英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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2015/08/11
『懸想』から『敬慕』へ変更。


第9話

 

 

 

「さて、ジャガ丸くんも食べた事だし、キミ達の【ステイタス】を更新しようか!」

「はい!」

 

 ヘスティアとベルが元気に立ち上がって、部屋の奥にあるベッドへと向かう。チヒロもその後に続くようにゆっくりと立ち上がってそこに行く。

 ふと、ベルがチヒロに顔を向けてくる。

 どちらから更新するかという事を言いたいのだろうと察して、顎でクイッとベルからと促す。

 それを見ていたヘスティアがベルに声をかける。

 

「じゃあベル君からね! いつものように服を脱いで寝っ転がって~」

「わかりました」

 

 上着を脱いだ事で、包むものが無くなったベルの上半身が目に飛び込む。一番目を引きつけたのは、背中にびっしりと刻み込まれた黒の文字群。

 それが『神の恩恵(ファルナ)』だ。

 それは神々から下界の住人に与えられる恩寵。

 様々な事象から【経験値(エクセリア)】を得て能力を引き上げ、新たなる能力を発現させることを可能とする。

 要は、人間を極めて効率よく成長させる力である。

 ベルはヘスティアに促された通りに、ベッドにうつ伏せで寝転がる。

 そうすれば、その上にヘスティアがぴょんっと飛び乗った。

 

「そういえば死にかけたって言ってたけど、一体何があったんだい?」

「ちょっと長くなるんですけど……」

 

 ベルが口を動かしている間に、ヘスティアはベルの背中を何度か撫でてから、チヒロがいつの間にか用意していた針を受け取って、自身の指先に針を刺して、滲み出るその血を、そっとベルの背中へと滴り落とす。

 皮膚に落下した赤い滴は比喩抜きで波紋を広げて、その背中へと染み込んでいく。

 

「出会いを求めて下の階層って……キミもほとほとダンジョンに夢を抱えているよなぁ。あんな物騒な場所にキミが思っているような真っ白サラサラの生娘みたいな娘、いるわけないじゃないか」

 

 チヒロもそれに同意するように頷いている。

 そんな二人の反応に、ベルは慌てて弁解し出す。

 

「き、生娘……! い、いえでもっ、別に決まりきってるってわけでもないでしょう!? エルフなんて自分が認めた人じゃないと手も触れないなんて聞きますよ!」

「怒鳴るな怒鳴るな。まぁエルフみたいな種族もいれば、アマゾネスみたいに強い子孫を残すためだけに屈強な男へ体を許す種族もいるんだ、キミの過度な期待は身を滅ぼすだけだとボクは思うな。チヒロ君も何か言ってやれ!」

「帰ってくる間に十分言った」

「……うぅっ」

 

 ベルにとっては重いことをさらりと告げられて、枕に顔を埋没する。

 そんな話をしている間も、ヘスティアは手を止めずにステイタスの更新を行っている。

 ベルの背中に神血(イコル)で刻まれるのは、【神聖文字(ヒエログリフ)】と呼ばれる、神様達が扱う文字。

 この神聖文字を読めるのは、神様とエルフなどの極一部の者だけだ。昔、前主神から教えてもらったチヒロもその極一部に入る。

 

「それに、アイズ・ヴァレンシュタイン、だっけ? そんな美しくてべらぼうに強いんだったら他の男どもがほっとかないよ。その娘だって、お気に入りの男の一人や二人囲っているに決まっているさ」

「あ、えと……」

 

 そのヘスティアの言葉に、ベルは言葉に詰まる。

 思い出すのは、エイナとの会話。

 

「どうしたんだい? ベル君」

「あ、いえ……実はヴァレンシュタインさんの好きな人って師匠らしくて……」

「な、なんだってーっ!?」

 

 あまりの衝撃的な事実に、ヘスティアはバッとベルの背中から飛び起きてチヒロへと詰め寄ろうとする。

 だが、それはその本人に肩を掴まれた事によって阻止された。

 

「更新中に動くな」

「そんな大事な話聞いてないぞチヒロ君! 何故僕に話してくれなかったんだい!? もしかして付き合ってるのかい!?」

「付き合ってない」

 

 それよりも更新を続けろと促してくる空色の瞳に、ヘスティアは渋々止まっていた手を動かす。

 

「そりゃ、チヒロ君がヴァレン何某とお付き合いしたいって言うんなら、僕も反対はしないけどさ。でも、ロキの【ファミリア】に入っている時点で、婚約は難しいよ」

「だから、そういう関係じゃないから」

 

 何だかんだ言ってチヒロとアイズの関係に納得していないヘスティアが、ブツブツと拗ねたように言う言葉に、チヒロは小さく溜息をつく。

 大抵、ファミリアに加入している者は、ファミリア内かあるいは無所属(フリー)の異性と結婚する。

 別のファミリアの相手と結婚して子供が出来ると、じゃあその子供はどちらの所属になるの?という話になってしまうからだ。

 

「もし、チヒロ君とそのヴァレン何某に子供が出来てみろ、ロキなら絶対に『うちがもっらうーっ!』なんて言って攫っていくよ、絶対に!!」

「だからアイズとは別に……」

 

 今日何度目かの否定の言葉を紡ぐ。

 正直、もう否定するのも疲れてきたとチヒロの顔には書かれている。

 

「はいっ、終わり! まぁベル君はそんな女のことなんて忘れて、すぐ近くに転がっている出会いってやつを探してみなよ」

「ヘスティアとかな」

「そうそう――って、チヒロくーんっ!! 口に出したら意味ないだろ! 僕が言った意味が!!」

 

 顔を赤くして慌てているヘスティアと、さっきのお返しだと言わんばかりのチヒロを見て、ベルは肩を落とす。

 

「……酷いよ、師匠も神様も」

 

 ベルが脱いだ服を着直している間に、ヘスティアがチヒロから受け取った用紙に更新したステイタスを書き写す。

 チヒロと違ってベルは神聖文字を読むことは出来ないので、ヘスティアが下界で用いられている共通語(コイネー)に書き換えてステイタスの詳細を毎度伝えている。

 

「ほら、キミのステイタス」

 

 差し出された用紙をどうもと受け取って、それに視線を落とす。

 チヒロも気になる事があった為、その用紙を横から覗き込む。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 力:I 77→I 82 耐久:I 13 器用:I 93→I 96 敏捷:H 148→H 172 魔力:I 0

 《魔法》

 【】

 《スキル》

 【】

 

 これがベルの背中に記されているステイタスの概要。

 基本アビリティ――『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』といった五つの項目で、更にSからA、B、C、D、E、F、G、H、Iの十段階で能力の高低が示される。この段階が高ければ高いほど、眷属の能力は強化される。

 その文字の横に隣接する数字は熟練度。0~99がI、100~199がH、という風に基本アビリティの能力段階と連動している。ちなみに上限値は999。その分野の能力を酷使すればするほど熟練度は上昇するが、最大値の999――アビリティ評価Sに近づくにつれ伸びは悪くなっていく。

 そして、一番重要なのがLv.だ。Lv.が一つ上がるだけで基本アビリティ補正以上の強化が執行される。

 簡単に言えば、今回ベルを死の危機にまで追いやったミノタウロスはLv.2にカテゴライズされる。Lv.1のベルがLv.2のミノタウロスに大敗を喫したのはこれが原因と言ってもいいだろう。

 つまり、それぐらいにLv.が上がるという事は強くなるという事だ。

 これを【ランクアップ】と呼ぶ。

 

「……」

 

 横からベルのステイタスを見ていたチヒロは、何かに気づいて微かに目を細める。チラッとその空色の瞳をヘスティアに向ければ、彼女と目が合った。

 その青い瞳が何も言うなと告げている。

 そんな二人のやり取りに気付いていないベルは、ステイタスを見つめながら口を開く。

 

「……神様。僕、いつになったら魔法を使えるようになると思いますか?」

 

 ステイタスを神に刻まれる中で誰もが関心を寄せるのが、『魔法』を使えるようになるという事だ。

 神達が下界に来る前は、魔法は特定の種族の専売特許に過ぎなかった。だが、神達の恩恵は如何なる者でも魔法を発現させることを可能とした。

 しかし、ベルのステイタスの魔法欄にはまだ何も記されていない。

 

「それはボクにもわからないなぁ。主に知識に関わる経験値が反映されるみたいだけど……ベル君、本とか読まないでしょ?」

「はい……」

 

 ヘスティアの言うように、ベルは全くと言っていい程本を読まない。

 壁際にある二つの本棚。そこにはビッシリと本が敷き詰められているが、それは全てチヒロの物。

 ヘスティアがちょこちょこ読むことはあれど、ベルが手をつけた事は一度もない。部屋の掃除をする時に埃を払うぐらいだ。

 

「師匠は魔法使えますよね? いつから使えるようになったんですか?」

「俺のはあまり参考にならない……ただ、他の冒険者から聞いた話でも本を呼んで知識を付けるのが一番だって言ってた」

「やっぱり本かぁ……ん?」

 

 溜息混じりにそう呟いたベルの目が、ある一点に留まる。

 それはスキルのスロット欄。

 

「神様、このスキルのスロットはどうしたんですか? 何か消した跡があるような……」

「……ん、ああ、ちょっと手元が狂ってね。いつも通り空欄だから、安心して」

「……」

 

 何も言わず、どこか惚けるようなヘスティアをチラッと見て、少しだけ期待していたベルが肩を落とすのを見る。

 『スキル』というのはステイタスの数値とは別に、一定条件の特殊効果や作用を肉体にもたらす能力の事だ。ステイタスが器そのものを強化するとしたら、スキルは器の中で特殊な化学反応を起こさせる。

 魔法のように目に見えた派手さはないが、発現して損なものは極めて少ない。

 少ないであって、ゼロというわけではないのだが。

 更新されたステイタスをあらかた確認したベルは、壁に設置されている時計を見上げて、チヒロとヘスティアに顔を向ける。

 

「師匠のステイタスを更新している間に夕飯の支度をしておきますね。さすがにジャガ丸くんパーティーだけでは物足りないと思いますし」

「うん、ベル君に任せるよ」

「頼んだ」

「はーい」

 

 チヒロとヘスティアに背を向けて、ベルはキッチンへと向かって行く。

 そんな彼の背中を少しだけ見つめていたヘスティアは、自分と同じように彼を見ていたチヒロへと顔を向ける。

 

 

「さて、次はチヒロ君だね! 九日ぶりのステイタスはどうなってるかな~」

 

 どこかワクワクしているヘスティアに、チヒロは肩を竦めて着けていた黒い上着を脱ぐ。

 

「そんな変わらないと思うけど……」

「まぁまぁ、そこに寝転がって寝転がって」

 

 ヘスティアに言われた通り、ベルのようにうつ伏せの状態でベッドへと寝転がる。ヘスティアがそんなチヒロの上に飛び乗る。

 ベルの時同様に神血を背中に垂らして、ステイタスを更新していく。

 

「……んで?」

「んー? なんだい?」

「惚けるな」

 

 チヒロの声音が少しだけ低くなった事で、ヘスティアは諦めたように眉を下げる。

 問いかけられた意味など、最初から分かっていた。

 

「やっぱり気づいてたんだね、チヒロ君は。ベル君のスキルが発現した事」

「神聖文字読めるからな」

 

 チヒロのその言葉に、ヘスティアは小さな溜息をつく。彼には隠し事なんて出来ないと。

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 ・早熟する。

 ・敬慕(おもい)が続く限り効果持続。

 ・敬慕(おもい)の丈により効果向上。

 

 ヘスティアがベルにスキルは発現していないと言ったのは嘘で、それがベルの初めてのスキルだった。

 ベルの背中に神聖文字で刻まれたスキルをチヒロはその目で見た。だから問いたのだ、何故嘘をついてまで隠したのかと。

 正直、理由は察しているが。

 

「……やっぱり『レアスキル』、だよね」

「……だろうな」

 

 発現するスキルの多くは、内実冒険者達の間で共有されている効果効用が多い。スキルの入手自体、希な事柄ではあるのだが、その中でも確認されたものを見ると、名称に差異はあっても能力が他のものと似通っているというケースが割と見られる。

 同じ種族間ならその可能性がぐっと増す。例えば、エルフなら魔法効果の補助、ドワーフならば力の強化といった具合だ。

 そんな重複した内容のスキル効果が複数ある中で、それ唯一、あるいはより数が希少なものを総じて『レアスキル』と神達が勝手に呼んでいる。

 

「まぁ、スキル発現のきっかけはキミとヴァレン何某だとは思うんだけどね」

「アイズはともかく、なんで俺?」

 

 どこか不機嫌なヘスティアの言葉に、チヒロはキョトンとする。

 ミノタウロスから命を救ってくれたアイズに憧れて、スキルが発現したというなら分かるが、チヒロは何もしていないのだ。

 

「何言ってるんだい! キミの強さ(・・)に憧れているに決まってるだろ! な・に・よ・り・も!! キミのヴァレン何某との関係に憧れてるんじゃないか!?」

 

 そんなとこに憧れられても困るというように、チヒロは溜息をつく。

 最初の眷属であるチヒロとは違う意味で、ベルに特別な感情を持っているヘスティアは、チヒロとアイズにより、彼が変わってしまった事が少し――7割ぐらい嫌なようで、不機嫌全開だ。

 

「まぁ、なんにせよ、あのスキルは明るみになると色々と面倒なことになる」

「娯楽に飢えた神々、か……」

 

 娯楽に飢えているせいか、他の神々はレアスキルだとかオリジナルだとか、そういった特別な単語にアホのように反応してくる。もはや子供のように、全力で興味を持って全力でちょっかいをかけたがるのだ。

 中には既に契約済みだというのに自分のファミリアに勧誘してくる神も少なくない。チヒロもそれに追いかけ回された幼い頃の経験がある。

 

「……未確認スキルなのは間違いないだろうな」

「あの子は嘘が下手だからね。問い詰められたら余計な疑いを持たれる。だから……」

「ヘスティアがそうしたいのならそうすればいい」

「チヒロ君……」

「俺も出来る範囲でフォローするから」

「うん、ありがとう、チヒロ君」

 

 頼りになるその言葉に、ヘスティアはにへらとだらしない笑みを浮かべる。ちょうど更新も終わり、用紙にそれを書き写していく。

 神聖文字が読めるとはいえ、背中の文字は見えにくい。だから、いつもこうやって書き写してチヒロにも見せていた。

 

「まぁ、でも……キミのスキルも魔法も相当なレアスキルと反則技ではあるんだけどね」

「……」

 

 ステイタスを書き写した用紙を見て苦笑したヘスティアは、チヒロにそれを渡す。

 チヒロは、自分の現在のステイタスへと目を向けた。

 

 チヒロ・ファールスム

 Lv.6

 力:A 856→A 860 耐久:S 999 器用:S 956→S 958 敏捷:S 999 魔力:A 805→A 807

 狩人:F 調合:H 剣士:H 精癒:I

 《魔法》

創造(クリエイト)

 ・生物以外のモノを創り出せる。

 ・ただし、使用者が認識しているモノのみ。

 ・属性などを付与する事は出来ない。

 ・大きさは最大で使用者の等身大。

 《スキル》

【神子の加護】

 ・どんな傷も治癒される。

 ・深い傷ほど治りが遅い。

 ・加護が続く限り効果持続。

 

 やはりといった内容だった。

 Lv.6になって約二年、チヒロの基本アビリティはほとんど最高評価のS。耐久と敏捷に関しては、限界値に到達している為、上がることすらない。

 たったの二年でここまで行くことの方が正直珍しいものではある。

 ランクアップする冒険者の最終能力は大抵がCかD、良くてBに落ち着く。アビリティの最高評価Sに上り詰める者は全くと言っていいほどいない。

 そんな中でチヒロは五つの内、三つが最高評価S。【異端児】という二つ名にも納得がいく。

 

「それにしても、今回の遠征でもかなり攻撃を受けたようだけど、治る(・・)からと言ってあまり無茶はしないでおくれよ」

「……」

 

 ヘスティアがチヒロの黒いローブを見て、心配そうに告げる。

 遠征に行く前は新品だった黒いローブには、何箇所か破れている部分があった。そこには微かに血が滲んでいて、ローブに色が同化してきている事から、かなり前のものだと判断できる。

 だが、チヒロの体にはどこにも傷などは見当たらない。

 首が飛ぶなど、一瞬で死ぬような傷でない限り、勝手に治癒される。それがチヒロのスキルの効果。

 他では聞かない、まさに不死身といえるレアスキルだ。

 

「無茶をしてキミは半年(・・)もの間、眠り続けていたんだ……それだけは忘れないでおくれよ」

「……ああ、分かってる」

 

 チヒロの空色の瞳に光はない。それにヘスティアは眉を下げる。

 

「……それでキミはまだランクアップはしないのかい?」

「……」

 

 ベッドに腰掛けているチヒロの横に座って、ヘスティアは話を変えるように何気なく問いかける。

 チヒロは何も答えない。

 そんなチヒロにヘスティアは更に眉を下げて苦笑する。

 

「まぁ、ランクアップをするかどうかの判断はキミに任せるよ。既にキミの経験値はランクアップするには十分なぐらい貯まっているからね」

「……」

「したくなったその時はいつでも言ってくれ」

「……ああ、ありがとう」

 

 頷いたチヒロの頭をポンポンと撫でて、ヘスティアはベルがいるキッチンへと向かう。

 

「ベルくーん! 今日の夕飯はなんだい!?」

「あ、師匠の更新終わりましたか? お疲れ様です」

 

 そんな会話を背中に受け止めながら、チヒロは再びステイタスを見る。

 半年前、ファミリアを改宗した際に、ヘスティアに言われたのはランクアップが出来るという事。

 だが、チヒロはそれを断った。今のままでいいと。

 

「(出来るはずがない……)」

 

 大切な(神様)を殺した事でランクアップなんて……。

 俺はそんな理由で強くなんかなれない――。

 

 

 


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