英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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第13話

 

 

 

「あー、今度アミッドと顔が合わせづらいなー……ティオネやりすぎだって」

「これくらいもらっておかないと割に合わないわよ。アミッドだってわかってるわ」

「アミッドさんの知らないところで、また厄介な冒険者依頼がくるかもしれませんね……」

「うわ、ありそう! あそこの神様が腹いせにーって!」

 

 報酬の万能薬を含めた十分な金品を抱えながらディアンケヒト・ファミリアから出てきたチヒロ達は、北西のメインストリートを歩いていた。

 時刻はまだ正午には遠いものの、今朝いた冒険者達は既にダンジョンに向かったのか、その数はすっかり減っていた。チヒロのように本日は休業と思わしき無装備の同業者達だけが、ちらほらと武器や防具を見て回っているのが目に入る。

 

「チヒロの換金の手伝いの前に、一旦ホームに報酬を置きにいきましょうか。いつまでも持ち歩いているのは流石に怖いし」

「……ティオネ、ごめん、武器の整備に行ってもいい?」

「あ、【ゴブニュ・ファミリア】のところ? あたしも行くー! 大双刃(ウルガ)壊れちゃったし!」

 

 アイズが控えめに訊ねると、ティオナもあっさりと乗ってきた。

 ティオネはしょうがないわねと口にする。

 

「私とレフィーヤはホームに荷物を置いてくるわ。余計な面倒も起こしたくないし。チヒロはどうする?」

「俺はこの辺を見て――」

「チヒロもアイズと一緒ね。わかったわ」

 

 笑顔で遮ってきたティオネに、じゃあ問いかけるなというような目を向ける。答えた意味が全く無い。

 

「じゃあ、帰ってきたらチヒロの手伝いね。行くわよ、レフィーヤ」

「あ、はい。アイズさん、ティオナさん、チヒロさん、また後で」

 

 万能薬を慎重に携えるティオネ、そして金袋を抱えたレフィーヤと別れる。

 「じゃ行こっか?」と歩き出したティオナの後ろを、チヒロとアイズはついて行く。

 

「ごめん、チヒロ……付き合わせちゃって」

「無理言って付き合ってもらってるの俺だから平気」

 

 そんな会話をしていれば、ティオナがそこに加わってくる。

 

「そう言えば、チヒロがそこまで換金に拘るなんて珍しいよね? 前はそんなにお金を気にしてるイメージなかったけど」

「……貧乏ファミリアだからな」

 

 半眼でどこか遠くを見つめている。それにティオナは苦笑する。

 

「色々と大変そうだね」

 

 コクンと頷いたチヒロの頭を、アイズがいい子いい子というように撫でる。

 遠征で一緒に添い寝した時と先程ディアンケヒト・ファミリアで彼の頭を撫でた時も思ったが、色が変わっても彼の線の細い髪質は変わっていなくて、サラサラと滑り落ちる気持ちのいい感触は、ずっと触っていたくなる。

 

「……いつまで?」

「もう少し……」

 

 それにチヒロは何とも言えない顔をしながらも、アイズの好きなようにさせていた。

 そんなこんなしている間に、チヒロ達は目的の場所に辿り着いた。

 目の前には石造りの平屋。場所は北と北西のメインストリートに挟まれた区画だ。

 路地裏深くということもあって家屋はごちゃごちゃと入り乱れ経路も細く狭く、雰囲気は華やかとは言い難い。

 知る人ぞ知る、と口にすれば聞こえはいいが、普通の人が見れば陰湿な場所と思うだろう。

 平屋の扉の横に飾られているエンブレムには、三つの槌が刻まれている。

 【ゴブニュ・ファミリア】。

 武器や防具、装備品の整備や作製を行う鍛冶の派閥。

 知名度や勢力規模は同業大手の【ヘファイストス・ファミリア】をぐっと下回るものの、作り出す武具の性能そのものは勝るとも劣らない、まさに質実剛健のファミリアだ。依頼を受けてから武器製作に取り掛かる事が多く、コアな冒険者(ファン)が多いのも特徴の一つである。

 

「ごめんくださーい」

「ください……」

「……」

 

 ちゃんと挨拶をしたのはティオナだけで、アイズはそれに付け足すような形で、チヒロは軽くペコリと頭を下げて、中へと入る。

 入口を通ってすぐに工房があった。そこでは、炉に陣取った鍛冶師や道具を用いて彫金を施す者など、複数の職人達がそれぞれの作業に従事していた。

 

「いらっしゃぁい……って、げえぇっ!? 【大切断(アマゾン)】!?」

「ティオナ・ヒリュテ!?」

「あのさぁ、二つ名(それ)で悲鳴を上げるの止めてほしいんだけど……」

 

 ティオナが先陣を切って入れば、まるでモンスターにでも遭遇したかのような反応が返ってきた。それにティオナは半眼でぶすっとしている。

 

「親方ァー! 壊し屋(クラッシャー)が現れましたー!?」

「くそっ、今日は何の用だ!?」

「また武器を作ってもらいにきたんだけど」

「ウ、ウルガはどうした!? 馬鹿みたいな量の超硬金属(アダマンタイト)を不眠不休で鍛え上げた、専用武器(オーダーメイド)だぞ!?」

「溶けちゃった」

「ノオォォォォォォォーーーーー!?」

 

 てへっと言ってのけたティオナに、親方は絶叫して気絶する。そんな親方の周りを他の団員が慌てて囲んでいるのをチヒロは見て、気の毒にと思う。

 

「……行くか」

「……うん」

 

 二人は敢えて何も触れず、その横を通り過ぎて奥の部屋へと入る。そこにいたのは、老人の外見をした、一柱の男神。

 皺の刻まれた顔は整っており鼻梁も高く、白髪の頭と同じ色の白髭を口元を隠す程度に蓄えている。恰幅のいい体はたるむことなく筋肉が引き締まっており、どこかドワーフを思わせた。

 短剣を丹念に磨いていた神――ゴブニュはちらりと先に入ったアイズに視線を送ってくる。

 

「何の用だ」

「整備を、頼みにきました」

「……ん?」

 

 そこでゴブニュの目が、アイズの後ろに立っているチヒロに向く。

 じっとチヒロを少し見て、珍しく驚いたように目を見開いた。

 

「お前……チヒロか?」

「……ああ、久しぶり、ゴブニュ」

 

 ゴブニュと知り合ったのは、クロの紹介だった。

 阿修羅にしか興味のないチヒロに、魔法で創る事が出来るようになるようにと、他の武器の事を教えられたり、ゴブニュ・ファミリアやヘファイストス・ファミリアに何度も連れて行かれたりした。

 その時に大変お世話になった目の前の男神と再会するのは、一年ぶりだ。

 

「お前、その髪は……いや、何も聞かないでおこう。お前だけでも無事だった、それだけで十分だ」

 

 チヒロは空色の瞳を伏せる。目に映るのは石畳の地面。

 ゴブニュの言葉は、どこか温かくて、でも受け止められない理由があって、ただそれがどうしようもなく、胸を締め付ける。

 目を覚ましてからこの半年間、知人に会えば必ず無事でよかったと言われてきた。何度も何度も。

 でも、それは自分自身が望んでいなかったこと。だからこそ、無性に自分が腹立たしくなる。

 いつも(・・・)自分だけが生きている事に、自分自身を殺したくなる。

 誰でもいいから、俺を殺してくれと叫びたくなる。

 

「!」

 

 突然の頭を撫でられる感触。

 どこか安心するその温もりに、チヒロはハッとして顔を上げる。

 普段は表情に乏しい彼女が珍しく優しく微笑んでいて。

 

「大丈夫……大丈夫、だよ」

「……」

 

 その声がストンとチヒロの中に落ちてくる。

 拒む隙すら与えず、それはチヒロの中で広がっていく。

 怒りも悲しみも苦しみも、どんどん薄れていくのを感じる。

 あぁ、この娘には昔から敵わない、とそんな中で思った。

 

「……お前達、いつまでやっているつもりだ」

「もう少し……」

「……恥ずかしいからそろそろやめてくれ」

 

 

 


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