SAO外伝 血の盟約の下に   作:佐藤 黎曜

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 読者のみなさんは、中でするのと外でするのはどちらがお好きですか?

 あと、正上位と騎乗位ではどちらがお好みでしょうか?

 いやぁ、修羅場って怖いですねえ。(すっとぼけ)

 


焦燥のダッカー

「なあ、デュエルしようぜ」

 

 (なつ)かしいセリフを聞いた。

 

 その晩、部屋のノックがいつもより軽いクセに慌ただしかったので、どうしたのだろうと戸を開くと、ケイタ君でも彼女でもなく、僕に劣らず小柄(こがら)な彼の姿があった。パサついた質感の長く垂れた前髪の下から、角張った眼窩(がんか)の内の瞳がくすんだ情熱を放っていた。ダッカー君だ。そして開口一番、さっきの一言だ。ちょっと状況がわからない。

 

「……とりあえず、入ったら」

 

「中より外だ。出ようぜ。いつものトコでいいだろ」

 

 なにを焦っているんだろう。僕はそもそもどうしていきなりそんな話になったのか(つか)めていないのだけれど。戦う? デュエル? この状況で?

 

 ひとまず彼の(うなが)すままに、訓練場までやってきてしまった。道中、彼は張り詰めた、あるいは落ち着かない様子だった。身体はやけに揺れていたし、宿の階段を降りる音も(せわ)しなかった。

 

 辿(たど)り着いた訓練場に、ひとけはない。両腕を広げて行儀(ぎょうぎ)よく等間隔に並ぶカカシだけが僕らを見ていた。

 

 近くに光源は見当たらないが、見晴らしは悪くない。空間そのものの明るさが上手に調整されているらしい。奇妙な、のっぺりとした薄闇(うすやみ)

 

 僕らは示し合わせたように、五メートルほど距離をおいて向かい合って立つ。臨戦態勢。いや待て、そうじゃない。僕は相手の戦意にすぐ引きずられてしまうタチだけれど、今はよくない。

 

「あの、デュエルするんだよね? 模擬戦(もぎせん)じゃなくて。危なくないの……」

 

「初撃決着モードでやる」

 

 と、彼は短く答える。声が硬い。やっぱり様子がおかしい。

 

「一撃で死んじゃったり、しないよね……」

 

「お前、今レベルいくつ」

 

「……3に上がった」

 

「オレも3だ。HPは増えてっし、武器もお(たが)い、安モンだしよ。滅多(めった)なことは起こらねーよ」

 

「……そもそも勝負なら模擬戦でいいんじゃないの」

 

「毎日毎日よぉ……」

 

 彼が頭を()せる。声が、暗い熱を帯びた。

 

 離れて立つ彼の背は、僕と比べても低い。だから(うつむ)くと、前髪に隠れて顔がわからない。

 

「パーティでちまちまイノシシ狩ってよ。そろそろ一週間だ。初日から数えりゃ、もう二週間だぜ……。なあ、オレら、このままでいいのかよ……」

 

 ぽつぽつと石畳(いしだたみ)に落ちる声は、灰の中で(またた)織火(おりび)のようだった。ちらちら光って(まき)と空気を欲しがっている。僕が気安く挑戦を受ければ、すぐに燃え上がるはずだった。

 

「よくないの……。このままでいいじゃないか。死ぬまで猪、狩ってればいいんだ」

 

「お前、変わったな」

 

 その一言が、今のところ僕には一番効果的な挑発だったかもしれない。

 

「どこが……」

 

 そんなことをいわれるほど、付き合いは長くない。

 

 僕のなにがわかるっていうんだ。

 

「初めて会ったときゃあ、もっとトガッてたろ。一人でなにもかもブチ殺しそうな雰囲気(ふんいき)だったじゃんか。お前ならわかってくれるって思ったんだよ……。過保護なケイタや、堅物(かたぶつ)のテツオじゃダメなんだよ。なあ、わかんだろ? このままじゃどうしようもねーって。いつまでもこんなこと続けてらんねーって。なあ……」

 

 彼の言葉の一つひとつが、やすりみたいに僕の頭蓋(ずがい)の内側をざりざりと(こす)っている。目眩(めまい)がする。下の石畳(いしだたみ)が台風直撃前の夜の海みたいにのたくっている。現実感が遠のいてゆく。

 

 僕が黙って異様な感覚を(こら)えていると、彼はもう一度、なあ、と(ふし)くれ立った声を張り上げた。垂れた前髪の下から覗く目は、山猫のそれのように炯々(けいけい)と光っていた。

 

「なあっ、逃げんのかよ?!」

 

 叫びが夜闇に消えてから、たっぷり三秒。 

 

「……わかったよ」

 

 自分に確信が持てない。熱に(おか)されたような気分で、僕はその勝負を受けてしまった。

 

「ハ……ハッ……そうだよ……それでイイんだよ……」

 

 彼はうわごとのように呟き、落ち着きのない様子でメニューを操作してから、僕のカーソルを指差す。ウィンドウが浮かび上がる。

 

【Dacker から 1vs1 デュエルを申し込まれました 受諾しますか?】

 

 初撃決着モードの(らん)にチェックを入れる。YESボタンに慎重に触れる。

 

【DUEL Mode Accepted!】のウィンドウが閃くと、彼はぶるりと一度、身を震わせてから歯を()いて笑った。

 

 カウントダウンが表示される。残り60秒。

 

 彼が左腰の鞘から右手でダガーを抜いた。こちらに右半身(みぎはんしん)を真っ直ぐ向けた右真半身(みぎまはんみ)の姿勢で、腕を伸ばして刃を突き出してくる。左手は背中に回して引っ込めている。武器で相手を突き放し、自分の身を守る、基本に忠実な構えだった。ディアベルに似ているが、もっと腰が低い。まだカウントは始まったばかりなのに、突進の攻め気を隠せていない。いや、隠す気がないのか。

 

 そのままじりじりと、不安定な()り足で距離を詰めてきた。「おい、お前も、構えろよ……」呟きが届く。

 

「ほんとうに、やる気なんだね……」

 

 応じて、僕はメニューウィンドウの装備欄を操作。左の腰に、燐光(りんこう)を発して彼のものと同じダガーが出現する。右の順手で引き抜いて、刃で首を覆うよう、(あご)の前に据える。右足を引いて浅い左半身(ひだりはんみ)になり、両の(ひざ)とつま先を(つか)って、上体をやや引き、けれど重心は左のつま先に。

 

 (ひじ)を直角に折った左腕を内に(たた)んで自分の下腹(したはら)に据えた。

 

「……それでフリッカーでも打つつもりかよ」

 

「知ってるんだね。はじめの一歩、読んだ……」

 

「ああ、全巻(そろ)えた」

 

「趣味が合うね。決闘はやめにして、マンガの話、しない……」

 

「やめようぜ。ここじゃ読めもしねえのに。むなしいだろ、そういうの……」

 

 カウント、残り15秒。距離、3メートル。

 

 彼は構えを変えていない。あの姿勢からすぐにモーションに(はい)れる短剣ソードスキルはないはずだ。彼のレベルも、スキルの熟練度も、僕と差はない。僕の知らない技を打ってくることはない。

 

 通常攻撃で(きざ)んで、(すき)を作る気か。

 

 残り15秒。彼はゆっくりとした前進を止めない。カウントを待たずに仕掛けてくる? いや、彼はそういうタイプには見えない。今のところ開戦に備えて間合いを計っているだけだ。

 

 10秒。彼がじりじりとした前進をピタリと止めた。もう、半歩踏み込めばダガーが互いの喉笛に届く距離。

 

 ギラついた目で、睨みつけてくる。 

 

 このプレッシャーはなんだ。模擬戦と同じようにやれば間違いなく勝てる相手であるはずなのに。勝つ? この男に? システム障壁のないところで斬ったり刺したりして? もうこの世界は遊びじゃないんだぞ?

 

 まただ。あの感覚。足元から現実感が消えてゆく。眩暈(めまい)がする。

 

 カウントが進むごとに圧力は増している。もう猶予(ゆうよ)はない。受けたデュエルは開始までキャンセルできない。5、4、3、2、1――――、彼が前傾してダガーを握った手首を小さく返して力を溜めた。突きが来る!

 

【DUEL!!】

 

 ウィンドウの閃きとまったく同時に、僕らの腕が交差、衝突した。僕は地を(すべ)るように跳び退(すさ)りながら左腕を跳ね上げ、彼の手首を上段に払い飛ばしながら下がった。これで彼の構えは崩れた。次の一撃までには()が――――ない。

 

 彼はすかさず歩み足で踏み込むと、(たい)を入れ替え、逆の左手で掌底(しょうてい)ロングフックを放ってきた。

 

 体格からは想像もつかないくらいに伸びてくる(、、、、、)一発を、とっさに首を振って(かわ)した。(あご)(かす)める。危ない。

 

 追撃が止まらない。彼は(たい)を開いて身を屈め、走り込むように前傾ですっ飛んできながら何度もダガーを(ひらめ)かせた。二の腕、肩、左目を狙って突き、突き、突き!

 

 弾き、()らし、最後の一刀を払い落したその手を(むち)の要領で(ひるがえ)し、その甲で彼の鼻面(はなつら)を打った。日本拳法(けんぽう)式、面打(めんう)ち!

 

 パアン! と引っ(ぱた)きながら、下がる。

 

 終わった……? けど、デュエル終了の表示が、まだ出て、ない……。

 

 伏せった彼の顔面が、打撃を喰らったとき独特の、面が赤く光るダメージエフェクトで、染まって――――

 

「オイ、ンだよそのしょっぺえ技はァ……」

 

 鬼の顔だった。

 

 顔面に凄絶(せいぜつ)な笑みを貼りつけた彼が再び突っ込んでくる。

 

 たとえ現実で鼻や目のフチの骨を叩き折る打撃であっても、システムに強攻撃と認められなければ意味がない。今の僕のステータス、それも素手では、体重の乗らない一打でデュエルを終わらせるに足らない。

 

 彼の連斬連突(れんざんれんとつ)を、僕は素手の左手で(さば)き切り、ときに返しの面打ちを放ちつつ、左右に構えを切り替えて(たい)を横に振りながらひたすら下がる。受けに使っている左腕に刃が何度も(かす)り、真っ赤なダメージエフェクトが(やみ)に尾を引く。彼にはなんの迷いもない。僕が顔面を打つ(たび)に彼のHPバーはわずかに……ほんの0,5%ほど削れるが、まったく構う様子はない。反撃を浴びることを考えていない捨て身の特攻は、しかし凄まじい気迫で僕を圧倒していた。

 

 なんだよ……、なにをそんなに、必死に……?!

 

 僕は恐れた。怖くて怖くて下がり続けた。彼の技や武器ではなく、彼を駆り立てる得体の知れない想いを恐れた。それは僕が目を(そむ)け続けてきたなにかだった。僕らが笑って酒盛りしている(あいだ)にも、それはアインクラッドに満ちていた。そして彼を(むしば)んだのだ。

 

 とにかく彼を近づけたくなくて、猛攻を(さば)きながら後退を続けると、ふと、ドスッ、となにか柔らかいものに背をぶつけた。

 

 訓練用のカカシ。誘導された。

 

「――――?!」

 

 彼が身を屈めた。左半身(ひだりはんみ)で右のダガーを腰に引きつけ、薄闇に鮮やかなライトエフェクトが――――

 

 突進、重単発突き、【スラストチャージ】。

 

「ォオッ!!」

 

「くっ――――?!」

 

 刹那(せつな)、このギリギリの窮地(きゅうち)において、型稽古に()り込まれた動きが僕を助けた。

 

 右の(ひざ)の力を抜く。左の腕を跳ね上げて、彼の手首を打ちながら、(すべ)るような()り足で右斜め前に出て彼の側面に回り込む。

 

 今、【サイドチョップ】を放てば、彼の喉を()き切れ――――

 

「――――ッ」ドス、と彼の首を、右のダガーの(つか)で打った。

 

 彼の脇を抜ける。そのまま背後に回る。ステップ。下がる。下がる。

 

 そして彼が、背を向けて(うつむ)いたまま、追ってこない。

 

「……っけんな」皺枯(しわが)れた声を、震わせて。

 

「……?」

 

 彼が振り返りながら、首の脇でダガーを立てた。まだ【スラストチャージ】はクーリングタイムを終えていないはずだ。あの構えからこの距離で打てる技は、【アサルトチョップ】あたりか? いや、いくらなんでも、そんな見え透いた……

 

 ライトエフェクト。

 

「――――ふざッけんなアッ!!」

 

【投剣】。【シングルシュート】。

 

 とっさに思い切り()()った僕の鼻先を、銀の光が(かす)めて走った。

 

 彼の気迫に押されたように、僕はそのまま(たい)を戻せず、尻餅(しりもち)をつく。見上げた先、激情に燃えてこちらを見下ろす瞳があった。

 

 彼は煌々(こうこう)と殺気を光らせながら、そのままゆっくりと歩み寄りつつ、ウィンドウを閃かせてなにかの操作をした。指を窓に走らせる(あいだ)じゅう「けんな……、ざけんな……」と呟きを続ける。予備のダガーが右手に光ると同時、へたり込んで動けない僕の真上に、ネコ科の猛獣みたいに飛び掛かってきた。

 

「ァアアアアアアアァアアアッ!!」

 

 直上(ちょくじょう)。【スタブ・フォール】が降ってくる。

 

「ぐっ……?!」

 

 戦意はすでに尽きていた。もういい。やめてくれ。早く終わってくれ。けれど現実の戦いの中で僕に染みついた技がこの()に及んで負けを認めてくれなかった。

 

 逆手持ちダガーが僕の胸倉(むなぐら)に突き入れられようとする刹那、僕は背を石畳(いしだたみ)に預けるように後ろへ倒れ込みつつ、左手を彼の手首に(から)めて逸らし、そのまま(そで)を取り、覆い(かぶ)さってくる彼の下腹に右の蹴りを打ち込んだ。

 

 不安定な片手支持(しじ)の変則(ともえ)投げは、寝転んだ僕の左脇に、彼を半端な角度で着弾させた。

 

 放せば斬られる。彼の右(そで)を握り締めたまま転がり起きる。右の(ひざ)を起き上がろうとする彼の左肩に突き立てて押さえ込む。僕の右手は()いている。ダガーを握ったまま空いている。

 

「オイ、斬れよ……」

 

 ダガーを振り被ったまま動かない、動けない僕に、熱した汚泥(おでい)みたいな声が(まと)わりつく。この体位(たいい)、僕の優位(ゆうい)にあって、けれども彼は狂気にギラついた目で見下(みお)ろすみたいに(にら)み上げてくる。

 

「……ッ! ……ッ!!」

 

 動けない。

 

「斬れッつってんだろォ?!」

 

 ガシ、と、僕の(あご)胸倉(むなぐら)になにかがぶつかって、後ろに押し倒し、違う、引き倒した。彼の両足が背後から絡みついてきたのだ。

 

 背中を石畳(いしだたみ)に打ちつける。体位が入れ替わる。腹が圧迫される。僕の上に(またが)った彼が見下ろしてくる。僕の左手はここまでやってなおも負けを拒んで、彼の右(そで)(つか)んだままだ。武器を振れない彼は左の拳を打ち落としてきた。

 

「本っ、気でッ! やりやがれ!!」

 

 ガン、ゴンガン、と続けざまに放たれる拳を、右の手首と外腕(がいわん)で打って逸らす。ダガーを握ったままの手の、ぎこちない防御を抜いて、何度か頭部を打ち据えられる。バーチャルな衝撃に揺さぶられる頭でぼんやり思考する。おい、なんで僕は武器を手放さないんだ? どうしてこんなもの持ってるんだ。なんの役にも立たないのに。どうしてこんなことしてるんだっけ。これはなんのための戦いなんだ?

 

 ついに彼が僕の左手を()じ切るように払った。ドスン、と胸倉(むなぐら)を左手で(つか)まれる。右のダガーが振り被られる。このままだと、刺され――――

 

 ヒュパ、と。

 

 僕はついにそれをやってしまった。

 

 狙ったわけではなかった。瞬間、恐慌(きょうこう)に駆られて振り払った右手のダガーが、彼の左の内腕を浅く裂いた。腹の上から重みが消える。燐光を噴き出す赤い線形が――彼の腕のダメージエフェクトが、尾を引いて離れてゆく。2レベル分のレベルアップボーナスをほとんど敏捷(びんしょう)に割り振っているだろう彼は、僕自身が意図しなかった攻撃から素早く手を引き、僕の上から飛び退いて、再び立ち上がって戦闘態勢をとった。

 

 終わりじゃないのかよ。システムはなにやってるんだ。だって、斬ったぞ?

 

 僕は、この手で、彼を、刃物で、凶器で、斬ったぞ? 

 

 今のを強攻撃だって認めてくれないのか。だって、そんな、こんなの終わらせるには、本気で斬るしか――――

 

 僕は自分でも知らないうちに、まるでそういう人形のように立ち上がっていた。なんで立ってるんだ僕。もういい。そうだ、降参してしまえばいいのだ。どうやるんだっけ。思い出せない。 

 

 彼は笑っている。クツクツと、構えた肩を震わせている。

 

「やっと、斬ったな……」

 

 そうだ、思い出した。負け宣言すればいいんだ。今すぐ、降参、とか、リザイン、とか、はっきり口に出していえば、それがシステムに認めてもらえれば、こんな馬鹿げた勝負はすぐに終わるのだ。口を開く。

 

 声が、出ない。

 

「オイ、どうした。続きやろうぜ……」

 

 ひゅう、ひゅう、という沸騰(ふっとう)しかけの(なべ)()(ぶた)みたいな音が、僕の喉が鳴る呼吸音と気づくのにだいぶかかった。

 

 声が(かす)れて喋れない。まるで悪夢だ。タチの悪い夢にうなされている。

 

「こいよ……、なにしてんだ……」

 

 彼の頭上のHPバーを見る。棒線の端に、一割近くも空白がある。

 

「こいっつってんだろ……!」

 

 息が苦しい。視界は暗く、狭い。

 

「こいよォ!! かかってこいッつってんだろオッ?!」

 

「い、嫌だ……」

 

 実際は、ひゃだ、とか、そんな発音だったかもしれない。

 

 けれども彼は(かす)れた僕の言葉を正確に聞き取ったらしかった。

 

「んだよ、それ……」

 

 その顔面から表情が抜け落ちた。構えが()ける。

 

 つられて、僕も両腕を下ろした。息が、やっとできる。

 

「オレなんかとは本気でやってらんねーって、そういうことかよ……」

 

「だって、こんなの、意味ないだろ……」

 

 彼は(ぼう)、と僕を見つめた。次に、自分のダガーを目の前に持ち上げ、薄闇に白々しく光る刃をやはりじっと見つめた。

 

「……そうかよ」ぼそり、と呟いた次の瞬間。

 

 彼は逆手(さかて)(ひるがえ)したダガーを自分の左胸に思い切り「やめ……!?」突き立てて、そのまま右の脇腹まで()(さば)いてみせた。闇に毒々しい赤が噴出(ふんしゅつ)する。僕が今まで見た中で最も苛烈(かれつ)なダメージエフェクトだった。

 

【YOU WIN!!】

 

 鮮やかなシステム窓が、僕の敗北(、、)を告げた。

 

 彼のHPバーは、事態の展開に対してむしろ遅すぎるくらいにゆっくりと動き、たっぷり半分近くまで中身を減らしたところでようやく止まって、デュエルが終了したことにより不可視状態となって消えた。

 

 (うつ)ろな(つぶや)き。

 

「そうだよ、意味なんかねーよ」

 

「……なんで」

 

「だから意味なんかねーよ。なにもかもムダだ……」

 

 彼の言葉が夜闇に溶けて消えていっても、僕は(うつむ)いて拳を握りしめ、突っ立っていただけだった。動けなかった。

 

 僕の沈黙を拒絶とみたか、彼はひとつ舌打ちすると、ひどく頼りない足つきで小さな背を(ひるがえ)して、こんな台詞を背中越しに投げてきた。

 

意気地(いくじ)なしが。サチとデキ上がって(のう)味噌(みそ)溶けてんじゃねーのか」

 

 彼が走り去り、軽く、けれど落ち着かないリズムの足音が夜闇に消え去るのを待って、僕は(ひざ)をついて、両腕で自分の肩を抱いた。

 

 実感に(とぼ)しい身体(からだ)の胸元で、心臓だけが白々(しらじら)しく鼓動(こどう)して、僕の空白を響かせていた。

 

「落ち着けよ……」

 

 (つぶや)きは誰へのものだろう。自分か、ダッカー君か、死に急ぐ名も知らぬプレイヤーたちか。

 

 彼女に会いたかった。

 

 彼女の(そば)にいれば、その声を聴けば、僕は生きていける。この隙間(すきま)()まるのだ。

 

「もう戦うことなんかないんだよ……」

 

 脳味噌溶けてる。そうかもしれない。いけないのかよ。

 

 そうして僕は生まれて初めて、挑まれた勝負に背を向けた。彼との戦いが、そのくすんだ情熱が僕にもたらす変化を恐れた。逃げたのは僕だ。彼じゃない。

 

 これは僕の負けだ。でもそれでいい。

 

 これでいいはずだ。

 

 

 




【次回予告】【またまたサービス回!!】

 彼女への想いを募らせながら、夜、布団の中で情欲を持て余すティジクンの耳に入る怪しい喘ぎ声。隣の部屋では謎の美少女が同じく情熱を(たぎ)らせていた。

 吸い寄せられるように少女の部屋を訪ねるティジクン。このまま溢れる想いをぶつけ合ってしまうのか?!

 次回、突撃! 謎の美少女のお部屋訪問!!

 括目(かつもく)して待て!!
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