SAO外伝 血の盟約の下に   作:佐藤 黎曜

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 これがッ! ボーイズラブだ!!(迫真)


出立 あるいは今生の別れ

 夢から覚めると、ほの暗い闇の底だった。

 

 闇の底で、浮いていた。

 

 目の前にシステムウィンドウ。ユーアーデッド。コンティニューまで、あと10秒。

 

 9、8、7、6、5、4、3,2、1――――

 

 光に包まれる。

 

 急に地に足が着いて、現実とはちょっと違う、仮想の重力が戻ってきた。

 

「うわっ?」

 

 ぶんぶんと腕を振り回してバランスを取ろうとするも、後ろに倒れて尻餅(しりもち)をついてしまう。

 

 硬くて冷たくて(なめ)らかな床の上にへたり込んで、僕は呆然(ぼうぜん)と宙を見つめた。

 

 神殿かなにかの広間みたいなところだった。()を描いて高く広がる天井。向こうに出入り口らしきアーチ状の穴が空いている。

 

 その、アーチ状に開いた穴から、逆光を背負って、長身の人影がやってきた。

 

「チイッス。どォだよォ新人。偉大な先輩に立てついたあげくにボロ負けして武器まで取られちゃって今どんな気持ちだ? なあどんな気持ちだ?」

 

 やがて衣服の深い青さと、長髪の(つや)やかな黒が浮き上がる。彼だった。

 

 彼は近寄ってくると、実に楽しそうに地べたに座り込む僕を見下ろしてきた。ハンドマイムで握ったマイクを僕の口元に押しつけて、にまにま笑いながら僕の答えを(うなが)してくる。

 

「泣いちゃってんじゃねえかカワイイなこの野郎。泣くほど悔しかったか? ん?」

 

 いわれて初めて、僕は自分が(なみだ)していることに気づいた。指先で(ぬぐ)った涙は、現実のそれより素っ気ない質感で、すぐ溶けるように消えてしまった。

 

「あ……、うん。なんかスッキリした気分。生まれ変わったみたい。なんだかすごく、優しい気持ち……」

 

 僕がまだいまいちはっきりとしない頭でそんなふうに答えると、彼はぎょっとした顔で、一歩二歩と後ずさった。どうしたんだろう。

 

「……マゾか?」

 

「うん?」 

 

「ごめん。オレ、そっちの趣味はないからさ……、ごめんな?」

 

「ええと、なんかごめん。ちょっとよくわからない……」

 

 彼はしばらく警戒するように逡巡(しゅんじゅん)していたが、やがて僕に手を差し伸べてきた。

 

「そら、いつまでヘタってんだ。立てよ」

 

「あ、うん。ありがとう」

 

 その手を取って、立ち上がる。彼の、細くしなやかな指は、意外と力強くて、熱かった。

 

「えっと、ここはどこなの?」

 

黒鉄宮(こくてっきゅう)死者蘇生(ししゃそせい)()だよ」

 

「コクテッキュー……?」

 

「広場から黒いギラついた宮殿が見えたろ。アレだアレ。あん中。コンティニューポイントだよ。死んじまったらココに出戻(でもど)り。ドゥ―ユゥ―アンダスタン?」

 

「ああ、そっか。……おかしいな」と、(つぶや)きが()れた。

 

「なにが」と、(いぶか)しげ彼。

 

 僕は辺りを見回した。広い。小学校の体育館くらいある。

 

 (つや)やかな大理石に囲われた、飾り気のない、怖いくらいに長方形の部屋。

 

 ふと、おかしいな、と思ったのだ。寒々(さむざむ)しい。

 

「なにを祭ってるんだろう。神殿なんだよね?」

 

「神殿っつうか宮殿っつうか……」

 

「なにか、ないのかな」

 

「だからなにが」

 

 なにか、あるべきものが足りない気がしたのだ。

 

「絵画とか、彫刻とか、ええと……、石碑(せきひ)、とか?」

 

「そのへんゲームなんだから深く突っ込んでやるなよ。それでオマエ、なんかねェのか」

 

「うん?」

 

「なんかオレにいうことはねェのかよっつってんの」

 

 ああ、そうだった。

 

 僕は(かかと)(そろ)え、腰を折ってきっちり頭を下げた。

 

「お手合わせいただいて、ありがとうございました」

 

「ああ、いえ、こちらこそ……」彼がつられたように、お辞儀(じぎ)した。

 

 数瞬、変な()があった。

 

(ちげ)ェよ?!」「うわあ!?」

 

 凄い勢いで彼が(つか)みかかってきた。

 

「違うだろ?! オマエ違うだろォ!? ……ホラ! ホラホラ!!」

 

 彼はメニューウィンドウを操作して、その手に抜き身のギザついたダガーを出現させた。

 

 さっきまで僕が使っていたそれを、見せつけるように眼前に押しつけてくる。

 

「返してほしいか?」

 

「返してくれるの?」

 

「ダメぇー」と、手を引っ込める彼。

 

「そっか、しょうがないね」

 

 ()

 

「……返してほしいっていえよォ?! もうちょっと()い下がれよオマエぇ!?」

 

 長髪を振り乱し、ワキワキと両の手で不思議なジェスチャーをしながら、ダンダンと激しく地団駄(じたんだ)を踏む彼を、僕は呆気(あっけ)に取られて眺めていた。この人どうしたんだろう。

 

「えっと、君が勝ったんだから、君のでしょ?」

 

 僕が恐るおそるいうと、彼は完全に気の抜けた顔で固まって、それからゆっくりとしゃがみ込んでしまった。いじいじと長髪をいじりながら、ボソボソと(しゃべ)り始める。

 

「あー、なんかオマエもういいわぁ……。んだよせっかくよぉ、(みじ)めったらしく泣き(わめ)くトコ見にきてやったってのによ、なんかオレもういたたまれねえよ……」

 

「……ごめんね?」

 

「謝んなよォ! オレが(みじ)めだよォ!?」

 

 ぐばぁ、と立ち上がる。よかった、元気になった。

 

 彼はそれからダガーをアイテム(らん)にしまってから、こめかみに指を当てて、小さく息をついたあと、声を低くしていった。

 

「で? オレとやってみてどォだったんだよ。なんか(つか)めたか?」

 

 自分と戦って、オマエはなにを得たのかと、彼はそう()いてきた。

 

 僕はあの決闘を思い出す。

 

「うん、この世界の戦い方が、わかった気がする。やっぱりスキルが必要なのかな……」

 

「だな。まずオマエ、ソードスキル覚えろよ。あと武器を有効に使え。武器とスキルありきのゲームなんだ。素のステータスであれだけやれんのは大したモンだが、ほら、見てみな」

 

 彼はウィンドウを操作して、僕に見えるよう、自分の頭上にHPバーを出現させた。街中では基本的に見えない仕様らしかった。緑のカーソルに巻き付くようにある同じ色の棒線の中身はようやく七割を下回ったところで、それはつまり、僕が三割弱彼のHPを(けず)る間に、彼は僕のHPを全部もっていったことを意味した。

 

「そんなに残ってたんだ……」

 

 僕は感嘆(かんたん)と共に(つぶや)いた。

 

「当てた手数(てかず)じゃ互角(ごかく)だった。オマエはソードスキルを使えなかったのと、結局、いっぺんもオレを斬らなかった。斬れる場面は何度もあったろ」

 

「あ、れ……? 斬らなかった?」

 

「斬ってねェよ。(なぐ)られたけど。刃物で人間斬りつけンのが怖かったか?」

 

「……そうかも」

 

 リアルのスポーツマンとしての習慣もあったろうけど、斬るよりも先に殴ってしまうのだ。でも、やっぱりそれだといけないのだろう。案の(じょう)、彼からダメ出しをもらう。

 

「それじゃあこの先やってけねェぜ。いいか? 殴る()るは牽制(けんせい)だ。メインは(やいば)。ブレイド。ソードでアートするゲームなんだよ。素手じゃマトモな攻撃力は期待できねェぞ? βンとき、体術スキルってのと戦ったことがあるが、野郎、結局習得条件は公開しなかったからな……」

 

 野郎、というのが少し気になったけれど、ひとまず(うなず)く。

 

「うん、わかった。ソードスキルはどうやって練習すればいいかな」

 

「この町にいくつかある練習場に、訓練用のカカシがある。斬りつけても武器の耐久値(たいきゅうち)が減らねえ親切設計だ。初めはな、モーションを起こしたら全身の力を抜いて、システムアシストに任せりゃあいい。で、慣れたら、システムが求める動きを自分の力で後押しできるようになれ。同じステータス、同じ技でも、発動の仕方で威力がまるで(ちげ)ェからな。……でもオマエ、どォすんだよ」

 

「……? なにがさ」

 

「もう武器も金もねェんだろ。で、オレに泣きついてダガーを返してもらう気もねェ、と」

 

「うん」

 

「別アカ作って(はい)り直すのか」

 

「どういうこと?」

 

「いっぺんこのゲーム落ちて、キャラクター作成からやり直すのかってことだよ」

 

「そうすると、どうなるの?」

 

 なんだか無駄な手間のように聞こえるけれど。

 

「金もアイテムも経験値もリセットだ。使っちまった初期資金が戻る。始めたばっかの今ならデメリットねェだろ」

 

 リセット、という言葉に、僕の胸が痛んだ。

 

 ああ、そういえばこれはゲームだったな、と、(さび)しさと共に強く実感してしまった。

 

 失ったお金が、リセットされて、戻ってくる。

 

 あの決意、あの戦い、あの敗北も、全部なかったことになる。

 

 僕は少し考えて、答えた。

 

「それは、嫌だ」

 

「どォして」

 

「君との戦いを、なかったことにはしたくない。それに……」

 

 一度言葉を区切り、決意を胸の内で熱してから、吐き出す。

 

「自分って、代えが効かないから意味があるんじゃないかな。逃げたくない」

 

 僕の言葉を聞いて、彼は一度目を見開いてから、顔を()せた。前髪で瞳が隠れる。

 

「じゃあどォすんだ、ほとんど無一文で。マトモな武器も買えねえのに」

 

 呟くような彼の問いかけに、僕は先ほどから考えていた答えを口にした。

 

投剣(とうけん)スキル用の、投げナイフが一本50コルだった」

 

「……で?」と、問うてくる。心持ち声が低い。

 

「残りのお金で買えるだけ買って、それで戦う。投げないで斬りつける」

 

 いうと、彼は顔を()せたまま、頭を抱えて、ぶるぶると震えた。もうわかる。これは怒ってるわけじゃなくて――――

 

「……ク」

 

 と、小さく息を()らしたかと思うと、

 

「クハ、キャ! カッ、カカカ!! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 硬くて冷たい大理石の床に寝そべって大の字になると、両の手足をバタつかせて、ゴロゴロゴロゴロ転げ回って、狂ったように笑った。笑われるような気はしていたのだ。なんで笑われているのかはよくわからないけれど。

 

 僕がなにか、よっぽどおかしいことをいってしまったのかと不安になった頃、彼は、ひい、ひい、とようやっと笑いを収めてゆっくり起き上がると、また話をしてくれた。

 

「オマエやっぱ天才だわ。いやぁその発想はあったけどよ……。まあ頑張れや。町の(おもて)のザコ(いのしし)を20匹も狩りゃあ、マトモなダガー買い直すだけの金も貯まんだろ。クク……」

 

 含み笑い、

 

「イイこと教えてやる。小物屋で売ってる食器用ナイフな、一本20コルだ。コイツは投剣用ナイフの代わりになる。で、あんまり知られてねえが、食器のナイフでも、スキルをセットしてさえいりゃあ、ほとんどの片手武器のソードスキルは発動できるはずだ。初級の単発技に限るが、細剣スキルでも、直剣スキルでも、短剣スキルでも発動できる。もちろん、クク……」

 

 再度、含み笑い、

 

「威力はほとんど出ねえがな。まあもしかしたら、オマエならホントになんとかしちまうかもしれねえなあ。ああとぉ、それから――」

 

 彼はそれからしばらく、僕に向かって立て続けにこのゲームの心得を語ってくれた。

 

 戦闘、クエスト、デュエル、武器の調達と強化、対モンスター戦闘の立ち回り。ソードスキルの効果的な運用法と練習方法。

 

「あと、あと、あとは……」

 

 彼は悩ましく頭を抱えて、ぐるぐるとその場で歩き回ってから、

 

「そォだ、これが一番大事なことだ。よく聞けよ」

 

「うん。どんなこと?」

 

 彼は僕の両肩に手を据えてから、今までで一番、熱のこもった声でいう。

 

退()(ぎわ)(わきま)えろ。武器の耐久値や、残りのポーションが心配になったら、絶対迷わず退()き返せ。デュエルでヤバくなったら、降参(リザイン)してもいいんだ。死ねばデスペナルティ喰らって経験値が減るし、金やアイテムも落とすしよ。結果プレイの効率は落ちる。それに、それに……」

 

 彼は顔を伏せた。

 

「生きろ。死ぬな。オレがもういっぺん殺しにいくまで、絶対誰にも殺されンじゃねェぞ」

 

「また、戦ってくれるの?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、今度は僕が挑みにいくね」

 

「……ナマイキいいやがる。いいぜ。だったら待たねェぞ、オレは。チンタラしてっと勝手に上って置いてくからな。キッチリ追いついて来いよ」

 

「うん。きっとどこまでも追いかけて追いつくよ」

 

 瞬間、()せって隠れた彼の顔から光の粒がひとつ落ちた、ような気がした。

 

 (なみだ)

 

 わからない。あるいは僕の見間違いかもしれなかった。彼はすぐに僕の肩から手を離して、背を向けてしまったから。けれど、僕が彼との戦いで多くを得たように、彼もまた、なにかを感じてくれたとしたら、きっと、こんなに嬉しいことはない。

 

 鈴の音が響く。彼がメニューを呼び出した音だ。

 

 彼はウィンドウからなにかを取り出すと、背中越しに僕に放った。

 

 受け取る。革袋だ。ずしりとした感触。

 

 中に、お金。この世界の貨幣(かへい)だった。二百コルはある。

 

「いや、これ……、どうして?」

 

「持っとけ」

 

 短く、背を向けたまま彼がいう。

 

「君が無一文になるんじゃないの? その剣買ったんだから。HPも減ってるし……」

 

 僕はコンティニューして全快したが、彼のHPバーは三割ほど削れたままだ。

 

「いいから持っとけ」

 

「でも」

 

「バァカ。オレはテメーのダガー転売してボロ(もう)けすンだから、こんなんちっとも痛くねェよ。こりゃあそうだな……、投資だ。次にデュエルしたとき、もっといいモンぶん()れるようにな。それにな、オイ、オマエ」

 

 彼は背中越しに、流し目で僕を(にら)んだ。

 

「いつからオレの心配ができるほど偉くなりやがった。テメェ負けてンだから、勝ったオレのいうこたァ黙って聞きやがれ。ついでにいっとくとな、オレぁβンときからいっぺんも死んだことがねェのが自慢なんだよ。そのへんのザコに殺されてたまるか。オレが死ぬときはな……」

 

 そこで言葉を区切り、再び顔を前に向けて、

 

「この戦いを終えるときだ。この人生が終わるときだ。オレは(ただ)の一度でもゲームオーバーになったら、このゲーム引退するって決めてンだよ」

 

 背中越しに手を振って、出口に向かって歩き出した。

 

 逆光を背負った背中が遠ざかって、今にも消えていってしまいそうで、不安になった僕は、思い切り声を上げた。

 

「僕の名前はティジクンだ!!」

 

 自信を持って、名乗れたと思う。

 

 この世界を生き抜くための、僕の名前。

 

 僕の名乗りを受けてなおも止まらない彼の背中に、続けて宣戦を布告する。

 

「絶対に殺しにいくからな、ジャーヴェル!!」

 

 彼が突然、バランスを失って蹴躓(けつまづ)いた。あれ? 慣れてるんじゃなかったの?

 

「ディアベルだ!!」

 

 そうして彼は出ていった。逆光に消えてゆく長身の影。

 

 それが、僕の目にした、最期の彼の姿だった。

 

 僕も彼も―――

 

 このとき既にトップメニューから、【Log out】ボタンが消えていることに、気づかなかった。

 

 




【次回予告】

 強敵ディアベルとの決闘を経て戦士として目覚めたティジクンは、いよいよはじまりの街から、広大なフィールドへと漕ぎ出す。


 黄金色の草原では予期せぬ邂逅が待っていて――――

 次回 【出逢い】
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