キョンの非日常   作:囲村すき

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十七話 混乱のピエリオット

 

 

 「あいつ、大丈夫なのか?」

 

 わたしは首をかしげて長門に話しかけたが、長門は何の反応も見せなかった。

 

 今日の朝、起きたらすでにキョンは部屋におらず、おかしいなと思ったら弟が妹じゃなく(・・・・・・・)なっていて(意味わかる?)、これはひょっとしたらひょっとするぞと思いながら登校すると、国木田や谷口が女に戻っているではないか。

 

 長門に会いに行くとやっぱり男に戻っていて、説明を求めるとただぽつりと

 

 「あなたが戻ってきたため、この世界は解凍された」

 

 と。しかしそれだけで、わたしがわたしの世界に戻ってきたと結論付けるには、十分だった。

 

 

 

 

 久々の感覚の授業を受け、部室で久々のこちらの世界の団活を楽しみ、日が暮れて解散したところで一人ぽつんとアンニュイな気分に浸るわたしがいた。

 

 それでまあ、あいつのことを思い、別れの言葉の一つや二つぐらい言っても良かったかなと思いついた矢先に、部室の窓の中にアホな顔をしておろおろしているキョンが見えたのだ。さすがにびっくりしたが、急にうれしさがこみあげてきて、思わず呼んでしまった。というのがわたしのここまでのストーリーである。

 

 

 

 ちなみにこの世界は六月である。ハルヒコが時間をさかのぼって凍結しちゃったからな。わたしにとっては高校一年生の半年をもう一度やり直すことになるわけだが、少し妙な心持になっただけだ。

 

 今日はハルヒコがなんとボードゲーム大会の張り紙を意気揚々とSOS団に持ち込んだ。将棋、チェス、囲碁の三種類のボードゲームのトーナメントらしい。SOS団で挑むんだとさ。それにしても「適当に人数集めとけよな」は、ないだろ。

 

 

 さて、夕日が傾き始めた。帰るかな。

 

 

 「長門、帰ろう」

 

 本に没頭しているかのように見えた長門は、わたしの言葉にすぐさま反応し、帰る支度を始めた。

 

 「あいつ、すごい混乱してたなぁ・・・」

 

 ふと思った言葉がそのまま口から出て、わたしは思わず苦笑する。おかしなことに、さっきからキョンの心配ばかりしている。

 

 「・・・・そう」

 

 「・・・・な、なんか出来ることないのかな、わたしに」

 

 自分の仲間がいなくなってしまった時の、胸にぽっかり空いたような感情は、わたしにも分かる。痛いほど分かる。

 

 「・・・・・・あなたはさっき、応援ぐらいしかできないと言った。その通り」

 

 その通り、と言われても、ね。

 

 長門はきれいな目で眼鏡越しにわたしを見下ろした。

 

 「僕もだ」

 

 「え?」

 

 「僕も、応援しかできない」

 

 そうつぶやいた長門の表情からは、なにも読み取ることはできなかった。

 

 

 

 

 でも―――ちょっと悔しいな、とか思ってたりするんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局何のアイディアも浮かばず、朝になってしまった。俺は半ば夢遊病者のように登校したが、朝っぱらから見たくないものを見てしまった。

 

 優等生になったハルヒが、もう来ていたのである。机に化学の教科書とノートを広げている。

 

 「おはよう、キョンくん」

 

 俺は椅子に座るとため息をつく。

 

 「キョンくんはやめろ、頼むから。歯車がうまくかみ合わないような気がして妙だ」

 

 ハルヒは少し焦ったように目を空にうろつかせ、言った。

 

 「ごめんなさい、やっぱり失礼だった?えっと・・でもじゃあなんて呼べばいいのかな。名前で?」

 

 俺は思うように意思が伝わらず、苛ついた。

 

 「そんなこと深く考えるな。キョンでいい」

 

 お前は、俺の許可も得ず呼び捨てにしてたのにさ。

 

 「そう?ならいいんだけど」

 

 そう言ってハルヒは―――今まで俺が見たことのないような柔らかい笑みを浮かべた。

 

 「・・・・!!」

 

 白状するが、くらっと来た。ハルヒに動揺するなんざハルヒ歴一年弱の俺の恥名折れだ。どうしたことだよ。

 

 それでも俺は理性を振り絞って、敢えて淡々とした口調で言った。

 

 「なあ、本当に遊んでいるわけじゃないんだな?冗談じゃないんだな?カミングアウトする最後のチャンスだぜ」

 

 ハルヒはきょとんとして俺を見た。

 

 「え?冗談?なにが?どうしたの?」

 

 「・・・いや、なんでもないさ・・ハルヒ・・じゃなくて・・」

 

 ふと気が付いたが、俺はこいつのことをハルヒなんて呼べない。

 

 「・・じゃなくて、涼宮(・・)・・・・」

 

 俺は思わず両手で頭を抱えてしまった。こいつはガチもんだ。ガチなヤバさだ。

 

 

 

 しかし―――ハルヒは、あんな笑い方もできるんだな。滅茶苦茶もてそうだ。

 

 

 

 

 ―――そう思うと、何故だか胸がざわざわした。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして一日が始まったのだが、ハルヒを観察するに、奴はクラスの委員長的な役割を担っているようだった。HRなどの場面で、それが明らかになった。

 

 まったく悪夢を見ているかのようだぜ。・・・いや、むしろ今までが悪夢だったのか?

 

 俺が今まで過ごしてきた世界が異常で、この状況が正常なのか?

 

 客観的に考えれば、確かにそうだ。

 

 そして俺はやがて恐ろしい考えにたどり着く。

 

 ハルヒ――――この世界は、お前が望んだものなのか?

 

 授業中、気づかれない程度に後ろを振り返る。

 

 が、ハルヒとばっちり目が合ってしまった。ハルヒが慌てて視線を教科書に落とした。俺もそんな態度を取られるとどうも具合が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「・・・なあ、キョンよ、お前は涼宮さん狙いなのか?」

 

 昼食時、俺は国木田と谷口とで弁当をつついていた。

 

 「悪いことは言わん、やめとけ」

 

 知るか。何をやめろって言うんだ。

 

 「やっぱり競争率が高いから?」

 

 国木田が口をはさむ。谷口は大げさに手を振る。

 

 「いーやそうじゃない。むしろ競争率はほぼゼロだな。競争率は問題ないんだが・・・・まずあんな完璧なお方と釣り合う奴なんているか?東中にはいなかったがな。皆諦めるのさ。俺じゃとても器じゃねえってな」

 

 お前、四月の時と言ってることがまるで逆だぜ。

 

 「ふーん、完璧すぎるのも考え物かぁ」

 

 国木田がどうでもいいような感想を漏らした。

 

 

 あんな完璧な(・・・・・)お方と釣り合う(・・・・・・)だと?ふざけろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・あっという間に放課後になってしまった。

 

 

 文芸部部室にもはや惰性のように向かう。他にどうしろって言うんだ。ふて寝でもしてろ、か?

 

 長門は俺が遠慮がちに部室に入って来ても、今度は怖がったりしなかった。話しかけてくることこそなかったが、本を読みながらちらちらと俺の方へ視線を寄越した。事実、本のページは全く進んでいなかった。

 

 ・・・お、眼鏡をかけていない。言ってみるもんだな。

 

 俺はそんな長門を意識しつつも、パイプ椅子に腰かけると窓の外をぼんやりと眺めたり、棚にあったかの有名な江戸川乱歩をぱらぱらめくったりして過ごした。

 

 

 贅沢な時間の浪費か?冗談じゃない。こんなのいらねーから早く元に戻してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて夕日も傾き始めた。そろそろ帰るかな。

 

 俺は長門に軽く挨拶して、帰る支度を始める。

 

 

 と。

 

 

 

 「・・・これ」

 

 不意に視界に白い紙切れが入り、俺は目を向けると、ほんのりと頬を紅潮させた長門が、その紙の端っこを握りしめているのだと気づいた。

 

 

 

 「良かったら」

 

 

 

 「入部届」。紙にはそう書いてあった。

 

 

 

 

 

 

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