朝の草薙宅。
荘介と夕実は通学、條は通勤と慌しい時間の中、朝食を取っていた。居間のテレビは電源が入っている。
朝の情報番組が映っていた。その時の内容はアイドル、『藍川理紗』と言う、今話題のご当地アイドルのことだった。
あ、理紗ちゃん!テレビの内容が目に留まった夕実がいの一番に反応する。誰だよと荘介が尋ねると、條までその流れに乗り、知らないのかと言った。
夕実も條も知っている事を荘介は唯一知らない事が多い。それもそのはず、荘介は興味の持てないことにはちっとも持とうともしないからだ。
藍川理紗は荘介らが住むこの麗須市に同じく在住する女子高生アイドル。年齢は17。つまり荘介とは同い年だ。もっとも、荘介は今日に至るまで同じクラスどころか、同じ学校にすらなったことが無いので尚更知らないのも致し方ないのだが。
ふーん、と結局興味なさげな様子で朝食を終えて食器を台所に持っていった荘介はそのまま支度をしてさっさと出発してしまった。
「ちょっとお兄ちゃん、待ってよ!」
夕実も大慌てで準備をして追いかけるように家を出て行く。
二人が出て行き、家の中が一気に沈黙。
家に最後まで残った條は朝から元気な二人を苦笑いと共に見送った。
****
放課後。
授業、ホームルームが終わり生徒は続々と帰宅準備をする。荘介も同様にさっさと帰ろうと荷物をまとめて帰路に就こうとしていた。
「草薙ぃ~」
まだ椅子に座ったままの荘介に、健一が後ろからもたれかかって来た。
「うわっ、またか、しつこいっつーの!」
初めてエタニティ・ドリームに行ってから四日ほど経過していた。あの日の翌日は日曜で、荘介は特別出かけたわけではなかったので、その次の月曜からなのだが、健一は自分が属する同好会への参加を執拗に荘介に迫っていた。
デュエル同好会――名前から察するとおり、デュエルを中心とした活動を行う同好会。まだ人数が満足に揃っていない状況、人員を揃え、大会に勝つことで同好会から部へと早く昇格させたいのだ。
デュエルこそ始めたものの、それと部活動に所属する事自体は別。荘介はスポーツ万能でありがらも、部に所属する事を嫌うため、特定の部に所属していないのだ。
勿論、デュエル同好会も例外ではない。
「だぁーかぁーら! 俺は部とかそう言うのに入るのが好きじゃねぇっつーの!」
「そんな寂しい事言わずにさぁ~」
「デュエルしたけりゃそう言えば良いだろォ!? エタドリで待ち合わせすりゃ良いしよ!」
「まだまだ初心者のお前だって部を通じて色んな奴と出会って色んなデュエルができるチャンスなんだぜ?入ろーぜー」
(マジでしつけぇ…)
荘介は悩んだ。入る気は毛頭無いというのにしつこい健一。おそらくここで撒いても翌日同じ様に迫ってくるだろう。俺が入るまで何度でも迫ってくるだろう。今後もストーカーされるに違いない。でもとりあえず今は今で撒くべし。考えた。
「あー!! ダンテのシクレア!!!」
荘介は考えるより前に口から出てきた出任せを言い放つ。どうせ不発かと思いきや、健一は見事に騙され荘介が指し示す教室の窓の向こうに釘付けになった。
その一瞬の隙を見逃さんばかりに荘介は自分の座った椅子を蹴り倒し、カタパルトにするかの様に一目散に教室を脱出、スポーツで鍛えた自慢の脚で思いっきり逃走する。
「騙しやがったなぁ!?」
荘介の行動からすぐにハッタリだと気づき、健一もそのまま荘介を追う。
猛然と廊下を掛ける荘介。鞄をまるでアメフトのボールを抱えるかのように突っ切る。駆け抜ける刹那、巻き起こる風は女子生徒のスカートがめくれ、マリリン・モンローさながらの世界が一瞬展開されるほどだった。
「おいコラ、待てぇ!」
まるで借金取りの様に荘介を追う健一。しかし、手持ち無沙汰とは言え、荘介と比べると運動能力が無く、全力で走って現在の距離感を維持するので精一杯。
校舎の外、そして校庭をも突っ走り、学校の外へと脱出した荘介。そしてそれを追跡する健一。二人の鬼ごっこはまだ終わらなかった。
距離はそこまでではないとは言え、急に全速力で走った荘介も流石に息が切れ気味だった。困った事に荘介よりインドア派であるはずの健一が意外なぐらい追従してくる事。ただ、向こうもバテて来ているのは何となく察しがつく。
とは言え、このままでは捕まる。万事休すと思った矢先、荘介の目にあるものが映った。
バスだった。
荘介は迷惑承知でバスまで全力疾走し、急いで乗り込む。荘介が乗り込んだのに合わせてバスは出入り口両方のドアを閉じる。
ドアが閉じ、そのまま発車したバスを指をくわえて見届ける健一。今日もまた、同好会に勧誘できなかった健一は敗北感に苛まれる。この競争は荘介の勝利に終わった。
荘介はと言うと、発車前ギリギリに駆け込んでバスに乗り込んだために他の乗客の顰蹙を買ったようで、同じ学校の生徒も含めて鋭い視線が一斉に突き刺さるのを感じた。
「あ、いやぁ、どうも、ははは……」
ぺこりと頭を下げて愛想笑いを浮かべながら、気まずそうにバスの後部座席の隅に移動。流石に疲れたようで座り込む際についついドカッと音を立てる。
鋭い視線がまた突き刺さる。
「うっ、スンマセン……」
バスの窓から木々や家屋がスクロールしていく。バスが走っていく事で街並みが代わる代わる変わっていく。初夏の午後三時。晴れやかな青空は朝から授業を受け、先ほどの健一の魔の手から命からがら逃れて疲れた荘介を眠らせるには十分な心地良さがあった。
次第に走るバスの駆動音や、他の乗客の雑談すら子守唄に思えてきた荘介は眠気に身を委ね、居眠りを始めた。
****
ハッと荘介は目を覚ます。
まさか眠るつもりじゃなかった。適当に分かるところで降りてそこから距離はあれど徒歩で帰るつもりだった。
が、窓を見てみれば陽は傾いており、あれから大分時間が経過している事に気づく。携帯の時刻を見れれば、17:53と表示されていた。
唖然。
気づけばバスに他に乗っている乗客は自分と同じ生徒は全く居らず、出口近くで新聞を広げて読んでいる中年男性がいる程度。
そんな閑散とした車内、荘介は慌てて降車ボタンを押す。
料金は410円だった。結構な距離を乗ったが、バスだから電車ほど高くつくことが無かったのが救いだった。
荘介がバスを降りた先は終点。降車ボタンを押さずとも、どの道ここで降りざるを得なかった。荘介と中年男性が降りたのを見届けた後、バスはドアを閉め、そのまま走り去っていく。中年男性もどこかへと去っていき、バス停には荘介一人が残った。
「はぁ……」
荘介は溜息をついた。まずは次のバスがいつごろ来るか確認するべく、対向車線のバス停の時刻表を見る。
19:14、時刻表にはそう記されていた。現在時刻は携帯によれば18:10。ほぼ一時間は待たねばならない。
「はぁ……」
再び溜息をついた。
気持ちが落ち着いた荘介はあたりを見渡す。周囲は住宅の多い場所だった。にも関らず、思いのほかに人の気配が無く寂しい。過疎地か?荘介は自分でも良くわからない探究心が掻き立てられるのを感じた。人の声など聞こえて来ず、時折カラスの鳴き声がするだけ。
同じ麗須市でもこうも静かで、でも穏やかと言うよりは不気味さが感じられるような場所があるとは思わず、自分が育った町の新たな発見だと思わず感心した。
「どうせ一時間することねぇし、散策してみようかな」
荘介はバス停を離れ、歩き出した。周辺を適当に歩いた後で時刻前にまたバス停に来れば良いと。
二軒のビルに挟まれた小さな道に入る。まるで路地裏のようだ。ビルは両方とも廃ビルなのか、活気がまるで無い。まるで魂が抜けたかのように。そんなビルに挟まれた狭い道だからか、数ある路地裏より数段、不気味さを醸しており、まるで魔物でも出るのでは無いかとついつい考えてしまうほどだった。時刻的に逢魔が時といわれる時間。それに伴った何かが起こりそうな不気味な通路。
しかし、荘介は怖がるどころか逆になんだかワクワクしていた。普段あまり通らない道だと言う事もあるのか。鳥肌は立ち、薄ら寒い気分でさえあるのに、逆に身体の奥底から湧き上がる高揚感が抑えることができなかった。冒険者ってこう言う気分なのかと考えながら人の居ない不気味な道を歩き続けた。
小さな道を抜けると、見えた光景は川が横切る至って平凡な住宅街。日が暮れて辺りが暗くなる中、照明が付き始めた家も所々から散見された。
右を見て、左を見て、そして正面を向く。
正面はガードレールが通っており、その向こうは川となっている。ガードレールの手前まで歩いてもう一度左右を見ると右側に橋が。
その橋を渡ればその先の住宅地へも行く事は出来るだろう。ただ、それ以上行っても何もなさそうだと思った荘介はこれ以上、目ぼしいものはなさそうだと思い、バス停に戻って残った時間は適当に潰そうと思った。
戻ろうとして回れ左で元来た道に戻ろうとしたらしゃがみこんで何かをしているブレザー姿の少女が目に留まった。
「うぅ~」
草の根掻き分けて何かを探しているのだろう。コンタクトか?荘介は面倒な場面に出くわしたと思い、内心ゲンナリ気味だった。
暫し無言でその様子を見ていると、少女はしゃがんだまま歩き始め、そのまま足が躓いて転んだ。小柄な少女が丸まったまま転ぶ姿はどんぐりの様だった。
茶色の長い髪が扇の様に広がったままふえ~んと泣く少女を見て、荘介はやれやれと思いながら近づいていく。
「なあ」
「はっ、ハイィ!?」
うつ伏せの少女は姿勢をそのままにしながらビクッとしながら返答する。奇特な光景に思わず言葉を失う荘介。暫し間を置いた後に荘介はしゃがみながらうつ伏せの少女に手を差し伸べる。
「立てよ」
むくりと顔を上げる少女は荘介の差し伸べる手に気づく。気づいた少女は差し伸べられた手を左手で軽く握る。
手と手が触れる。
二人とも胸がドキッとする。
顔が赤くなり、少し熱くなるのを感じる。
荘介は照れるあまり、視線をやや左にやりつつも少女が立ち上がる手助けをする。
少女を一瞥すると身長は150cm代前半ぐらいしか無さそうな小柄な体形。小柄で少し細め。まるで小動物の様な姿をしている。
「すみません、何か変なところ見せてしまいましたね」
「それは良いけどよ、何か探してたのか?」
「はい、そうなんです」
少女は涙ぐむ。益々面倒ごとに巻き込まれたような気分になって荘介も困った表情を浮かべる。とは言え、荘介の性分上、困った人、特に同年代の女の子を放って置く訳にも行かず、荘介は探し物を尋ねた。
「私が探しているのは……えーっと……半分がモンスターカードで、半分が魔法カードになっている枠なんですけど……」
「へ?」
荘介は目が点になった。半分モンスターで半分魔法。そんなカード聞いた事が無い。
「あ、あわわわ! ちょっと説明が足りませんでしたね! 正確には上半分がモンスターカードと同じ色の枠で、下半分が魔法カードと同じ色の枠なんです!」
「えーっと……それ、デュエルモンスターズのカードってことで良いのか? んなもん聞いたことねぇぞ」
「それは……えーっと……言えないんです……」
(何なんだこいつ……)
トロそうな奴だ。荘介は少女に対し、残念な娘と言った印象を抱いてしまった。とは言え、何となく想像出来なくも無いディテールなのは把握した。
「オッケー、さっさと探そうぜ。俺も手伝う」
「やったー! ありがとうございまーす!」
かくして、荘介も少女のカード探しを手伝う事になった。
あれから数十分、バスの事はすっかり忘れて荘介は物探しに集中していた。ガードレール手前の雑草を掻き分けて掻き分けて、出てきたゴミと言うゴミは適当にどかし、少女もまた、ゴミと言うゴミをどかして気づいたら二人してゴミ溜めの山が築き上げられるほどに。
カードサイズの何かを見つけたと思えばただのカードスリーブだったり、クレジットカードの欠片だったり、少女が物探しそっちのけで猫と遊んでいたり、一向に目的の品が出てくる気配が見えなかった。
しかし、探し始めて四十分程して、荘介はようやく、一枚のカードを拾った。
「お、これか」
荘介は裏向きだったそのカードの表を見れば、少女の証言する通りのカードだった。上半分が効果モンスターと同じ茶色の枠、下半分が魔法カードと同じ緑色の枠。
未知の種類のカードだった荘介は、カードの種類を読み上げる。
「……ペンデュラム?」
荘介が拾い上げたものはペンデュラムモンスター、《太陽のディーヴァ》と言うカードだった。
やっぱりペンデュラムなんて聞いた事が無い。そんな立ち尽くす荘介を見た少女が近づいてくる。
「見つかったの?」
「ん、ああ。これか?」
荘介は少女にペンデュラムのカードを手渡す。
「あ!これ!ありがとう!」
荘介からカードを返された少女の笑顔はとてもまぶしかった。
そんな素敵で眩しい笑顔にドキッとした荘介は、同時に何かに気づいた。
「あのさ」
「はい?」
「お前、どっかで見たことあるよな…?えーっと、テレビ?」
「あ、もしかして今朝の『めざましティーヴィー』見た?」
「おう、ちょっとだけな。……。って……」
荘介は今朝のかすかな記憶を辿り、脳内に映像を呼び覚ます。
一瞬、理解できなかった。
目の前に誰がいるのか。
今まで誰と応対していたのか。
おおよそ理解すると、何かが込みあがってきた。
あ――――――――――――――――――――――――――――――――――――
荘介は全力で声を出した。
え――――――――――――――――――――――――――――――――――――
近所迷惑とかそんな事はもはやお構いなし
うそ―――――――――――――――――――――――――――――――――――
絶句。ただ絶句した。
大きく口を開けた顔は顔芸一歩手前の強烈な表情をしていた。
テレビでインタビューを受けていたアイドルの少女の姿が今、この目の前にいることに気づいて。
「はい! 麗須市のご当地アイドル、藍川理紗です!」
彼女が名乗るのを聞きながら、荘介は目を口を、思いっきり開き、蟹股で硬直したオブジェの様な状態になっていた。
続く
◆あとがき
何か理紗ちゃんギャルゲか何かのあざといヒロインみたいになった気がする。
それにしても荘介驚きすぎでしょ。(笑)ベッドの中に知らない女が裸で入り込んでた訳でも目の前に福●雅治さんが居た訳でもないのに。