SAO外伝 血の盟約の下に   作:佐藤 黎曜

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……あとおよそ一週間で書き溜めが尽きる(絶望)

筆者にとって未知のステージに突入しつつあります。


準備

 いずれフィールドには出なければならない。それが、どうしようもない結論だった。

 

 この世界で安全を確保するにはシステムに保護された宿屋の個室に入らなければならない。そして、空腹を(こら)え続けて絶食するのはどうやら不可能だ。HPが減るわけではないが、食うまで(おさ)まってくれないのだ。宿にも食い物にも、金が必要だった。

 

 金を得るには、モンスターを倒すしかない。

 

 鍛冶(かじ)などの生産職を行い、プレイヤーから(あきな)いで金を得るということも考えたけれど、道具を(そろ)えるのにもかなり多額の金が必要だった。現状では、無理だった。

 

 戦いへの準備は、慎重に慎重を期して行われた。

 

 まず、街を見回って、プレイヤーやNPCに聞き込み。その日は丸一日、情報収集に費やした。一週間もの間、宿屋に引きこもっていた僕らには情報が不足していた。他のプレイヤーが、特に、街を出たプレイヤーがどうしているのか、知りたかった。

 

 フィールドに出て、堅実(けんじつ)に生き残っているのはパーティを組み、大人数で狩りを行っている人たちで、僕らもイガグリ頭のパーティリーダーから勧誘を受けた。彼らはもうじき狩場を奥へと移して、真剣に攻略を目指していくそうだったが、ケイタ君はこれを丁重に断った。関西弁で熱心に演説する男の剣幕(けんまく)に彼女が(おび)えてしまったからだった。彼らの強硬な姿勢にはどうにも馴染(なじ)めそうになかったので、僕も正直ほっとした。

 

 一通り情報を集めると、翌日、街の訓練場で、カカシ相手にソードスキルを練習した。これも一日かけた。

 

 

 

「スイッチ!」

 

 と、ケイタ君が長柄(ながえ)(こん)を脇に引きつけて引き絞り、その得物に光が灯るのと同時に叫んだ。ソードスキルが放たれ、武器が(わら)で編み込まれた十字型のカカシを横()ぎに打ち抜く。ライトエフェクトが尾を引いて、彼がカカシの向こうに抜けると同時に、既に発動態勢を整えていた僕の突進単発突き、【スラストチャージ】が射放(いはな)たれる。システムの猛烈な後押しを受けて、四メートルの距離を半秒で駆け抜け、彼の離脱に間髪(かんぱつ)入れずナイフを胸倉(むなぐら)に突き立てた。次いで、左の手刀で首を打ち、再びナイフを一息(ひといき)(ひるがえ)して×字斬りを決めて、「スイッチ!」叫びつつ、ナイフを自分の首に巻きつけるように構える。直後、単発横斬り、【サイドチョップ】で首元を()っ切りつつ、横っ跳びに離脱。すぐさま跳び込んできたササマル君の長槍(ながやり)が胸元を突き刺す。

 

 今、練習しているのはスイッチと呼ばれる、パーティ戦闘に必須(ひっす)の技術だった。

 

 大人数でパーティを組んでも、全員で一斉にモンスターへと打ち()かれるわけではない。互いの武器が邪魔し合って、技を止めてしまうからだ。長柄の武器は特にそうだ。

 

 だから、(すき)を作って後ろで控えているメンバーと入れ替わりながら打ち掛かる必要があるのだ。HPが減ったら、すぐに後衛(こうえい)と交代。下がって回復ポーションを飲む。これをポットローテーションという。ケイタ君が素人の僕に丁寧(ていねい)に解説してくれた。このテクニックはゲームの公式ホームページでしっかり紹介されていたらしい。僕は見逃したけど。

 

 ケイタ君、僕、ササマル君、ダッカー君、彼女、テツオ君の順に交代で棒立ちのカカシへとひたすら打ち掛かる。

 

 スイッチ、ソードスキル。スイッチ、ソードスキル。

 

 多少ぎこちなく彼女が突進技を決めたところで、ケイタ君から「止め!」の合図がかかった。

 

 集合する。

 

「ひとまず、今日はここまで。これから宿で夕飯食いながら、明日のことを話し合おう」

 

 

 

 

 宿屋、いつもの部屋、位置取り。

 

 皆でパンをもしゃもしゃと食っている。

 

「食べながらでいいんで、聞いてくれ」

 

 ケイタ君だ。

 

「いくつか、初心者にもこなせそうなクエストが見つかった。イノシシ狩りだ」

 

 猪と聞いて、僕は彼女を横目で(うかが)った。

 

 その横顔(よこがお)毅然(きぜん)としていて、なにかの感情を読み取ることはできなかった。

 

 ソードスキルの練習をして、多少は自信がついたのか、それとも、怖いのを必死に押し隠しているのか、付き合いの浅い僕には判別できない。

 

「街のNPC肉屋がボアの肉を、服飾店が毛皮を欲しがってる。持っていけば、金と経験値が入る。もしかしたら、なにかのアイテムも。これをパーティで受ける」

 

 僕は、黒パンをかじりながら、ボールじゃなくてボアだったんだ、と、どうでもいいことを考えながら、話は真面目(まじめ)に聞いていた。

 

 いよいよ、戦いに出るのだ。

 

「なあ」

 

 と、口を挟んだのはダッカー君だ。

 

「パーティで受けるより、ひとりずつ受けて、みんなで全員分の素材集めた方がいいんじゃね?」

 

「……どういうこと?」

 

 ちょっとよくわからなかったので、僕は()いてみた。

 

「つまりさ、パーティだと一度に一回しかクエ受けらんないだろ? 六人で別々(べつべつ)に受けて、みんなで狩りして、六回分の素材を集めて、NPCんとこに行くんだ。そうすりゃ一度に六回分の報酬が入る。どうよ?」

 

「やめた方がいいねえ」

 

 と、薄紫色の謎パンをパクつきながらテツオ君が反対に回った。

 

「パーティで受ければ、お金と経験値は自動で均等に割り振られるけど、個別に受けちゃうと、クエストを受けた人にしか入らない。人数分の素材が集まらないと、誰かあぶれる。ケイタ、そのクエスト、時間制限は?」

 

「受けてから半日」

 

「肉屋と服屋、両方?」

 

「両方」

 

「普通のクエストだよね? 受け直しは効きそう?」

 

「そのはずだけど、わからないな。プレイヤーから話は聞けなかった」

 

「最初に持ってこいっていわれた素材を届けた後に、なにか別の注文があって、クエストが終わらない可能性は?」

 

「わからない」

 

「わからないことだらけだねぇ。慎重にいった方がいいよ」

 

「じゃあ」

 

 と、なおもダッカー君。

 

「先に素材を集めるだけ集めてから、ひとまずパーティでクエストを受けるのはどうよ? これで時間制限が無視できる。それで素材が溜まってる分だけ、その場で受諾(じゅだく)と達成を繰り返すんだ」

 

「いやぁ、よしとこう」

 

 と、テツオ君は首を横に振った。

 

「引き(ぎわ)(わきま)えなくちゃあ。クエストで指定された一回分だけ素材を集めたら、街に戻ろう。おれたちズブの素人なんだ。下手に欲張って戦いを長引かせるとよくない。忘れちゃいけない。もう人が死んでるんだ」

 

「そっか、そうだよな……わりい」

 

 ダッカー君が小さくなった。

 

 ケイタ君がひとつ頷いて、話をまとめにかかる。

 

「じゃあ、明日の朝にパーティでクエストを受けて、指定されてるボアの肉が三十本、ボアの毛皮が二十枚、それぞれ集まったら街に戻って達成報告。出発は、朝イチ、五時」

 

「え、ちょっと早いんじゃ……」

 

 (ひか)えめにササマル君が反論した。

 

 僕はそのくらいの時間から朝稽古をすることは現実であったけれど、普通の学生には厳しいんじゃなかろうか。

 

 ケイタ君は首を横に振って、

 

「実は、同じ狩場でモンスターの取り合いになって、プレイヤー同士でトラブったって話が、もうあるんだ。時間帯が(かぶ)るのはよくない。だから人のいない早朝を狙う」

 

 ディアベルの言葉を思い出した。

 

 ここぁオレの狩場だどきやがれ、デュエルすっかデュエル、おお?

 

 ただのゲームなら、それでもよかったかもしれない。けれど、今、この世界は。

 

「なら、夜中でもいいんじゃね?」

 

 再びのダッカー君の声が僕の思考を(さえぎ)った。

 

「いや、夜は、昼と違うことが起こるかもしれない。イレギュラーは()けたい」

 

「……わかった」

 

「よし」

 

 ケイタ君が一同を見回してから、一拍置いて、

 

「サチ、だいじょうぶか」

 

 と、彼女に声をかけた。

 

「うん? どうして?」

 

 彼の方を向いて、僕に後頭部を向けて、なんだかわからない、といった風に返事をする当の彼女に、ケイタ君は言葉を継いだ。

 

「怖かったら、無理にフィールドに出ること、ないぞ。落ち着いて、金が貯まるのを待って、生産職になる手だってあるんだ」

 

「もう、だいじょうぶだよ。心配しすぎ。いっぱい練習したし、だいじょうぶ」

 

 明るい声だった。ちょっとおかしいくらいに。

 

 なんだか別人みたいな彼女を見て、不安がよぎる。

 

「最悪僕らの後ろに隠れてればいい。一緒のパーティに入ってれば金も経験値も入るから」

 

「あ、バカにしてぇ。平気だってば」

 

 と、彼女は(ほが)らかに笑った。

 

 けれど僕が視線を落とすと、彼女の左手が、ベッドのシーツを握りしめて強張(こわば)っていた。

 

 ケイタ君はそれから二、三秒彼女を見つめていたけれど、やがて視線を外して、話を()める。

 

「じゃあ、質問とか、意見は、他にあるかな?」

 

「ちょっといい?」

 

 思い出したことがあって、僕は口を開いた。

 

「うん、どうした?」

 

「僕、チュートリアルの前に、一人でずいぶん猪狩ったから、肉とか皮とか、ちょっと余ってるんだ。これ、役に立つかな?」

 

 おお、と感嘆(かんたん)の声が上がった。

 

 ケイタ君が答える。

 

「すごく助かる。僕たちチュートリアル前は、ほとんどイノシシは無視して先に進んじゃってたから、素材ないんだ。それ、NPCに渡しちゃっても?」

 

「いいよ」

 

「ありがとう。なにがいくつある?」

 

「えっとね……」

 

 アイテム(らん)を開いて、並んだ文字を確認する。

 

「ボアの牙が二つ。ボアの毛皮が八つ。(くさ)ったボア肉が……、じゅういち……?」

 

 なんともいい(がた)い沈黙が部屋に降りた。

 

 え、腐るの? 食材って腐るの? ゲームなのに?

 

「……出すなよ」

 

 と、ダッカー君が(おそ)れを(にじ)ませた声で呟く。

 

「絶対ストレージから出すなよ」

 

「えっと、これ、あの、どうすればいいんだろう」

 

 隣に助けを求めると、初日の晩はあんなに親切だった彼女は僕から身を引いて、イヤイヤ、と首を振りながら、ケイタ君にしがみ付いた。その表情に露骨(ろこつ)な恐怖が滲んでいる。あのぉ、さすがに、大げさすぎるんじゃ……?

 

 みんながあまりにも真剣にドン引いているので、ちょっと慌ててしまう。

 

 五百人の死者よりも、回線の切断よりも、プレイヤーの狂騒(きょうそう)よりも、(いま)だ見ぬモンスターよりも、遥かに現実的な恐怖に、部屋中の空気が緊張していた。え、これヤバい……?

 

「あの、これ……、どうすれば……」

 

「落ち着くんだティジクン」

 

 これまで聞いたことのないような強張(こわば)った声で、テツオ君がいう。

 

 その頬は引きつり、脂汗がダラダラと滲んでいる。細い目は見開かれて吊り上がっていた。

 

「アイテムストレージの右下の隅に、ゴミ箱のアイコンがあるはずだ。そこまで慎重にドラッグするんだ。いいか、間違ってもダブルタップしたり、オブジェクタライズボタンに触れたりしたらいけない。地獄を見るぞ」

 

「ドラッグ……? ダブルタ……、オブジェクト? あ、そうか、ポンポンって、二回……」

 

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああッ?!」

 

 テツオ君の絶叫と彼女の悲鳴の中、その十一個の地獄は具現した。

 

 その後のことは、よく覚えていない。

 

 このゲームに吐瀉物(としゃぶつ)エフェクトがなくてよかった、というケイタ君の呟きと、彼女の生々しいえづき声が、耳にこびりついてしばらく離れなかったけれど。

 

 




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