青学・新チームの挑戦   作:空念

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第六話 その頃の氷帝

 旧チームに比べて明らかに選手層が薄く、弱体化した戦力に加え、変則的なオーダー。危機感を持った青学メンバーは練習試合に向け、日々猛練習に励んでいた。

 しかし、メンバーが入れ替わったのは、青学だけではない。氷帝もまた、跡部を筆頭に全国を経験した猛者たちがごっそり抜けてしまい、こちらも戦力が大幅ダウンしていた。

 氷帝の旧チームからのメンバーは、部長の日吉、副部長の鳳、そして樺地。青学と同じく三名である。他のメンバーは全員新レギュラーである。

 いや、厳密にはレギュラーとは言えないかもしれない。上記の三名以外は全くの白紙で、その為にメンバー入りを賭けた試合が日々行われていたのだから。

 

 そして、旧チームのレギュラーである三名も安泰ではない。特に日吉などは、公式戦でスタミナ不足を露呈してしまい、これまで何度も惨敗を喫している為、崖っぷちである。関東大会では越前戦で相手のでたらめなペースについていけずに押し切られ、全国大会では速攻戦術を仕掛けて追い詰めるも、海堂の粘りにあと1ポイントが取れないままスタミナ切れで大逆転負け。敗者切り捨てが方針である氷帝にあって、二敗しながらレギュラーで居続けられるのは奇跡に等しいが、日吉にはもう後が無いのも事実であった。

 だが、部内で試合をすれば、一番強いのもまた日吉である。鳳はサーブだけでレギュラーに上り詰めた身であり、樺地は相手のプレーを模倣する天才だが正確にムラがあり、アクシデントに弱い。氷帝もまた、内に弱点を抱えた状態であった。

 

 

*****

 

 

「オラぁ、お前ら! そんなんで青学に勝てんのかよ!」

 後輩相手にラケットを振るうのは、旧チームのレギュラー・宍戸。そして、コートの傍らには宍戸に敗れた部員たちが疲労困憊で転がっている。その惨状、まさに死屍累々。

「やべえ、やべえよ。マジで殺される……」

 宍戸の剣幕に気圧され、戦慄する準レギュラーの部員たち。何より凄まじいのは、これだけの部員を相手にして、全く落ちていない宍戸の体力であろう。一見、宍戸のストレス発散に見えるのだが、一番過酷なのは間違いなく宍戸である。しかし、そんな宍戸よりも後輩部員たちの方がへばるのが早かった。

「宍戸さん、おかしいだろ。この試合でもう何人目だよ」

「やっぱ、全国行った正レギュラーはレベル違いだぜ」

 一人、また一人と宍戸に敗れ、倒れ伏す。その不甲斐ない姿に、宍戸はさらの大声を張り上げる。

「お前ら、激ダサなんだよ! この程度でへばってんじゃねえぞ!」

 宍戸の檄に、何人かの部員が反応する。だが、彼らもまたすぐに宍戸に圧倒され、へばっていく。その様子が、宍戸にはどうにも歯がゆいものに映っていた。自身も、かつて都大会で橘に敗れてレギュラー落ちし、どん底から這い上がった経験を持つだけに、後輩のヘタレぶりが気になって仕方ないのであろう。

「おらおら! この俺を倒そうって奴はいねえのかよ!」

 宍戸がそう吠えた時、一人の部員がゆっくりとコートに立つ。

「宍戸さん、俺が行きますよ」

「長太郎か。来い」

 

 

 そして、その宍戸が練習相手になっているコートの傍らで、もう一つの試合が行われていた。

「そんなんじゃ、またスタミナ切れで負けちまうぜ?」

「くっ……下剋上だ……」

 汗だくになりながらもラケットを構える日吉。相手は跡部である。試合そのものは一進一退の攻防の末、タイブレークへと突入していた。ただ、両者の様子を見れば差は歴然。跡部の方は汗一つかかずに余裕の表情を見せており、一方の日吉は見るからに限界が近かった。その事からも、跡部の方が意図的に試合を長引かせているのは明白だった。

「くそっ、舐めやがって!」

 体は限界でも、心はまだ死んではいない。渾身の演舞テニスで変則的なショットを放ち、何とかポイントを奪取する。

「下剋上だ。ここで跡部部長を倒して……何っ!?」

 ポイントを取っても、すぐに返される。跡部のタンホイザーサーブですぐに逆転され、リードを許してしまう。

「俺様の美技は、日々輝きを増す。なあ、樺地?」

「……ウッス」

 跡部の問いかけに、試合を見ていた樺地の相槌。それがどうにも、日吉の癇に障る。

「クソ、舐めんじゃねえっ!」

 怒りからなのか、我を忘れた様子の日吉が猛然と攻勢を仕掛ける。先ほどまでの疲労困憊したような動きと違い、明らかに反応が良くなっていた。変則的で予測不可能な構えから繰り出されるショットのキレは増しており、さしもの跡部も余裕ではいられなくなる。

(まだ、これほどまでに動けたとはな。そろそろ終わるか)

 長かった試合も、遂に終わりを迎える。跡部の破滅への輪舞が決まり、永久に続くのではないかと思われたタイブレークに、ようやく終止符が打たれた瞬間だった。

「やるじゃねえか、日吉。ここにきて、これだけのショットが打てるとはな」

 珍しく、跡部が後輩を持ち上げる。だが、日吉は荒い息をつくだけで、それに応える事は出来ないでいた。

 


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