SAO外伝 血の盟約の下に   作:佐藤 黎曜

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実はキレてるんじゃない?

 僕は自分の部屋を取らずに、彼らの取った二人部屋にお邪魔することにした。

 

 そぞろ歩いて部屋に入ってゆく。僕は一番後ろに続いた。

 

 狭い。

 

 全員、武器はアイテム(らん)に引っ込めているけれど、六人入るとだいぶ窮屈(きゅうくつ)だった。

 

 どうやら男性メンバー四人はここでまとまって寝るつもりらしい。彼女は自分だけ一人部屋を取ることを遠慮(えんりょ)したが、ケイタ君(仮)がさっさと店主のNPCに部屋を予約してしまっていた。僕も同じ立場なら同じことをしただろう。さすがに女の子と一緒には寝れない。狭いし。

 

 部屋の両端に、木製の安っぽいベッドがあって、まず右手のベッドの奥にケイタ君(仮)が腰かけ、その向かいに、ダガーのダッカー君が座った。ダッカー君の(となり)に、まだ名前を聞いていないモジャモジャしたクセっ毛を肩口まで垂らした男が座り、さらにその隣に、糸目のテツオ君が座った。

 

 それから彼女、サッチが、おずおずとケイタ君(仮)の隣に腰かけ、僕は選択を迫られた。

 

 座れそうな場所はあと二か所。

 

 部屋の真ん中、奥、二つのベッドの隙間(すきま)を埋めるようにある、同じく木製の化粧(けしょう)台の丸椅子(まるいす)と、右手のベッドの手前、彼女の隣だ。

 

 どっちも居心地が悪そうだった。

 

 ケイタ君(仮)が、「せっかくなんで、上座(かみざ)にどうぞ」と、丸椅子を手で示すと、急にテツオ君が、「いや、向かいで話したいから」と、彼女の隣を同じように手で示した。

 

 みんな驚いて、テツオ君を見ている。

 

「……じゃあ、こっちに失礼します」

 

 僕はもう、ちょっと焼け(ばち)になって彼女に軽く手刀(しゅとう)を掲げて謝意(しゃい)を示してから、その隣へと腰を下ろして、対面の、感情の読み取りにくい特徴的な糸目としっかり視線を合わせた。

 

 奇妙な緊張の中で、僕はどうにか彼の真意を問うてみようと、なんと言葉をかけるべきか、数瞬、惑った。

 

 あの草原では、異世界にやってきた興奮から、そしてあの自称茅場(かやば)の話の後は、助けなければという義務感から、ずいぶん彼女と気安く話してしまったけれど、僕は元々、人付き合いはちっとも得意じゃないのだ。

 

「あのさっ」と、緊張に()えかねたように、(はす)向かいのクセ毛の男が手を叩いて、「先に、自己紹介しとかない?」と、やや上擦(うわず)った声を上げた。

 

 空気が、わずかに緩んだ。

 

 緩んだ空気に差し入れるように手を挙げて次に口を開いたのは、ケイタ君(仮)だ。

 

「じゃあ、改めまして……、ケイタです」

 

 ケイタ君カッコカリは、どうやら間違いなくケイタ君だった。彼は続けてこんな風にいって、こざっぱりした短髪の頭を再び下げた。

 

「仲間を助けてくれて、どうもありがとう。あのまま人混みの中にいられたら、フレンドの位置追跡を使っても、見つけるのにだいぶ時間がかかっちゃったと思う」

 

「いえ、それはもう、いいですよ。本当に……」

 

 彼女を挟んで、お互い前のめりに頭を下げる。彼女と、他のみんなの頭もばらばらと下がるので、僕は何度も続けて返礼(へんれい)しなければならなかった。彼女が、ほんとにありがとうございました、と口にしたところで、ケイタ君の反対側のダッカー君が声を上げた。

 

「次、オレっ、ダッカーです。さっきはどうもスンマセンっした……」

 

 僕と比べても小柄(こがら)な彼は、さらに身体を小さくして再び()びた。

 

「ほんとだよぅ……」と、彼女が唇を(とが)らせると、少しだけ笑い声が上がって、場が(なご)んだ。僕は合わせて笑いながら、もう気にしないでいいですよ、と答えた。笑い声が引くのを見計(みはか)らい、クセ毛の、気の弱そうな男が、ぎこちなく喋り出した。

 

「ボク、ササマルです。えーと……えーと……」

 

 ()

 

「ササマル、無理に面白いこといわなくていいから」

 

 と、ケイタ君がフォローに入れば、彼は、「と、とにかくよろしくお願いします」と、やはりぎこちなく()めて、彼女とテツオ君を交互(こうご)に見やった。

 

 彼女が、さっきよりはずいぶん光を取り戻した瞳で僕を見た。

 

「あの、一応、私、サチです。顔は変わっちゃいましたけど……」

 

 すげー美女だったもんなー、と、ダッカー君が茶化して、彼女に(にら)まれた。

 

「……ごめん、サッチじゃなかったね」

 

「い、いえっ、お気になさらず……、ほんとにありがとうございました」

 

 彼女は再度、おかっぱ頭を翻して頭を下げる。これで最後にして欲しいな、と思いつつ、僕は、どういたしましてと軽く笑った。

 

 それから僕は、いま一度、対面(たいめん)のテツオ君に向き直った。

 

「さっき聞いたかもしれないけどぉ、テツオです。よろしく。君の名前、聞いてもいーい?」

 

「ティジクンです。わざわざお(まね)きいただいて、皆さん、ありがとうございます」

 

 僕から最後に頭を下げると、みんなが恐縮するのがわかった。

 

 場が引き()まるのを確かめて、テツオ君に問う。

 

「それで、今フィールドに出ない方がいい理由について、改めてお(うかがい)いしたいんですけれど、よろしいでしょうか」

 

「ああ、その前にさぁ」

 

 と、彼は手で僕を制して、

 

「ティジクン。みんなもだけどぉ、そろそろ敬語やめにしない? なんだかおれぇ、もう疲れちゃって」

 

 

 僕はそれを聞いて、片手で頭をかきながら、強張(こわば)った一同を流し見て、ゆっくりひとつだけ、深呼吸して、それから落ち着いて、口を開いた。

 

「わかった、テツオ君。みんなも、もういいよ、楽にしよう。なんか緊張させちゃったみたいで、ごめんね」

 

 僕がいうと、みんなばらばらと首を振ったり手を振ったりして恐縮した。まとまりがあるのかないのか、よくわからない集団だ。

 

 それからテツオ君はひとつ頷くと、両手を組んで、両(ひじ)を自分の(ひざ)に乗っけて前にのめり、一同を見回してから、ゆっくりと話し始めた。

 

「あの茅場がいうことが本当なら、たぶん本当なんだけど、おれたちはもうじき、病院かどこかに移されるよね? 運ばれる間は、ネットから切断されるんだよね。一時間か、二時間か」

 

 彼の話が状況のど真ん中に殴り込んで、みんなが緊張するのがわかった。視界の右端で彼女がうつむく。僕は僕で、彼の言葉に動揺していた。

 

 ……考えてなかった。

 

 奴からその話を聞かされるときには、僕はもう完全にキレていたのだ。

 

「……切断されると、どうなるの」

 

 僕が先を(うなが)すと、彼は語調を(くず)さず続けた。

 

「うん。そうするとぉ、たぶん一時的にオフラインの待機エリアに移されるんだろうけど……、突然マップから消えて、もう一度オンラインになったら突然戻されるから、そのときフィールドに出てると危ないよ。いきなりモンスターの目の前に放り出されるかも。いや、もう待機エリアだなんて、あの犯罪者にそんな配慮(はいりょ)は期待しない方がいい。もしかしたら、回線が切断された途端に中身からっぽのアバターが取り残されるかもしれない。そしたら、なんにもできずに殺されるよ? なんの操作もできないんだから」

 

 殺されるよ? というところで、みんな息を呑んで、彼女がスカートの裾を握り締めるのが、気配でわかった。

 

「……忠告、ありがとう。だったらその、回線が戻るまではおとなしくしてるよ」

 

「ん。それがいいねえ。でも、こういう状況判断ができないと、どの道、死ぬよ? どうかな、君はこの先、ずっと一人で、冷静な選択を積み重ねていけるかな。君、落ち着いて見えるけど、実はキレてるんじゃない?」

 

「……キレてはないよ」

 

「ほんとにぃ?」と、彼は微笑(ほほえ)んで首を傾げる。

 

 彼はともすれば無邪気に、まるで他愛(たあい)ない世間話みたいに僕の真意を確かめようとする。彼は(つと)めて普段通りに、なんでもないように振る舞っているのか、それとも心底、この状況で平静を保って、いつも通りのノリで喋っているのか、初対面の僕にはわかりかねた。

 

 彼の隣でササマル君が、視線を忙しく僕らの間で行ったり来たりさせているのは、その、可哀想(かわいそう)なくらいの慌てっぷりは、いつものことなのか、どうか。

 

 僕はぎしぎしと(きし)む空気を(はだ)で感じつつ、慎重に返答する。

 

「……うん。おかげで落ち着いた」

 

「よかった。君がサチをおれたちに任せて迷宮区に特攻する気なんじゃないかって、すぅごく心配したよ」

 

「まさか」と、僕は周りのみんなが彼の発言に反応する前に、その語尾を()うようにいって、続ける。「そんな無茶はしないよ」そして服飾店スタッフ業務用の笑顔を顔に張りつけた。

 

「そう?」

 

「うん」

 

「じゃあー、さっきの話を踏まえて、君ぃ、これからどぉするの?」

 

「街を、見回ってみようかと思う。状況を把握したくて」

 

「うん、ダウトォー」

 

 彼は相変わらずにこにこと、僕の予定を否定する。

 

「あんまり外には出ない方がいいねぇ。いま、ほら、パニックでしょ? 回線が切れて、中身空っぽのアバターが取り残されたら、フィールドでなくても危ない」

 

「でもさ」

 

 と、口を挟んだのはケイタ君だ。

 

「アンチクリミナルコードがあれば、なにかされることは……、ないんじゃないかな」

 

 いっている途中で、言葉から自信が失われていくのがわかった。

 

 僕は、今日何度も見てきた紫色のシステム障壁を思い出す。

 

 街中で、プレイヤーを保護する光の壁。あの紫色の閃光が機能していれば、ダメージを負うことも、勝手に身体(からだ)を動かされることもないはずだった。でも、この状況では。

 

 案の(じょう)、テツオ君はこれも否定した。

 

「システムには抜け穴が付き物だしぃ、そもそもコードがずっと残ってくれる保証もないよね。茅場の気が変わったら大変(たぁいへん)

 

「……じゃあ、少なくとも、回線が繋ぎ直されるまでは、部屋に閉じこもってた方がいいってこと?」

 

 僕は陰鬱(いんうつ)とした気分が声に出ないよう、気をつけながら訊いた。

 

「そうそう。その(あいだ)に、もしかしたらぁ、アーガスとか政府の人たちがどうにかこうにかしてくれるかもしれないし」

 

 少しだけ空気が緩むのがわかった。

 

 ああ、そうか、そうだよな、と僕はそれをなんだか遠い世界の話のように聞いていた。アーガスとか、政府。現実では今頃えらい騒ぎだろう。家族はどうしているだろうか。

 

 もしも現実の誰かの手によって、この状況が打破されたなら、電子の牢獄(ろうごく)に繋がれた虜囚(りょしゅう)が解き放たれたなら、自称茅場晶彦が吹っかけたあまりにも壮大なケンカは、僕らの不戦勝か。そう考えると、なんだか気が抜けかけるけれど。

 

「そ、そうだよね。きっと帰れるよね……」

 

 彼女が隣で、吐息にわずかな安堵(あんど)(にじ)ませて、いう。

 

 けれども、誰も、彼女の言葉を否定も肯定もできないようだった。

 

 彼女はみんなを見回してから、ゆっくりとまた、顔を(うつむ)かせてしまう。

 

「な、なあっ、あのさ」

 

 急に上擦(うわず)った声を上げたダッカー君に、みんなが注目する。

 

「こんなときにスゲェあれなんだけど、腹減らね?」

 

 一瞬、狭苦(せまくる)しい部屋がなんともいえない静けさに包まれた。

 

「あー……」と、みんなして(うめ)いた。

 

 空腹なんて忘れていた。そして今、思い出したのだ。

 

 それから、腹減った、減ったね、お腹空いた……との声がぽつぽつと上がった。僕もそう聞いてみると、なんだか下腹(したぱら)()びしくなってくる。

 

「ここじゃ食べなくても死なないと思うけどぉ、絶食は厳しいかなあ……」

 

 と、テツオ君。

 

 ここで彼は初めて、意見を(うかが)うように、ケイタ君に目をやった。するとつられて、みんなの視線が彼に集まる。やっぱり彼がリーダーなのか。

 

 ケイタ君は1、2、3秒と黙考(もっこう)した後、決断を口にした。

 

「よし、ダッカー、お前を買い出し隊長に任命する」

 

「アイアイサ!」

 

 と、気合いを入れるダッカー君に、なおも指示が続く。

 

「僕の希望は焼きそばパンだ」

 

「あ、ボク、チョココロネ」

 

「おれぇ、カツサンド食べたいなあ」

 

「じゃあ私、メロンパン」

 

「えーと、カレーパンをお願い」流れで注文してしまった。え、でもそんなのあるの?

 

 ダッカー君は、よぉし任された! と一声上げて立ち上がり、みんなの(ひざ)合間(あいま)()って、ドアまで移動し、ノブに手をかけてから、

 

「うぉい!? 無茶いうなよ?!」

 

 ノリツッコミを決めて、みんなを笑わせた。

 

 なんだ、冗談か。

 

 食べたかったな、カレーパン。

 

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