ドラえもん のび太と宇宙友情物語 ぷらす・仮面ライダーメテオ 作:ルシエド
空の果てから空の向こうに一筋の線を引くように、流星が夜空を引き裂いていた。
「流れ星か」
彼が我望光明率いるホロスコープスと決着を付けてから八年。
怪人同盟やアクマイザーらとの決着を付けてから三年。
25歳となった彼は、日本のとある街の歩道橋の上で空を見上げていた。
彼は久しぶりに高校時代の友人らと酒を酌み交わした帰りであった。
心優しく、人間ではない者とすら共になる男
次から次へと打開策やスイッチを取り出し、友を支える万能屋
体力自慢、分かりやすく体格が良いパワフルな男
お調子者で弱腰な線の細い男
異性が居ない男だけの時間。
そういう時にしかこぼせない愚痴があり、そういう時にだけ話せることがあり、そういう時にのみ打ち明けられる秘密があった。
彼らは元、学園の自由と平和を守る『仮面ライダー部』の部員達である。
皆が皆固い絆で強く結ばれていて、その絆に同性特有の遠慮の無さが加わると、これ以上なく心の中を曝け出せる時間が出来上がるのだ。
そうして胸の内を吐き出せるだけ吐き出した後の、気分のいい帰り道。
流星は流れ星を見て、そして歩道橋の向こうの気配に姿勢を正す。
彼が感じた気配は階段を上り、彼の目の前に姿を現した。
「いい夜ね、リュウセイ」
「インガか。俺が休暇中だと知って姿を見せたのか?」
「もう、相変わらずつれないわね」
流星の前に現れたのは『インガ・ブリンク』。彼の職場の同僚であった。
朔田流星はインターポールの捜査官であり、悪を倒すために世界中を飛び回っている。
そのため仕事の時は二人揃っていることが多いが、片方が休暇を取るともう片方は一カ所に留まらないので、休暇中は顔を合わせることはまずない。
"よっぽどの緊急事態"が起こらなければ、の話だが。
それゆえに、流星の酔いはすっかり吹き飛んでいた。
彼が難しい表情を浮かべている理由は、休暇を台無しにされたことへの不満が半分、彼女が一人では手に負えないと判断し、休暇中の自分を頼るほどの緊急事態が起こったということへの警戒が半分、といったところか。
「代休の申請はワタシがしておいたから大丈夫よ?
奥さんとゆっくり戯れる時間はちゃんと残ると思うわ」
「……別に、そういうことを心配していたわけじゃない」
「ワタシが心配するのよ。あなた、よくトモコを心配させるよろしくない旦那さんなんだから」
「悪かったな、よろしくない旦那で」
どうやら彼の表情の理由は不満と警戒だけではなく、これから会いに行こうとしていた妻との時間を邪魔された怒りもあったようだ。
紆余曲折の後、朔田流星と結ばれた女性であり、今は彼の妻である女性だ。
「第一、俺と友子に申し訳ないと思うなら、最初から俺を呼ぶんじゃない」
「そうも行かないわ。この一件には、『仮面ライダー』の力が必要よ」
「……なんだと?」
インガの意味深な言葉に、流星は聞き逃せないニュアンスを感じ取る。
「あなたはレム・カンナギと金属生命体ソル、未来のコアメダルの一件を知っているかしら?」
「ああ。俺は外野から一部始終を記録していたからな」
昔、とある男が野望に溺れ『銀河の王』となろうとしたことがあった。
最強の力を得るために、男が求めたものは二つ。
仮面ライダーなでしこ……という少女に擬態した、宇宙生命体でもある液体金属生命体ソル。
そしてもう一つが未来から時空を越えて飛んで来た、未来のコアメダルであった。
男の名はレム・カンナギ。
ソルと未来のコアメダルを用いたレム・カンナギは、時間を操作するという信じられない力を発揮し、一時は仮面ライダー達を追い詰めたほどだった。
だが、流星はこの戦いには参戦していなかった。
レム・カンナギが他の仮面ライダー達に倒されるまでの一部始終を記録こそしていたものの、それ以外には何もしていなかったために、むしろ当事者達の大半よりもこの事件の全体像を正確に理解してたとさえ言える。
この事件が彼に教えたことの中で、インガが持ってきた案件に関わるものは二つある。
宇宙にはびこる生命体の存在と、未来から来たものの存在である。
「未来から来た存在が人類の危機を警告しに来たのよ。『仮面ライダー求む』って風にね」
「未来人からの警告だと……!? 普通は信じられないような話だな」
「教えに来た奴の容姿を教えたらもっと信じてもらえなくなりそうよ……」
「何?」
「まあ、それは脇に置いておきましょう」
未来から来た"イルカ"が警告しに来た、だなんて。
インガは口が裂けても言える気がしなかった。
たとえ朔田流星という男が、その経験から他の人間よりもずっと「未来から来た」という文面を受け入れられる男であったとしても、だ。
「その未来からの使者……『ルフィン』が言うには、歴史が変わりそうになっているそうよ。
それこそ、未来の世界に人類が残る可能性が残らなくなってしまいそうなくらいに」
「仮面ライダーが今度守るべきものは『未来』か。悪くないな」
流星は親指で鼻をこするような仕草を見せて、不敵に笑う。
こうして笑う流星はひどく頼もしく、インガもいつしかつられて妖艶に笑っていた。
「それで、敵は? その情報源から聞いているんだろう?」
「『種をまく者』。プレゼンターと太古の昔に袂を分かたった、プレゼンターの同族達よ」
「! なんだと!?」
プレゼンター。
それは宇宙に満ちる意志そのものであり、この宇宙の全てに呼びかけつつ、己の声に応える知的生命体を求めて、自身の端末を宇宙にばら撒く"この宇宙で最も遠い人類の隣人"だ。
されど、その意志にもかつて仲間は居た。
ただ呼びかけることだけを続けようとするプレゼンターに対し、彼と袂を分かたった『種をまく者』は、幾多の銀河に星や生命を蒔いていった。
時には生命に知性を与え、時には星を守るために侵略者を追い返そうとするくらいに過保護に、種をまく者は生命に手をかけ続けた。
種をまく者はこの宇宙に何人も居る。
遠い昔、地球を創ったのも、火星を創ったのも、地球に生命を生み出したのもその一人だ。
そして今また、地球を生み出した種をまく者とは別の種をまく者が、地球を脅かすのだという。
荒唐無稽な話だが、インガ・ブリンクはそれを本気で信じているように見えた。
「未来から得たデータは後で送るわ。信じて」
「君の言うことなら信じるが……だが、どういうことだ? 何故、種をまく者は俺達を狙う?」
「相対した時、直接聞いてみたらどうかしら」
インガはコイントスのように、手にしていたUSBを流星に弾く。
それをキャッチした流星は、必要な情報が全て詰まっているであろうUSBを見て、ここで答えないインガを見て、全てが明らかになっているわけではないのだろうということを察する。
知っているなら、彼女は聞けば答えるはずだ。
そのくらいには流星はインガという女性のことを理解していた。
「40年後の未来より更に先の未来から来たロボットと、その友人達。
悪性変異したソル、『アンゴルモア』を人知れず討った小さなヒーロー。
あなたにはまずその子供達と接触してもらうことになるわ」
この一件の鍵を握る子供達のことを、インガは語る。
「頼むわね、『仮面ライダーメテオ』。
種をまく者は彼らに真っ先に接触するはずよ」
確実なことはそれしか分からない、と暗にほのめかしながら。
とあるグラウンドで、小学生の子供達が野球を楽しんでいた。
特に大人に指導されているわけでもなく、チームで揃って練習をしているわけでもなく、本気で上達しようとしているわけではないようだ。
むしろ友好を深めるため、彼らなりの友情の確認法としての練習なのだろう。
「いいか~、のび太! お前はジャイアンズの穴だ!
次の試合は負けられないんだぞ! だから特訓だ特訓!」
「だからってこんなにノックされたら死んじゃうよ~! やめてよジャイアン!」
そこでは大柄な小学生が小柄な小学生にグローブを付けさせ、ノックをしていた。
「ドラえも~ん!」
「いい機会だから、ぼくの道具に頼りっきりなその根性を叩き直してもらったら?」
「はくじょうものー!」
小柄な少年はベンチに座っている青い狸のようなロボットに助けを求めるも、すげなくされる。
「のび太はジャイアンズのお荷物なんだから、当然だろ?」
「そう言うスネ夫だってこの前の試合、エラーしたじゃないか!」
「うぐっ……ぼ、ボクはいいの! 第一のび太の方は10回以上エラーしてたじゃないか!」
「むむむ」
線の細い少年に注意を向けようとするも、痛烈なカウンターを食らって小柄な少年は言い返せなくなってしまった。
彼らは月見台小学校の小学生と、その小学生を助けるために居る未来のロボットの四人組だ。
心優しく、人間ではない者とすら友になる少年『野比のび太』。
次から次へと打開策やひみつ道具を取り出し、友を支える万能屋『ドラえもん』。
体力自慢、ひと目で体格の良さが理解できるパワフルな少年『剛田武』。
お調子者で弱腰な線の細い少年『骨川スネ夫』。
時に日常を共に過ごし、時に大冒険を共に乗り越えて来た、まごうことなき友達だ。
彼らが今居るのは日常。それも、来週に迫った練習試合に向けての、野球の練習であった。
のび太と呼ばれた少年は外野のようで、ホームベースの横でバットとボールを持ったジャイアン――剛田武のアダ名。剛田ジャイ子のあんちゃんだからジャイアン――のノックを、そこで受けているようだ。
「ほらもう一本行くぞのび太ぁ!」
「もうやだー!」
ジャイアンは持ち前の年齢不相応な怪力で、カキンと小気味のいい音を立て、ボールを打つ。
それはのび太に真っ直ぐに向か……っては、行かなかった。
「どこ打ってるのさジャイアン!」
「やべっ!」
そも、ノックとは高等技術である。
慣れていなければ大人にも難しく、子供でできればそれだけで褒められていいくらいに難しい。
その時、ジャイアンが打ち出した打球は明らかに失敗だった。
ボールは余りにも強く、少しだけ高く、そこそこ横に逸れて打ち出され、のび太ではなくその時偶然そこに居た少女に向かって、曲線を描いて飛んで行く。
のび太達四人の共通の友達である、『源静香』のもとへ。
「あ、居た居た、のび太さーん」
「! し、しずかちゃん!?」
「やべえ!」
「あぶなーい!」
「よけてー!」
野球ボールは、硬軟問わず毎年何人もの怪我人を出している。
頭に当たれば万一がある上、失明のリスクだってあるものだ。
そして運悪く、ボールは彼女の目に直撃するコースを取り、のび太達四人が声を上げてようやく彼女は自分の危機に気付いた。どう見ても手遅れで、回避しようとしても間に合いそうにない。
「え? きゃあっ!」
少女が目を瞑り、ボールが迫る。
「しずちゃーんっ!!」
のび太が大声を上げ、その場の誰もが最悪の展開を予想する。
だが、そうはならなかった。
「ホゥワチャア!」
少女の背後より風のように駆けて来た誰かが、踏み込み、構え、打つ。
腰元近くから拳を押し出すだけの一撃。拳を振りかぶるなどの大きな予備動作もなく、けれど流れを意識した拳撃はよく力を乗せられており、鍛え上げられた拳はボールを綺麗に弾く。
壁に投げ当てられたボールのように、その誰かに殴られたボールは反射され、ノーバウンドでジャイアンの近くに居たスネ夫の手のグラブに収まった。
「うわ!?」
「すっげ……」
拳に弾かれたそのボールの軌道がまるで『流星』のようで、のび太・スネ夫・ジャイアンは思わず見惚れてしまう。
狙ってグラブに叩き込んだのだとすれば、どれほどの技量があるというのだろうか。
ボールを弾いた美丈夫の青年は、静香を連れて少年達の近くまで歩み寄り、意図して厳格な表情を作って子供達をたしなめた。
「玉遊びをする時は気を付けろ。危うくこの子が怪我をするところだったぞ」
「は、はいっ!」
厳しめの口調だが、彼の言うことも正論だ。
もしも、本当にもしもの話だが、のび太達がやっていた玉遊びがゴルフだったなら、助けに入った流星は筆舌に尽くしがたい微妙な顔をせざるを得なかっただろうから。色んな意味で。
のび太達が使っていたのが硬い球だったなら、彼の拳も無事ではなかったはずだ。
少年達も、これからは少し周囲に気を配りながら野球をするようになるだろう。
男に叱られたことを噛みしめ、反省しつつ、そこでのび太は気付く。
ドラえもんが見たこともないような表情をしていた。
未来から来た猫型ロボット(非猫耳ロボット)はその男をじっと見て、呆けた表情を浮かべながら口を開く。
「朔田……流星……?」
ドラえもんは、初対面のはずのその男の名を知っていた。
「え、ドラえもんの知り合いなの?」
「俺のこともリサーチ済みか。22世紀から来た未来のロボットという肩書も伊達ではなさそうだ」
「!」
のび太はドラえもんに問いかけるが、答えが来る前に横からの流星の声に驚かされてしまう。
見知らぬ大人が、ドラえもんの正体と未来から来たという秘密を知っていたのだから、それも当然だろう。実際そこまで秘密にしていたことでもなかったのだが、見ず知らずの人に面と向かって言われたことで、のび太はかなり動揺してしまったようだ。
男は、少年達に向き合って名を名乗る。
「俺は朔田流星。インターポールの捜査官だ」
「いんたーぽーる?」
「なんだそりゃ、くいもんの名前か?」
流星の自己紹介に、字面が想像できていないのび太は間の抜けた声を返し、ジャイアンはかなりズレた返答を返す。
だがこの二人と違いそこそこ知識があるスネ夫は理解ができたようで、顔を真っ青にして小刻みに震え始めていた。
「い、
「警察!? お、おおおオレ達は何も悪いことしてないぞ!」
「落ち着いてスネ夫さん、たけしさん。この人は私達と、ドラちゃんに会いに来たのよ」
「ドラえもんに?」
静香は慌てるスネ夫とジャイアンを落ち着かせようとする。
流星も極力威圧しないよう、穏やかな口調を心がけつつ、少年達に話しかけた。
「驚かせてすまなかった。君達を捕まえるつもりはないから安心してくれ」
「ほっ、よかったぁ」
まずそこを断言されたことで安心したようで、のび太は胸を撫で下ろす。
ジャイアンやスネ夫も露骨に安心した様子を見せていた。
「だけど、少し話がしたいんだ。時間を貰っていいか?」
「あ、大丈夫ですよ。話って?」
「まず前提の話をしよう。
インターポールは、君達のような未来からの来訪者の存在を認識している」
「ええ!?」
「あれだけ堂々と道具を使い、外を出回っていれば隠し通せるものでもないさ」
この世界には未来からのコアメダルが来たこともあれば、未来の仮面ライダー達が来訪して悪魔と戦ったこともある。時間や時系列といったものは意外とガバガバなのだ。
よって、インターポールは未来からの来訪者に対してかなり寛容である。
ICPOは超常の技術で様々な事件を観測している科学研究財団、財団Xの活動拠点にも何度かガサ入れをしており、財団Xを介して普通の人間が知り得ないこともいくつか把握していた。
ドラえもん達の大冒険の内、いくつかもそう。
だからこそ、流星はまず"自分は知っている"という前提を少年達に告げた。
「俺達インターポールも、大事にならなければコトを構えるつもりはない。
ただ『フエール銀行』などの道具は使用を控えた方がいいな。あれは目を付けられる。
いつまでも見逃して貰えると、何をしても見逃して貰えるとは思わないようにな」
「は、はい」
「と、前置きが長い上に説教臭いか、これじゃ。本題に入ろう。
インターポールは君達に問題がないと太鼓判を押すために、君達を見極めようとしている」
続いて、『建前』を口にする。
嘘をつくことも、騙すことも、暗躍することも朔田流星にとっては慣れたものだ。
彼が嘘・騙す・暗躍することが上手いかどうかは別として。
「よって、俺が付くことになった。
少しの間俺が見張り、それで問題がないと判断したなら……暫くは、お咎め無しってわけさ」
「と、いうわけなのよ。だからわたしは、流星さんをドラちゃん達の下に連れて来たの」
表向きは、流星がドラえもん達を見張って問題がないかどうか確かめる、という話。
その実、宇宙から来たる侵略者が真っ先に接触すると予想されているこの子供達に流星が付き、なんとか守りつつ水際で脅威を食い止める……という作戦だ。
「ぼ、ボクらは何も悪い事してないからね。捏造したらパパに言いつけるぞ!」
スネ夫が怯えた様子を見せつつ、えばって虎の威を借り胸を張る。
「へへっ、よく分かんねえけどよろしくな! 流星さん!」
ジャイアンは考えるのが面倒くさくなったようで、流星をあっさりと受け入れつつ、いかにもガキ大将といった風な笑みをニッと浮かべていた。
考えなしの思考にも見えるが、あるいはかつてこの少年が師事した『棒術使いの達人』に近い雰囲気を、流星から感じ取ったからなのかもしれない。
「あ、さっきは助けてくれてありがとうございました」
静香は流星に礼をしながらしっかりと頭を下げて、育ちの良さをほのかに見せる。
「うん、よろしくね。流星さん」
次にドラえもんはにこやかに笑い、流星に親しげに話しかけた。
だが、そこでドラえもんと一番付き合いの長いのび太が違和感を覚える。
この話の流れなら、ドラえもんはその性格上慌て狼狽えていた方が、自然に思えたのだ。
なのにドラえもんは、のび太の視線の先で朔田流星という青年に対し、のび太が違和感を抱くくらいに心を許しているように見えた。
けれど違和感は小さなものだったので、のび太は特に気にせずに流星に歩み寄り、その右手を差し出した。
「流星お兄さんでいい……いいですか?」
「敬語は慣れてないなら使わなくていい。俺も、遠慮なくのび太と呼ばせてもらうからさ」
「うん、ありがとう!
ドラえもんの道具が危険なものじゃないって、きっと分かってもらうからね!」
流星もその右手を取り、固く握手を交わす。
子供達と朔田流星の繋がり。その始まりは、嘘の仮面を被った善意だった。
流星は昔の自分、子供だった頃の自分を思い出す。
あの頃の彼には何をするか分からない危うさがあった。
今となっては、それは若さゆえの暴走、若さゆえの過ちだったのだと分かる。
その上で思う。朔田流星は思うのだ。
若い頃の自分はここまで無茶苦茶だっただろうか、と。
「ようこそ! 僕らの宇宙ステーションへ!」
よもや、"小学生が夏休みの自由研究で作っている宇宙ステーション"に招かれるとは。
「へへ、どう? 今度こそビックリした? 流星お兄さん」
「……ああ。正直度肝を抜かれたよ」
今は夏休み。だから自由研究のために奇抜なものを探す、ここまでは分かる。
そこで宇宙ステーションを作ろう、と思い至るスケールの大きさがおかしかった。
子供達の要望に応え、ドラえもんが未来の世界のひみつ道具『宇宙ステーション実験キット Vol.2』を渡したという背景があったとはいえ、流星は目を剥くほどに驚いていた。
流星が事情を聞けば、静香と一緒に自由研究がしたかったのび太がドラえもんに泣き付き、ドラえもんが宇宙ステーションを作れる未来の成人用キットを出し、それを嗅ぎつけたスネ夫とジャイアンが乗っかって、今では皆が自分の部屋の領有を主張しているほど……とのこと。
この宇宙ステーションに来てからやけにテンションが高い子供達を見つつ、流星は子供達を微笑ましい気持ちで見守る。
(成程、秘密基地のようなものか。小学生の頃は誰もが通る道だな)
微笑ましい気持ちに、懐かしい気持ちが加わって。
(……いや、待てよ、それだと……
若い頃の自分を思い出して、少し恥ずかしい気持ちが加わった。
それを子供達の前で顔に出さないだけ、流星も大人になったということなのだろうか。
「行くぞスネ夫! 低重力キャッチボールだ!」
「待ってよジャイアン~!」
駆け出していく二人から目を離し、流星はステーションを見渡した。
大きさは大体、小さめの小学校の敷地一つ分くらいだろうか。
子供達が好きな部屋を取り合えるくらいに部屋があり、広場は野球ができるくらいに広く、かつちょっとやそっとのことでは壊れないかなり頑丈な造りをしていた。
壁際には素材不明の窓があり、地球が見える。
遠く離れた地球からこの宇宙ステーションにまで一瞬、というのがひみつ道具の凄いところだ。
「でも、『どこでもドア』でビックリしないんだね。流星お兄さんは」
「ああ。学生時代似たようなものを使っていてな」
「ええっ! そうなの!?」
驚くのび太が歩いて行く流星を目で追えば、低重力設定がなされている宇宙ステーションの廊下を彼はすいすいと進んで行く。
その宇宙での移動に慣れた様子は、彼の言うことが嘘でないことを如実に示していた。
「ふふふ。どう? 流星さん。
この宇宙ステーションはのび太くんが頑張って作ったんだよ。
ミニチュアを作って、ボタンをポチっと押すだけなんだけどね」
「なるほど、そういう仕組みか。気密が不安だな」
「ちょっと! ひどいよ流星お兄さん!」
「怒るな怒るな、冗談だ」
のび太の功績と頑張りが誇らしいとでも言いたげに、ドラえもんが胸を張る。
流星が冗談を飛ばせば、のび太が顔を赤くして跳び上がる。
益体もない会話を重ね、三人はいつしか皆笑っていた。
「しかしお兄さん、か。年下にそう呼ばれるのは初めてだな」
「そう? 流星お兄さんはお兄さんー、って感じだと思うけどなぁ。ね、ドラえもん?」
「うんうん。のび太くんはそう呼びそうだと思ったよ」
「そうか……?」
流星は昔、少年だった頃に自分が無愛想だの短気だの言われていた覚えがあるので、どうにも違和感が拭えない。それもまた、年月が変えた彼の一部分なのだろう。
「ドラちゃーん!」
「あ、しずちゃん」
「ん?」
ドラえもんを呼ぶ声、応えて名を呼ぶドラえもん。
流星がドラえもんを呼んだ声の方に目を向ければ、そこでは静香が車に乗っていた。
(あれは……バギーカーか?)
車は並んで歩いていた流星、のび太、ドラえもんの前で停まる。
赤い車体のバギーカーは、ボンネットの上辺りに透明なドーム状の何かがあり、その中にぷかぷかと小さなネジが浮いている。
「まさか宇宙ステーションの中でクルマに乗るとは。君は運転できるのか?」
「ううん、バギーちゃんはわたしが運転しなくても勝手に動いてくれるのよ」
『ウンテンハ、オマカセクダサイ』
「しかも喋る口と頭があるのか。絵に描いたような未来の車だな」
のび太の後に続いたのか、他の子供達同様すっかり敬語が抜けた静香は車を降りる。
その時、小さなネジの入ったドームを彼女が愛おしげに撫でたのを、流星は見逃さなかった。
「『水中バギーカー改』。これもぼくの道具の一つなのだ!」
「そこに浮かんでいるネジは何だ?」
「これ? ……これは、バギーちゃんのかけら、かな」
(バギーちゃんのかけら?)
静香は何かを堪えるようにそう言った。
流星は怪訝そうな表情で口を開きかけるも、やめる。
誰にも秘密はあり、踏み入って欲しくないと思っていることと、踏み入って欲しいと思っていることの二種がある。
彼女の場合は前者だと、なんとなく流星は思ったのだ。
だから彼は踏み込まない。
が、気遣いの能力は年齡を重ねることで伸びていくが、逆に言えば子供の頃はまだ育ちきっていないことが多い。
「しずちゃん、大丈夫? バギーがまた何かやっちゃってない?」
「……どういう意味?」
「え? だって、ジャイアンやスネ夫が死にかけてたのを黙って見てたことがあったし……
僕、あんまりいい思い出無いもの。そのバギーに」
のび太はあまり深く考えずに、純粋に静香の身の心配をする。
悪意はない。優しさはある。ただ、思慮が足りていなかった。
のび太は言ってしまう。
「しずちゃんがこのバギーに怪我させられないか、僕心配なんだよ」
「……!」
昔、海の底で『バギー』に命を助けられた源静香に言ってしまう。
「バギーちゃんはわたしを傷付けたりしないわ! 絶対にっ!」
「え?」
「なんでそんなこと言うのよ! のび太さんのバカ!」
「ちょ、ちょ、しずちゃん落ち着いて」
「のび太さんなんて知らないっ! だいっきらい!」
「しずちゃん!?」
静香は涙を浮かべて叫び、のび太に背を向けて走り去ってしまう。
良かれと思って言ったのに、それが逆に静香を傷付けてしまう結果になってしまったことで、泣きそうな顔ののび太は去り行く彼女の背に手を伸ばしたまま、口を半開きにしていた。
「あ、ああ……」
(……この子は少し、優しすぎるな)
友人に対するのび太の反応を見て、流星は野比のび太という少年のことを理解しつつあった。
「……なんだよ、もう! 僕だってしずちゃんのことなんか知らないもんね!」
(だがまだ子供か。難儀なことだ)
優しさを訳の分からない怒りで返され、理不尽な怒りに戸惑ったり不快感を覚える前に、まず少女の心配をする。きっかけとなった言葉だって、少女の身を案じたものだ。
だけど理不尽に怒られて、怒らないような寛容さもまだ育っていない。
『優しい子供』。流星の中で、のび太はそんな印象を受ける少年だった。
静香が走り去って行った方向とは逆の方向に、ぷんすか怒ったのび太が走り去っていく。
「のび太はバカだなあ」
「でもよー、しずちゃんなんで怒ったんだろうな」
「ボクに分かるわけないじゃん」
「ど、どうしよう、ぼくはどっちを追えば」
キャッチボールを切り上げて、喧嘩を見聞きしていたジャイアンとスネ夫がのび太をバカにしつつ、静香の理不尽さに首を傾げている
ドラえもんは静香の後を追うべきか、のび太の後を追うべきか、右に左に右往左往しオタオタしながら頭を抱えていた。
互いの考えていることを察する能力が育ちきっていない子供に、窮地に弱い猫型ロボット。
見守るだけではこれ以上好転しないであろうことを確信し、流星は軽く息を吐いて、その場の三人に向かって口を開いた。
「あの子は友達のために怒ってたんじゃないのか?」
「え?」
「大切な友達の悪口を言われたから怒ったんじゃないか?」
流星の見たところ、のび太を始めとする少年達はドラえもん以外の全員が、『バギー』なるものにいい思い出がないように見える。
けれど、静香はとても大きな思い入れがあるのだと、そう感じた。
源静香にとってあのバギーカーは『友達』なのだと、そう理解した。
「俺に詳しい事情は全く分からないが……どちらが謝るべきなのかは、分かるさ」
どちらが悪いか、ではなく。どちらが謝るべきか、と流星は言う。
時に、どちらか片方が絶対的に正しいと言えないことはある。
そんな時にも、どちらが謝るべきなのかが定まっている時はあると、朔田流星は知っている。
流星はのび太が走り去って行った方に足を向け、その途中で一度横を見て、そこに居たバギーカーに向かって話しかける。
「お前はどう思う?」
『シズカサンガナイテイルノハ、イヤ』
「良い答えだ。シンプルなところが特にな」
シンプルなバギーカーの返答に、彼はシニカルに笑ってその場の全員に背を向けて、のび太の後を追って行った。
朔田流星は学生時代のことを思い出しながら、廊下を歩く。
こうしていると、彼は自分が誰かと喧嘩をすると誰かが間に入り、誰かと誰かが喧嘩をすると自分が間に入る、そんな日々を繰り返していた高校時代が無性に懐かしくなってしまうのだ。
特に多かった、如月弦太朗と歌星賢吾の喧嘩。その間に自分が割って入って行った日々を思い返しながら、流星は長椅子に座っていたのび太を見つけ、その隣に座る。
「やあ、のび太」
「流星お兄さん……」
流星は特に何も言わない。
人一人分くらいの距離を空けて座り、ただのび太の傍に寄り添っている。
どちらも口を開かず、時間は緩やかに流れていった。
「……」
「……」
一分か、十分か。あるいはもっと長かったかもしれないが、沈黙の果てにのび太は口を開く。
ぽつり、ぽつりと、少年は青年に向かって言葉と思いを吐き出し始めた。
「……しずかゃんは、この世界は、『前のバギー』に助けられてるんだ」
「前のバギー?」
「前に、海の底でアトランティスの残した海底鬼岩城って所に行ったの。
放っておいたら世界が滅ぼされちゃう、って言われたから皆で頑張ったんだ。
その時しずちゃんと世界を救ってくれたのが、今のバギーと同じ型の、前のバギー」
「世界の危機、か」
人知れず世界の、人々の平和を守る。
それは公に知られることのない影の名誉であり、彼らだけの勲章だ。
仮面ライダー達も、ドラえもん達もそれは変わらない。
だが、戦いの中で生まれるものは名誉だけではない。犠牲者が、死者が出てしまうこともある。
仮面ライダー達も、ドラえもん達もそれは変わらない。
「前のバギーは、しずちゃんを助けてネジ一本だけを残してこなごなになっちゃったらしいんだ」
「ネジ……なるほどな。今のバギーに取り付けられていたネジは、そういうことか」
「僕だって、バギーにはありがとうって思ってるよ。
でも……でも、しずちゃんだってあそこまで言う必要はないじゃないか!
べつにバカになんてしてないのに! キー!」
のび太は静香のためにその身を投げ打ったバギーの勇姿を知らない。
そもそも静香に対してしか優しくしていなかったバギーにあまりいい印象を持っていない。
バギーに対するのび太の印象の中で最も強いのは、ジャイアンとスネ夫が海の底でゆっくりと死んでいくのを何もせずに見ていた、そんなバギーのことだ。
対し静香も、自分のために死んでしまった友達のことを忘れられない。
自分の感情と印象は自分だけのものであると分かっているはずなのに、それでもバギーのことに関しては過剰に過敏になってしまう。
今はもうここに居ない、もう会えない、そんな車の友達のことを思い出して涙が溢れてしまう。
今のバギーと前のバギーは別の存在で、記憶すら受け継いではいないのに。
だから静香から見ればのび太はバギーに対する思いがぞんざいで、のび太から見れば静香はバギー関連の話題に対して過剰に反応しすぎに見える。
どちらが正しい、間違っているという話ではない。
二人はまだ子供だから、こんなことでも喧嘩してしまうというだけのことなのだ。
のび太と静香の幼年期は、まだ終わってはいないのだから。
(今頃は静香ちゃんの方も、言い過ぎたと後悔している頃かな)
流星は今、静香の方はどうしているだろうかと頭の中で推測をしている。
年上の余裕からか、彼は子供達の言葉にある程度の余裕をもって対応できているようだ。
「のび太、お前の言葉で彼女は傷付いたんだ。
お前に悪気がなかったとしても、お前が謝るべきなんじゃないか?」
「うっ……や、やだよ! しずちゃんが謝るまでは!」
彼女が傷付いた、という部分に反応してのび太は罪悪感を顔に浮かべるが、すぐにちょっとだけ意地を張ってぷいっと顔を逸らしてしまう。
流星はそんなのび太を見て、溜め息一つ。
そして真剣な表情で、のび太を諭し始めた。
「いいか、のび太。友達と喧嘩した時は、意地を張らずに謝るべきだ。
すぐに仲直りしようと思うべきだ。でないと……どうしようもなく、後悔してしまう時が来る」
「え?」
妙に実感のこもった言葉に、のび太は流星の方を向いたまま、目を逸らせなくなってしまう。
目を逸らせない。耳を塞げない。聞き流せない。
「俺はかつて、二度も友を傷付けた。
俺が傷付けた友は生死の境を彷徨い……二度と会えない可能性の方が高かったくらいだ」
言葉を挟めないのび太に対し、流星は血を吐くような言葉を聞かせ続ける。
昔、流星は二人の友を傷付けた。
一人目は流星の親友、井石二郎。
同じ武術を習っていたものの、天賦の才を持っていた流星は才に恵まれなかった二郎を無自覚に傷付け、コンプレックスから力を求めた二郎は意識不明の重態に陥ってしまう。
流星は二郎を助けるため、ずっと一人で、手段を選ばず戦うことを決意した。
二人目は如月弦太朗。
誰も信じず一人で居ることを選び、周りの全てを嘘で騙し続けていた流星に、本気の友情で向き合い「友達になりたい」と流星に思わせた、熱い心で学園の生徒全員と友達になる男。
流星は二郎を助けるため敵の幹部と取引し、弦太郎を死なせかけてしまったことがある。
弦太郎は息を吹き返し、後に流星を許したものの、流星がその時の感謝と罪悪感を忘れることは一生ないだろう。
井石二郎と如月弦太朗。
二人を傷付けた後悔は、今も彼の心の奥底にある。
無自覚に友を傷付けた後悔も、友の命を助けるために友を傷付けてしまった後悔も。
「俺は、その時怖かったよ。
もう二度と会えないと、もう二度と話せないと思えば、それだけで胸が張り裂けそうで……
そして、なにより。
『傷付けたことを謝ることすらできないまま終わるんじゃないか』と、想像するのが怖かった」
「……!」
流星は、友を傷付け、その友に謝ることすら許されない時間が生む苦痛を知っている。
友を傷付けるということは、呪いのようなものだ。解くには、謝るしかない。
「友達を傷付けて、謝ることもできないまま、もう二度と話すこともできないかもしれない……
そんな"もしも"を考えながら過ごす毎日は、針の筵のようだった。君はそうなるべきじゃない」
あの眠る友を思う後悔の日々を、友を裏切ってからの後悔の時間を、彼は今でも覚えている。
苦痛と苦悩と隣り合わせの日々だった。
友が息を吹き返し、詫びることが出来たその瞬間まで、彼はずっと地獄の中でもがいているような気持ちの中に居た。
「謝れる時に謝り、仲直りできる時に仲直りするべきだ、のび太。
それは当然の権利じゃなくて、ある日突然無くしてしまいかねないものなんだからな」
流星の言葉の中には、身震いするような感情が込められていた。
それを聞いている内に、のび太は「もしこのまましずちゃんと仲直りできないままになったら」と、想像して怖い気持ちになってしまう。
本気の思いは伝わる。
流星の若かった頃の後悔の話は、基本的に相手の気持ちを分かろうとするのび太に対し、それなりに強く響いたようだ。
「……うん。僕、しずちゃんに謝ってくる」
「よし。いい子だ」
流星の言葉で意地になっていた自分の気持ちを振り切ったのび太は、立ち上がる。
「じゃ、行って来ますっ」
「ああ、行って来い」
足が遅いなりに全力疾走するのび太を見送り、流星は近場の窓を見る。
遠く離れた地球を見ながら、彼は懐から青いスイッチを取り出した。
「……俺も、ヌルくなったもんだ」
特に親しいわけでもない子供のために、ここまで手を尽くし言葉を尽くして仲直りさせようとしていた自分を省みて、自嘲気味に笑いながら、流星はスイッチを用いて通信を繋ぐ。
「こちら流星。インガ、応答してくれ」
『こちらM-BUS。インガ・ブリンク、到着しているわ』
「よし」
地球の周りには、どこの国にも属さない人工衛星がいくつか浮かんでいる。
その一つが今や流星をサポートするためだけに稼働するMETEOR BACK UP SATELLITE……省略し、M-BUSと呼ばれる人工衛星だ。
流星がドラえもん達と接触してる間に、インガは宇宙に飛び出しM-BUSに搭乗。
コズミックエナジーのビーム砲なども搭載しているこれを、有事に使えるように各種機器をチェックしつつ、流星のサポートのためにそこで待機しているのだ。
M-BUSとのび太達の宇宙ステーションは現在、地球を挟んでちょうど反対側に位置しているくらいに遠いのだが、コズミックエナジーを用いた通信に距離が原因のラグが発生することはない。
『それにしても、いいお兄さんしてたじゃない。ね? 流星お兄さん?』
「……俺の監視は頼んだが、余計なことに首を突っ込めと言った覚えはない」
『全く、余裕が無い男ね。でも意外だったわ。
普段のあなたの面倒見が悪いわけじゃないけど、ちょっとあなたらしくなかったもの』
流星が手にしたスイッチから飛んで来る声は、彼をよく知る相棒の声であり。
彼が変わりつつあること、彼が変わった理由をよく知る相棒の声であり。
『やっぱり、そろそろ父親になる男は自覚からして変わってくるのかしら?』
「……否定はしない」
『トモコも妊娠八ヶ月。これが終わったら、まとまった休みを取りなさいな』
朔田流星、朔田知子の両方と友である、インガ・ブリンクの祝福と思いやりに満ちた声だった。
流星の妻は妊娠している。
あと数ヶ月と経たない内に、流星は『男』から『父親』になるのだ。
だからなのだろう。
彼が『子供』に対し、以前よりもずっと強く"守らなければ"と、"どうにかしてやらないと"と責任感を感じるようになったのは。
『男』が持たず、けれど『父親』が持つ自覚が、流星を内から変えているのだ。
『子供の名前はもう決まってるの?』
「女の子の名前はもう候補を二つまで絞ってる。
女の子の方の名前は、ユウキ君と風城会長が物凄く熱を入れていてな……」
『あらあら。その光景、簡単に想像できるね。男の子だった場合の名前は?』
「
『? 二人にとって思い入れのある名前なのかしら』
「……ああ。俺達が、きっといつまでも忘れられない大切な名前だ」
インガ・ブリンクに"江本州輝"という名を告げたところで、高校時代に流星達と共に戦ったわけではないインガには、彼らが子に付ける名に込めた思いを理解することは出来ないだろう。
それでいい。彼も理解してもらおうとは思っていない。
『ともかく、ちゃんと帰って来ないとね』
「ああ。俺達の子が生きていける世界を守る。
俺も知子と子供の下に帰るために、必ずどうにかしてくるさ」
『それはいい心がけ』
流星が意気込みを彼女に語った、まさにその時。
「きゃあああああああっ!!」
源静香の悲鳴が、宇宙ステーションの中に響き渡った。
「……来たか!」
戦いの中で鍛え上げられてきた流星の勘が、敵の襲来を確信させる。
とうとう来たのだ。未来から警告が飛んで来るほどの、恐ろしい敵が。
流星は手にしたスイッチのモードを切り替え、声が聞こえた方向へと走り出した。