ごめんねダッカーくん
ひとけのない
色気のない、簡素な宿屋だ。ちょっとしたビジネスホテル並みに大きい。
初めから、人が中で生活することを前提にした世界だったのだ。
僕は繋いでいた手を離して、彼女に向き直った。
彼女の身長はだいぶ縮んで、百六十半ばの僕より頭半分ほど小さく、それで
「少しは落ち着いた?」
「はい。……ありがとう、ございます」
彼女は
「君はここに泊まるといい。この町にどのくらい宿があるかわからないけど、すぐいっぱいになっちゃうかもしれない。それで、さっき話してた友達っていうのは、信頼できる人?」
「……はい」
と、彼女は小さく頷いた。なら、僕の役目はこれで終わりだ。
「じゃあ部屋を取ったら、メッセージを送って、この場所を伝えて。それでこの先どうするか、しっかり話し合って決めるんだ。無理はしないでね」
「……あの」
と、彼女はわずかに顔を上げて、垂れた大きな目を
「アナタは、これから……」
僕は最後まで聞かずに、視線を彼女の後ろ、斜め前方へと
誰かが
「―――なにしてんだッ、てめえェ!!」
彼女の後ろから走り込んできた、
ド! と。
僕は片足を引いて
接近はわかっていたし、ディアベルよりずっと予備動作が大げさだったから難しくはなかった。僕はそのまま槍を反対に翻し、
僕は油断なく槍を構えた。
彼は殺気のこもった目でダガーを構えた。
そして彼女が、彼の前に回り、突然大きく振り
ぱあん、というすごい音がして、紫色のシステム障壁が
「ちょっとマツダくんっ!! いきなりなんてことするの?!」
彼女がすごい声で叫んだ。
ナイフを下ろして、
「ばっ……!? おま、本名で呼ぶんじゃねえよ?!」
そう
それから二人はしばらく大声でいい争っていたけれど、男の方の声はどんどん小さくなっていった。フレンドの追跡で、とか、そしたらその男が、とか、かなり必死に、だいぶ情けない声でいいわけしていたけれど、
僕は自分の手元の、彼女から預かったままの
「あー……」わかった、
ここで槍をそっと地に置いて
どう声をかけたものか、とやきもきしているうちに、もう三人の男性が、向こうの、広場の方角からこちらに走ってくるのが見えた。
「ミユキ!」
と、そのうちの一人、簡素な造りの
彼が、ケイタ君だろうか。
彼女は
男四人、女の子一人のパーティができ上がった。つまり彼らが、彼女のいっていた『学校の同好会の人』なのだろう。
この世界の肌の質感は、現実よりだいぶ簡単なので、歳がわかりづらい。なので彼らが高校生なのか、大学生なのか、ちょっとわかりかねた。
彼らはそれぞれ彼女を心配するふうに何事か話しかけていたが、やがて、僕の方を
僕は
「返すよ。ちゃんと持っててね」
「あ、はい……。すみませんでした、うちの男の子が……」
彼女は恐縮して槍を受け取ると、子供の不始末を詫びる母親みたいに頭を下げた。
ダガーの彼が、居心地悪そうに目を逸らすと、
「マツ……、ダッカー!」
彼女はもう一度彼に向けて
ダッカー、というのが彼のプレイヤーネームらしい。いや、まさかマツダッカーではないだろう。マツダ君改めダッカー君はすっかり小さくなって、「サーセンっした……」と頭を下げた。
「あの状況なら仕方ないよ。サッチもあんまり怒らないであげて。君を守ろうとしたんだし」
「いえ……、ほんとにすみませんでした……」
彼女はもう一度
もう気にしなくてだいじょうぶだよ、と答えながら、ああ、敬語で話すようになっちゃったな、と、僕は少し
タメ口でいいよ、ということも考えたけれど、これが初対面の、本来の距離感かな、と思い直した。思い直して、僕はもう、彼らに彼女を任せることを決めていた。
「だいじょうぶだって。じゃあ、僕は行くから、気をつけてね。……皆さんも、お気をつけて」
僕は軽く頭を下げてから、その場を立ち去るべく背を向けようとた。
「すいません、いいですか」
と、声がかかって、僕は彼らにもう一度向き直った。
ケイタ君と
僕が首を
「彼女がお世話になったみたいで、どうもありがとうございました」
次いで、慌てたように彼女が、それから他の男性メンバーがばらばらと、彼にならった。
五人もの人間にいっせいに頭を下げられたことなんかこれまでの人生になかったので、僕はだいぶ面食らった。かなり居心地が悪い。
「あ、いえ、大したことはしてませんから……」
と、僕がいうと、彼らはようやく顔を上げて、
「いや、広場はもうパニックだったんで……、あのままいたら、どうなってたかわかりません。あなたが連れ出してくれたんですよね」
「でも、それだけですから。そんな、気にすることありませんよ」
「いえ、せめてお礼に、今晩の宿賃、僕の手持ちから出させてくれませんか」
「宿賃って……」
いくらでしたっけ、と訊こうとしてから、
「いえ、やっぱりいいです。今日初めて会った方に、そこまでお世話になれませんから。じゃあ、僕はこれで」
「待った方がいいんじゃないかなあ」
と、背中から、
また、振り向いた。
彼らの中では一番
「君ぃ、これからどうするの?」
かくん、と、彼は首を
「しばらく、様子をみますよ。どうなるかわかりませんし」
僕は慎重に答えた。
「うん」彼は、こく、と頷いて、「嘘だよね」と、あっさり見抜いた。初対面で。
彼の言葉に、周りの仲間がぎょっとして彼と僕を何度も見比べた。
彼のいおうとすることはなんとなくわかっていた。こういうことは、現実の、向こうの世界でもあったからだ。
僕が無差別級の大会に出ようとすると、みんな決まって止めたのだ。
僕は抵抗してみる。
「嘘じゃありませんよ。この状況でいきなりフィールドに出る人なんているんですか?」
「さっき広場で何人か見たよ? ダッシュで外に出ていく人ぉ。まあ、みんな死ぬよね」
「なっ……!? テツオ?!」とケイタ君(仮)が叫んだ。
サッチ……彼女は、
あとの二人は、どうしていいのかわからないようで、様子を窺っていた。
「……ですから、僕は様子をみますよ。それに今、外に出る人は、自信のある人でしょう。みんな死ぬってことはないと思いますけど」
「確かにみんなはいいすぎたかなあ。
彼は一度言葉を区切る。
「そのあたりのこともちゃんと説明してぇ、きっちり話し合っておきたいから、君も聞いていきなよ。どうせ様子をみるんなら、別に同じ宿に泊まったっていいだろう?」
僕は彼らを見渡した。皆の戸惑いがありありと感じられた。
彼女が、ずっと
サチかわいい(当然)