キョンの非日常   作:囲村すき

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十九話 シンプルが時に最良の選択となる

 

 

 

 携帯電話が鳴り、電源を切っていなかったことに気づいたわたしは、非難の目を浴びつつ会場を抜け出した。

 

 それはなんと、キョンからの電話だった。

 

 「電話って違う世界にいてもつながるってのが驚きだよ。まさかね」

 

 『俺もよもやと思ったんだが、つながるとは・・・驚きだ』

 

 キョンは走っているらしく、息が荒い。それに雑音が入っている。

 

 「それでなんのようなわけ?」

 

 『ああ、とうとう例の栞のことが分かったんだ!』

 

 「え、「始まり」のこと?」

 

 長門にわたしはせめてヒントとかくれないかと質問攻めにしていたが、長門は

 

 「答えることはできない」

 

 の一点張りだったから、わたしも諦めていた。

 

 『始まりって言うのは俺たちの始まりのことだ。SOS団の始まり(・・・・・・・・)・・・分かるか?つまりだな、俺はSOS団が宇宙人、未来人、超能力者が集う変態的サークルだとは知らなかったわけだよ、最初は(・・・)!』

 

 そこまで聞いてわたしはぴん、と思いついたことがあった。

 

 「つまり・・・・・長門たち(あいつら)に話を聞くまではって言う意味?」

 

 『違いない!』

 

 ―――なるほど、そういうことか。

 

 栞の「始まり」とは、「SOS団の始まり」を意味していた。

 

 しかしその「始まり」とは、いったい誰の視点でのものなのか?

 

 それはもちろんキョンに決まっている。当事者だ。

 

 そしてSOS団が始まる(・・・・・・・・)ということはどういうことなのか?

 

 キョンの言うとおり、初期の時点では、SOS団は頭のねじがイカレてる団長が作った、ただの妙なオカルト部という認識でしかなかった。

 

 それが『宇宙人、未来人、超能力者が集う変態的サークル』だと知ったのはいつからだ?

 

 そう、長門、朝比奈先輩、古泉に話を―――ハルヒのぶっとんだ能力、自分たちが普通でないこと―――を聞いてからだ。

 

 ようは、「始まりを見つけろ」とは、初めてその話を聞いた(・・・・・・・・・・)時の場所、そしてそこ(・・・・・・・・・・)にいるはずの長門、(・・・・・・・・・)朝比奈先輩、古泉(・・・・・・・・)を連れてこいって(・・・・・・・)

 

 

 

 まったく長門も面倒くさいことを考えるね。

 

 

 

 『それでよ・・・ちょっと頼みたいことがあるんだが』

 

 キョンが息を切らしながらぼそぼそというのが聞こえた。

 

 わたしは無意識にポニーテールの毛先をつまみながら、答えた。

 

 「何でも言えよ、兄弟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古泉を部室に置いて、自転車通学の同級生から自転車を借りた俺は、猛スピードで駅の近くの河川敷へと向かっていた。

 

 あの面倒くさい性格になっちまった古泉は渋ったがな、どう言いくるめたか聞きたいか?

 

 「なんで俺がここでてめえを待ってなきゃなんねえんだよ」

 

 「マジな美人紹介してやるからさ」

 

 「仕方ねえな」

 

 というわけ。頭も悪くなっていやがるぜこいつ!

 

 桜並木が見えてきた。当たり前だが、咲いてはいない。

 

 そこのベンチに、朝比奈さんは缶コーヒーを持ってぼーっと川の流れを見つめていた。

 

 天使から小悪魔へ。タイプは変わっても美人には違いない朝比奈さんのその姿は、非常に様になっていた。

 

 「朝比奈さん!」

 

 呼びかけると、朝比奈さんは首をかしげてこちらを見た。

 

 「あら、この間の。どうしたの?」

 

 俺は朝比奈さんの前で急ブレーキをかけると、早口で言った。

 

 「少しあなたに手伝ってほしいことができましてね。お手間は取らせません」

 

 朝比奈さんの頭の上に巨大なクエスチョンマークが出現した。

 

 「マジなイケメン紹介するんで」

 

 「仕方ないわね」

 

 あ、頭も・・・ええい、言うかよ!

 

 そして俺は朝比奈さんを荷台に乗せると、再び漕ぎ始めた。ふくらはぎがつらいが、こんなの我慢できるさ。だがまあ、明日は筋肉痛だろうな。

 

 ふと気になって、俺は朝比奈さんに尋ねた。

 

 「朝比奈さん、どうしてあそこにいたんですか?」

 

 朝比奈さんはにっこり笑ってこう言う。

 

 「何故だか、あそこにいなきゃいけない気がして」

 

 ・・・長門(男)よ、全てはお前の思惑通りみたいだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝比奈さんを校門前で降ろした後、俺は一年五組に向かった。

 

 奴との出会いはここでのはずだ。

 

 が、教室には人っ子一人おらず、俺は当惑してしまった。

 

 しばらくうろうろと歩き回って、そして閃いた。

 

 あいつとはもっと前に会ったじゃないか・・・東中学のグラウンドで、な。

 

 

 

 

 

 

 一日で俺はこんなに自転車をこいだことが今までまるでなかった。物凄い重労働だぜ。まったく、長門(男)も面倒くさいことを考える!

 

 やっと東中が見えてきた。

 

 あいつがどうして母校のグラウンドにいるのかとんと見当がつかなかったが、どうやら後輩に指導しているようだ。北高のソフト部がグラウンドにいなかったのもうなずける。そもそも北高ソフト部は今日部活なんてなかったんだ。

 

 グラウンドの横に自転車を止めるも、どうやってコーチ真っ最中のやつに声をかければいいんだ?

 

 あいつはノックをしていた―――――すごく楽しそうに笑いながら。卒業しても部活の後輩に呼ばれるなんて、よっぽどいい先輩だったんだな。

 

 奇妙なことなんて何もない、普通にいい、先輩だ。

 

 どうする?あいつが俺に気付く気配はない。

 

 ・・・・・・・・・・・ふん、もうやめだ。

 

 色々と考えすぎなんだって。

 

 考えるなんてらしくない。

 

 もっとシンプルに動け。

 

 もう何も気にするな。

 

 分かったら行け。

 

 まっすぐ走れ!

 

 

 

 

 

 「涼宮!」

 

 

 

 

 

頬をこれ以上ないぐらいに紅潮させたハルヒの手を引いて、勢いよく部室の扉を開けると、そこには親しげに話す古泉と朝比奈さん、そして手持ち無沙汰な様子の長門がいた。

 

部室の窓を見ると、キョン子が手を振っているのが見えた。

 

 ありがとよ、キョン子。俺は親指をぐっと上に向けて感謝の意を表した。

 

 キョン子に頼んだのは、長門のことだった。

 

 流石に一人で全員の場所を回るには辛すぎた。だからキョン子には長門のマンションに行ってもらったんだ。

 

 大方、「キョンが大事な話があるんだってさ」などとうそぶいたに違いない。

 

 窓の中に突然妙な女子生徒が現れて、長門は大層驚いただろうな。

 

 「・・ねえ、キョンくん・・・なにがしたいの?」

 

 ハルヒが当惑した目つきで俺を見た。だが当惑度で言えば俺が18パーセントほど上回ってるぜ。

 

 SOS団を集めたはいいが・・・これからどうすればいいんだ?

 

 その時、唐突にパソコンの電源が付いた。

 

 長門がびくっとしてパソコンに駆け寄る。

 

 「長門がつけたのか?」

 

 「わたしじゃない・・・勝手に・・・・」

 

 俺はパソコンに寄ると、なにも映しださない画面を期待のこもった目で見る。

 

 カーソルが現れ、文字が流れ始めた。

 

 

 

 YUKI.N>起動条件を確認した。 

 

 「なに?どうしたって言うの?」

 

 ハルヒが後ろで混乱している。混乱しているハルヒなんざ一生に見られるかどうか怪しいもんだから、ぜひ振り返って見たかったが今はそれよりやることがある。

 

 YUKI.N>あなた、わたし、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、古泉一樹がそこにいることが

 

 俺は部室を見渡した。こちらの長門はユニフォーム姿のハルヒやしゃべりっぱなしの古泉と朝比奈さんを見てしきりにびくついている。

 

 YUKI.N>答え。

 

 それから「YUKI.N」は説明する。これは緊急脱出プログラムである。実行の際にはエンターキーを押せ、そうでないならそれ以外のキーを押せとのことだ。

 

 YUKI.N>起動は一度きり。失敗に終わっても諦めるしかない。非実行を選択しても、同様に一度きり。

 

 

 YUKI.N>・・・・Ready?

 

 「・・・・・」

 

 緊急脱出プログラム。か。これが。

 

 SOS団のない世界からの、脱出。

 

 長門はなんでもできる宇宙人ではなく、おとなしい文学少女で。

 

 朝比奈さんは未来に悩まされる未来人ではなく、妖艶な美少女で。

 

 古泉は機関に所属する超能力者ではなく、ぶっきらぼうな不良で。

 

 そしてハルヒは奇妙奇天烈な変態ではなく、ごく普通の優等生で。

 

 そんな、なんでもないような、ありふれた世界。

 

 「長門」

 

 俺はくしゃくしゃになった白紙の入部届書を、固まったままの長門に差し出す。

 

 「これ、返すよ。俺には必要ないものなんだ」

 

 長門は目を少し見開き、がっくりとうなだれ、震える指先でそっと入部届書を受け取った。そうじゃない、長門。そうじゃないんだ。

 

 「必要ないんだ、俺には。そう、俺は実は部外者でも何でもないんだよ。従って今更書類なんて・・・な」

 

 長門が無言で首をかしげる。

 

 ハルヒが一歩俺に近寄る。

 

 「キョンくん・・・?」

 

 だが俺は敢えてあいつの顔を見なかった。見たら心がくじけそうになるに決まってる。

 

 

 

 

 「なぜならな。俺は・・そう、SOS団部員その一なんだよ」

 

 

 

 

 そして俺は、エンターキーを人差し指でタン、と押した。

 

 

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