ことの起こりは二時間前。よし、まずは
あ、これ
僕は現実の故郷を思い出す。
宿泊施設や観光地にほど近い大通りに
よし、
公式ホームページによると、このゲームの舞台である空飛ぶ鉄の城アインクラッドは、全部で百枚の円盤が支柱に支えられて重なった、巨大な先細りの
その
全面
「……迷った?」
迷ったのならマップを見ればいいじゃない、という発想は、このときの僕にはまだなかった。
不安のせいか、なんだか足元も
どうしよう、と、僕は暗くて狭くて人通りのない小路を見回す。
一度どこかの大通りに出れば、この町のシンボルである大きな黒光りする宮殿が目に入るので、そこを目指して歩けば中央広場には戻れるはずだ。仕切り直すか。
「ふう……」
肉体的な
話しかけてきたのは、地べたに座り込んで
その
敷物の上にある品は、たったの一つきりだった。古ぼけた短剣
システム上のカテゴリは短剣なのだろうけど、剣というよりナイフといった
ええと、これいくらだろう? それに、素人目には良し
「Youそれ買っちゃいなYO」
「うわあっ!?」
ほとんど密着距離、背後から突然響いた声に、僕は条件反射で足首から腰に
バアン、という
弾けた光が
僕が恐るおそるその姿を注視すると、頭の上に浮かび上がったカーソルは、緑色。プレイヤー、の方ですね……、すみません……。
僕がブン
男だった。キレイで怖いお兄さんだった。
落ち
「失礼しましたぁーーーーーーーーーッ!!」全力で謝罪。
両の
やがて、クツクツと、奇怪な音が耳に届いた。笑い声だった。
僕が顔を上げようとすると、シュルリ、と細い腕が首に巻きついてきた。そのままバンバンと背中を
「お前すっげえなあっ!」
ハスキーな
「すみませんっした! すみませんっした! ……はい?」
するり、と
男は、カカカ、と嬉しそうに笑っている。あの、それは哀れな
「あンだよ今の! システムアシストなかったろ?! ああクソぉ、障壁
「す、すみませんでした……、つい……」
もう一度、頭を下げておく。けれど、そんなに怒ってはいない、ようだ。
「イイってイイってイイってことよ。俺もちっとニュービーおどかしてやろうなんて
ひらひらと手を振ってくる。よかった、怒ってない。
それで、ニュービー、というのは、ゲームで新人を表わす
「どうして僕が新人だって……」βテスターじゃないってわかったんだろう。
「歩き方でな。わかるぜ。慣れてねえだろ」
すごいな。そんなことわかるものなのか。どうやって見分けるのか詳しく聞きたかったけど、僕が質問するより早くに彼は大声を上げた。
「それよりお前、その武器だよ武器。ダガー!」
男は例のギザギザした短剣を指差した。これだけ大声で騒いでいるのに売り子のお姉さんは今の今まで静かに座っていただけだった。うわあ、商売人。
「あの、あれがどうかしたんですか……?」
「買いだな。
「ええと」いいのかな。勝手に持っちゃマズいよね。僕はおっかなびっくり腰を落とし、あの短剣を指差して、静かに
「持ってみてもいいですか?」
「どうぞ……」
許可をもらった。「その
あるゲームで、レンタル屋から装備を持ち逃げすると、次から店に入る度に店主に
ゲーム制作会社から、子供たちへの教訓だと思うけど、インチキすると、システム的な
ズルはすまい、と心に
「ほら、ボサっと見てねえでプロパティチェック」
「はい? ええと、どうするんですか?」
「タップだよタップ」
「え、ギブアップですか?」
自分で言ってから、それは違うだろうと思った。案の
「
と、彼は
人差し指で恐るおそる品をポンとつつくと、ウィンドウが開いた。うわあ、英語と数字が、いっぱいだ。
名前は、【Antique Gear Edge】。
読めない。アンティキュウ……? 英語、自信ないのだ。
とりあえず性能に目を移す。けど、目の前の画面と記憶にある電子マニュアルを照らし合わせて、攻撃力や攻撃速度らしき数値を見ても、武器の性能をこうして見るのは初めてで、他の物と比べられないから基準がわからない。
「なんちゃらストレンゼンニングってのを見ろ。いくつになってる」
と、僕が
「ええと、7です。これって、何回
「正確には、失敗も含めて、何回強化を試せるかだ。その数字で大まかなスペックがわかる。表通りで売ってる一番安いヤツはたったの1回。この層のモンスターから百分の一くれえの確立でドロップするブツでも大体5、6回。一つ二つ先の村で、
その言葉にぎょっとした。そんなにイイものなの?
「でも、
「もう買った。コイツだ」
ポンポン、と、背負った剣の
「おいくらでした? それは」
「その短剣と一緒だよ。テメェでオネーサンに
「は、はあ……」
ええと、普通に訊けばいいのかな? 「これ、おいくらですか?」
「四千、八百コルになります……」
よ、んせ?!
プレイヤーに与えられた初期資金は五千コル。その九割強が吹っ飛んでしまう。要はこれを買ってしまうと、他の装備や回復ポーションの
「ビビるか? やっぱビビるよな。それ持ってフィールド出て、万が一にも落としちまったら、このゲーム詰むぜ? だからさ」
彼は背後から再び耳元に口を寄せてきて、
「今それ買うのは、それ一本で、生き抜ける自信のあるヤツだけだ」
どくん、と心臓が
「まぁそういうこったからさ、さっきはああいったけどな、無理にゃあ
ふいっ、と彼はまた僕の背から離れた。僕が背後を振り
「ボサっとしてっと、他のプレイヤーに取られちまうぜ? それ」
「え?」
と、思わず声が出た。
「もうないんですか?」
「ああ。オレが来たとき、そのネーチャンは三本の
彼は売り子のお姉さんを
「だからそりゃあ、もしかしたらユニーク品かもしれねえぞ」
「ユニーク品?」
「このゲームサーバ全体に、ひとつしかねえ超レアもんだよ。この世界に来たばっかで、こんな
「運命……」
僕が
「ソイツぁ
テストプレイヤーでありこの世界の
けれど彼は、ほとんど抱きつくようにして再び僕の肩に両腕を
「戦士なら、その運命を
それで、
長らく忘れていたその気持ちを、思い出した。
僕はお姉さんに向き直って、いった。
「すみません、それ買います」
「ええ、四千八百コルになります……」
僕は
「
立ち上がり、
返事を期待しての
「それが最後の
そこで口をつぐんでしまう。フードに隠れて表情は判然としないが、とても悲しそうな様子だ。僕はもう、彼女が人間でないことを忘れて、続きを
「どうしたんですか?」
訊くと、奇妙なことが起こった。彼女の頭上に、金色に輝く【!】マークが浮かび上がって、点滅を始めたのだ。背後で、長髪の彼が息を
彼女は首を横に振ると。
「いいえ、今やもう、
夢見るように、歌うように。
「旅の剣士さん。あなたがもしも戦い続けて、これから強くなったなら、いずれ再び巡り合うとき、きっとそのとき、力になってね」
ふと、視界の左上でなにかが点滅した気がしたけれど、敷物が
彼女は言葉を終えると、立ち上がって
離れていった。
「あの……!」
得体の知れない
でも三歩目で
顔を上げると、彼女はすぐそこの路地を曲がるところだった。
立ち上がり、今度こそ追う。全力で走って、角を曲がった。
いない。そんな、たった今曲がったばかりなのに。
僕が呆然と立ちすくんでいると、
「うっはぁああああああああああああああああああああああっ!!」
「うわあ!?」
背後からの奇声に、またも同じような反応を返してしまう。彼だった。両手で自分の顔を押さえて、ほとんどブリッジするみたいに強烈に仰け反って
「隠しクエだ! なあクエだ今の! クエだよ!! クエ受けたろオマエ!?」
「く、くえ……っ、くえ……っ、チョコボール?」
首を
「
「あ、はい……」
ウィンドウを開くと、やっと彼の手が離れた。えーと、なんだっけ? どこ?
「
メニューウィンドウというのは、普通は開いた本人にしか見えない。覗き見防止の
彼にいわれるまま、いくつかのボタンにタップを繰り返すと、どうやら目的の小窓が開いた。【Quest Rog】の
【Under Execution
Campaign Quest
1st Mission また会う日まで
For Attaining ???】
「……すげえ」
彼は深く長く息を吐いてから、
すげえ。と、もう一度呟いてから、彼はいう。
「最後の一本を買うのがトリガーだったんだ……」
「どういうことですか?」
「クエストだ。これ、受けたのオマエが最初だぜ。βンときはこんなイベなかったもんよ……、ああチクショウ! オマエが買うのを待ってから、自分の剣を買っときゃよかった!!」
まだわからない。
「クエストって、イベントですよね? 言われたモンスターを倒したり、品物を持ってきたり、それで、報酬に経験値とかアイテムがもらえるっていう……」
「そうだよ。しかもこれ、キャンペーンクエだぜ!」
「普通のクエストとは違うんですか?」
「ああ、層をまたいで続くんだよ。いくつもイベントこなしながら、ずっとずっとストーリーを追っかけてくんだ。βンときに見つかった最初のヤツは、三層で始まって、終わんのが九層だった」
九層。僕が
「それと受け直しが効かねえ。一人につきワンチャンこっきりだ。後から同じクエ受けたヤツのパーティに混ぜてもらえば、繰り返しプレイはできるが、主人公は自分じゃなくなる。受けたプレイヤーが物語のキーなんだよ。そんで、極めつけが……」
彼は薬指まで伸ばして、
「シナリオ
最後に彼は、人差し指で、僕の左胸を突いた。
「たった一度きり、オマエだけの物語がここで始まったのさ」
どくん、と心臓が跳ねた。この人は、よくよく人を
けれど彼はそれから腕を組んで
「ああそうだ、このクエ、隠した方がいいな。訊かれても答えんなよ」
「え、どうしてですか?」
楽しみは共有した方がいいんじゃないの? 仲間も誘えるし。
「あのな、多分もうしばらくすりゃあ、この町のどっかにあのネーチャンがもう一人出てきて、また商売はじめるんだろうが、クエを受けられんのは最後の一本を買ったヤツだけだ。
「揉める、ですか」
「オマエ先買えよ、とか、それはオレのだ、とか、買い占めすんな、とか、転売でぼったくる、とか、ふざけんなオレが先に受ける、とか」
「……」
僕は言葉を失ってしまう。ゲームだからってナメていたかもしれない。戦う覚悟はあっても、そんなギスギスした
「まあそんだけなら先行してるオマエにゃ他人事で済むけどよ、追いつかれちまったら、ミッションの内容
「楽しい、ですか。奪い合いが?」
「ああ。
と、彼は笑みを深くした。
「どいつもこいつもオレの
言って、拳で僕の胸を、ドン、とどついた。もう何度目だろう、激しく気持ちが高鳴るのを感じる。僕はほとんど彼に
この人は、強い。その
やってやる、と思った。
出し抜く、というのは僕には難しそうだけれど、ぶっ飛ばすのは専門だ。デュエル上等じゃないか。誰よりも強くなってやるのだ。
あれ? でもちょっと待って。
「僕、あのお姉さんから、なんの指示も受けていないんですけれど。それに、この、フォー、アテイニング、ていうのが、はてなマークになってますが……」
「クエスト達成条件だ。不明ってこったろ。先は長そうだな」
彼はクツクツと笑って、またポンポンと僕の肩を叩いた。
それで、どっと力が抜けてしまった。
ううん、なにをすればいいのかわからないっていうのは、なんだかモヤモヤするけど、そういうことなら仕方ない。僕は開きっぱなしのウィンドウを閉じた。
「――おい」
と、彼が突然、真剣な声で
「はい! なんでしょう……?」
なにか、しでかしてしまったろうか。
「ウィンドウは不可視モードに戻しとけ。不用心だぜ」
「はい! すみませんでしたっ!!」
そうだ。可視、不可視が設定されているということは、そういう仕様にする必要があったということだ。どうしてかまでは、わからないけど、先人の言葉は
慌てて操作すると、彼はひとつ
「よし、気ぃつけろよ」
「
僕がつい習慣で、そんな風に返してしまうと、彼はクツクツ笑い出した。
「オマエ、体育会系か。なにやってた」
「はい。空手です」
「そうか……」
笑み。なんだろう。
「これからどぉする。あのネーチャン探すのか」
僕は少し考えてから、答える。
「いえ。レベル上げにいこうと思ってます。お姉さんは、戦い続けて、強くなったら、って、いってましたから」
「そぉか、強くか」
彼は例の、
「強くなりてえなら、ついてきな。ちょいとレクチャーしてやんよ」
次回、とんでもバトル。
掲載用に改稿中。お楽しみに。