SAO外伝 血の盟約の下に   作:佐藤 黎曜

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 うふふひひふふふふひひひひひひひひひひひひいっひふうううううう

(筆者は情緒不安定)


君を探しにきたんだよ……

 最後に礼をひとついって、ケイタ君は引き上げていった。

 

 なんだか稽古(けいこ)を続ける気分ではなくなってしまったので、そのまま装備(らん)をいじって(くつ)除装(じょそう)し、ベッドに寝転がった。(きし)む。

 

 壁をタップして、消灯ボタンを押すと、フッと闇が降りた。

 

 頭の上には、はめ殺しの小窓もあるけれど、表面にはのっぺりした薄闇が広がるばかりで、なんの光もない。岩の天蓋(てんがい)のせいで月も星も見えやしないのだ。

 

 闇の中、彼女のことを想う。

 

 気にかけるとはいったものの、やっぱりどうすればいいのかわからない。なんて声かければいいんだ? がんばれ? みんないるからだいじょうぶ? 僕がついてる?

 

 どれも、五百という死者の重みを、その恐怖を(ぬぐ)い去るにはあまりに安い言葉に思えた。ああ、もう、こんなことなら現実でもう少し妹と一生懸命に会話を試みるべきだった。

 

 ふと、メニューを開く。四角い画面がくっきりと闇をくり抜いて浮かび上がる。

 

 昼間はできなかったけれど、やっぱりメッセージを送ってみるべきだろうか。顔を合わせなければ、直接いい(にく)いことでもいえるだろうか。いや違う、だからそもそも、なにをいえばいいのかわからないから悩んでいるんだ。

 

 寝転んだままメッセージ画面を開いて、宙に浮かぶ半透明のキーボードの前で手を遊ばせ、結局なにも打ち込めないまま、まっさらな画面とにらめっこして、にらめっこして――

 

 ……無理。なんも浮かばない。

 

 バックボタンで一つ前の画面にとって返し、そして僕はその文字を見つけた。

 

【Trace】。たぶん、位置追跡。これでフレンドの居場所がわかる。

 

 それがひどく危なくていけないモノのような気がしてしまった。

 

 これにそっと指で触れるだけで、彼女の居場所がたちどころに判明してしまう。

 

 こんな機能、どうしてあるんだろう、と疑問に思う。トラブルの種じゃないの?

 

 フレンド登録は一方的に解消することができるので、居場所を知られたくない、とか、メッセージがうっとうしい、とか思ったらさっさと名前を消してしまうこともできる。でも、それにしたって、こんなところまで作り込まなくてもいいんじゃない? せっかくファンタジーな世界なんだから、ボタンひとつで言葉が届いてしまう安っぽいリアルさがなんだかそぐわない気がしてしまう。ケータイ、メール、GPS、文明の利器(りき)

 

 人付き合いは慎重に行おう、と気に留めつつも、なんだか僕はその追跡ボタンが気になって仕方がなくなってきた。いけない、と思いつつそっと指を伸ばしてみる。

 

「……いや、なにしてんのさ僕」

 

 ひとり孤独に自らの行いにツッコミを入れて、バックボタンを押す。

 

 もうやめだ。なにしろ明日は早い。設定メニューを開いてアラームをセットする。出発が五時半なら、五時ちょうどでいいだろう。いや、調子を戻すのにアップもするから、四時半にしよう。なにもかも明日だ。彼女のことも、そのときに考えればいい。狩りのときにパニックを起こすようなら守ってやればいいし、でなければ放っておこう。

 

 現在時刻は、もうそろそろ深夜零時(れいじ)を示そうとしていた。うわ、僕、二時間以上もひとりで悶々(もんもん)としてたわけ? 自分で自分に驚愕(きょうがく)だ。危ない人じゃないのか。

 

 今度こそメニュー画面を閉じると、僕は今度こそ混じり気のない闇の中に落ちる。けれども、視界の左上には行儀(ぎょうぎ)よく並んだ自分とパーティのHPバーが見えた。

 

 なんだか奇妙な気分だ。もう五時間もしたらこのメンバーではじめての狩りに出かけるのだ。

 

 パーティメンバーのそれは、視界を(ふさ)がないよう、自分のものより細く小さく表示されるが、それでもこれだけ並ぶと壮観(そうかん)だった。全部で五本。

 

「……ん?」

 

 いや待て、五本? 自分のも合わせて?

 

 表示されたHPバーの名前を上から順に確かめる。

 

【Tigikun】【Keita】【Tetsuo】【Dacker】【Sasamaru】。

 

 彼女の名前が、ない。

 

 僕はガバリとベッドから飛び起きた。どういうことだ? 彼女がパーティを抜けた? 昼間にはきちんと六人分のHPバーが表示されていた……、気がする。確証はないけれど。

 

 パーティを抜けたなら、彼女はどこに行った? ケイタ君たちはこれに気づいているのだろうか。どうすればいい? これ緊急事態じゃないの?

 

 しばらくマゴついてから僕はこの状況を打開する方法に思い至った。いや、でもこれ、だいじょうぶ? 倫理(りんり)的に許される?

 

「……緊急だから、許してよ」

 

 結局、僕は自分にそういいわけして、メニューを開き、フレンドリストから彼女の名前を呼び出すと、

 

【trace】ボタンにそっと触れた。

 

【Trace a Friends Location……】の文字が(またた)いた。

 

 初めて使うフレンドの位置追跡機能は(とどこお)りなく起動したようだった、システムは地図と共に、その文字列を吐き出した。

 

【第一層 はじまりの街 南端テラス】

 

 意味がわからなかった。

 

「……は?」

 

 そして一瞬の(のち)、ありありと想い起こされる、鈍く冷たく暗く光る金属の()、並んだ名前に刻みつけられる横線。無情な【高所落下】の文字。

 

 脳裏(のうり)によぎるイメージ。夏の匂い、山の上、墓場、(ほら)、生と死。

 

「ふっ、ざ、け……ッ?!」

 

 僕は装備欄をいじって靴を履くこともせずにメニューを速攻で(たた)むと、鉄砲玉みたいに宿を飛び出し、街を南に走った。

 

 

 

 現在レベル1のこの身体(からだ)は、どうやら瞬発力で僕の生身の肉体に劣るらしいが、その代わりにどれだけ全力疾走を続けても息は切れなかった。憎たらしい架空の身体も、今ばかりはありがたかった。中距離走でオリンピックを狙えそうな超加速で、昔に体育で教わった通りの陸上フォームで腕を振って風を切り、素足の爪先(つまさき)を送り石畳を背後へと押し流して、(ひざ)で夜闇をぶっ叩くように(あし)()り出す。

 

 真夜中まで商売をやめない露店(ろてん)のNPC商人、なんだかわからない石造りの建物、まだ今後の指針が定まらないのか、道端(みちばた)に座り込んで身を寄せ合うプレイヤーたち。家々の窓に薄明るく灯る明かりは流星みたいに視界の両端を後ろへ流れ去ってゆく。真夜中の小路(こうじ)を走る。ひた走る。

 

 やがて風と共に目の前が(ひら)けて、レンガを積み上げたフェンスの上に広がる、闇と星と流れる雲海(うんかい)が立ち現れる。石の(さく)にもたれて、虚空(こくう)を見つめる小さな背中を、(とら)えた。

 

 走り込み、(すべ)り込んで、そのまま滑って……、車は急には止まれない、という標語が、頭の裏をよぎって消えた。

 

 ずしゃあ、どっ! と、柵に腹のあたりから激突した僕は、仮想の慣性と遠心力に従い下腹(したばら)を支点に前にのめって、どこまでも広がる群青色(ぐんじょういろ)の絶景を目にし、重力に引っ張られて自由落下を―――行う寸前に、「きゃあああああっ?!」首根っこを掴まえられて引き戻された。

 

 石畳に背中を打ちつける。

 

 天地がひっくり返って、(はる)か上空に、闇に(にご)ってねずみ色をした岩石の天井と濃紺の星空の境界が緩やかに弧を描いているのが見えた。

 

 視界の端から、ひょい、と(かが)み込んだ彼女が眉を吊り上げ怒りも(あら)わな顔を覗かせて僕を見下ろし、叫ぶのだ。

 

「なにしてるの! 危ないよっ?!」

 

「君を探しにきたんだよ……」

 

 なんだかもうどっと疲れた。なんなんだよ。なんで僕、怒られてんの?

 




 サチ、サチぃ……(T_T)

 うええ……(泣)
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