SAO外伝 血の盟約の下に   作:佐藤 黎曜

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 横書きで字がぎっちりだと、読みにくいので、ルビ振ったり改行で隙間を空けたりしてかなり改稿しました。

 この漢字読めない! とか、誤字ってるよ! とか、よろしければ報告おねがいします。

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血盟騎士団

 圏内(けんない)模擬(もぎ)戦闘、戦績(せんせき)

 

 対【空拳(くうけん)】のティジクン。

 

 42戦36勝4敗2引き分け。

 

 気配のなく正確で素早い足運(あしはこ)びと、アクロバティックな空中殺法。そしてなにより、【空拳】の二つ名に恥じない、両の手足から放たれる圧倒的な手数。その手にただ一つの武器を頼りに戦うこの世界の定石(じょうせき)(くつがえ)し、恐らくは唯一の【マスターモンク】である彼はしかし、わたしにはほとんど勝てない。これはわたしが彼より強いというよりは、たぶん相性(あいしょう)の問題で、彼の、変則的な戦法の頼みの(つな)である速度と正確さでわたしは拮抗(きっこう)でき()る。であれば、リーチで勝るこちらが優位になるのは当然だった。そもそも近付けなければ()りも拳も当たらない。だが、油断はできない。現に四本取られている。ギルドメンバーの中ではもっともプレイヤースキルの向上に熱心で、後輩らしい後輩である彼は、熱心な後輩らしくわたしに度々(たびたび)、挑みかかってくる。先輩としての面目(めんぼく)もあるので、これ以上は負けられない。

 

 対【錬金】のアヴローラ。

 

 8戦8勝。

 

 彼女はもともと戦闘職じゃないので、これは当然だ。両手持ちの(つち)、というビルドのせいでもある。彼女の攻撃はとんでもなく重いが、わたしには遅い。彼女の繰り出すあらゆる攻撃よりもわたしの突きの方が早く届くのだから、そもそも攻防が成り立たない。本人は戦闘であまり役に立てないことを気にしていたけど、攻略中のダンジョンに、硬くて重いゴーレムや、盾持ちの屈強(くっきょう)な獣人が出てきたときなどはとても助かっている。それに彼女は気心を許せる数少ない女性プレイヤーであり、クセ者(ぞろ)いでいま一つまとまりに欠けるこのギルドのムードメーカーであり、なにより防具の作成に熟達した鍛冶(かじ)職である。【空拳】のガントレットも、わたしのブレストプレートも、【城塞】の(よろい)も盾も、彼女の手製だ。彼女には彼女の役割があり、戦闘はわたしたちの領分(りょうぶん)だ。彼女にはこのままであって欲しい。

 

 対【静寂(せいじゃく)】のハサン。

 

 11戦11勝。

 

 同じギルドホームで寝起きしているのに、普段彼を見かけることはほとんどない。非常識なことに常時ハイディングを発動させているのだ。このデリカシーに欠ける行為を本当は止めて欲しいのだけれど、訓練の一環だ、と言われれば反論しづらい。ギルド内はすでにこれを容認する空気で、今更わたし一人が輪を乱すのも気が引けた。彼も、さすがに女性メンバーに割り当てられた部屋に忍び込んでくるほど無神経ではない。ないと思う。そうであって欲しい…。悔しかったら看破(リピール)してみなよ、というのが本人の弁で、よぅしそれならば、と細心の注意を払いつつ二階建てのロフトハウスの内外を隅々(すみずみ)まで歩き回り、辿り着いたリビングの隅っこを指差して、「ハサン! 見ているわね?!」などと叫んだ後に、反対側の隅から彼がクツクツと笑いながら現れたのは抹消したい想い出のひとつだ。自分でも言い訳がましいとは思うのだが、この男のハイディングは常軌(じょうき)を逸している。スキル熟練度やレア素材のコートを差し引いても、これだけ見つからないのはどう考えても異常だ。なんらかのエクストラスキルではないかとわたしは()んでいるが、定かではない。仲間内であっても、私たちが互いのスキルビルドやリアルの生活に関して詮索し合うことはまずない。この世界の不文律だ。パーティプレイにおける彼の仕事は、見つけたモンスターにひっそりと近付いて、バックアタックで先制を取ることで、クリティカルが入ると最前線の強敵であっても一撃で倒してしまうこともしばしばだ。悔しいが攻略への貢献(こうけん)(かんが)みれば、彼は確かに有用だった。仕方がないので模擬戦(もぎせん)()さを晴らしている。アンタ絶対わたしたちの部屋入ってくるんじゃないわよ、という想いを込めて一生懸命に喉笛(のどぶえ)を突いている。けれども最近やっぱり見つからない。逃げたか? いや…、居るはずだ。そのうちに、絶対に、見つけ出してやる。そして体中に風穴(かざあな)()けてやるのだ。

 

 対【貫徹(かんてつ)】のランチア。

 

 19戦7勝9敗3引き分け。

 

 細剣使いであるわたしは、槍使いである彼に対して、同じ突き技を扱う者として勝手にライバル意識を持っていて、本当は模擬戦も、もっと数をこなして勝率をせめて五分にまで持っていきたいのだけれど、のらりくらりとかわされている。(かん)(さわ)ることにどうも副団長の【旋風】に気があるようで、なにかにつけて彼女に絡んでいる。模擬戦も彼女によく頼んでいる。御教授(ごきょうじゅ)願います、だなんていって下心が見え見えである。どうしてわたしとの戦いを避けるのか、と問い詰めたところ、「だってお前さん、怖いもんよ。楽しくねぇ…」だなどと女々(めめ)しいことをのたまう。ふざけていると思う。戦いに身を置く者として、怖いのはむしろ当然ではないか。それに、なんだ、楽しくない? 訓練なのだ。遊びではないのだ。いずれ、その(くさ)った性根(しょうね)を刺し殺してやりたいと切に思う。こんなふざけた男がわたしより強いだなんて許せない。

 

 対【城塞(じょうさい)】のフォート。

 

 25戦7勝2敗16引き分け。

 

 やたらと引き分けが多いのは、戦いが膠着(こうちゃく)しやすいからだ。わたしはどうしても彼の防御を抜けないし、彼の攻撃はどうしたってわたしに当たらない。両手に盾、というとんでもないスキルのせいだ。【双璧】という名のエクストラスキルで、公開されている情報によれば、【盾装備】スキルをコンプリートした上で、しつこく敵を盾で殴り付けることで取得できる、らしいが、わざわざ好き好んでそんなことをするプレイヤーはまず他に居ない。盾の基本攻撃力はゼロだ。どんなオブジェクトも、重さと速さと硬さを物理演算(えんざん)にかけて、結果が閾値(いきち)を超えれば、攻撃判定を持ち得るけれど、その場合、まともな武器攻撃の五分の一程度の威力が出ればいい方だ。例外は団長の【神聖剣(しんせいけん)】くらいのもので、だったらもう片手に握った武器を振った方が効率的である。どうしてそんな戦い方を選んだのかと聞けば、「副団長を絶対に守り抜くためだ」という、男気(おとこぎ)(あふ)れる答えが返ってくる。当然壁戦士としてはとんでもなく有能だ。自ら突っ込んで敵の攻撃を(はじ)き飛ばすアグレッシブなディフェンダーである。鉄壁という言葉が鎧を着て盾を持って歩いているみたいな男で、圏内だろうとギルドホームの中だろうと絶対に装備を除装しない。普段から戦闘用の装備に慣れるためだそうだ。この男を見習って、わたしも一時期、風呂と睡眠以外では武器防具を除装せずに生活していたことがあるけれど、当の【旋風】に、「暑苦しいのは一人でいいよ…」と(いさ)められてしまって、ちょっとだけ傷付いた。以来、ギルドホームの中では部屋着を着ている。

 

 対【暗闇】のレイラ。

 

 

 この不可解な二つ名の由来は、よく知らない。わたしたちの二つ名は、みんな団長に拝命したものだけれど。

 

 32戦22勝10敗。

 

 彼女は、片手(こん)を使う。あとで知ったことだが、この武器は非常に扱いに困るマイナー武器であるらしい。別に特殊条件付きのエクストラスキルというワケでもないのに、あえて数ある武装の中からこれを選ぶ人はほとんどいないそうだ。打撃武器のクセに軽過ぎる、というのが主な理由だ。要は鈍器(どんき)なので、刃がない。鋭さパラメータがない。攻撃力を慣性と遠心力に大きく依存(いぞん)する。同じ重量の鈍器(どんき)と剣なら、当然威力は剣に分がある。そして岩肌のゴツゴツしたモンスターや、戦士系のガチガチした盾を打ち抜くには、どうしても相応(そうおう)の重量と、それを梃子(てこ)と遠心力で累乗(るいじょう)する長さが必要なのだ。だから鈍器のクセに軽くて短いこの武器は、帯に短し(たすき)に長し、というやつで、武器としてあまりに中途半端だ。しかし彼女は、これを、恐らくは、このゲームの中で誰よりも(うま)く扱う。元からそういう生き物であるように腕と一体になってヘビみたいにしなる打突(だとつ)は、ときに思いもよらない死角から、ときに武器攻撃など用を成さないと思われる密着距離から、ときに地を()うような超低空から、執拗(しつよう)に絡みついて()みついてくる。さらにこの人の技には得体(えたい)の知れないところがあって、直前まで遠間(とおま)で打ち合っていたはずなのに突然真横や背後に現れたり、互いの武器が(こす)れたと思ったらいきなり構えを大きく(くず)されたり、極めつけが、組み技に(つか)み技だ。【骨折】のバッドステータスや、【頸部(けいぶ)圧迫】ダメージなるものの存在を、彼女と戦って初めて知った。【空拳】も大概(たいがい)だが、この人はもっとおかしい。そして彼女をスピードで上回るはずのわたしに、一体全体なにをどうやってそんな技をかけるのか、体感したわたし自身にもさっぱりわからず、仕方なしに当人に(たず)ねてみると、身振り手振りを交えて一生懸命に説明してくれる。こんなふうに。

 

 レイラさんと戦ってると、武器同士がぶつかった瞬間に突然構えが大きく崩されることがありますけれど、どうやってるんですか? お互いの武器の重さや、衝突の速さと角度を考えても、わたしだけが打ち負けるということはないはずなんですが……

 

「チリ、ってしたときに、こっちとそっちが波打ってたら、それを重ねてひとつにするの。そしたらシュインってしてもいいし、シュラア、でもいいんだけど、気をつけなきゃいけないのは、初めからシュインとかシュラアじゃダメなのね? チキン、でも、チャジ、でもダメで、とにかく最初がチリ、で、なおかつ波打ってないとダメなの。グルグル捻れてると絡まっちゃうから、だから波、ウェーヴなのね? そしたら揺さぶって、千切るの。千切られたらポーンて抜けちゃうでしょ? そういうことなの」

 

 どういうことなの……?

 

 ええと、レイラさんは組み技を使いますよね? 圏内の模擬戦で相手を無理に押したり引いたりしても、普通アンチクリミナルコードが働いて動かせないはずなんですが、どうしてこれが発動しないんでしょうか?

 

(まく)、が、あるのね。相手の体に。あんまり強くするとこれが開いちゃうの。バリヤァー! て感じで。それにグッてするとグイって返ってきちゃうのね。だからこう、うねうねってして、あ、そうだ! そう! ウナギ! ウナギ掴みの感じなの!! 兄さんにね、連れてってもらったの! お祭り! あたしいっぱい掴めたんだよ!! 美味しかったなあ、蒲焼(かばや)き……」

 

 ……それは、美味しそうですね。

 

 あ、あの、わたしの最後の【リニア―】、どうやってかわしたんですか? ガードを(ひら)いて後ろに()け反ったあなたの、鳩尾(みぞおち)の真ん中にこの上ないタイミングで突き込んだんですけれど…

 

「あのね、光の線がパアッて走るから、フアッてまわって、グニッて歪めちゃうの」

 

 突然消えたように見えたんですが……。

 

「輪っかと線がかわりばんこに突っ込んでくるから、間を通り抜けるの。そしたら、世界の外に飛べるから、相手の世界の外とか内から、自分の世界の中に相手をガバッて入れちゃうの。わかる?」

 

 ごめんなさい全然わかりません。

 

 戦績はわたしの方が上で、勝率も上がってきているのだけど、やっぱり時折、正体不明の、いわゆるシステム外スキルに惨敗を喫することがある。いずれ実体を看破りたいが。

 

 戦闘を差し引いても、わたしはどうもこの女性が苦手だった。【貫徹】や【静寂】のように露骨(ろこつ)な不真面目さこそないものの、地に足が付いていない、ふわふわとした雰囲気が。見た目は二回りほど年上のお姉さんなのだけれど、もしかしたら発育が過剰なだけで12歳くらいなのかもしれない。いえ、まさかね……。

 

 得意は、聞き耳スキルを併用した広範囲索敵(さくてき)だ。ダンジョンの探索にとても役立っている。

 

 対【刈穫(がいかく)】のリュカ。この、穀物(こくもつ)を刈り取って収穫する、という意味の難解な熟語は、けれど二つ名として定着しなかった。もっと端的で分かりやすい通り名があるからだ。

 

【死神】。

 

 34戦20勝14敗。

 

 エクストラスキル、【大鎌】を使う。フーデットケープを目深(まぶか)に被り、巨大な得物を携えてユラユラとフィールドを徘徊(はいかい)し、モンスターの命を無慈悲に刈り取る姿はまったく恐ろしい死神そのものだが、彼女が女の子であることを知る者はうちのギルドメンバーと一部の攻略組プレイヤーだけだ。(かたく)なに口を(つぐ)んで顔を隠すその()りようには自分にも覚えがあるので深くは追及しないが、その格好で夜中にギルドホームの内外を徘徊するのはどうにかして止めてくれないかと切に願う。ふと眠りから覚めたとき、自分の枕元(まくらもと)に顔を隠して大鎌を携えた少女が忽然と現れる恐怖を想像してみてほしい。死ぬ。そんなの死んじゃう。やめてお願い許して。

 

 戦闘においては、広範囲の()ぎ払いや、他の武器ではあり得ない軌跡(きせき)を描く背後からの刈り技でほとんどのプレイヤーとモンスターを圧倒する。わたしもずいぶん負けた。

 

 ところでもともとこのゲーム全体で、習得者が片手の指で数えるほどしか居なかった【大鎌】スキルを、扱うプレイヤーは現在彼女だけだ。他の習得者はことごとく不可解な変死を遂げている。いや、あくまで(うわさ)だ。わたしは信じていない。わたしが情報屋にこの真偽や詳細を確かめようとしないのは、攻略やレベル上げやプレイヤースキルの向上に()てるべき貴重な時間をくだらない怪談話の調査などに割きたくないからで、決して怖がっているわけではないのだ。怖がっているわけではないのだ。大事なことなので二回記述した。怖くない。怖くないったら!!

 

 対【斬鉄(ざんてつ)】のミツルギ。

 

 45戦17勝19敗9引き分け。

 

 名前の通りのカタナ(つか)い。カタナ、には、正直いい思い出がないのだけれど、味方としては頼りになる。ただ、少し危ない人なのだ。わたしはこの人の入団には、最後まで反対だった。人斬り。(つじ)斬り。オレンジ殺し。危険な逸話(いつわ)には枚挙(まいきょ)(いとま)がない。20人以上のオレンジギルドをひとりで皆殺してしまった、とか、初撃決着モードのデュエルで、一撃で相手のHPを全損させた、とかいう話はさすがに大袈裟(おおげさ)誇張(こちょう)が入っているのだろうけど、団長の勧誘を受けたときの彼の言葉には正直背筋が凍った。

 

 ――君らと()けば、人を斬れるかね。

 

 神速の居合斬り。攻防の因果を断ち放つ切り返し。人体を切断することに対する病的な執着。彼は危険です、入団に反対します、と訴えるわたしに、団長は微笑んでこう返した。

 

 危険か。ならば全プレイヤーの安全のため、傍に置いて監視せねばなるまいな。

 

 この男は今のところ攻略にも訓練にも協力的で、ギルドメンバーと実に嬉しそうに模擬戦を行う。デュエルモードを起動しないかね、というしつこい誘い文句にはうんざりするけれど。

 

 対【旋風】のロラン。

 

 59戦15勝41敗3引き分け。

 

 うちの、副団長だ。両手棍を扱う。今、わたしがもっとも敬愛する女性。

 

 両手棍、いわゆるクォータースタッフの遣い手は、片手棍に比べれば数は多いものの、これを完全に使いこなしているのは、間違いない、この世界で唯一絶対、彼女ただ一人だ。

 

 長短自在の多角攻撃、天地を穿(うが)たん突き技一閃、旋回する得物は光の円盤と化してあらゆる技撃(ぎげき)を弾き飛ばし、どこもかしこも滅多(めった)打ちにする。けれどももっとも凄まじいのは、予知能力じみた先読みだ。わたしがどんな順番でどんな角度から、突き、斬り、打ち払い、かわすのかをすべてわかっているとしか思えない動きで両の先端を先回らせ、巧みにカウンターを狙い打ち、関節の駆動域からいって絶対に回避不能の角度から詰めの一手を見舞う。

 

 強いだけではない。

 

 落ち着いて、理知的で、中性的な立ち居振る舞い。団長は時折訓戒(くんかい)めいたものを口にするだけで、指示命令の類はほとんど発さないので、実質的にギルドを仕切っているのは彼女である。団長に加えてこの人物が居なければ、わたしはギルド入団を断って、今頃は天涯孤独(てんがいこどく)のソロプレイヤーとなっていたかも知れない。

 

 彼女の指揮(しき)能力は神懸(かみが)かっている。フロアボス戦において、フルレイド、総勢48人のプレイヤーが彼女の指示に従って動く。彼女が指揮を執れば戦力は実数の三倍の働きをするといわれる。攻略会議にて全員の顔と名前と戦い方をものの五分で完全に把握(はあく)し、敵味方入り乱れるボス戦の最中、まさに中心に立ち、旋風の(ごと)く荒れ狂い自ら敵を()ぎ倒しながら美声を張り上げ指示を飛ばして、即席のパーティに複雑高度な連携を可能にさせる。彼女の指揮する作戦の只中(ただなか)は、一体感と、全能感と、戦う喜びに満ち溢れている。官能すら覚えるのだ。

 

 神様みたいな人だと思った。

 

 皆が彼女に、自ら望んで命を預ける。このわたしさえ。

 

 けれども理性はいうのだ。甘えてはならない。彼女もまた人間なのだ。集団をたった一人のカリスマが統率することの危険性は一層で目にした通りで、一体この人が普段どれほどの重圧に()えているのか、今のわたしの矮小(わいしょう)な心で()(はか)ることはとてもできない。

 

 でも、いつか、いつかは。

 

 この人と並び立ち、同じ景色を見たいと思うのだ。

 

 ところで余談だが、彼女はギルドホーム購入直後、部屋割りの話し合いで、団長と二人にして欲しいと希望して、団長はあっさりとこれを受け入れた。ああ、なんてこと。付き合っているのですかと問うと、そうじゃないよ、と返してくる。ならば何故、と訊ねれば、彼から学ぶためだと答える。わたしがなおも食い下がって男女同衾(どうきん)による風紀の乱れに関して言及すれば、彼を信頼しているといい切る。団長も男なのだから貴女のような魅力的な女性を前にして間違いを起こさないとは限らないと指摘すると、彼女は声を潜めて衝撃的な告白をしてくれた。

 

 

 ――ごめん。おれ、レズなんだ。

   女の子と同じ部屋で寝起きするのは、ちょっと精神衛生上よくなくてね。

 

 

 購入したてのギルドホームの、リビングでのことだった。

 

 メンバー全員がそこにいた。

 

 わたしは自分が彼女を追い詰めて、結果として話さなくともいい性癖をカミングアウトさせてしまったことに思い至り、罪悪感と恥の意識と、もしかしたら自身に襲い来たアイデンティティの危機から、混乱の極致(きょくち)の中で半泣きになりつつ、生涯(しょうがい)で最大の過失となる一言を口走ることとなった。

 

 

 ――だったらわたしと寝ればいいじゃないですかッ?!

 

 

 その後の混乱に関してはあえて記述しない。

 

 

 結局彼女は、笑いを噛み殺した団長に、「さてロラン君、私か彼女、どちらか選びたまえ」と問われて、「ごめんクリフ、やっぱり頼むよ」と答え、そういうことになった。

 

 大声で爆笑していたランチアは後で滅多刺しにしておきました。貫徹、貫徹。ズドーン。

 

 さて。

 

 今まで紹介したメンバーは、頼もしい仲間であると同時に、訓練における手強い仮想敵でもあるのだが、いずれも、勝てない相手ではない。圏内の模擬戦におけるわたしの戦績は、戦いを繰り返すごとに勝率が上がって、一番強い副団長にだって、もう三回に一回は勝てるのだ。

 

 だから問題は、残る二人。

 

 対【聖騎士】ヒースクリフ。クリフ、と愛称で呼ぶのは副団長だけだ。

 

 20戦20敗。

 

 言わずと知れた、団長だ。最強の名をほしいままにする、生ける伝説。このギルドの人間は、皆が皆、彼の声に応えてここにいる。

 

 先にわたしは副団長を、神様みたいな人、と表したが、団長にも同じことがいえるかも知れない。その強さの絶対性、不可侵性において。彼を崇拝(すうはい)するプレイヤーはこの世界に少なくない。彼の戦いを目にすれば、(おそ)れを抱かぬ者はいないだろう。

 

 扱うのは、エクストラスキル、【神聖剣】。習得方法が不明であり、また他に習得者がいないことから、ユニークスキル、と呼ばれることもある。十字をあしらった巨大な盾と、対となる聖剣。しかしただの盾持ち片手剣士とは一線を画する。その盾は、【錬金】の手製であるだけでなく、メンテナンスも強化も彼女にしか、正確には盾作製スキルをコンプリートしたマスタースミスにしかこなせない最強防具である。身の丈五メートル超のフロアボスの攻撃を真っ向から弾き飛ばし、熟練のツーハンデッドメイサーの一撃を受けてピクリとも動じない。ヒースクリフの十字盾を貫く(ほこ)なし、というのが彼を知る者の定説なのだ。よっしゃ、なら俺が一丁ホントかどうか確かめてやんよ、とかなんとかいって特攻した【貫徹】はあえなく玉砕した。「あのオッサン槍が(とお)んねーんだけどマジで……」だそうだ。当たり前だ。

 

 しかも硬いだけではなく、隙あらば剣と共に(ひるがえ)って、突き、斬り、打ち飛ばす。あろうことか盾のクセに攻撃力を有するのだ。「なにそれズルい……」というのは【刈穫】の弁。わたしもそう思う。けれども考えてみれば、最強の人間がすぐ近くに居て、その戦いを間近に感じて、おまけに模擬戦まで付き合ってくれるとなればこれはもう、戦う者にとって最高の環境ではある。もっと喰らいついて一勝くらい、とは思うのだけれど、この人には放浪癖(ほうろうへき)があって、戦いたいときになかなか捉まってくれない。恐らくは迷宮区に(こも)って過激なレベリングを行っていると思われる。攻略組の象徴として、より強くあろうとするリーダーの足を引っ張るわけにはいかないので、ここ最近は、模擬戦を挑むことを遠慮している。

 

 それに、勝ちたい人は、他にいる。あと、ふたりも。

 

 さしあたっては、目の前にいる、最初のひとり。

 




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