キョンの非日常   作:囲村すき

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二十二話 夕焼けの病室

 何かつぶやいて、キョンがついに気絶した。朝比奈先輩(女・小)と朝比奈先輩(女・大)が駆け寄る。

 

 大丈夫なのか?わたしはキョンの容体が分からず悶々としたが、長門がいるんだから失敗ってことはないだろうな。

 

 わたしは拳銃を構えた先の怯えた長門の姿に心を痛めながらも、汗ばむ手でしっかりと銃を握った。

 

横では長門(男)がハルヒの形をしていたエラーデータ(・・・・・・)を無表情のまま消去していた。ハルヒの体がさらさらと消えていく。

 

「・・・」

 

長門はそのあと、唐突に左手の指で鉄砲を形作ると、誰もいない空間めがけて(おかしくなったんじゃなかろうな)撃つ真似をした。

 

ばーん、とね。

 

「!!??」

 

どさっという音がして、そこに倒れこんでいる北高セーラー服を着た女がここからでも確認できた。

 

なんてこった。あれは・・・・・朝倉涼?・・・・の逆転か・・・・??

 

朝倉は自分の体が粒子化していくのを驚愕のまなざして見据え、長門(男)に不敵な笑みを浮かべた。

 

「まさか気づかれるとはね・・・・・まだプログラムが甘かったのかしら。また失敗だわ・・・・まあいいか、また今度ね」

 

「・・・・きみはいつだって、甘い」

 

朝倉はまだ何か言おうとしたが、もうその時はすでに体全てが粒子化し、きえてなくなってしまっていた。捨て台詞も満足にはけないとは哀れな奴だ。

 

「きみは僕には、勝てない」

 

長門が淡々とつぶやいた。

 

 

 

 

 わたしは無意識のうちに長門(女)に語りかけていた。

 

 「ごめん、この世界の長門。わたし、こっちは結構楽しかったよ」

 

 「な・・何を言っているの・・・?」

 

 この長門(・・・・)に何を言っても無駄だということは分かっていたけれど、それでもやめられなかった。

 

 「思えばわたしはこっちの世界で約一年間楽しく過ごした後で、元の世界でまた一年間楽しめるんだな。わたしだけ二倍おいしいのか」

 

 小柄な文学少女は体を縮こませて何も言わなかった。やばい、もう見ていられない。

 

 罪悪感が胸を支配するが、それでもわたしはやらないと、わたしがやらないとだめなんだ。

 

 「すごく楽しかったよ、長門。お前たちと過ごした一年間は、たぶんきっと一生忘れない。貴重な体験だったよ」

 

 わたしはできるだけ優しく長門に語りかけた。

 

 「だから―――ごめん。わたしは、あいつの世界を壊したくないんだ」

 

 

 

 そして乾いた銃声が、夜の街に響いた。

 

 

 

 

 その瞬間、景色がゆらゆらと歪み始めた。右から左へ、上から下へ物体が捻じ曲げられる。わたしは思わず後ずさりした。

 

 隣の背の高い長門は冷静にその現象を観察していた。

 

 その冷淡ともいえる顔を見ながら、わたしは心のうちでつぶやく。

 

 ――――長門、お前は最初からすべてお見通しだったんだな。

 

 

 

 

 

 

 酔いそうなほどに平衡感覚がなくなって、辿り着いたのはとある病院の一室だった。きれいな夕焼けが窓から見える。

 

 だれの病室かすぐに分かった。見知った顔がベッドの上でこちらを唖然とした目つきで見ていたからだ。

 

 「・・・・よお、キョン」

 

 「・・・・キョン子。お前」

 

 意識がまだはっきりしていないのか、ぼんやりとした声をわたしのカタワレは出した。

 

 わたしはわざとおどけて指で鉄砲を形作って、キョンを狙い撃った。

 

 「ばーん、わたしがいなけりゃ今頃デッドオアアライブを彷徨ってるだろーな。感謝しろよな。ハーゲンダッツ一年分で手を打とう」

 

 キョンは顔をしかめて言い返そうとし―――そこではっとして、恐る恐るパジャマを捲って腹の傷の具合を確かめ――――たが奴の腹には傷一つなかった。キョンが首をかしげる。

 

「いったいこりゃどういうことだよ」

 

 ぶすっとした声色でキョンが言った。そしてなにかに思いついたのか、ぼさぼさ頭をかきむしりだす。

 

 「キョン子、ここはひょっとしてお前の世界か」

 

 「違う。ここはあんたの世界だ。それは間違いない」

 

 「ならどうしてお前、こっちの世界(ここ)にいるんだよ」

 

 わたしはちょっと笑って答えた。

 

 「ちょっと長くなるけど、暇だよな」

 

 「・・・見りゃわかるだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 キョン子は話し始めた。

 

 「まず、わたしは長門(女)を部室に送り届けたら、時間もなかったから急いで大会会場に戻ったんだよね」

 

 「は?大会?何の話だ」

 

 いきなり意味が分からず、俺は戸惑った。

 

 「ああ、ごめん。実はあっちの世界では六月でさ。ボードゲーム大会なるものにSOS団で挑んでたんだ。まあそれはいいとして、そう、大会に戻ったんだけど大会はもうすでに終わってたんだ」

 

 「・・・・はあ。平和なこったな。それで?」

 

 キョン子は続きを話し出す。

 

 「それでSOS団の連中を見つけたんだけど、なんか大騒ぎしてるんだよな」

 

 「大騒ぎ?勝ってはしゃいでたのか?」

 

 「そうじゃないんだ・・・・・簡単に言や、ハルヒコが消えちゃったんだ」

 

 俺は目を見開いた。

 

 「ハルヒコがか!?どういうことだ、消えたって・・・・まさか」

 

 「そうなんだ。長門(男)が言うには、オリジナルのハルヒが消失しようとしている、からなんだそうだ」

 

 それはひょっとして俺の脳内でハルヒと涼宮が対立していた時か。あの時ハルヒは涼宮に圧されて消えそうになっていた。オリジナル(ハルヒ)が消失すると、逆転の存在(ハルヒコ)も消されてしまう・・・そういうことか?

 

 「さあ?そうなんじゃないかとわたしは思うけど。そこで長門はわたしに『君はあちらの世界で、あちらのあなたを助けなければならない』って言った」

 

 「へえ。長門にしては分かりやすい」

 

 「わたしは何のことかさっぱりだったよ。何が起こってるのかもわからなかったしね。それからどうやったらキョンの世界に行けるのかもわからなかった」

 

 確かにそうだ。それが一番の謎だ。お前はどうやって二つの世界を行き来したんだよ。

 

 キョン子はちょっと窓の外に目をやり、にやっと笑った。

 

 「その方法がちょっと面白いんだよな。思い出してほしいんだけど、わたしが最初にこの世界に来たとき、わたしはどこにいた?」

 

 俺はしばらく何を言っているのか分からなかったが、不意に思い出した。

 

 「ああ・・・俺のベッドの上だ」

 

 目が覚めたら隣に女の子が眠ってた、なんていうベタベタなラブコメを現実で期待するほど俺は落ちぶれちゃいないと思っていたんだがな。あん時はマジで自分に自信がなくなったぜ。

 

 「そうなんだ、ベッドだ。実はあのベッドが長門曰く『世界と世界をつなげる扉だ』らしいんだよな」

 

 なるほどね。…納得していいのか?

 

 「だからわたしはすぐさま家に帰ってさ、のんびりと自分のベッドで昼寝を始めたのさ」

 

 そんな状況でよく眠れたな。

 

 「無理に決まってるだろ。でも眠る必要はなかったみたいだ」

 

 キョン子が目を閉じて、再び目を開けるとそこはもう俺の部屋だったらしい。一体全体どういう条件が揃えば世界と世界を行き来できるんだ?今後の参考としてぜひ聞いておきたいな。また間違いがあったらどうしてくれるんだ。

 

 「昼寝だったはずなのにこっちではもう真っ暗でびびったけどさ。とにかく家を出てみたらそこに長門(男)と朝比奈先輩(女、現代バージョン)が待ってたんだ」

 

 「・・・・今までにない組み合わせだな、それも。それぞれが属する世界もばらばらじゃねーか」

 

 「朝比奈先輩はほとんど泣きそうになってたよ。で、それでろくに説明もされずに朝比奈先輩の力で時間跳躍したんだ。わたしはあれ苦手だな」

 

 俺もだ。

 

 「それで長門に導かれるまま、真っ暗な道を歩いていたら―――」

 

 「俺たちがいたわけか」

 

 キョン子はゆっくりと頷いた。

 

 その時、がちゃ、と病室のドアが開けられる。顔を出したのは、古泉だった・・・・・こいつのイケメンスマイルも久しぶりだな。あんなにうっとおしいと思っていたのに、見ただけで泣きそうになるのはどういうこった?

 

 「やあ、目を覚まされたんですか。体の調子はどうですか?」

 

 古泉はキョン子にも会釈して、スーパーのビニール袋らしきものをとん、と机に置く。中から取り出したのはいい色をしたリンゴと、果物ナイフだった。げ。ナイフが出てきやがった。あと一年はナイフは見たくないもんだがね。

 

 「どこまで話されたのですか?」

 

 「わたしがこっちの世界に来て、それからキョンたちと遭遇したところまで」

 

 古泉はリンゴの皮をむきながら頷く。

 

 「なら、ここからは僕がお話ししましょう。よろしいですか?」

 

 「解説者はいつもお前だからな」」

 

 俺とキョン子の声がだぶった。

 

 「解説者、ですか。ふむ。僕にはぴったりですね。ならあなた方は今回の中心人物、ナレーターにして役者なわけだ」

 

 相変わらず妙なことを言う男だ。ああそうだ、お前はそういう奴だったよ。

 

 「役者(あなたたち)の台本には、改変された世界を救う役が記されていたのですよ」

 

 「どういう意味だ」

 

 「つまり世界を救うのはあなたがた、つまりSOS団員その一に値する人物であると最初から決められて(・・・・・・・・・)いたのです。それはどんな力でも覆すことのできない、最強の決定でした。たとえ長門さんでも、そればっかりはどうすることもできませんでした」

 

 だから長門は直接関与することなく、裏方に徹したってのか。

 

 「そうです。長門さんは演出家ですね」

 

 古泉はくすくす笑った。この例え方が気に入ったらしい。

 

 「でもどうして俺だったんだ。いや・・・なら脚本家は誰なんだよ」

 

 「シナリオライターはもちろん、涼宮ハルヒその人ですよ。最初からね」

 

 しばらく黙っていたキョン子が急に顔を上げた。

 

 「なんでわたしが呼ばれたのかずっと考えてたんだけど・・・そういうことか」

 

 なに一人で納得してんだ。古泉は大げさに頷く。

 

 「そうです。改変された世界を元に戻す―――つまり改変された長門さんに修正プログラムを打ち込む役目は『キョン』でなくてはならなかったのです。それは絶対でした」

 

 古泉が話しながらリンゴの皮をむき終わり、もう一個取り出す。

 

 「しかしながら、それは敵役にも知れ渡っていた情報でした―――この場合は朝倉涼子ですね。ですから、朝倉は『キョン』を懐柔しようと涼宮さんのダミープログラムなど、いろいろと揃えたわけです」

 

 ぎらつく涼宮の目が一瞬頭をよぎる。

 

 「しかしやはり演出家の方が一枚上手でしたね。救世主の役目は『キョン』―――しかしならばパラレルワールドの『キョン』でもそれは可能だったんです」

 

 長門の昔言った言葉が脳裏に浮かんだ。―――パラレルワールドでは、本質的なものは何も変わらない―――。

 

 「なるほどね。だからキョン子が必要だったわけか」

 

 「そうなんです。救世主に代役がいたとは、敵役には想像もつかなかったでしょうね」

 

 事の顛末を知った俺は、ただひたすらに脱力してベッドにもたれかかった。キョン子も似たような有様である。

 

 「インタープリターによる解説は以上です。ご清聴ありがとうございました」

 

 古泉こそ本物の役者みたいなお辞儀をして言った。

 

 




種明かしです。ここまでありがとうございました。さて、とうとう次回でエンディングを迎えます。
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