糞樽モースと髭パインなヴァンへ
一番目の僕に未来を視て貰って分かったんだけど、よくも僕の食事に毒を盛ってくれてたね?
本来ならアカシック・トーメント十連発を食らわせるところだけど、どうやら二番目の僕からかなりボコボコにされたらしいね。ざまぁ。
それを聞いてスッキリしたから、僕はこのまま旅に出ます。
今までずっと教団にいるばかりだったからね。
後釜の七番目はいるし、五番目もどこかの誰かさんらと違ってちゃんと仕事するし、三番目たちのおかげで仕事の効率や兵の士気も上がってるらしいし、別に僕がいなくても大丈夫でしょ?
丁度良いからこれを機に大陸中を遊び……もとい、視察に回ろうかと思う。鬱になってたおかげで楽しめなかった人生を、今から謳歌するんだ。
アリエッタを連れて行けないのは残念だけど、消滅預言が打破されるまで我慢するよ。なんか彼らなら、普通にブチ破ってくれそうだから。
そういうことなので、探さないでください。
連れ戻そうとしたら、やろーてめーぶっ殺す。
元導師のイオンもとい、グランディオーツ・О・トゥッティより
「…………」
もぬけの殻となった導師の部屋に置かれた、一枚の手紙。
それを読んだ男、ヴァン・グランツは目元を覆って項垂れた。
「どうしてくれるのだ、ヴァン!! 貴様のせいだぞ!?」
ヴァンを怒鳴りつけるのは、彼と共に導師を探していたモースである。毎度のように二番目から強襲を受けるせいか、その顔はレプリカ作成から一週間にしてすっかりやつれていた。
「レプリカ全員がなぜか自我を持っているし、フォミクリーの装置は二番目と五番目が破壊するし、ディストに再び作るよう言っても『今回の件で目が覚めました。もう過去ばかり見るのは止めます、私は未来ある譜業を作る』といって言うことを効かぬし、その上導師本人が行方をくらませるし……」
ダン、と彼は床を蹴って、ヴァンへと詰め寄る。
「貴様がもしものことを考えて、とレプリカ作成を勧めた結果がこれだぞ!? どう責任を取るつもりだ!?」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすモースに、ヴァンは「申し訳ない」としか言えなかった。――――生み出したレプリカ七体と、ローレライへの苛立ちと怒りを覚えながら。
「おやおや、何を怒鳴っているのですか?」
その時、クスクスと笑う声が響く。
扉を開き、部屋へと入ってきたそいつは、ふわふわと浮かぶ本型の譜業に腰かけていた。
腰まである髪は緑がかった黒から、明るい茶色に染められていた。その目は元の緑から赤い譜眼に変わっているが、普段は目を閉じているので見えない。
何から何までオリジナルとかけ離れている。
だが一番違うのは、体だ。
白と桃色の、膝まで達するクラシカルなワンピース。その身を包む体はオリジナルより少し背が低く、そして男にはない柔らかさを有している。
『ND2016、最後の導師は己より生まれし模造の唇から真実を知る。かくして黙されし預言より脱した少年は、預言に狂いし土地を後にするのであった』
その唇から、歌うように紡がれる言葉。
直後に、パラパラと風もないのに本のページが捲られる。本は最後のページまで捲られ終わると、そこに新たなページが出現し、本に足された。
「一番目……!」
「フォルノーレ」
本を閉じながらそう言うと、彼女はニコリと二人へ微笑みかける。
「オリジナルであるグランディオーツから、名を頂きました。私の名はフォルノーレ・I・トゥッティです。弟妹たちからはノーレと呼ばれておりますので、以後お見知りおきを」
「フォルノーレ……古代イスパニア語で、『神秘』を意味する言葉か」
「グランが、『真の預言者』という意味で付けました」
分厚くなった本の表紙を撫でながら、フォルノーレはヴァンに返答する。
その言葉の意味に、二人はぐっと言葉を詰まらせた。
作成した直後、眩い光に包まれたイオンレプリカたち。
光に覆われた彼らは、生まれてすぐには得ぬはずの自我を持ち、そして個々に異なる劣化や強化を得た。
レプリカの一人、このフォルノーレの劣化は『体力』だ。彼女は七人の中で一番体力がない上、体力の消耗が七人の中で一番激しかった。
その原因は彼女の強化、そして歪曲された力にある。
預言を詠む力だ。
譜眼になったフォルノーレの瞳は、視界に映るものなら生物でも無機質でも関係なく、ただ視るだけで未来を知ることが出来る。
ただ、彼女が視るのは預言……星の記憶ではない。
そのものの『未来』を見るのだ。
フォルノーレの視る未来は、視られたものやその周辺の変動による影響を受ける。彼女の譜眼は固定された預言ではなく、視認者や周囲の行動により変わる本当の意味での未来を映すのだ。
そして視認した未来は、譜石ではなく本のページという体で残る。
預言ではない、しかし預言以上に価値があるともいえる力の持ち主。
それがオリジナルである導士と似て非なる力を得たイオンレプリカ、フォルノーレだ。
しばし沈黙が続いた後、大詠師は咳払いをする。
「……一番目、導師は一体どこに行った?」
「さぁ、どちらにいらっしゃるのでしょうね」
モースの問いに、しかし彼女は小首を傾げた。
導師のレプリカたる少女の対応に、モースはギロリと彼女を睨みつける。
しかし彼女はまるで怯まない。むしろどこか楽しそうにクスクスと笑みを零し、穏やかな口振りで言うのだ。
「私は目に映るものの未来を視る、それだけの力しか持ち得ません。視界におらぬ方に訪れる未来は分かりませんし、視界どころかこの土地すら離れたオリジナルの居場所など、私には知りようがございませんよ」
「ええい、役立たずめ!」
導師の居場所など知らぬし分からない。そう答えたレプリカに苛立ち、モースは地団太を踏む。何から何まで思った通りに行かなかったことが、相当頭に来ているようだった。
「導師を、今すぐ導師を連れ戻せ! 導師は今年中に死ぬ預言が詠まれているのだ! 預言通りにせねばならんのだ!!」
「おや、大詠師様はどんなものであっても預言通りにするべきという考えなのですか?」
「当然であろう! 預言に詠まれたことならば、完遂せねばならん!!」
彼の主張を聞いて首を傾げるフォルノーレに、モースは声を荒げて是と言う。
「なるほど」
相槌を打つ彼女は微笑みながら両手を合わせると、
「では貴方がこれまでに行っていた横領や犯罪、全て晒してしまいましょう」
と告げた。
場がシン、と静まり返る。
「……な、なんだと?」
油を差していない譜業のように、モースはぎこちない動きで首を回し、フォルノーレへと顔を向ける。
すると彼女は懐から分厚い紙の束を取り出した。
「生まれてからもう一週間になるのです。なら生成されたばかりの体を慣らすためにも、今のうちに出来ることから始めるのは当然でしょう。幸い導師という伝手がありましたので、教団員の方々から得た情報も含めて収集し、整理しました。……あ、ちなみにこれは複写したものです。汚れたり破れたりしたら大変ですからね、本物は別のところで保管していますよ」
穏やかな笑みを浮かべたまま説明し終えた彼女は、複写だという書類をモースへ渡す。受け取った彼は慌てて書類に目を通した。
ふくよかな顔が青ざめ、呼吸困難に陥ったかのように口を開閉させる。
「おや、どうしたのです? そんなに顔色を悪くして……預言だから行われたことなのでしょう? 預言はどんなものでも成就させるべきというのが預言を使い、頼る者の考え。ならば表沙汰にしても問題ないのではないですか?」
モースの反応にこてんと首を傾げ、不思議とばかりにフォルノーレは問う。
だがヴァンには分かっていた。モースの所業は問題なくなど、ない。むしろ問題しかないはずだ。
預言だと聞いても、それで全員が納得出来るわけがないからだ。これがダアトだけでなく他国で行われたものとなれば、尚更のことである。そしておそらく、モースは他国でも問題となりえる犯罪を行っているだろう。否、絶対している。
ヴァンは膝をついて項垂れているモースから、相変わらず優しげな微笑みをたたえるフォルノーレへと視線を移す。これほどえげつないことをしておいて、まるで聖人のごとき優しい顔をしている。
あの導師にして、このレプリカあり。
それを痛感したヴァンは、たらりと冷や汗を流した。
「あぁそうそう、お二方に伝えることがあるのでした」
絶望に浸るモースや焦燥感を覚えているヴァンの姿をまるっと無視して、フォルノーレは話題を変えた。
「本日より我々レプリカは、ローレライ教団に所属となりました。情報部に入る私や導師になるフォルバルラはもっぱら書類仕事ですが、弟妹たちのほとんどは神託の盾騎士団の団員になります」
「は?」
唐突な宣言に、ヴァンは目を丸くする。
「待て、私はそんな話は聞いていないぞ。それに私や大詠師の許可なくどうやって所属を……」
「教団を出ていく前に、グランがしてくださいましたよ。話を聞いていないのはおそらく、グランが貴方方に内密にしていたためでしょうね。彼、どうやら悪戯好きなようですし」
さらりと返ってきた答えに、ヴァンは「やられたっ!」と未だ握りしめていた手紙をぐしゃりと潰す。
表向きは温厚な聖人君子で通っている導師はその実、大詠師と主席総長二人がかりでも手に負えない暴君だ。この程度の暴挙なら、平気でするだろう。
「ちなみに二番目のストレッシードは特務、三番目のフローリアンは第一、四番目のストイルは第三、六番目のパルラントは第二師団に所属予定となっています。シルシード……五番目は、研修の後に第五騎士団師団長になるそうです。ヴァン謡将、弟の研修お願いしますね」
予想以上の暴挙だった。ヴァンの右腕であるリグレットの第四師団、モースに嫌われているカンタビレの第六師団を所属先に選んでいないところから、完全に計画性のある嫌がらせだと分かった。
あのダアトアレルギー、神託の盾にある幾つかの師団を寝返らせるばかりか、師団を丸々一つレプリカに乗っ取らせる気満々だ。出奔した元導師はこれでもかと、教団を内部から破壊したいようだった。
これにはさすがのヴァンも青ざめた。アッシュが率いる特務師団にストレッシード……オリジナルイオンの本性を悪化させたような、あの二番目のレプリカが入るのだ。師団内が確実に引っ掻き回されることが予想出来た。
それ以上に顔色が悪いのはモースである。なにせ、自分の弱みをがっちり握っているフォルノーレが自分の懐に入るのだ。いつ己が罪を暴露されるか分からぬ恐怖で死にたくなっているに違いない。腐っても導師のレプリカだから、殺すのも一筋縄ではいかないこともストレスになるだろう。
「そういうことですので、今後ともよろしくお願いいたします」
では失礼、と言いたいことを言い終えたレプリカは部屋から去っていく。
残された大詠師と主席総長は、がっくりと肩を落とした。