「前と同じさ、君は間に合わない」
前と同じ…
間に合わない…
おれは…だからって諦めるのか…
結局失うからって…諦めるのか…
自分の手を汚したくないから。
自分の手で汚したくないから。
それだけは嫌だ。ここで諦めるのだけは絶対に間違ってる。
ギャリッ…
剣の柄をより強く握りしめる。
「おおおお…オオオオオオオオオオッ!!」
膝を曲げタメを作ってから駆け出した全力の走りは一瞬にして男に肉薄することが出来た。
「…君の回答は『先延ばし』か」
「もしおれが狂ったらその時なんとかしてやる!今ここで!お前を見逃すことは絶対に間違いだ!」
「立ち向かうことと撃破することの違いも分からなくなったのか」
一瞬のうちに肉薄されたというのにつばぜり合いの向こうの男の顔はどこまでも余裕を保っていた。
その目は、あの雨の中に倒れ伏す様を見つめていた目と同じだった。
胃の底が熱い。怒りが激情がそこから湧き上がってくるようだった。
しゅう、と拮抗していたはずのサバイバルナイフから異音がした。
(溶かされている…!?)
一旦距離を取らなければ両断される、そう判断して男は大きく後ろへ距離を取った。
(明らかに威力が上がっている…!?いくらなんでもここまで急な上昇はありえない!)
燃え盛る長剣を手にした少年がその刀身に纏う炎の量を増しながら突っ込んでくる。
(全力でもって叩き潰す)
男は判断すると迅速に行動を開始した。
ギチリ、と水上を縦横無尽に駆け抜けあらゆる方向から波状攻撃を仕掛けてきていた男達の動きが明らかに切り替わった。
「まるでオートモードみたいね」
静佳が呟くと全員が全く同じ動きで水面に自らの拳を叩きつけた。高々と水しぶきが上がる。
だが、それだけだった。
「何がしたいんだか」
そして再び男達は静佳へと襲いかかった。先ほどより明らかに単調な動きで。
完全に息を揃えた拳の叩きつけに辺り一面に砂煙が舞う。
(目くらまし…!?)
悠大が慌てて人間大になった藁人形を操り砂煙を退去させる。
砂煙が完全に散るその寸前に飛びかかってきた男の髪を避けざまに引き抜き藁人形に押し込んだ。
《マリオネット・ダンス》には2種類のパターンがある。髪の毛を中心にその生物の行動パターンをトレースし行動するもの。これは人間大になった藁人形である。
そして二つ目は取り込んだ髪の毛の主の行動を縛り付け一定のコマンドに従わせるパターン。
今回発動させたのは二つ目だった。
(へっへ、ついに取ったぞ!これで本体含め全員の動きが止まる!)
勝利を確信しコマンドを送信する。
がくん、動きが止まる。
だが動きが止まったのは1人だけだった。
(な…!?まさか嘘だろ!)
動きを止めたそいつは、《スケープゴート》の影としての形を留めていなかった。
(一般人…いや、食いつぶしの部下か!)
慌てて周りの藁人形に指示を出す。まだ戦いは終わらない。
ドッパァァァァンッッッ!!
拳を地面に突き込んだ。それだけでは説明のつかない程の威力がヒビだらけのアスファルトを襲う。
一気に辺り一面に砂塵が舞う。
「くっ…!」
目がやられる前に手で顔を覆う。
カシュッ、と音を立てて顔を庇った腕に浅く斬り込まれる。
「チッ、目くらましするとこっちも見えにくいのは難点だな」
「う、うおおおおおおおおおおお!!」
相手を押すことだけを考え切り込み続ける。だが、明らかに相手の一撃一撃が重くなっている。武器は変わらずサバイバルナイフ一本だというのに。
『晃司。高台の公園。』
千草の声が脳裏に響いた。
「了解」
小さく呟き返すと、さらに相手を押し込むように接敵し続ける。
何度目かの斬り合いの後、辺りを見回すと最初の戦闘場所からは遠く離れていた。廃区全体を見回すことの出来る高台の元々公園があったかのような場所。そこが第二の戦場だった。
「ははっ…はぁ…はぁ…勝負…あったな…」
「何をふざけたことを…場所が移ったからなんだ!僕の方が圧倒的だ!」
お互いに距離を保ちながら出方を待つ。
「お前は最初に言ったな…おれのことを『予定外の客』だって…そしておれを撃破せずに何度も沈黙させようとした…誰かに見られたくなかったんじゃないのか?『最後はヴォルヴァの思い通りになる』深い意味なんて無かったんだな…。《ヴォルヴァ》は人で、預言者だった。でも不安定だ、もし予定外の出来事に場が混乱していることを知ったら預言が揺らぐ…とか?」
「…なかなか大胆な仮説だな?」
「仮説じゃないぞ、なんのためにここに来たと思ってる、千草」
ザッ…という枯れ草混じりの土を踏む足音が2つ聞こえた。
「チッ…見つけた…いや、誘導されたってことか…」
「コウ…ちゃん…?」
「は…?嘘だろ…おい嘘だろ!?阿古か!?」
何故か二手に分かれた《ヴォルヴァ》と《スケープゴート》を引き合わせることで計画を食い破る。その予定だった。まさか…《ヴォルヴァ》が阿古だとは思いもしなかった。
「知り合い…だとはな。これも預言の内か?《ヴォルヴァ》?」
「違う…こんな…だって…まさか…あの時…あのあと…」
どさり、と阿古がその場に膝から崩れ落ちる。
「なんで…なんでお前がそっち側なんだ…阿古…いつからだ…」
「そいつを引き込んだのは僕だよ、なかなか面白い魔術を保有しておきながら悩んでいたようだからね」
「どういうことだ…テメェ…」
「『未来のことが正確に分かる。だけど未来を変えようとすれば最も恐れていた未来にすり替わる』だったかな?だから僕は親切に対処法を教えてあげたんだ。『力さえあればそんな未来だって回避出来る。だから僕についてこい』ってね」
「私が…あんな助言をしたから…コウちゃんが巻き込まれた…。私に力が無かったから…」
「思考を切り替えろ!《ヴォルヴァ》!そいつは敵だ。お前の邪魔をする者だ。今からでも遅くない、お前の望む未来のために僕についてこい」
「未来を変える…私には出来ない…って…どういう意味だ…阿古…」
「未来を変えることなんて…力の無い者には無理なのよッ!!」
「ああ、そういうことか。なら…誰がお前には力が無いと決めつけたッ!お前自身じゃねぇのか!力を貸せ…お前の!お前自身の力を貸せ!!もう一回だけ最後に夢を願ってみろよ!自分の手で、未来を変えてみろ!!」
「もう良いよな、そろそろ決着を付けようじゃないか。分かってるな、ヴォルヴァ。どっちが強いかなんて明白だろ?どっちが力を持っているかなんて自明だろ?預言は自分でも変えられないから預言なんだ。」
「私は…私は…っ」
「行くぞ…クソ野郎…」
「来いよ、終わらせてやる」
ダンッ!と音を立て最短距離で男へ近づく。
男はただユラリとナイフを真っ直ぐ前へと構えていた。
阿古の脳裏に晃司を貫く一本のナイフが見えた。
(そんなの、嫌だ)
初めて、脳裏に浮かぶ預言を真っ向から否定した。今まではただ諦めていた。嫌だと願ってもどこか諦めがあった。でも、今は
「勝ってッッッ!!」
全力で、祈っていた。
決着は一太刀だった。一度の交差で勝負がついた。魔法の元であるサバイバルナイフを叩き斬られ、気を失って男は崩れ落ちた。
各地に居た全ての《スケープゴート》の影も崩壊し二度と騒乱が起きることは無かった。
(ああ…やっと終わった…)
纏う炎を業火と化した大剣を消すと、一気に疲れが襲いかかって地面に倒れ伏した。
(ごめん…千草…阿古とアイツをよろしく…)
「うん。」
口の中で呟いただけの声に反応があって安心すると同時に意識が暗転した。
ああ…やっと終わった…
ヴォルヴァ編これで完結!したいんですけど後日譚が残ってますねーw
次話投稿は少し先になりそうですw