十の夢の話   作:眩草

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原作からそそうですが結構ホラーな作品になっております。ご注意くださいませ。
テレーゼとメルツ(メルヒェン)の夢です。
(個人的に結構お気に入り。)


三つ目

第三夜

 

 こんな夢を見た。

 夜の森の中で、幼い我が子を抱いている。たしかに自分の子である。なぜなら小さな彼の目が光を知らない事が手に取るようにわかったからだ。男の子にしては過ぎるほど愛らしい瞳には、なんの光も映していない。

 ただ、不思議な事に、いつの間にか清浄な朝日のような銀色の髪が黒く染まっている。

 自分達の周りを囲む夜の森の黒だ。

 それでも、確かにメルだ。

 可愛い、私の坊や。

「メル、どうして髪が黒いの?」

「昔からさ」

 と答えが帰ってきた。

 声は可愛いらしいけれど、言葉遣いはまるで大人のようだ。

 夫に似ているな、と眉を顰める。あの人はいつもこの様に話していた。

 きっと、これは夢なのだろう。夢でなければ私の可愛いメルはこんな話し方をするはずが無いもの。

 左右は相変わらず夜の森の中。

 頭上を見上げても星ひとつない。

 ただ、やけに大きく、丸い月が浮かんでいた。時折梢に隠れる。隠れながら追ってくる。あんなに気持ち悪い月は初めてである。

 路は細い。メルはもう抱いて歩く歳ではないけれど抱いて歩かないとまともに進めないだろう。

 こんなに暗いと、私も何も見えないわ。メルと一緒ね。

 柔らかな前髪と額にそっと口付ける。

 と、

「小川へ出たね」

 突然、小さな声がした。周りは依然として藪の中の獣道である。

「どうしてわかるの?」

 と聞くと、

「蛙が鳴くじゃないか」

 と答えた。 すると果たして蛙がふた声鳴いた。

 はっとして立ち止まった。耳をそばだてる。 微かに水の流れる音が聞こえる。  

 恐る恐る一歩を進めると、途端に藪から出た。目の前は川であった。月の光がてらてらと反射した。蛙はあれきり一声も立てない。

 我子ながら少し怖くなった。いや、この子は私の子では無いのかもしれない。こんなものを抱いていては、この先どうなるか分らない。

 本物のメルはどこにいるの?私の子は?

 どうにかして腕の中のものから自由にならなければならない。捨ててしまえる所は無いだろうか。

 振り返ると闇の中にさっき出てきた大きな森が見えた。彼処なら……と思う。

 途端に腕の中で

「ふふ」

 と声がした。 いつものメルの笑い声にそっくりで背筋が寒くなる。

「何を笑うの?」

  子供は返事をしなかった。

「私は重いかい?」

 恐ろしくて、恐ろしくて。

「重くはないわ」

と答えると

「今に重くなるさ」

 

自分は黙って森の奥へ向かって行った。元来た道も何もわからず、奥へ奥へと歩いた。服の裾が枝葉に引っかかり裂けた。肩程もある藪を掻き分け、髪もめちゃくちゃになる。

 しばらくするとまともな道に出た。二股に分かれているその根に立って、少しだけ休んだ。

「石が立ってるはずだがな」

と腕の中で声がした。覗きこむとメルの形をした何かが見上げていた。髪にも服にも乱れ一つ無い。

 知らず知らずの内に庇っていたのだ。考えると吐き気がする。

 「そうね。そこにあるわ」

 確かに、八寸角の石が腰ほどの高さに立って いる。誰かが方向の目印に置いたものらしい。

「左が良いだろう」

 とそれが命令した。

 左を見ると藪の口が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へ投げかけていた。

 少しだけ躊躇した。

「遠慮しないでいい」

 それがまた言った。

 仕方なしに歩き出した。

 よくも私のメルの姿を借りて……いまわしい事を……それにしても、私のメルはどこにいるのだろう。可愛い可愛い私の坊や。どうか無事でいて……。

 考えながら進んでゆくと

「どうも盲目は不自由でいけないね」

とそれが言った。

「だから抱いてあげてるのじゃない」 「抱いて貰ってすまないが、どうも人に馬鹿にされるね。親にまで馬鹿にされてしまう」

「……私は、あなたの……」

 親なんかじゃないわ。そう言おうとして、 何だか厭になった。早く捨ててしまおうと思って急いだ。

「もう少し行くと分かるさ。……あぁ、ちょうどこんな晩だったな」

 腕の中で独り事のように言っている。 「何が?」

 震える声を出して聞いた。

「何がって、知ってるだろう?」

と嘲けるように答えた。

 するとふっと気が遠くなった。

 何だ何かを知ってるような気がし出した。けれども判然とは分らない。

 だけれど、こんな晩であったように思える。

 そしてもう少し行けば分るように思える。分ってしまってはいけないように思った。

 分らないうちに早く捨ててしまっ て、安心しなくってはならないように思える。

 私はますます足を早めた。

 雨が降り始めた。

 道ははだんだん暗くなる。夢中になって歩いた。メルの形のものを抱えて、愚かしいことに、それを雨から守りながら。

 本当でなくても、姿ばかりは自分の子なのだ、愛おしいメルなのだ。そうして盲目である。

 たまらない気持ちになった。ひょっとしたら、本当のメルは死んでしまったのかもしれない。生まれつき体が弱かったから?いや、私が殺してしまったのかもしれない。これは、神が与えた罰なの?

 怖ろしい考えが次々に頭の中を巡った。

「ここだ。ここだよ。ちょうど、この井戸のところだ」

 雨の中で、声は判然と聞こえた。私は立ち止まった。いつしか森の中の小さな広場に立っていた。

 少し先にある黒いものは、確かに井戸だった。

「あぁ、その井戸の処だったね」

「えぇ、そうね」

 思わず答えてしまった。

 何かが起こった……あるいは、起こる気が、する。

「僕が死んだのは、此処だったんだよ。ムッティ」

 この言葉を聞くや否や、目の前で可愛い坊やが井戸に落ちてゆくのがはっきりと見えた。

 乱れた部屋。そうだ、その時もこんなふうに私はボロボロになっていて、メルは捕まっていて……あれは誰?メルを捕まえているのは?!離して、メルを離して!!返して!!私の坊や、可愛い私のメル!!

 

 赦さない……

 

 過去の事か、未来のことか、わからなかった。しかし、確かに起きる出来事として、見えた。

 「あ、ぁああああ!!!あああ!!メル、メル………」

 自分の叫び声が遠くで聞こえる。目から涙が溢れ、後から後から頬を伝って流れていった。

 この子のために、できうる限りの、全てをやろうと、そう決めたのに。決めたのに出来なかった。この子の命を守れなかった。

 途端に、腕の中の我が子が石のように重くなった。

「……ごめんね、ムッティ」

 意識を手放す前に、そんな声が聞こえた気がした。 

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