英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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プロローグ

 

 

 

 目を覚ました俺の目の前に居たのは小さな女神様だった。

 

「ああ、よかった。やっと(・・・)目を覚ましてくれたね」

「……あなたは……」

「ボクはヘスティア! 神ヘスティアさ!」

 

 聞いたことのある名前だった。

 確かクロが言っていた……。

 

「……駄神」

「駄神言うなー!!」

 

 女神様はクロめ余計な事をとブツブツと恨めしそうに言っている。

 天界にいる友()が最近下界に降りてきたと。降りてきたはいいが、全く自ら行動せず他の神の所にお世話になってると。クロはそう言って笑っていた。

 そうだ、クロは……。

 

「……クロは?」

 

 俺の問いかけに女神様の表情が変わった。

 眉を下げた後、何かを考えるように眉間に皺を寄せる。だが、すぐに俺に真剣な表情を向けてきた。

 その表情に心臓がドクリと嫌な音を立てた。

 

「落ち着いて聞いて欲しい」

 

 女神様の口から聞かされたのは、クロが行方不明で噂では天界に送還させられた可能性がある事。クロと俺のファミリアが消滅した事。クロと俺のホームがあった場所で倒れていた俺を女神様が見つけてくれた事。

 

「クロ……」

 

 思い出した。

 真っ赤に燃えるホームとその前で倒れていたクロの姿を。

 いてもたってもいられなかった。

 

「あっ! ちょっと待つんだ!!」

 

 女神様の制止を無視して、俺は寝かされていたベッドから起き上がって、その部屋の扉から外へと出た。

 外へと出れば、空は暗くなっていて、満天の星が煌めいていた。

 そんな中を只々走った。足が上手く動かなくて、何度も転んだ。何度も躓いては転んだ。でも、止まれなくて……。

 

「クロッ……クロッ……クロッ!!」

 

 

 俺の大切な場所(ホーム)はそこにはなかった。

 俺の大切な(神様)もそこにはいなかった。

 

 

 走ってきたせいか、思うように息が出来ない。喉の奥が熱い。

 

「っ……ぁあっ……」

 

 頬を何かが伝った。

 ポタッと地面に染みを作ったのは、俺の頬を伝って零れ落ちたそれ。

 頬にそっと触れれば、手が濡れた。その時に気付いた。

 

 俺は、泣いているのか。

 

 自覚した途端、何かが崩れるように大粒の涙が幾つも零れ落ちる。

 足に力が入らなくなってその場に膝をつく。

 思い出すのは、クロのこと。

 

 彼は言った。

 ――お前はどうしたい。

 彼は言った。

 ――なら、特別にお前を俺様の眷属にしてやる。

 彼は言った。

 ――英雄より騎士になりたい? なら、まずは好きな女の一人でも作れ。

 彼は言った。

 ――お前以外の眷属なんて俺様には必要ねーよ。

 彼は言った。

 ――男が泣くんじゃねぇ……。

 彼は言った。

 ――お前は強い。

 彼は言った。

 ――どんな事があっても生きろ!!

 彼は言った。

 ――俺様を殺せ、チヒロ。

 

 

「俺が……俺がッ!!」

 

 ふわっと何かに包まれた。

 突然の事に体がビクッと震えた。

 

「大丈夫……大丈夫だよ」

 

 耳元から聞こえたのは、あの女神様の優しい声。

 子供をあやすように俺の頭を優しく撫でる。

 

「……っ」

 

 体の底から込み上げくるものを堪えるように、俺は口を結ぶ。

 だが、女神様は我慢しなくていいと言うように、優しく囁いてくる。

 

「ここにはボクとキミしかいないから安心していいよ」

 

 俺は只々泣いた。

 口から漏れる声も抑えず、小さな子供が親に縋るように泣いた。

 

 

 

 

「キミはどうしたい」

 ――お前はどうしたい

 

 俺の前で微笑む女神様がクロと重なる。

 そっと差し出された小さな手。

 

「もし、キミがよければボクの所に来ないかい? ちょうど今、ファミリアの構成員を探しているんだ」

 

 (クロ)彼女(ヘスティア)は違うのだ。

 でも、それでも今の俺は何かに縋りたかったのかもしれない。

 また(・・)大切な人を失った悲しみを何かで埋めたかったのかもしれない。

 その小さな手を取ってはダメだと分かっていたのに、俺はその手に自分の手を重ねていた。

 嬉しそうに笑った女神様が俺にはとても眩しくて。

 

「ようこそ、ヘスティア・ファミリアへ! 歓迎するよ、チヒロくん」

「……よろしく……お願いします」

 

 それが俺と女神様(ヘスティア)の出会い。

 

 

 


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