【山ノエ】描写に見えるかもしれない箇所がございます。
第一夜
こんな夢を見た。
ノエルがベッドの枕元に座っていると、何故か仰向きに寝た山口一がいる。なんだかどきりとして、ノエルは周りを見渡した。いつもの自分の部屋である。オルガンやギター、テーブルにはヘッドフォンや書きかけの楽譜が散らばっている。マグには飲みかけのコーヒー。2方向の窓から淡い、不思議な光が差し込んでいる。どうやら夜のようだ。いつもの、自分の部屋。
なぜ山さんが?と考えたところで、あぁ、これは夢なのだと了解した。夢でなかったら、自分の部屋にどうして彼がいるのだろう。
横たわる顔を覗く。心持ち痩せた輪郭の、優しい、落ち着いた顔立ちである。
突然、ぱちりと山口の目が開いた。夢の中のこととわかってはいたが、僅かに驚いた。ぽかんと口を開けた自分の顔が黒々と濡れた目に写っていた。
「私はもう死にます。ノエルさん」
静かな声だった。驚いた。もともと、丈夫そうな様子ではなかったが、まだ健康なはずである。到底死にそうには見えない。
「もう死にます」
しかし、彼ははっきりとそう言った。ノエルもそうなのだろうと思った。夢の中のことである。
大きな潤いのある目に、自分の顔が写っていた。鮮やかな像で、静かな顔だった。
もうすぐ、山さんは死ぬ。
しばらくして、山口はまた言った。
「死んだら、埋めて下さい。大きな真珠貝で穴 を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片を墓標に置いて下さい。そうして、もしその気があるのなら、墓の傍に待っ ていて下さい。また、逢いにきますから」
「もし、そのとおりにしたら、いつ来てくれるんだ?」
「……日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東か ら西へと落ちて行くうちに、そう……」
「100年待っていて下さい」
思い切った声だった。
「100年、私の墓の側で待っていてください。きっと逢いに来ますから」
ノエルは、ただ待っていると答えた。
自分の声が遠くで聞こえた。
すると、山口の目の中に見えていた自分の影がぼんやりと歪んだ。静かな水が動いて、映る影を乱したように、流れ出したと思ったら、ぱちりと閉じた。睫毛のあいだから涙が頬へ零れた。
あぁ、泣いていたのか。
もう死んでいた。
ノエルは意を決して山口の身体を抱き上げた。さっき言っていた通りにするつもりだった。痩躯のためか、或いは夢の中であるからか、身体は思いの外軽かった。 横抱きににした。
ノエルが外に出ると、目の前は大きな砂丘になっていた。見渡す限り星が瞬いている。月はなかった。振り返ると、開け放したアパートのドアが何もない空間にぽつんと立っているのが見えた。いやにロマンチックな夢を見ているのだな、と自分を嗤う。
俺には不釣り合いに美しすぎる夢だ。
ぼんやりと砂丘を歩いていると、海岸のような場所に出た。波の音と共に浜辺に沿って歩いた。涼しい風が2人の頬を撫で、その銀色の髪を揺らした。
暫く歩いた。ノエルは真珠貝が波打ち際に打ち上げられているのを見つけた。そこで、其処に穴を掘った。真珠貝は彼が見たことのないほど大きな貝殻だった。縁は鋭く、内側は白くとろりと光った。砂は救うたび、さくさくとかすかな音をたてた。穴は暫くして掘れた。
山口をその中に入れて眺めた。頬の涙は乾いていた。
綺麗だな。そう思った。
掘り返した砂を上からそっとかけた。砂はさらさらと鳴り、星の光を反射してきらきらと光った。
星の破片を拾おうと、ノエルは上を見た。すると、流れ星がひとつ、丘の向こうに落ちるのが見えた。
行ってみると、果たしてそこに星の破片はあった。星の破片はちょうどノエルの頭くらいあった。まるく、滑らかであった。
抱き抱えて運ぶうちに、胸と手のひらが少しずつ暖かくなった。
星の破片の墓標を起き、ノエルは墓のそばに座った。自分のやってきた行動を思い返して、なんと幸せな労働をしたと思った。
100年、待つことにはなんの不安もなかった。
墓標を眺めていた。そのうちに、山口の言った通り、日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた彼の言った通り、やがて西 へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。
「1つ目」
ノエルは勘定した。 しばらくするとまた日は上って来た。そうして黙って沈んでしまった。
「2つ目」
また勘定した。
3つ、4つ、5つ、6つ。もう、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、気味の悪い赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも100年はまだ来ない。
これは本当に夢なのだろうか。ふと、そんな事を思い出した。
もしかしたら、山さんに騙されちまったのかな。
ノエルは急に寂しくなった。昔、心の奥にしまいこんだ哀しみが、しんと胸にしみた。
その時、石の下から青々とした茎が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど 自分の胸のあたりまで来て留まった。
と思うと、すらりと長い茎の頂に、心持ち首を傾けた蕾ができた。優雅な人差し指のような細長い蕾はノエルを優しく指さし、ふっくらと花びらを開いた。
真っ白い百合の花が1輪、ノエルの鼻先で骨に堪えるほど匂った。
遥か上の方からぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでゆらゆらと動いた。
ノエルは思わず身を乗り出して、冷たい露の滴る白い花弁に口付けた。誰かが昔、こんなふうに自分にキスしたのを思い出した。
百合から顔を話す拍子に遠い空を見たら、青い星がたった一つ、瞬いていた。
「あぁ、山さん。100年はもう来ていたんだな」
この時初めて気がついた。