十の夢の話   作:眩草

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 某王様の夢です。生モノになるのかしら。嫌な予感がしたらお戻りください。
 解釈の自由ですが、死の描写がございます。嫌な予感がしたらお戻りください


二つ目

第二夜

 

 こんな夢を見た。

 王の部屋へさがって、ふと見ると、ランプの火が小さくぼんやりと灯っている。

 片膝を ベッドに立てて、灯心を掻き立てたとき、 ベッドサイドテーブルに置かれた書きかけの楽譜がはらりと深紅のじゅうたんに落ちた。と、同時に部屋がぱっと明かるくなった。

 枕元にある絵はヒエロニムス・ボスの筆である。鮮やかな色彩の中、楽園とは名ばかり。異形の園でいく組もの男女が歪な快楽に浸っている。

 その他にも中性写本の1頁やミニアチュール、ナポレオン時代の油彩画に至るまで、様々な絵画が飾られている。

 彼は着込んだ衣装もそのままに、崩れるようにベッドへ沈み込んだ。

 昼間、メードが焚きこんだのであろう、寝具用の香が未だに匂っている。

 国王一人が住んでいるわけではないが、広い城だから森閑として、人気がな い。濃紺に金銀の星が散りばめられた意匠の天井に差すランプの丸い影が、仰向いた途端に生きてるように見えた。 身体を起こし、左の手でマットレスの下を探る。

 それは思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だ。布団を元のように直して

その上にまた寝転がる。

 「お前は一国の王である。それなら書けぬはずはなかろう」

 彼は言った。

「そういつまでも書けぬところをもって見ると、お前は国王ではあるまい」

 そうも言った。

「そうならば、人間の屑だ」

と言った。

「ははあ怒ったな」

 と嘲笑った。

「悔しければさっさと新曲を持って来い」

 そう言って、向うをむいた。

 ひどい話である。だが、正論だ。 隣の広間の壁に据えてある柱時計が次の金を鳴らすまでには、きっと新しいものを作ってみせる。そうした上で、今夜また、おくりつけてやる。そうして彼の首と新曲とを引替にしてやる。書かなければ、彼の首が取れない。どうしても書かねなければならな い。自分は音楽家である。

 もし書けなければ……。

 いずれにしろ自分のような者が生きている訳には行かない。

 いっそ綺麗に死んでしまおう。

 こう考えた時、王の手はまた布団の下へ入った。そして、その銀の装飾のついたナイフを出した。

 ぐっと束を握って、鞘を払えば、冷たい刃が一度に暗い室内に煌めいた。

 凄いものが手元から、這い上がってくるように思われる。そうして、総てその切先へ集まって、殺気を一点に籠めている。

 見つめるうちにこの鋭い刃でもって、たちまちぐさりとやりたくなった。身体中の血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。

「あ、……あぁ……」

 唇が震えた。必死になって、短刀を鞘へ収め、右脇へ置く。

 重苦しい衣装を脱ぎにかかる。

 冠を置き、重いマントを脱ぐ。部屋中に重い衣擦れ音が響く。すとん、と落ちたマントはそのままに。更にジャケットを取る。ベストと纏めてベッドの上に放り投げる。そうしてドレスシャツとスラックス姿になり、書きかけの楽譜を手に取ると、城中殆どの部屋に置いてあるピアノの前に座った。

 

 最高の音楽とは何か。

 

 それが分かれば苦労などしない。

 奥歯を強く咬み締めたので、鼻から熱い息が 荒く出る。こめかみが釣って痛い。サングラスの下の眼は普通の倍も大きく開けてやった。

 懸けられた絵画が見える。

 ランプの光が見える。

 絨緞が見える。

 彼の嘲笑う顔が見える。

  どうしてもあいつを首にしなくてはいけない。 書いてやる。

 最高の音楽、最高の音楽。舌の根で念じた。寝台の残り香の匂いがした。

 皆が僕の邪魔をする。

 王はいきなり拳骨を固めて自分の頭を殴りつけた。そして奥歯をぎりぎりと噛んだ。

 身体中から汗が出る。背中が棒のように なった。

 胸が急に痛くなった。心臓が破裂したってどうあるものかと思った。

 けれども痛い。苦しい。

 旋律はなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。どこかへ行ってしまう。腹が立つ。とても悔しくなる。 

 涙が零れ出る。 ひと思いに窓から身を投げて骨も肉もぐちゃぐちゃに砕いてしまいたくなる。

 それでも、我慢してじっと坐っていた。

 堪えがたいほど切ないものを胸にいれて忍んでいた。 その切ないものが身体中の筋肉を下から持上げて、外へ吹き出よう吹き出ようとする。

 焦るけれども、どこも一面に塞がって、まるで出口 がないような状態であった。

 息が苦しい。

 そのうちに頭が変になった。

 

 ランプの火も

 

 ヒエロニムス・ボスの絵も

 

 深紅の絨緞も

 

 寝台もピアノも脱ぎ捨てた服も、無くて、有るように見えた。

 ただ、何も浮かんでこない。

 突然、隣部屋の柱時計が重苦しく鳴り始めた。

 はっと思った。

 右の手をすぐナイフにかけた。

 時計が二つ目を打った。

 躊躇う間もなかった。

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