英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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第15話

 

 

 

 すっかり日が暮れ、東の空が夜の蒼みに侵食されていく中、チヒロは大きな布袋を肩に担ぎながら、視界に入ってきたうらぶれた教会へと顔を向ける。

 やっと帰ってこれたと一息つく。

 アイズ達の協力を得て何とか一部のドロップアイテム以外は換金し終え、合流したフィンから換金してもらった魔石のお金と冒険者依頼の報酬をもらい、ロキ・ファミリアと別れたチヒロは、こうしてホームに帰ってこれた。

 アイズに「一緒にご飯……」と誘われたが、自分のファミリアの事もあるので、また今度と断ってきた。アイズがすごく落ち込み、周りの団員達には殺気の篭った目で睨まれたが。

 少しだけ帰りが遅くなってしまった事に、今朝不機嫌にさせたヘスティアが更に不機嫌になっているだろなと思いながら、教会の隠し部屋へと足を踏み入れる。

 だが、予想外にもそこに居たのはベル一人だけだった。

 

「あ! 師匠、おかえりなさい!」

「ああ、ただいま……ヘスティアは?」

 

 疑問をそのまま口にすれば、ベルが白髪の頭を掻きながら苦笑する。

 

「実は、ステイタスを更新した後、怒って出て行っちゃって……後、バイトの打ち上げがあるとか」

「……そうか」

 

 理由は何にしろ、居ないのなら遅く帰ってきた事に怒られる事もないので、内心好都合と思いつつ、チヒロは持っていた大きな布袋を床に置く。

 じゃりっという音が響いた。

 それに「え?」とベルが固まる。

 

「し、師匠、そ、それは……」

「今回の遠征の稼ぎ」

「ぜ、全部?」

「ああ」

 

 チヒロはほらと言うように、布袋の口を開ける。

 そこには金貨金貨金貨と、金色に輝く硬貨がギッシリと入っていた。

 

「……」

「……?」

「……」

「……ベル?」

 

 袋の中を覗いてからピクリとも動かないベルに、チヒロは首を傾げつつ顔の前で手を振る。

 

「……」

「……気絶している」

 

 ベルは器用に立ったまま気絶していた。

 さすがにこの量は刺激が強すぎたかと思う。

 今回の遠征でチヒロの得た稼ぎは、冒険者依頼も合わせて計4000万ヴァリス。

 本来なら四日ほどで戻ってくる予定だったのが一週間以上になり、何よりもロキ・ファミリアのサポーター陣が荷物を運んでくれるのを手伝ってくれた事により、いつも以上の収入を得られた。その分、アイズの相手もさせられたが。

 気絶しているベルをそのままにして、本棚の前に歩み寄る。そして、迷うことなく本を抜いてはさしてと繰り返す。そうすれば、ガタッという音が本棚より奥から聞こえた。

 ズズズと勝手に横にずれる本棚。その先にあったのは厳重な隠し扉。

 扉についているダイヤルへと手を添えて、それを右へ左へと幾度か回せば、カチッと鍵が開く音がした。

 扉の奥にあったのは、あまり多くはない、でも少なくもない金貨。

 

「……今回の合わせて5500万ヴァリス、か」

 

 自身が魔法で創った金庫に今回の報酬と換金せずにおいたドロップアイテムを収めていく。

 ただし、このお金は一時的に収めておくだけであり、数日すると半分以下には減っている。

 もちろん、ファミリアの生活費、ベルの武器の整備やアイテム補充なども含まれるが、最大の理由は一つ。

 ヘスティアがファミリアを作る前に知人の神から借りた借金を返すためだ。チヒロ自身もその神にはお世話になった時期がある為、それも含んでいる。

 後二日はダンジョンに潜れない為、明日にでも持っていくかと考える。

 

「今後の為に貯金もしておきたいんだが……意外と貯まらないもんだな」

 

 ヘスティアの眷属に改宗して早半年。

 貯金は一向に貯まっている気がせず、チヒロはそれに溜息をついて、小さな布袋に少しだけ金貨を入れる。

 そして、それを持って未だに気絶中のベルに声をかける。

 

「ベル」

「……」

 

 全く反応がない。

 そんな彼の頭に、容赦なく阿修羅を振り下ろす。

 

「い、痛いです、師匠」

 

 意識を取り戻したベルは、痛む頭を両手で抱えながら座り込んでいる。

 チヒロはそれに気にした素振りもなく、ベルの横を通り過ぎてドアへと歩き出す。

 

「今日は外でご飯食べるぞ」

「え?」

 

 頭を押さえた状態でキョンとするベル。

 チヒロは、それ以上何も言うことなく部屋から出て行く。

 

「って、ちょ、ちょっと待ってください、師匠!」

 

 チヒロが居なくなった事で、慌てて上着を羽織って追いかけた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「女の子と約束? ……やるようになったな、ベル」

「そ、そういうのじゃありませんから!!」

 

 メインストリートを歩いているチヒロとベルの周りからは、数え切れない陽気な笑い声が聞こえてくる。

 仕事を終えた労働者や、今日もダンジョンから無事戻ってくることが出来た冒険者が、今日一日の締めくくりとばかりに、飲んでは飲んでと、酒盛りに耽っている。

 メインストリートはすっかり夜の顔に移り変わっていた。

 チヒロは、それらを横目で見て思う。

 この雰囲気は嫌いではない。

 昔は、クロに連れられてよく酒場へ趣き、みんなでドンチャン騒ぎしたものだ。

 慣れない事ではあったが、楽しかったと今でも思う。

 

「……」

「なんで、すみませんが僕は……って、師匠? 聞いてます?」

「え? あ、すまん。聞いている」

 

 ボーッとしていたチヒロは、我に返ってベルを見れば、ベルが困ったように苦笑している。

 憧れの人からのご飯の誘い。正直、行きたくて行きたくて仕方がない。

 だが、女性との約束を守らないのも、男としてどうかと思う。

 だからこそ、ベルの頭に浮かんだのは、また今度誘ってくださいという言葉。

 

「だから――」

「じゃあ、ベルとの外食はまた今度だな」

 

 先に言われた。

 そう思わずにはいられないが、それよりもぐっと胸が熱くなる。

 

「はい! その時は必ず!!」

 

 目をキラキラさせながら、興奮したように声高らかに言ってきたベルに、チヒロは不思議に思いながらも頷く。

 

「それで、誰と約束したんだ?」

「シルさんって方です」

 

 聞き覚えのある名に、一瞬驚いたチヒロだが、その空色の瞳がすぐに半眼に変わった。

 ダンジョンに潜る前に、弁当なんかを貰って夜は当店へ是非なんて買収されたんだろうか、という思考がチヒロの中でされる。

 

「今朝、朝ご飯を食べ忘れてしまって、そのシルさんから弁当をもらったんです。それでシルさんの働く酒場で今日はご飯を食べる約束をしてしまって」

「……」

 

 予想的中だった。

 あまりにも予想通りすぎて、チヒロは何も言えない。

 そして、見えてきたチヒロの目的地である『豊饒の女主人』。

 

「この辺りのはずなんですが……」

 

 チヒロの目的地の前でキョロキョロと辺りを見渡すベル。

 結局目的地は一緒かと内心苦笑しつつ、そんな彼に声を掛けようとする。だが、それは酒場から嬉しそうに出てきた女性によって遮られた。

 

「チヒロさん! お待ちしてました!」

「あ、シルさん! ……って、知り合い!?」

「……ああ」

 

 約束をしていた女性を見つけて、顔をホッとさせたベルだったが、シルが自分ではなく、チヒロの名前を呼んだ事に後々気づき驚いた表情を見せる。

 そんなベルにシルが笑顔で言う。

 

「ベルさんもいらっしゃいませ」

「あ、はい。やって……きました」

 

 予想外の展開について行けていないながらも、ベルは何とか返事を返す。

 そんなベルに微笑んで、シルはチヒロの手を取り店内へと連れて行く。それを遅れてベルが追いかける。

 

「お客様二名はいりまーす!」

「(……手を繋ぐ必要はないだろ)」

「(……酒場ってこんなこといちいち言うの?)」

 

 案内されたのはカウンター席。

 位置で言えば、真っ直ぐ一直線に席が並ぶカウンターの中、ちょうど2名程座れるかくっと曲がった角の場所。すぐ後ろには壁があり、そこは酒場の隅に当たる。

 チヒロが二つある中の一番奥の席に座り、その後に続くようにベルがその隣に腰掛ける。

 初めて酒場に来たベルは、店内を見渡す。

 ドワーフが豪快に酒を流し込み、ヒューマンが大笑いしながら食事をかっ食らい、種族を超えた小人族と犬人が顔を赤くしながら飲み比べをしている。そして、男ばかりの店内に華を添えるウエイトレス達。

 

「女性ばかりなんですね……」

「……? ああ、そうだな」

 

 微かに頬を赤くしているベルを不思議に思いながらも、チヒロは頷いて返す。

 店員の中にはあのプライドの高いエルフまでいた。

 チヒロは忘れているが、昨日まで妄想していたベルの美女美少女の楽園が疑似的とはいえ再現されているのだ。

 妄想はしていても、実際の免疫は皆無なベルにとっては、女の子のお店ってだけで赤面ものだった。

 そして何よりも、一番隅の席に居るにも関わらず、店員達はチヒロに声をかけてきて、チヒロはそれに軽く手を振って返す。それに彼の後ろに立っているシルがぷくっと頬を可愛く膨らめる。

 まさに、自分が夢描いた光景を彼は体現している。

 

「師匠ってハーレム属性持ってますよね!!」

「は?」

 

 目をキラキラさせながらそんな事を言ってきた隣の彼に、チヒロは眉を顰める。何言ってるんだと空色の瞳が言っている。

 だが、それを口にする前に、目の前に現れたミアが声をかけてきた。

 

「なんだい、シルのお客さんはアンタの弟子か何かかい?」

「同じファミリアの奴だ」

 

 チヒロの空色の瞳がチラッとベルに向けられて、顎でクイッとミアを指す。

 挨拶しろと言われているのだとわかって、ベルは慌てて口を開く。

 

「ベ、ベル・クラネルです!」

「ははっ、冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!」

 

 愛想笑いを浮かべていたベルだが、その言葉に顔が引き攣った。

 自分でも自覚していて、若干コンプレックスを抱いている。隣の彼のように端正な顔立ちに生まれたかったと。

 

「何でもアタシ達に悲鳴を上げさせるほど大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

「!?」

 

 顔立ちとかそういうのがベルの頭から全て吹き飛んだ。

 チヒロの背後に立つ彼女にバッと振り返ると、さっと目を横に逸した。犯人はやっぱりこの人かと。

 

「ちょっと、僕いつから大食漢になったんですか!? 僕自身初耳ですよ!?」

「……えへへ」

「えへへ、じゃねー!?」

「その、ミア母さんに知り合った方をお呼びしたいから、たっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまって」

「絶対に故意じゃないですか!?」

「私、応援してますからっ」

「まずは誤解を解いてよっ!?」

 

 ベルの中でシルが良質街娘から悪女へと降格する。

 そんなベルの肩にポンと手が置かれる。そこを見れば、珍しく爽やかな笑顔を浮かべているチヒロ。

 

「頑張れ」

「師匠ぉおおおおおっ!?」

 

 誤解を解いてくれる者は、ここには居なかった。

 

「ミアさん、酒と適当に食べ物頼む」

「あいよ!」

 

 まるで、言われる前から作っていたよというように、どんどんどん! とカウンターに置かれる料理の乗ったお皿。

 あまりの量にベルは青ざめる。食べられないとかそういう問題ではない。

 ベルが気にしているのは一つ。

 

「し、師匠! 僕そんなにお金持ってないですよ!?」

 

 お金の事だ。

 本日のベルの収入は、4400ヴァリス。

 過去最高のモンスター撃破スコアに加えドロップアイテムが運良く発生し続けたおかげで、普段よりも大幅な収入を得られたのだ。

 だが、目の前にある美味しそうな料理はその懐を一瞬で寂しくしてしまうと見ただけで分かる。

 メニューに書かれている金額と目の前の料理を見合わせて、現在いくらかかるのかを計算する。すると、大きな魚の料理が一つ増える。

 

「今日のオススメだよ!」

「今日のおススメ……850ヴァリスッ!?」

 

 更に顔を青ざめさせた。

 そんなベルの前に、チヒロが酒の入った小さな樽のジョッキを置く。

 

「金の事は気にするな」

「で、でも、師匠……」

「ここは俺の奢りだ。遅くなったけど、ベルのファミリア入団祝い」

 

 小さな笑みを浮かべた彼に、ベルは見惚れる。イケメンな上にさり気ない気遣いとか、モテるのも当たり前だと。

 

「じゃあ、その……お言葉に甘えて……」

 

 酒の入ったジョッキを手に持って、同じようにジョッキを持っている手をこちらに差し出しているチヒロのジョッキに、それを軽くぶつける。

 

「改めてよろしくな」

「はい!」

 

 

 


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