SAO外伝 血の盟約の下に   作:佐藤 黎曜

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 大変、長らく、お待たせいたしました。

 言い訳とか今後の展望とかは別途お知らせ申し上げます。

 


狂乱の終わり

 穴倉から飛び出した先は、さっきとまでとはまったく違った世界だった。

 

 後ろから彼女になにか叫ばれたような気がするが、ひとまず穴の中においていくしかない。

 

 戦場を見る。()が崩れている。これまで円形を保って周回を続けていた獣たちは、てんでバラバラに凄まじい速さで入り乱れていた。ときどき猪同士でぶつかっているのも見える。こいつらは僕を狙っていない。ただ闇雲に駆け回っているだけだ。どうもプレイヤーをターゲットすることはもうないらしい。けれども凄まじい大群で、また動きに規則性がないことから、かえって移動が困難になっている。いったいどうしたというんだ。なんだこれは。

 

 僕はステップを使ったフットワークで獣たちをかわしながら、デカブツを探した。探す必要はなかった。

 

 ドン、ドン、ドン。と、腹に響く嫌な音が聞こえた。見た。11時の方向。音に合わせて断続して土砂が噴き上げている。あれは……、親玉が地を踏み叩いているのか。

 

 ケイタ君とテツオ君の姿がない。おい、まさかあの土煙の中か?!

 

 獣の群れを()(くぐ)りながら、爆心地に近づこうと試みる。だが遅い。くそ、めまいが抜けない。どうしちゃったんだ僕は。さっきの勢いはどうした。

 

 僕がぐちゃぐちゃの軌道で入り乱れている猪たちにまごついているあいだに、親玉は土砂の中から真上に向かって砲弾みたいに飛び出して、高く高くたっぷり10メートルほども昇り詰めて滞空し、架空の重力に(のっと)って落下をはじめる。土煙の晴れたその真下にケイタ君とテツオ君と、紅いフーデッドケープの女性らしき人影が見えて、ヤバい、このままだと潰され……?!

 

 ドッズウゥンッ!!

 

 と、爆音。奴がふたりの居たあたりに着弾した。噴火かなにかと思われた。この窪地が実は休火山の火口で、今まさに溶岩を爆発させたのだと、そういう土砂の噴きあがり方だった。一帯は土煙に包まれてしまう。

 

「テツオっ! ケイタぁああああああ!!」

 

 叫んだ。僕と爆心地の距離は20メートルほどだ。もう悠長に子猪をかわしている暇なんかない。僕は手近な猪を3体続けてかわしたあとの隙を突き、重心を前傾させてステップ回避を捨てたうえ、破れかぶれで向こうへと突っ込もうとした。

 

 ――たく、しょうがねえナ。

 

 と、そんな囁きが風に乗って聞こえた。

 

 そして、それこそ風のように僕の脇をすり抜け、ソードスキルのライトエフェクトと(おぼ)しき光を右手から、ときには全身から断続的に振りまきながら、入り乱れる猪のことごとくをかわし、または斬り裂きつつ、現場に突っ込む小柄な影がひとつ。

 

 さっき僕にポーションを飲ませたヒゲの女が、土煙の中へ消えた。

 

 僕はなんとか現場へ近づこうと猪を掻い潜りながら、ことの次第を見据え続ける。

 

 土煙が晴れる。テツオ君とケイタ君が尻もちをついた状態から起き上がろうとしているのが見えた。残りHPを七割ほどまでに減らして、どうやら転倒(タンブル)を喰らっているらしい。そしてふたりに背を向けて、赤暗色のケープをはためかせ、右手に細身の剣を携えた細身の人影がある。あいつは……、倒れたふたりを庇っているのか。

  

 親玉が馬のように大きく仰け反っていななき、3人を踏みつけようとしている。紅い人物は、剣を脇に引き絞って、上段への突き上げで親玉を迎撃しようと……、無茶だ?!

 

 けれどもその巨大な後ろ足に、ヒゲの女が迫っている。女は眼にも留まらぬ信じがたい速さで独楽(こま)のように瞬間的に回転して、恐らくは斬撃と思われる連続技を叩き込むと、そのまま走り抜けた。

 

 親玉は踏みつけの動作を中断して身を捻り、どうやら猛スピードで逃げ去ってゆくヒゲの女に狙いを変えたらしかった。凄まじい突進で猛追をかけてゆく。

 

「ティジクン!」「回復は済んだのか?!」

 

 起き上がったテツオとケイタが入り乱れる猪を不器用にかわしながら僕の方へ離脱してくる。そして後ろから。

 

「オマエなにしてんだよ?! なんださっきの滅茶苦茶ッ!」「やっほ。みんな無事でよかったねえ」

 

 ダッカー君とササマル君が合流した。男性メンバー五人、これで全員集合だ。

 

 ぐちゃぐちゃに駆け回っている猪たちから身を守るように、僕らは自然と、背中合わせの円陣を組んだ。

 

「テツオとケイタ! 順番にポットローテーション!」

 

 僕が叫ぶと、ふたりが了解の意を示し、ケイタから輪の内側に入った。

 

 僕を含む残りの四人は、自分たちに向かってくる敵だけを単発のソードスキルで迎撃するか、軽めに打って軌道を逸らした。僕はここでダッカー君のいうところの【さっきの滅茶苦茶】で、短剣をどこかに落としてしまっていることに気づいた。さっきまでの僕ならこいつらまとめて蹴り飛ばしながら余裕でメニューを操作して新しい短剣を装備できたのかもしれないが、あの全能感と時間の停滞はもう見る影もなかった。

 

 仕方なく僕は思い切り腰を低くして、ぶつかってくる猪だけを手先から肩口までの関節を柔く遣って受け、足腰の捻りからくる力を瞬間的に伝え、転がして逸らした。沖縄相撲の投げだ。現実世界においてかつての達人は、これで闘牛の首をへし折ったらしい。柔体法と剛体法の合わせ技だ。この世界での僕もなんとか扱える。レベルが1つ足りなかったら危なかったかも知れないが。

 

「でさぁ! これからどぉする?!」テツオが叫ぶ。

 

「どうするって?!」叫び返す。

 

「いまなら、この場から離脱できる!」

 

 いまなら。彼女らがボスの気を引いてくれているいまならば。

 

 狂乱する猪の群れはけれども統制を失っており、窪地の上から飛び掛ってくるやつももういない。雑魚の数はとんでもなく多いが、これ以上の湧出(ポップ)もなくなったようだ。慎重にかわしながらなら外周に外れて、この場を離れることは難しくないはずだった。

 

「向こうで戦ってるふたりはどうする?!」

 

「生き残るようにぃ、祈るよ! 彼らだって自分の責任で戦いに入ったんだ!」

 

 僕は、腹に響く音を鳴らして遠くを疾走する親玉の方を見た。信じがたいことに、奴は味方の子猪を()き飛ばしながら駆けていた。その前方を逃げるネズミの女は、速さそのものでは決して奴に劣らないようだったが、入り乱れる子猪をかわしながら走らねばならないぶん、不利だった。追いつかれ、危ういところで巨体の突進をかわすのが見える。かわされた親玉は軌道上の子猪を片端から打ち捨てながら小回りの効いた旋転でなおも女に追いすがろうとする。

 

 そのわずかな隙を突いて、流れ星が走った。

 

 紅い女の、突進系ソードスキルだった。光の速さで横腹に撃ち込まれた刺突を、けれども巨体は気にも留めなかった。そのまま紅い影を踏みつけにしようとする。土砂が吹き上がる。土砂が吹き上がる。土砂が吹き上がる。

 

 テツオ、スイッチだ。という静かな声に、僕の意識は彼方から引き戻された。ケイタ君だ。

 

「確かにあの場に戻るのは危険だ。ザコの数をある程度まで減らせたら、もうここを離れた方がいい」

 

 沈黙が降りた。猪の鳴き声。親玉の地鳴り。ソードスキルの撃ち込まれる音。打たれたザコ猪が砕ける音。そして、

 

「……ざけんな」ダッカー君の声。

 

 重く乾いた、仲間の声。

 

「オレが、オレが始めた戦いだぞ。なんでッ?! みんな、来てッ?! 関係ねぇヤツまで死にかけてんだよ!! ふざっけんな!! オレの、オレ、が……!!」

 

 声が湿り気を帯びて、そこから先は言葉にならないようだった。

 

「違うよ、ダッカー」  

 

 突っ込んでくる黒い猪を捻って投げ捨て、僕はいう。

 

「僕たちの、だ。みんな一緒だろ、仲間だから」

 

「つまりぃ、あれかな?!」回復を終えて、僕が逸らした猪を殴って捨てながら、テツオ君が叫ぶ。

 

「ボク、こうなるような気がしてた! ダッカーについてくよ!」と、ササマル。

 

「よし、あのふたりを助けるぞ!」と、ケイタ君。

 

「お前ら、チクショウ、死ぬかもしんねーのに……」ダッカー。

 

「シケてんなよダッカー! 作戦! どうする?!」ケイタ。

 

 することは決まった。あとは、どうやるか。

 

「あのデカイのにタゲられたら逃げられる気しないんだけどぉ?!」テツオ。

 

「食い止めながら退がれない?!」ササマル。

 

「バカいってんな!? あのスピード見たろ?! 轢き飛ばされんぞ!!」ダッカー。

 

 僕は向かってくる子猪の両の牙を抑えて廻して転がしながら、これまで得た情報を整理している。

 

 ――お前さん、あの親玉の攻略法に心当たりないカ?

 

 ――ウィークポイントがあって然るべきなんダ……

 

 見逃している。僕らはなにかを見逃している。

 

 ――首を上に振り抜いたあと、技後硬直が……ほんの2秒くらい……

 

 ――ド(たま)に剣を刺されたら普通は死ぬだろうに……

 

 ――額からこれ見よがしに突き出してる剣の柄がそうじゃないかと……

 

 ダッカー君の投剣は奴が頭から生やした剣の柄に当たっていた。けれども効かなかった。効いていなかった? 本当に? 彼が僕らの到着までひとりで逃げ切れたのは、わずかなりにも動きを鈍らせる効果があったからじゃないのか? 

 

 ――さっき横腹にぶつけたときには……

 

 ――さっきお前らがやったアレは偶然ダ……

 

 僕とササマル君が打ち飛ばされたとき、あの親玉はたしかに転んで、2秒ぽっちとはいえ行動不能に陥った。あれは本当に、横腹に突っ込んだ雑魚たちのせいだろうか。

 

 左肩(、、)が痛んでいる。あるはずのない痛みが、なにかを僕に訴えている。

 

「……わかった」

 

 呟く。

 

「ティジクン?! なんだって!?」ケイタ君が叫んだ。

 

「ちょっとだけ僕を庇っててくれ! 武器を出す!」

 

 僕は仲間の輪の内側に入ると、できるだけ速やかにアイテム(らん)を操作した。予備の短剣を左腰の(さや)に装備。さらにダッカー君が昨晩、投げ捨てて置いていった同じ予備の短剣をストレージから直接引っ張り出して、今度は右手に抜き身で持つ。システム的には……、セーフ。両手にそれぞれ短剣を握ってしまうと、余剰装備扱いでソードスキルの発動ができなくなるが、逆にいえば、左手で抜くまではセーフだ。

 

「準備できた! ダッカー! ついてきて、合図したら僕と一緒に投剣でデカブツ狙ってくれ! おびき寄せる!」

 

 残った投げナイフ3本のうち、1本をダッカーに押し付ける。もう後がない。

 

「……やれんのか?! 勝算あんだな!?」

 

「ああ!」

 

 敵の弱点。たぶんこれで間違いない。

 

「僕たちはどうすればいい!?」

 

 ケイタからも声がかかった。

 

「周りに散って、露払い頼む! 雑魚を減らして! 僕が隙を作るんで合図したら一斉に突進系のスキルでデカブツにかかって!」

 

「……信じてるぞ!」

 

 子猪はもうこれ以上出てこない。(ちり)も積もればなんとやらで、だいぶ数を減らして、間を走り抜けるくらいは、できそうだ。

 

 目標を見る。彼我の距離は、30メートル。親玉が、紅い女とヒゲの女をまとめて()き殺そうと、数匹、子猪を跳ね飛ばしながら駆けている。ふたりが、両脇に分かれてかわした。抜けた奴が、また旋回、突っ込む。同じやりとりを繰り返している。

 

「走って近づく! 走り抜けてターンする瞬間を狙う!」

 

「分ぁった!」

 

 ダッシュ。

 

 斜め前方へのステップ回避を織り交ぜながら、駆ける。ダッカーもついてくる。やっぱりこいつも敏捷が高い。しっかり追いついてきている。彼我の距離、20メートル、15メートル、10メートル……。

 

 奴が旋回、小回りの効いた動きで次の突進に移ろうとする瞬間、「今だ!」叫ぶ。

 

 僕とダッカーの『シングルシュート』が、奴の横腹を同時に捉えた。

 

 奴の視線が、僕らを捉えた。

 

「ダッカー、いったん離れて! あとは僕が!」

 

「ンッとに死ぬんじゃねえぞ!?」

 

 突進がきた。待ち受ける。

 

 猪を避けるにはコツがある。こいつらは見た目より小回りが効くので、近づいてきたときに突進の軌道に対してこちらが横に移動しても、しっかり追いかけてくる。避けるチャンスは、飛びかかってくる瞬間だ。こいつも同じ。ただデカいだけだ。怖がることはない。僕は自分にいい聞かせた。

 

 避けた。

 

 また突進がくる。避ける。また突進がくる。避ける。さらに突進がくる。避ける。しつこく突進がくる。近くの雑魚を的に【スラストチャージ】で高速移動して避ける。敵の攻撃手段が変わるまで、根気強く待つ。

 

 十数度目の突撃に際して、敵の牙が赤く発光した。突き上げが、くる。

 

 大型船の(いかり)を思わせる巨大な牙が、迫った。また、間を見計らって横ダッシュで避ける。そのまま、やや距離を取る。ここだ。まだ終わってない。さっき遠目に確認したパターンどおり、突き上げを空振った勢いで、両の前足を浮かせて大きく伸び上がって、こちらを踏みつけようとしてくる。

 

 敵が、地を踏み抜く瞬間、踏み切って跳ぶ。土砂が噴き上げている。視界が悪い。だが恐れない。事前にもう距離とタイミングはつかめている。跳んで地面から離れていたから、直接の衝撃はなかった。

 

 瞬間、僕は敵へ向かって走り込んだ。

 

 ここだ。敵にほんの2秒ほどの技後硬直がある。無理に攻め込むと、こいつが次に放ってくる連続踏みつけと、飛び上がってのボディプレスが避けられなくなる。だから、ここでダメージを狙って攻め込むことをしてはいけないのだ。やるべきことは別にある。本当は長柄の打撃武器が使えるケイタ君あたりに頼むべきだったのかもしれないが、とっさに彼に向けて上手く説明できなかったし、一発で成功させられなければたぶん死ぬ。

 

 次の踏みつけに備えて伸び上がろうとしている敵の鼻面を、左足で踏み切った。勢いを利用し、上体を左に捻りながら、跳ぶ。

 

 かつて空手には、敵の鳩尾(みぞおち)を踏んで跳び、相手の(たい)を崩してから、そのままの勢いで宙にて顔面を蹴り飛ばす絶技を得意とする達人がいた。それに比べれば大したことはない。敵は重く、四足で、足場として安定していた。

 

 目前、やや上方に、古ぼけた剣の柄がある。敵の額から生えている。

 

 集中。やるしかない。短剣では、たとえシステムアシストを得たにしても、重さが足りない(、、、、、、、)。僕に残された技はこれしかない。慣れだの練習が必要だの、そんな弱気はこの場面で通じない。いくぞ、やるぞ、ぶち抜くぞ!

 

 僕は上体を右下に返し、右、中段の回し蹴りで、その柄をぶち抜いた。

 

「今だァ―――――――――ッ!」

 

 僕は叫んだ。

 

 敵が大きく仰け反って絶叫し、僕の着地の直後、前足から崩れ落ちて地に伏せった。そのHPバーの横に、電撃を模したマークが浮かび上がっていた。スタン状態。一時的に行動不能。

 

 ダッカー君が、テツオ君が、ササマル君が、ケイタ君が、一緒に飛び込んできたヒゲの女と紅い女が、全身にライトエフェクトを(まと)わせてデカブツへと殺到した。一斉攻撃。

 

 敵のスタンがどれだけ続くかわからないが、もうこれでHPを削りきる。僕は地に伏したデカブツの側面から駆け上がってその首元に(またが)った。右の短剣を逆手に持ち替え、左の鞘からも左手で逆手に抜く。いくぞ、僕の必殺技!!

 

 両の手で互い違いに、高速で刃を連続で振り下ろす。秒間12撃とはいかないが、刺して、刺して、刺しまくる!!

 

 名づけて、【太鼓の達人】。 

 

 ほとんど目の前にある敵のカーソルの下、残り四割ほどだった黄色のHPが、ガリガリと削れるのが見える。このまま、最後まで!!

 

 その残り体力が赤く変色し、残り一割の半分を切ったというところで、スタンのマークが消え、敵が勢いよく頭を上げた。僕は左手の短剣をとっさに捨て、親玉の頭から生えた剣の柄を握り、振り落とされまいと(ねば)る。

 

 眼下、ケイタ君たち四人とヒゲの女が散り散りに離脱する中、紅い女だけが、逃げない。

 

 そうだな。お願いしていいかな。もう削り切れるもんな。

 

 仰け反ったデカブツが上半身を落とすのに合わせて、僕の身体が浮き上がる。瞬間、スキルのモーションを起こす。

 

【スタブフォール】。

 

 刺し貫く。合わせて、下で紅い女が細剣を突き上げて、デカブツの鼻先を貫くのが見えた。

 

 ああ、ほんとにきれいな、流れ星だ。

 

 驚いたことに、彼女の剣はその一撃と共に、まるで流星が燃え尽きるように砕け散った。耐久値が全損したらしい。そして。

 

 瞬間、デカブツが空間に()い止められたように静止し、青白いガラス片となって爆散した。

 

 僕は足場を失って不恰好に転げ落ち、受け身も取れずに背中から土に叩きつけられ、それでも、閉ざされた天を仰いで、達成感と共にこうつぶやいた。

 

「……フルコンボだドン」

 

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 




 終活が……、もとい、就活が……

 就職が、決まらんのですよ! (泣)
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