができる。……そう思えたのだ。
「僕さ、小学校のとき、いじめられてたんだ」
放課後、春樹はクラスメートにカミングアウトした。
何故という質問は当然返ってくる。彼も周りも春樹がいじめられる様な人間だとは思っていないからだ。
自分がデュエルで相手に勝ったから。春樹はそう返す。するとそのクラスメートは自分のことのように怒ってくれた。
「何だよそいつ! 自分が負けたからっていじめに走るなんてとんだ最低野郎じゃないか!」
春樹は彼に話してよかったと思った。彼はまっすぐな男だってのはもうこの時点でよく分かっているから。
「そうかー。そんなことがありゃリアルでやりたくなくなるよな。無茶言ってごめんな」
「ううん。お陰でまた楽しくデュエル出来そうだし、君とも友達になれたから謝ることじゃないよ」
「あー、嬉しいなー。こんな強いやつが身近にいるなんてさー!」
クラスメートはあれから結局、春樹と数回対戦して一回勝てたという散々な戦績であった。当然、悔しいという思いはあれど、春樹が過去に出会った相手のように僻むということはまったくない。
「そうだ、今度三人チームで非公認大会出ない? 俺らなら勝てると思うぜ?」
クラスメートは春樹に大会参加を持ちかけた。自分もそれなりに自信はあるが、かなりの強敵である春樹と共にチームを組めば向かうところ敵無しとも確信していた。
春樹も乗り気で、後はもう一人、誰を集めるか……というところだった。その日はその話に結論は出なかったから後日、ゆっくり考えるということでその日は解散した。
数日後、その日はよく雨の降る日だった。
参列する親戚や同級生らが、公民館の中へと続々と入っていく。悲しみに暮れる人の心を夜の闇が覆う。それを何とか照明が拭い去ろうとしているようでもあった。
座敷に並べられた座布団。その上に次々と正座する人々。
春樹も制服姿で他の人と同じように正座する。
――視線の先にはクラスメートの遺影があった。
あの約束から数日後、交通事故に巻き込まれて亡くなった。
春樹は何と言えばいいのか分からない。
自分を救ってくれた友人が突如としてこの世を去ってしまったことは、かつて母を失った時とはまた違った絶望が彼を襲った。
母の時には無念さが、友の時には喪失感。感じたくも無い気持ちが彼の心を毒のように蝕んでいく。
その内に、通夜が始まる。僧侶の念仏を皆が一緒に唱え、順番に焼香を進めていく。
時々、女子生徒のすすり泣く声が聞こえる。彼女らも今の自分と同じような気持ちなのだろうと考えた。
(僕は、これから何を頼って生きていけばいいんだろう)
念仏が聞こえる中、春樹は自分の中に問いかけた。
自分を救ってくれた友が居なくなったこの世の中で、自分がどうしたらいいのかを。
(母さん……。僕は、とても悔しいよ……!)
本当は今すぐここで泣き叫んでしまいたい。でも、何とかそれを押し殺す。涙目になりながらも友の遺影をまっすぐに見つめて。
通夜が終わり、帰宅した。
家に帰ると父が出迎えてくれた。
「ただいま……」
「おかえり」
父も何だか悲しそうだった。父は春樹から数日前からクラスメートのお陰で外でデュエルする勇気が持てたことを聞いており、嬉しく感じるとともに、そのクラスメートに感謝すらしていたからだ。
そんな春樹の心境を良い方向に変化させてくれた友が突然亡くなる。その訃報は父としても亡き妻のことを思わず想起してしまい、つられる様に悲しくなってしまう。
「春樹……。今日はもう休め。風呂は沸かしてあるから」
「うん……」
父の計らいにより、春樹は普段よりも早く休んだ。
更に夜が更け、春樹はふと、真夜中に目が覚める。
流石に父も既に寝たのかダイニングの明かりが漏れてくることもなかった。
春樹はトイレに行き、用を足した。そのまますぐに寝ようと思い、トイレから自室に戻るとその男はいた。
「うわぁっ!?」
今まで会った事も無い、謎のコートの男。
玄関は自分が帰宅した際に鍵を掛けてそれっきり。恐らく父が他の戸締りもしてあるだろう。だから入ってくることなど無理なはずだが、その男は確かに春樹の部屋に入り、その真ん中で堂々と佇んでいた。
「だ、誰ですか……」
「お前には資格がある」
――資格って何の資格なのか。唐突な話でついてこれない。
しかし、謎の男は続ける。
「お前には強い願いがある。母に会いたい、友に会いたいという願いが」
どこの誰かも知らないのに自分の思いを完全に見透かしている。
気味悪さ故に帰れと言いたいが、その前に男は一枚のカードを差し出してきた。
「これ……は……?」
「お前が心の底に抱える無念と怒りをこのカードに込めろ。それはやがて、お前が目指すべき道への指針、力となる。戦え……」
春樹は疑った。そんなオカルト染みた事が本当にあるのかと。
でも、現実にその男が差し出しているカードは白く発光していて、具体的なイメージが浮かび上がっていない。
イメージ……。春樹はそんなイメージを形にするのが自分の役目だと確信し、その手を伸ばしてカードを受け取る。
春樹が手にした瞬間、カードは下からフェードインするかのように、春樹のイメージを明確な形に具現化していく。
――
春樹はそれがこの世に存在しない唯一無二の存在であることをすぐに理解した。
「これは……」
「それがお前の意思だ。お前の過去に降りかかった惨劇、おおよその見当は付いているのではないか?」
「見当……?」
「赦せないと思う者は倒せばいい。その権利がお前にはある。それがレガリアだ。そして、レガリアを持つ者が一人になればお前は願いを叶える権利を得られる」
「え!? 赦せないとかさっきから何のこと!? それにあなたは……」
――男はその場には居なかった。
春樹からすれば身に覚えの無い意味深な話が幾つか出てきた。
赦せない、とは?
願い、とは?
レガリア、とは?
少なくとも、レガリアとは今、手に入れたカードに書かれていることからすぐに把握した。
そして、春樹は今の話から、これと同じようなレガリアを持つ者を全員倒せば願いが叶う、ということが連想できた。
――そうなれば、最後は赦せない、という言葉の意味だ。
今の男は何かを知っているのか。いずれにせよ、もう一度コンタクトしなければそれを知りうることはできない。
謎の男は何故、自分にこの力を与えたのか。
自分に何をやらせたいのか。
こうして春樹は、全ての答えを知るべく、大いなる謎の渦中に飛び込むこととなった。
****
そして春樹は思い返す。
このカードを手にしたことをきっかけに『
次に手始めに先日の『デュエルローカルイベント』で腕試しをしたことを。
そして、そこで偶然再会した桜井一臣を見せしめに叩き潰したことを。
いずれ来るであろう、レガリア使いとの戦いに向けて春樹は少しずつ経験値を積んでいた。
――しかし、春樹はこの流れの中で草薙夕実と再会できたことや、その兄、荘介やその知人とも出会えたことが嬉しくもあった。
だからこそ、彼らを巻き込みたくは無い。……春樹は、願いを叶え、謎を解き明かした先も考えて戦いに身を投じていく。
****
座苦は、電車を降りて麗須駅を後にしようとした。
現在の時刻は十五時。本来ならば、外国文学の講義を受けている真っ最中であるが、講師が死亡していたことにより、この講義は今週は暫定的に休講となった。
暇になった座苦は帰宅するべく、自転車を停めた駅前の駐輪場に向かおうとするが、駅の出入り口で男に声を掛けられる。
「こんにちは、青山座苦君だね?」
「な、なんすか」
唐突に見ず知らずの男に声を掛けられてやや引き気味の対応を取る。
その男、篠塚は至って普通の笑顔であるが、何か底知れない気味の悪さを座苦は感じ取った。
「ちょっと話があるんだ、付いて来て貰えるかな?」
やはり座苦は不気味なものを感じる。
その一語一句を喋る為に動く口が異質なものを感じるほどに。
その瞬間、周りの雑踏の動きが鈍く感じるほどに。
やばい、やばい。
座苦は益々危機感をおぼえ、命の危機すらも感じた。
「お久しぶりです、篠塚先生!」
座苦は背後から声がするのを感じた。
そこに立っていたのは、春樹だった。
「お話があるんでしたら、僕も混ぜてもらってもいいですか?」
その笑みは爽やかさの中に挑発的なニュアンスも孕んでいた。