SAO外伝 血の盟約の下に   作:佐藤 黎曜

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 空拳編、開始。

 完結に向けて努力いたします。 

 お付き合いいただければ幸いです。


【空拳編】 黒猫のタンゴ  
痛み 夢の中で


 夢を見ている。痛みの夢だ。

 

 小学生になったばかりの夏だった。

 

 よせばいいのに同級生たちと張り合って通学路を走り回っては競争し、思いきり急な坂道を駆け下りようとして蹴躓(けつまず)いてすっ転び、焼けついたアスファルトの上をニュートン力学的に何度も大きくバウンドしつつ、全身を擦り()き打ちつけ転げ落ちた。

 

 それだけで打撲(だぼく)擦過傷(さっかしょう)にまみれてパニック映画のゾンビみたいな有様(ありさま)だったのに、そのまま車道へとパチンコ玉みたいに弾き出された僕は、普段は車なんて全然通らないその一本道で、ちょうど時速60キロでゴキゲンに突っ走ってきたカローラに吹っ飛ばされた。

 

 空中でグルグルと錐揉(きりも)みしている時間はやけに()()びしていて、そばを歩いていた近所のお姉さんがゆっくりとこちらを振り向き、日傘(ひがさ)を取り落とし、整った顔を絶叫の形に変形させるのまで回転する視界の中ではっきり(とら)えていた。

 

 (さいわ)い後遺症は残らなかったが、地面に叩きつけられた際キレイに脱臼(だっきゅう)した右肩の痛みは()えがたく、救急車で運ばれる(あいだ)じゅうウンウン(うめ)き続きることになったし、それを医者にハメ治されるのは絶叫モノだったし、体中の青あざと擦り傷の痛みはたっぷり一週間もしつこく(まと)わりついた。

 

 時間が走る。早回しのように人生が進む。

 

 小学2年の夏だった。

 

 その年の春先に入門した空手の道場で、しかし僕はまだ実際に(なぐ)り合う組手(くみて)稽古(げいこ)をやらせてはもらえなかった。相手と自分の技に耐え切れる体を作るのが先、というのがうちの道場の方針で、僕は基本の正拳()きと上下の受けと、()り足の移動からなる最も基本的な(かた)の他に、ひたすら走り込みと筋トレをやらされた。

 

 よせばいいのに早く実際に戦いたくて仕方がなかった僕は、師範代に認めてもらうために、いわれた量の何倍もの自主トレを己に課した。

 

 腹筋、背筋(はいきん)(もも)上げ、走り込み。特に(てのひら)ではなく拳を地につけての腕立て、俗に(けん)立てと呼ばれるマゾいトレーニングは、さらに数倍の量を行った。日を追うごとに倍加していった鍛錬(たんれん)に、筋肉痛が途絶えることはなかった。整理運動のストレッチをする度に引き()る痛覚に、けれども僕は少しずつ慣れていった。

 

 時間が走る。早回しのように人生が進む。

 

 小学3年の春だった。

 

 僕と同じころに入門した同学年の友人と、初めて組手稽古をさせてもらうことになった。

 

 胴体と前腕と拳にサポーターを装備し、股間(こかん)のファウルカップで急所を守り、透明な強化プラスチックに覆われたスーパーセーフと呼ばれるヘッドギアを念のためにと(かぶ)った上で顔面攻撃を禁止し、受けと正拳のみで戦えとのことだった。

 

 僕は始めの合図と共に、教わった通りの摺り足で間合(まあ)いを詰め、教わった通りに腰を入れた右の逆突(ぎゃくづ)きを放ち、初撃でその友人をたっぷり一メートル半も吹き飛ばした上に自分の右手中指を脱臼骨折し、その後またしばらく組手を禁じられた。

 

 嫌だ、戦いたい。どうしても戦いたいんだと泣き(わめ)く僕に、師範代は難しい顔をしていった。もう少し我慢(がまん)しろ。型と約束組手で()りと受けをしっかり覚えたら、それでもう少し体が大きくなったら、もっと年上の連中と一緒に稽古(けいこ)させてやるから。頼むから我慢してくださいお願いします。

 

 僕はしぶしぶながらもそのいいつけに従ったが、やめときゃいいのにこれまでの筋トレに加えて、格闘漫画で読んだ鍛錬方法をいくつか真似して実践し始めた。両の手足にそれぞれ3キログラムずつのパワーリストを装着しての十分の一倍速スロー型稽古(かたげいこ)とか、自宅ベランダの手摺(てすり)りに足首を引っ()けて逆さ吊りになっての腹筋運動とか、指の脱臼が完治してからはさらに、拳立てに加えて指立てというさらにマゾい鍛錬を始めた。漫画のキャラみたく片手の人差し指一本というのはさすがに無理があったけれど、僕はかなり早い時期に両手の親指と中指と人差し指の先だけでこれをこなせるようになった。指の(けん)の一本一本まで(しび)れるような筋肉痛に(さいな)まれたけれどやめなかった。

 

 時間が走る。早回しのように人生が進む。

 

 小学4年の夏だった。

 

 自宅の裏手にある安アパートに、地元の特撮ヒーロー番組でスーツアクターを務めているという若い男が引っ越してきて、ご丁寧(ていねい)にも引っ越しそばを持って挨拶(あいさつ)に来た。僕はそのころ同じ鍛錬を積み重ねながら徐々(じょじょ)にその量を増やし続けていたが、これだけではまだ足りない、僕の目指す境地には届かないと(あせ)ってもいて、僕は空手出身だというその男に頼み込んで弟子(でし)にしてもらい、アクロバティックな空中殺法をいくつも教わった。

 

 よせばいいのに調子に乗った僕は、自宅裏手の工場の螺旋(らせん)階段の上でこれを試し、着地に失敗した。実にスピーディでハードな感じに転げ落ちて全身打撲まみれになった僕は、隠れて技を教わっていたのが師範代にバレて、さらにスピーディでハードな拳骨(げんこつ)をド(タマ)にもらった。とんでもなく痛かった。

 

 時間が走る。早回しのように人生が進む。

 

 小学5年の秋だった。

 

 朝起きてから、なんだか(だる)くて熱っぽくて関節痛くて胸が苦しかった。

 

 ちょうど道場で中学生に交じって稽古をし始めたころだったので、体もついていこうとして必死なのかなあ、これで強くなれるかなあとか呑気(のんき)に思いながらきっちり登校した僕は、朝礼でぶっ倒れて救急車の世話になった。診断はマイコプラズマ肺炎。後遺症の残らない型です。入院しておとなしく寝ていてください。若いから五日ほどで退院できるでしょう。

 

 ちょうど町工場の切り盛りが忙しい時期で、両親が見舞いに来れるのは初日だけだそうで、僕は病院の用意した食事と着替えと()れタオルだけで五日間過ごすのかと思うと暗澹(あんたん)たる気分だった。僕は痛いのよりも苦しいのよりも戦えないのが何より嫌だったので、二日目にはもう暴れ出したい気持ちでいっぱいだった。ああ組手やりたい組手やりたい組手やりたい超殴り合いたい。そんな僕のアツい想いを、まさか感じ取ったわけではあるまいが、見舞いにきてくれた友人は一昔前の携帯ゲームとソフトを持ってきて不敵に言い放った。

 

「まさかルナティックモードは無理だろうけど、ハードモードくらいはクリアしてみせなよ」と。

 

 よせばいいのに子供の意地というのは我ながら恐ろしいものがあって、僕は、その(スジ)ではかなり有名な2Dシューティングゲームの移植版を、布団を被って看護師の目を逃れつつ日がな一日中プレイした。画面中を覆いつくし、生き物のように激しくうねり、複雑な軌道で交差して退路を(ふさ)がんとする光の弾幕を、ゼロコンマ一ミリの間隙(かんげき)()って(とお)り抜け、ついに四日目に超絶最高難度のファンタズムモードのエクストラボスをやっつけたけれど、日和見(ひよりみ)感染の気管支炎と知恵熱と眼精(がんせい)疲労で入院は3日延びて、()き込む度に気道の内側をカッターでズタズタにされるような鋭利な痛みと、視線を動かす度に眼球を巨人に握り()められるような鈍重な痛みと、四六時中乾式(かんしき)サウナに入りっぱなしみたいな高熱にうなされた。うなされながら友人にプレイ記録を自慢したところ、「バカジャネーノ」という、大変に有難(ありがた)いお言葉を(たまわ)った。

 

 時間が吹き飛ぶ。コマ落としのように人生が進む。

 

 中学1年の夏だった。

 

 通っていた道場の恒例(こうれい)で、門下生の何人かで地元のエイサー祭りに参加することになった。

 

 六車線の大通りを封鎖(ふうさ)し、五百人超の人間が、真夏の太陽を受けて陽炎(かげろう)()き上げるアスファルトの上で脚絆(きゃはん)頭巾(ずきん)打掛(うちかけ)着流(きなが)し姿で泰然(たいぜん)と整列し、全身で複雑な螺旋運動を行いながら緩やかに四股(しこ)を踏み、トラックの上から大音響で弾き出される三味線(しゃみせん)地謡(じうたい)咆哮(ほうこう)を突き抜けるように太鼓を打ち鳴らす中で、僕も(たき)のような汗にまみれて精一杯小太鼓(バーランクー)を叩いた。

 

 けれども僕には未練があった。僕は当時から小柄こがら)な方で、大きな(ウチ)太鼓(デークー)締太鼓(シメデークー)を抱えながらでは踊れなかったのだ。同級生のくせに打太鼓を抱えて勇ましく踊る友人が(うらや)ましかった。その(くすぶ)った情熱は祭りの後、ゲームセンターで燃え上がる。某有名太鼓ゲームにどっぷりとのめり込んだのだ。

 

 本当によせばいいのに、自治会の仕事で師範代がおらず、道場の練習がしばらく休みなのをいいことに、僕の夏休み後半戦は、その百円で四曲設定の筐体(きょうたい)に打ち込まれた。僕の打ち込みは店内スタッフもコアなゲーマーもドン引きするほどにガチで、手の平の皮が全部ズリ剥けてバチは血まみれになり、その筐体の1Pは接触不良を起こして僕にしか叩けなくなった。小学生の頃からため込んだ数万円の小遣いを一週間かけて全額すって、難易度鬼設定で秒間12撃とかいう無茶な連打をコンマゼロ1秒のシビアなタイミングでリズミカルに5分間ぶっ通しで求められる超難度楽曲をパーフェクトに叩き切った僕は、ギャラリーの拍手喝采(かっさい)の中で気絶して人生三度目の救急車の世話になり、高熱を出して三日三晩寝込んだ。知らない間に撮影されていたらしい僕のプレイは、その後動画サイトにアップされ、十万回の再生数を記録して、僕はゲーム会社の人に表彰されたが、両の手首の腱鞘(けんしょう)炎はかなり重症で、しばらく(はし)も鉛筆も持てなかった。関節を焼けついた万力で締め上げられるような熱を(はら)んだ鈍痛はしぶとく手首に残留し、完治するまで組手も型稽古も禁止された僕は下半身の筋トレばかりやらされたが、練習に復帰した後は、僕の縦拳(たてけん)を完全に見切れるのはうちの道場で師範代だけになった。

 

 時間が()じれる。前後の記憶が脈絡を失くす。

 

 中学の入学を控えた春だった。

 

 漫画喫茶に()(びた)って格闘漫画を何作も全巻読破した僕は、空手を扱った多くの作品の中に登場する巻き(わら)()きというものに非常に憧れて、よせばいいのにどうにかしてこれを用意できないかと父に頼み込んだ。男気溢れる我が父上は、自宅裏手の工場の(のき)下のアスファルトに舗装(ほそう)された地面を削岩機(さくがんき)で粉砕し、回転砥石(といし)で丁寧に整えて、大工の知り合いに借り受けたボーリングマシンで掘削(くっさく)し、深さ一メートル半の縦穴を掘り上げて、長さ三メートルほどの木板(きいた)をピッタリ差し込んだ。

 

 殴りつける部位に藁を巻きつけて完成である。僕はかつてないほど父に感謝し、毎日毎日この巻き藁に感謝の正拳突きを打ち込み続けた。まずは一日三百本からだった。最初の一日で中指と人差し指の背の皮が全部ズリ剥けた。何度もズリ剥けた皮は一月ほどで厚く張り治し、拳がやや肉厚になった。三ヶ月ほどで、拳頭(けんとう)、つまり人差し指と中指の第一関節が中に引っ込んで拳がのっぺりとした形になった。半年も続けると、引っ込んだ拳頭が再び(わず)かずつ(ふく)らみ始めた。いわゆる(けん)ダコだ。始めて半年で最初の木板が折れて、回数を一日五百本に増やした。今度は三ヶ月で折れた。三年続けて僕は高校生になった。木板は二十枚折れていた。進学ついでに、突き込む回数を一気に一日千本へ増やした。僕の拳は初めて見た人がちょっとぎょっとするくらい(いか)つくなった。ずいぶん久しぶりに皮がズリ剥けたが、もう僕の拳はちょっと擦り剥いたくらいでは血を流さなくなっていた。それからさらに三年が経った。へし折った木板はそろそろ三(けた)に届こうとしていた。

 

 そして、高校の卒業を控えた冬だった。

 

 僕が初めての組手(くみて)稽古(げいこ)で吹き飛ばし、僕の病室に見舞いに来てゲームを届け、エイサー祭りで勇ましく大太鼓を叩き、ずっと大会で覇を競ってきた同じ道場の友人が、練習場の雑巾(ぞうきん)がけの当番が一緒になったあるとき、訥々(とつとつ)と語りだした。内地(ないち)の大学に推薦を貰った。どうしてもプログラミングを学んで、ゲーム開発がしたい。待ち時間に片手間でやるような適当なやつじゃない、コストパフォーマンスが吊り合わずに斜陽(しゃよう)となった本格RPGを復活させ、子供たちに感動を与えたい。だから俺の空手はもうお終いだ。

 

 最後にお前と決着をつけたい。

 

 よせばいいのに青春ドラマ的な青い情熱にほだされて、僕はそのほとんどケンカじみた試合を受けた。グローブなし。ファウルカップなし。スーパーセーフなし。禁じ手、なし。

 

 元はエアロビ教室だったらしい練習場は四面が鏡張りで、果てのない合わせ鏡の荒野に、二人きりで向かい合って、およそ持ち得る全ての技撃(ぎげき)交錯(こうさく)させた。

 

 互いの矜持(きょうじ)()けて、まさか金的(きんてき)目潰(めつぶ)しこそなかったが、互いの手先をロクに見もせずに、視認を許さぬ高速で飛び交う突きと()りと手刀(しゅとう)の嵐を()って、普段は約束組手や型稽古の中でしか使わないような組み技や(つか)み技を狙い合うのは冗談ではなく命()けだった。残像も残さぬ勢い、僕の(まわ)し受けを(かす)め、軌道を()らされながらも左眼のフチにヒビを入れてきた本気の拳はしかし布石(ふせき)震脚(しんきゃく)、地を震わす踏み込みは僕の右足の甲を正確に踏みつけ()()め、体を沈めて(ふところ)深くに入り込み垂直(ひじ)打ちを突き込まんとする彼の左の鎖骨(さこつ)に、僕は突貫(とっかん)一直線でカウンターの右縦拳(たてけん)()(はな)った。打ち抜かれて後方に吹き飛んだ彼は派手に尻餅(しりもち)をつき、それが一本だった。最後の一撃で僕は自分の中指を脱臼し、彼の鎖骨にはヒビが入った。互いの体のあちこちには内出血の(あと)が多く残った。

 

 この試合の怪我(けが)は、まるでその後すぐに内地へと去った彼との別れを惜しむようにずいぶん長く、痛み続けた。

 

 記憶の断片が痛みを伴って全身を脈動する。

 

 バカな話だ。この世界に本来痛みはない。怪我や病気どころか、筋肉痛すらない。この電子の牢獄(ろうごく)には、システムに規定されたバッドステータス以上の、ありとあらゆる身体的不都合が存在しないというのに、夢の中でまでなんだってわざわざ痛い思いをしなければならないのか。

 

 たぶん、僕が生きているせいだろう。

 

 頭蓋(ずがい)の外側からむりやり流し込まれる電気信号にでっち上げられた架空の肉体へ、足りない現実感を埋め合わせ、今ここで生きていることを実感させるために僕の脳味噌(のうみそ)が無駄な頑張りをみせて、リアルで体感した痛みの記憶を拾い上げ、繋ぎ合わせ、しつこく僕に警告するのだ。

 

 気をつけろ。

 

 死ぬぞ、と。

 

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