シルヴィ・ラインハルト、23歳(推定)…。まだ魔力依存症の兆しも見せない、まさに最強の名を恣まにした時期……。
人間ごときの魔導士がどれほどの魔力を持っていたとしても、我々死神に勝つということは万が一にも有り得ない。然したる要素としては体の作り。魔法が及ぼす体へのダメージを防ぐ抗体のような存在を我々は生まれた時点から身につけている。他にも、人間とは比べ物にならないほどの圧倒的な魔力をも身につけているからだ。だが、今私の統治する国を攻撃している者は違った。いや、見誤ったと言っていいだろう。人間は恐れながらもその知能を生かし、魔力を極限まで高める呪いを編み出していたのだ。彼奴の魔力を侮ってはならない。それはほぼ無限。私がたどり着けなかった至高の頂を、彼の者はすでに身につけていた。
「星が!星が降ってきます!!」
星…確かに外を見遣れば星が降っている。だがそれは星ではない。私も永いこと生きてきたが『それ』を見るのは初めてだった。
『最強魔法、レイ・サウザンド』
衛星軌道上に絶大な魔力を持った魔法陣を描き、あたかも星が降ってくるかの如く魔力の塊を地上に落とす最強の対界魔法。使用するには何百人もの大魔導士と呼ばれる者が集まり、数週間の下準備を経て漸く発動できるほどの大掛かりな魔法。だがそれをたった一人、しかも数秒で彼奴は発動させた。悪夢とでも言うべきか…それは今まさに私の国と同胞を焼き尽くしていた。響く轟音、弾ける閃光…。5000年もの永きに渡りこの国を治めてきたが、それがまさかたった一人の力により、たった一晩で崩壊しようとは。それゆえ悪夢。
「敵の人数は一人!宮殿へまっすぐに向かって来ます!!」
「
「はっ!」
そう長くは持たないことなど百も承知。もうどうする事も出来ない未来に、私は少しでも近づきたくなかったからだ。死神になり、初めて味わう恐怖。それがよもや自身の国の崩壊とは誰が予想しえたことだろうか…。
「父上」
「申せ」
「私もあの者達と共に戦いとうございます」
「…。敵が持っている剣がなんだか分かるか」
「はっ、聖剣にございます」
「死神が聖剣に切られればどうなるか、そちも知っておろう」
「…傷は癒えず、二度と元に戻らないと」
「ここに居ろ」
「しかし父上!!」
もはや策どころではない以上、無言で息子を見つめた。強き力が圧倒的に強き力に敗れ去るのだ。
「敵、城門を突破!は、速い!このままでは」
「…死青天を出せ。もはやそれしか部隊は残っておらぬ」
するとどうであろう、息子は防具をきつく締め直し、扉へと向かい始めたのだ。
「父上…、御命令に背く事をお許し下さい」
「なっ!ま」
『待て』と言うその刹那。耳をつんざく程の轟音が上がり、扉が壁もろとも破壊されたのだ。
「ぐうっ!」
「何事だ!?」
見れば、壊れた扉の所に、それは美しく見事なまでに磨き上げられた漆黒の剣を携え、そのまま夜の星空に溶けてしまいそうなほどの
「なっ…300人も居た死青天を…」
背後には死体、いや、抜け殻がゴミのように積まれていた。それが我が国最強の死青天部隊だったとはもう微塵にも思えない。2300年ほど前、天界との戦で活躍した最強の部隊がたった一人に…。もう何度目かになる、夢ならば覚めてほしいと、私はそれを見ながら思った。
「くっ、よくも仲間を!死…かはっ!」
先程まで物見をしていた同胞が近づいただけで事切れた。全くもって意味が分からない。死神に強さの限界があるならば、この者は間違いなくそれを突破しているだろう。鋭過ぎる眼光はまるで他に誰も居ないかのように、ただ私だけを見ていた。
「我が名はディアブロ・ハーデス・シュトラウス!貴殿と勝負願いたい!!」
「やめ…」
私はやめろと言いたかった。だが声が出ない。今まさに死に行こうとしている息子を私は見る事しか出来ないのだ。声を聞いた奴は鋭い眼光を私ではなく息子へと変えた。
剣を抜く息子。それを見た奴は、剣の切っ先を息子へと向け言い放った。
「我が名はシルヴィ・ラインハルト。御首、頂戴仕る」
「……参る、でやぁ!!」
飛び掛かるかのようにシルヴィという青年に突っ込む息子。決して筋は悪くない、突くように動かした剣をくるりと返し、首の所で真一文字に払う。しかしあたるどころか掠りもしない。人間には見えるはずのない速さで繰り出したそれを奴は『見切って』いたのだ。我が息子も甘かった。それで首が取れたと思ってしまったのだろう。攻撃を一瞬、たった一瞬止めてしまったのだ。その隙をシルヴィは見逃さなかった。
キーン!!
耳に残る甲高い音。シルヴィは動いていない。が、確かに動いたそれは息子の防具を容易く切断していたのだ。
「なっ!」
オリハルコンで出来ている防具が一部切断され、何が起きたか分からず固まる息子。シルヴィの反撃は留まることを知らない。
「や、やめ…」
キーンという甲高い音を発しながら『見えぬ』可視の剣をふるうシルヴィ。もはやその攻撃は一本の鋭い『線』。死神の速度を遥かに上回ったそれはまさに絶対神の領域であった…。
「もう…い…やめ…」
言葉にならない声が漏れる。シルヴィの『線』を防ぐことすらままならない私の息子は、すでにぼろぼろであった。そして私はとうとう息子の最期を見る。
スッ!
音はしなかった。いや、聞こえなかったというべきだろう。すべての音がその瞬間だけ私の耳には届かなかった。だが血飛沫を散らせながら刎ね飛ぶ息子の首だけがすべてを物語っていた。『線』ではなく『点』。線すら見切ることの出来なかった息子にそれを遥かに上回る『点』を見切ることなど不可能であった。
「もう…やめてくれ…」
ようやく声がまともに出た時にはすべて終わっていた。彼は鋭い眼光のままこちらを見据えている。徐々に差を縮められながら、私はいつの間にか膝をついていることに気が付く。全くと言っていいほど力が入らない。彼の魔法の所為ではない。精神が崩れた、それだけのことだ…。
「…」
「選べ」
彼の持つ剣の切っ先が、膝をついて大理石の床を見つめる我が頭に向けられているのが分かる。
「…」
「今すぐ死ぬか、私のサーヴァントになるか選べ」
「…」
圧倒的に前者を選びたかった。皆の元へ行けるのならそれでいい。
「後者を選べば死んだ者達は全て復活させると約束しよう」
「…なぜこんな事をするのかね…」
「…答える義務は無い」
「そうか…」
全て分かった。死んだ者達を復活させる理由、それはこれから大量の人間を殺しに行くこと、つまりこの者は戦争をしに行くのだ。それも並大抵の戦争ではない。大戦と呼ばれる魔界全てを巻き込む戦争を起こすのであろう。我々死神ですらも『魂』を持っている。つまり死んだ人の魂を媒体にし、死神を蘇らせるつもりなのだ。
「…する…」
「聞こえぬ!」
「契約する…」
「私のサーヴァントになるのだな」
私は頷いた。王たる私が辱められ、皆が蘇るならそれでいい。その為ならばこの者の新たな剣となり、共に世界を駆けようではないか。
「ならば…話しは早い」
ぼんやりと見上げ、跪いている私の肩に剣の切っ先を置いた彼はそのまま私の眼をその鋭い眼光で捉えていた。
「……我は光にて罪を償い、闇を以て罰を刻み、死の契約によりて汝ハーデスをサーヴァントとして迎え入れる。汝は我が僕(しもべ)なり、我に罪深き闇より永久に輝く死の力を示せ!」
「仰せの…ままに…」
死の契約 完
最近暑くてだるいです。南極の氷を全部日本に持ってくればきっと涼しくなるはず…。