SAO外伝 血の盟約の下に   作:佐藤 黎曜

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 ごめんねダッカーくん


合流

 ひとけのない小路(こうじ)に入ってしばらく歩き、INN、の看板の出た建物の前で僕は足を止めた。

 

 色気のない、簡素な宿屋だ。ちょっとしたビジネスホテル並みに大きい。

 

 探索(たんさく)のとき、気になって中に入って調べたのだ。なにも変わったところのない宿屋で、セーブができるわけでも、数字の体力が回復するわけでもないのに、どうしてこんな施設がたくさんあるのか不思議だったけど、こういうことだったのだ。

 

 初めから、人が中で生活することを前提にした世界だったのだ。

 

 僕は繋いでいた手を離して、彼女に向き直った。

 

 彼女の身長はだいぶ縮んで、百六十半ばの僕より頭半分ほど小さく、それで(うつむ)いているので、おかっぱ頭の天辺(てっぺん)の、天使の輪みたいな髪の(つや)めきがよく見えた。

 

「少しは落ち着いた?」

 

「はい。……ありがとう、ございます」

 

 彼女は()し目がちに、小さな声で礼を述べた。

 

「君はここに泊まるといい。この町にどのくらい宿があるかわからないけど、すぐいっぱいになっちゃうかもしれない。それで、さっき話してた友達っていうのは、信頼できる人?」

 

「……はい」

 

 と、彼女は小さく頷いた。なら、僕の役目はこれで終わりだ。

 

「じゃあ部屋を取ったら、メッセージを送って、この場所を伝えて。それでこの先どうするか、しっかり話し合って決めるんだ。無理はしないでね」

 

「……あの」

 

 と、彼女はわずかに顔を上げて、垂れた大きな目を上目(うわめ)(つか)って、なにかをいいかけた。

 

「アナタは、これから……」

 

 僕は最後まで聞かずに、視線を彼女の後ろ、斜め前方へと()った。

 

 誰かが(すご)い勢いで走り込んできたからだ。

 

「―――なにしてんだッ、てめえェ!!」

 

 彼女の後ろから走り込んできた、小柄(こがら)な人影はそう叫びながら、僕と彼女の(あいだ)に割って入るように、突進突きのソードスキルで僕の喉笛(のどぶえ)()がけてダガーナイフを(ひらめ)かせた。

 

 ド! と。

 

 僕は片足を引いて(たい)(まわ)して、彼女から預かったままだった長槍(ながやり)を両手で(ひるがえ)し、突進突きを放ってくるその手首を(つか)の中ほどで打って()らした。

 

 接近はわかっていたし、ディアベルよりずっと予備動作が大げさだったから難しくはなかった。僕はそのまま槍を反対に翻し、柄頭(つかがしら)の近くで彼の脇腹を横()ぎに打ちつつ、自分から後ろへと跳び退()いた。

 

 僕は油断なく槍を構えた。

 

 彼は殺気のこもった目でダガーを構えた。

 

 そして彼女が、彼の前に回り、突然大きく振り(かぶ)ってその(ほお)平手(ひらて)で張り飛ばした。

 

 ぱあん、というすごい音がして、紫色のシステム障壁が綺麗(きれい)に咲いた。

 

「ちょっとマツダくんっ!! いきなりなんてことするの?!」

 

 彼女がすごい声で叫んだ。

 

 ナイフを下ろして、(たけ)り狂った彼女を呆然(ぼうぜん)と見つめる彼は、かなりの()をおいた後、

 

「ばっ……!? おま、本名で呼ぶんじゃねえよ?!」

 

 そう皺枯(しわが)れた声で叫び返した。

 

 それから二人はしばらく大声でいい争っていたけれど、男の方の声はどんどん小さくなっていった。フレンドの追跡で、とか、そしたらその男が、とか、かなり必死に、だいぶ情けない声でいいわけしていたけれど、()は悪そうだった。彼女の方が強そうだった。

 

 僕は自分の手元の、彼女から預かったままの長槍(ながやり)に視線を落として、宿屋のINNの看板を見上げて、それから二人に視線を戻した。

 

「あー……」わかった、把握(はあく)した。

 

 ここで槍をそっと地に置いて素知(そし)らぬ顔で立ち去れるほど、僕の神経は図太くなかった。

 

 どう声をかけたものか、とやきもきしているうちに、もう三人の男性が、向こうの、広場の方角からこちらに走ってくるのが見えた。

 

「ミユキ!」

 

 と、そのうちの一人、簡素な造りの(こん)を携えた、精悍(せいかん)な顔つきの青年が叫んだ。

 

 彼が、ケイタ君だろうか。

 

 彼女は途端(とたん)に顔を(うつむ)かせて、「リアルネームで呼ばないで……」と、小さく(つぶや)いた。小柄なダガー使いは、「理不尽だ!?」と突っ込みを入れて、黙殺(もくさつ)された。笑うべきだろうか。

 

 男四人、女の子一人のパーティができ上がった。つまり彼らが、彼女のいっていた『学校の同好会の人』なのだろう。

 

 この世界の肌の質感は、現実よりだいぶ簡単なので、歳がわかりづらい。なので彼らが高校生なのか、大学生なのか、ちょっとわかりかねた。

 

 彼らはそれぞれ彼女を心配するふうに何事か話しかけていたが、やがて、僕の方を(うかが)い見た。

 

 僕は長槍(ながやり)穂先(ほさき)が彼らに向かないように注意しながら歩み寄って、その(つか)を彼女に差し出して、いった。

 

「返すよ。ちゃんと持っててね」

 

「あ、はい……。すみませんでした、うちの男の子が……」

 

 彼女は恐縮して槍を受け取ると、子供の不始末を詫びる母親みたいに頭を下げた。

 

 ダガーの彼が、居心地悪そうに目を逸らすと、

 

「マツ……、ダッカー!」

 

 彼女はもう一度彼に向けて怒鳴(どな)った。

 

 ダッカー、というのが彼のプレイヤーネームらしい。いや、まさかマツダッカーではないだろう。マツダ君改めダッカー君はすっかり小さくなって、「サーセンっした……」と頭を下げた。

 

「あの状況なら仕方ないよ。サッチもあんまり怒らないであげて。君を守ろうとしたんだし」

 

「いえ……、ほんとにすみませんでした……」

 

 彼女はもう一度深々(ふかぶか)と腰を折った。

 

 もう気にしなくてだいじょうぶだよ、と答えながら、ああ、敬語で話すようになっちゃったな、と、僕は少し(さみ)しく思う。

 

 タメ口でいいよ、ということも考えたけれど、これが初対面の、本来の距離感かな、と思い直した。思い直して、僕はもう、彼らに彼女を任せることを決めていた。

 

「だいじょうぶだって。じゃあ、僕は行くから、気をつけてね。……皆さんも、お気をつけて」

 

 僕は軽く頭を下げてから、その場を立ち去るべく背を向けようとた。

 

「すいません、いいですか」

 

 と、声がかかって、僕は彼らにもう一度向き直った。

 

 ケイタ君と(おぼ)しき棍持ちの青年だった。

 

 僕が首を(かし)げると、彼は続けていいながら、頭を下げた。

 

「彼女がお世話になったみたいで、どうもありがとうございました」

 

 次いで、慌てたように彼女が、それから他の男性メンバーがばらばらと、彼にならった。

 

 五人もの人間にいっせいに頭を下げられたことなんかこれまでの人生になかったので、僕はだいぶ面食らった。かなり居心地が悪い。

 

「あ、いえ、大したことはしてませんから……」

 

 と、僕がいうと、彼らはようやく顔を上げて、

 

「いや、広場はもうパニックだったんで……、あのままいたら、どうなってたかわかりません。あなたが連れ出してくれたんですよね」

 

「でも、それだけですから。そんな、気にすることありませんよ」

 

「いえ、せめてお礼に、今晩の宿賃、僕の手持ちから出させてくれませんか」

 

「宿賃って……」

 

 いくらでしたっけ、と訊こうとしてから、

 

「いえ、やっぱりいいです。今日初めて会った方に、そこまでお世話になれませんから。じゃあ、僕はこれで」

 

 三度(みたび)、背を向けようとする。

 

「待った方がいいんじゃないかなあ」

 

 と、背中から、(やわ)間延(まの)びした……、けれど、妙に力のある男の声がかかった。

 

 また、振り向いた。

 

 彼らの中では一番大柄(おおがら)な、糸みたいに細く垂れた目の男が、一歩前に出ていた。

 

「君ぃ、これからどうするの?」

 

 かくん、と、彼は首を(かし)げ、面長(おもなが)の角ばった顔を横に倒して、そんなふうに問うてきた。

 

「しばらく、様子をみますよ。どうなるかわかりませんし」

 

 僕は慎重に答えた。

 

「うん」彼は、こく、と頷いて、「嘘だよね」と、あっさり見抜いた。初対面で。

 

 彼の言葉に、周りの仲間がぎょっとして彼と僕を何度も見比べた。

 

 彼のいおうとすることはなんとなくわかっていた。こういうことは、現実の、向こうの世界でもあったからだ。

 

 僕が無差別級の大会に出ようとすると、みんな決まって止めたのだ。

 

 僕は抵抗してみる。

 

「嘘じゃありませんよ。この状況でいきなりフィールドに出る人なんているんですか?」

 

「さっき広場で何人か見たよ? ダッシュで外に出ていく人ぉ。まあ、みんな死ぬよね」

 

「なっ……!? テツオ?!」とケイタ君(仮)が叫んだ。

 

 サッチ……彼女は、(のど)を小さく鳴らして口元を片手で覆った。

 

 あとの二人は、どうしていいのかわからないようで、様子を窺っていた。

 

「……ですから、僕は様子をみますよ。それに今、外に出る人は、自信のある人でしょう。みんな死ぬってことはないと思いますけど」

 

「確かにみんなはいいすぎたかなあ。大体(だいたい)は死ぬよね。あのさ」

 

 彼は一度言葉を区切る。

 

「そのあたりのこともちゃんと説明してぇ、きっちり話し合っておきたいから、君も聞いていきなよ。どうせ様子をみるんなら、別に同じ宿に泊まったっていいだろう?」

 

 僕は彼らを見渡した。皆の戸惑いがありありと感じられた。

 

 彼女が、ずっと(すが)るように上目で僕を見ていた。

 

 





 サチかわいい(当然)
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