放課後になった。ハルヒは電光石火の素早さでキョン子の腕をひっつかんで我がSOS団アジトと化している文芸部部室に連れて行こうとしていた。キョン子と俺なりに考えたこの騒動の話をしようと思っていた俺は、慌てて奴を引き留めた。数メートル引きずられたがね。
「なによ」
「いや、ちょっとこいつと話があってな」
「そんなの部室でもいいじゃない」
ええい、なぜわからん!
「いや、部室じゃダメなんだ。こいつと二人きりにさせてくれ」
ハルヒは怪しげに眼を光らせた。きらーん、と。怖いくらいの笑みだ。
やられた。とてつもなく面倒くさいことになりそうだ。
「へーえ、他の人に聞かれちゃまずい話をするわけねえ・・・・」
マジで失敗した言葉をもうチョイ選べばよかったホントだから俺って
「いや、それでもやっぱりどうでもいいような気がしてきた、うん」
自分を呪う言葉を脳内に詰め込みながら、俺はどうでもいいような風を装う。
しかし・・・対人戦において(いやいかなる時でもか)自ら引いたためしがないこの女は、急がねばならない俺にとって最悪である。もっとも悪と書いて最悪である。
そんな俺の葛藤をよそに、キョン子が口をはさむ。
「なに?わたしは気になるんだけど」
うわああっ!お前は俺なんだからそこらへん分かれええっ!察しろ!俺の目を見ろ!
「いや、ほんとにいいからさ、行くぞハルヒ!早く部室へ!」
怪しげに微笑むハルヒをぐいぐい外まで連れ出し、俺は部室に直行した。
脳内であってもこんなに叫ぶのは全く俺のガラじゃないってのに。キョン子のせいで俺までバランスが崩れてる気がするぜ。
その後俺は話題を変えまくり(間違っても「ああ、こいつ、じつは異世界の俺なんだよね」なんて言った日には世界が終わる)ハルヒはしばしの間アヒル口だったが、それもやがてなくなった。
部室にはSOS団団員がすべてそろっていた。中身空っぽのスマイルを浮かべる古泉、メイド服でいそいそと茶の用意をする朝比奈さん、それに分厚いハードカバーを読みふける長門だ。
「みんなっ!新入部員を紹介するわっ!キョン子ちゃんよっ!」
キョン子はあいさつしながら部員の顔を改めてじっくり眺めている。ここでも朝比奈先輩はメイドなのかとかつぶやきが聞こえる。
そうか、考えてみりゃ俺たちと全部性別逆転してるんだよな、こいつがいた世界は。朝比奈さんは男でも愛くるしさはかわらなさそうだ。うん。
古泉は美少女だったりしてな。
キョン子に対する部員の反応はまちまちだった。唯一ひとり昼休みには会えなかった朝比奈さんだけが驚いた顔をしていた。まあ古泉も大げさにリアクションをとっていたが。
「と、いうわけで、新入部員の歓迎レクリエーションということで、市内のバスケットボールの大会に出場するわっ!」
いつものことながらついていけねえ。
俺は唖然とし、古泉の顔を見た。奴は気障な感じで肩をすくめて見せた。なんなんだ、それは。
朝比奈さんはカセットコンロにかけたやかんがぐつぐつなっているのにも気づかず、口を半開きにして驚きを表現していた。ほんと、朝比奈さんはなにをしていてもかわいい。反則だ。
長門は先程と同様に無反応かと思いきや、意外にも顔を上げてハルヒの顔を注視した。
「なんだって?」
唯一口を開いたのはキョン子だった。
ハルヒはどこまでも笑顔で続ける。
「だから、バスケの大会よ。市民体育館があるでしょ、そこでちょっとした大会があるってチラシが貼ってあったわ。やぶいてきた」
破いてきた?まあいい、そのチラシを見ると確かに市内で行われるバスケットボール大会についてのものだった。部活の大会とはまた違うようで、いくつかのクラブチームや寄せ集めで作ったチームでも参加できるらしい。
面白いものが大好きなハルヒの格好の餌食だ、こりゃ。しかしこんなチラシどこで見つけたんだ。
古泉が近寄ってくる。
「いいんじゃないですか、ちょうどここ最近は天気もいいですし気持ちもいいですしね」
体育館でやるスポーツに天気は関係ないだろ。
「なあ、それは決定事項な「もちろん決定事項よっ!団員は団長に従いなさい!」
ここで俺はふと違和感を覚えた。なにかおかしい気がする。いや、なにがおかしいと言われても困るが・・・・なんというのか、そう、デジャブ?
いやいやそんなことはない、と俺は考えを打ち消す。そんなはずがあってたまるか。SOS団でバスケの大会など未経験だ。・・・・大会?
俺がなんかこう、もやもやと考えているうちに、ハルヒは
「じゃっ!あたしは体育館使えるかどうか見てくるから!」
「体育館ってお前「そりゃあ勝つための練習は必要よ!学校が無理なら市営の体育館でも何でもあるでしょ!みんな、体育服に着替えておきなさい!」
ハルヒは嵐のように去っていった。
古泉がチラシを手に取る。
「・・・場所、市民体育館・・・今週の土曜日ですか。まいりましたね」
ちっともまいってないような顔で言うな。
俺はこの時、迫りくる練習という名の地獄のことで頭がいっぱいになっており、まだ何も気づいちゃいなかった。
・・・長門はもう気づいてたのかもな。
「さて」
その日の夜だった。俺とキョン子はもちろん家に帰っていた。そして、主に妹からキョン子の設定を聞き出した。
「これまでの話をいろいろまとめると」
キョン子はこちらの世界と男女逆転の世界から涼宮ハルヒの力によって呼び出された。
キョン子は俺(キョン)の逆転の存在であり、こちらの世界では俺(キョン)の親戚で、今までずっと外国にいた。が、この春に日本に帰ってくることになり、北高に編入することになった。
「・・・・両親はともに記者で、世界中を飛び回っている・・・・ということになっているらしいな」
キョン子は頭をかいた。
「なんてこった、わたしの両親がそんなことになってるとは」
「わたしの両親ってことはつまり俺の両親だよな」
「そんでわたしも帰国子女っていうことだよね、どうしよう。英語なんてしゃべれないよ」
「しゃべれないのか」
「キョン並には」
「なら無理か」
俺は英語が取り立てて得意だということはない。つまりはキョン子もだ。
「それより俺のことをキョンと呼ぶのはやめろ。お前もキョンだろ」
「でもキョンもキョンだし」
「なら俺だってキョン子と呼んでやるさ」
「なに!それは嫌だな」
「・・・・だけどよ、ハルヒは俺のことをキョンと呼ぶし、お前のことをキョン子と呼んでるだろ?なら俺たちもそれに倣わないといけないのかもとは思わないか?」
キョン子は顔をしかめた。俺も多分しかめているに違いない。
涼宮ハルヒが起こすどんな無茶苦茶な事柄でも、人は「仕方ない」とあきらめる他手立てがないのだ。
「・・・・つかぬ事を聞くが、やはり全員逆転してるんだよな?」
「え?うん、まあ大抵そうだった。国木田も谷口もあんな男になってるとは」
あ、やっぱりあいつらも女なのか。
「国木田は結構可愛い部類に入ると思うけど」
キョン子は言った。
「うーん、分かる気がする」
「谷口は男ばっか追いかけてる」
「は、そりゃ傑作だ。こっちの谷口も女が大好きだ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「おい、さっきも言ったけどここはわたしの部屋だ」
「そっちの世界じゃそうだったかもしんないけどな、こっちの世界じゃそうはいかねー。なにしろ俺が健在だからな」
「くそ・・・・じゃあなんだ、か弱い乙女に廊下で寝ろとでも?」
「俺はお前を女と認めてやってもいいが乙女とは認めねー」
「こっちだって御免だ」
「なら言うなよ。妹の部屋で寝ればいいだろ」
「・・・そんなのまるで弟の部屋に侵入するようなもんなんだよ、わたしにとっては!」
結局、いろいろすったもんだあったが、キョン子は俺の部屋に住むことになった。ベッドは一日ずつ交代で使うこととなり、ベッドが使えないやつは床に布団を敷いて寝るということになった。
「文句ねーな」
「机はどうするんだよ」
「使うのか?」
「キョンは?」
「使うかよ」
「ならわたしも使うわけないと思わない?」
「それもそうか」
なんだか非常にやりにくい。
とりあえずキョン子がじゃんけんに勝って、ベッドに飛び乗った。俺は泣く泣く布団を敷くことにする。
「ねえ、長門か古泉か、元の世界に戻る方法知ってる人いなかった?」
キョン子が俺を見上げて言った。俺は押入れから布団を一式出しながら答える。
「いたらとっくに教えてもらってる。電気消すぞ」
「うん・・・・処置なしかぁ・・・」
暗闇の中、キョン子がごそごそしているのが分かったが、じきにそれも終わって、俺の部屋はとても静かになった。
「・・・・・なあ」
「・・・・・なに」
「女の子と同じ部屋で寝るなんて初めての経験なのに全然興奮しねーよ」
「そ、そりゃあ、そうでしょ」
「・・・・・ねえ」
「・・・・・なんだ」
「朝比奈先輩は・・・・女になると巨乳なんだな」
「ああ、すごいもんだぜ」
「・・・・・なあ」
「・・・・・なに」
「・・・・・・・・・・・・いや、なんでもねえ」
「あー悪かったなっ!貧乳でっ!」