そいつは売ってやれないんだ。息子がはじめて狩ってきた、イノシシの牙であつらえた記念品でねぇ。
他のヤツで気に入ったのは……、いやすまないね、ロクなもんがなくって。同じのを出してやりたいが、材料がなくってさ。
――もう一週間も前のことだ。
ほの暗い、ホコリっぽい、不思議な小物屋で、くたびれた老婆はそう僕に詫びた。
なにかお困りですか、と。僕はそこで、クエスト受諾のための定型句を口にした。
息子がおっ
息子はねえ、長いこと狩人をしていたんだよ。そりゃあもう、長いこと。15んときから、こないだ死んじまうまで30年も。剣と投げナイフの名手でさ、イノシシやデカ虫どころか、得物を持った亜人の群れでも相手になりゃしなかったよ。あっちの村もそっちの村も、自然を荒らす大きな獣や、人里を狙うはぐれの亜人が出るたんび、あの子に用心棒を頼んだもんさ。昔はねぇ、この街で売ってる服や小物や料理の材料のほとんど全部を、あの子がひとりで怪物から引っぺがして
……ああ、ホントにあの子は死んじまったんだろうかねえ。なんだか今にもそっから出てきて、ただいま母さん、ってさあ。今日の獲物は上手く殺せたから、臭みのない、いい肉が取れたとか、
だってねえ、最期の夜も、いつもの調子で出てったんだよ。黒い毛皮の、えらく強くて乱暴なイノシシが出たそうだから、ちょっとやっつけてくるって。あたしゃ、ああ、そうかい、気をつけていってらっしゃいって、いつもとおんなじふうに見送ってさ。まさか二度と帰ってこないだなんて思わないじゃないのさ。今でも信じられないよ、あたしゃあ。信じたくないよ……
ああ、すまない。お客さんについ、長話しちまって。独り身で歳を喰うとこれだから……。ええと、そうそう、牙の首飾りの話だったね。作ってやりたいが、それには剣士さんが自分で材料を取ってきてくれないと。どうだい? 仕入れを手伝ってくれないかい。話につき合ってもらった礼ってわけじゃないが、十本も牙を持ってきてもらえりゃあ、ひとつタダであつらえてやるさね。なに、街のオモテの草原に出歩いてる普通のイノシシの牙でいいさ。
ああ、黒いイノシシを見かけたら、決して深追いするんじゃないよ。強くて速いからね。特に、剣の柄を頭から生やした馬鹿でかいのには絶対に手を出しちゃいけない。そうさ、あの子を
死ぬからね。
この一週間、この一連の話を、僕はクエストを受けるために毎朝聞いた。肉屋と服屋の方にはケイタ君たちが持ち回りでいっていたけれど、このクエストは毎回僕が、ひとりで受けた。クエストは達成報告のときにパーティを組んでさえいれば、
けれども、次の日の朝にまた僕がひとりで訪ねたときには、やはり彼女は同じ話をして、同じように悲しみを滲ませる。きっと、このクエストを受けるプレイヤーがいる限り、何度でも同じように悲しむはずだった。
クエストを受けるときは、毎回僕が、ひとりで彼女を訪ねることにしてもらった。決まったセリフを吐き出すだけのコンピュータを相手に、自分でもつまらない感傷だとは思うけれど、この人の悲しみを、戦いに出る前にどうしても受け止めておきたかったのだ。
共感があったのだ。生きた人間も、似たようなものかもしれない、と。いつも同じようなことで笑って泣いて、今は閉じた世界で、悲しみを繰り返している。
抜け出せないのだ。それとも僕は抜け出したくなかったのかもしれない。
そしてダッカー君はきっと、悲しみを終わらせるためにひとりで出ていってしまった。
次回こそ、今度こそ、【Frenzy Night】です。
そして戦闘回です。集団戦の描写がかなり難航していますので、お届けが遅れるかもしれませんが、どうか今後ともよろしくお願いします。