英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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第18話

 

 

 

「(畜生、畜生、畜生っ!)」

 馬鹿かよ、僕は、馬鹿かよっ!!

 師匠やあの人に少しでも近づく為に『何をすればいいかわからない』ではない。『何もかもしなければ』師匠やあの人の横になんて一生かかっても辿り着けはしないんだ。

 殺意を覚えた。

 自分を蔑んだ青年でも周囲で馬鹿にしていた他人でもない。何もしていないくせに無償で何かを期待していた、他でもない愚かな自分に対して。

 悔しい、悔しい、悔しいっっ!!

 青年の言葉を肯定してしまう弱い自分が悔しい。

 何も言い返すことの出来ない無力な自分が悔しい。

 只々彼に庇ってもらうだけの自分が悔しい。

 自分のせいで彼の事を馬鹿にされた事が悔しい。

 彼の事を馬鹿にされた事が……堪らなく悔しいっ!!

 

「僕は弟子なんかじゃない……僕が勝手に師匠なんて呼んでるだけなんだ」

 

 長い舌を撃ち出して冒険者を攻撃する蛙のモンスター『フロッグ・シューター』の死骸を無感動で見つめながら、ベルはそう小さな声で呟く。

 酒場から飛び出して、街の中を突っ切ったベルが辿り着いた場所はダンジョン。

 ただひたすらにモンスターを追い求め、迷宮内を走り続けた。

 今も尚、湧き出てくる悔しさを糧にして、手の中にあるたった一つの武器を振り続けている。

 遥か遠くにいるあの人との距離を埋めようと、どれほど険しく困難なのかさえわかっていない高みへと辿り着こうと、ただ必死に。

 金のあの人のように、彼の隣に立てるように。

 

「(あぁ、そうか……僕は羨ましたかったんだ。師匠の隣に立てるだけの実力を持つあの人が)」

 

 だから、あの人に憧れたんだ。

 あの人のようになれば師匠に認めてもらえるって。

 堂々と師匠の仲間として師匠の隣を歩くことが出来るって。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 師と仰ぐチヒロと出会ったのは、ベルが正式に冒険者になった日の事だった。

 オラリオから少し離れた田舎で育ったベルは、一年前に育ての親の祖父が亡くなった事で、残った財産を持って村を飛び出し、オラリオへと冒険者になる為にやってきた。

 だが、待っていたのはあらゆるファミリアからの無慈悲な入団拒否。

 有名なファミリアは人員も豊富で基本的に飽和している所が多く。中小規模のファミリアは、多少なりとも戦闘や専門職に心得がある人材を求めている為、田舎者丸出しのベルに手を差し伸べてはくれなかった。

 そんな中で唯一ベルに手を差し伸べたのが、無名の神ヘスティア。後に、チヒロはその運命的な出会い話――ヘスティア曰く――を一言一句忘れないぐらいに主神から聞かされる事になるのだが。

 ヘスティアの手を取ったベルは、その日すぐに彼女から恩恵を授けてもらった。そして翌日には、ギルドへ冒険者登録に。担当アドバイザーは美人なハーフエルフ。

 出会いを求めてやってきたベルにとっては、幸先好調とすっかり浮かれていた。ちなみに、登録を終えたベルに待っていたのは、ダンジョン探索ではなく、アドバイザーからの有難いダンジョン講座だった。講座が終わった後のベルは、屍のようだったと後にエイナの友人であるミィシャ・フロットが語る。

 ダンジョン講座を無事乗り切ったベルは、いざダンジョンへ! と行こうとしたが、アドバイザーに明日からにするように止められてしまった。

 ギルドから支給される装備は、明日渡される事になっている為、それも仕方のないことだとその場では、渋々承諾した。

 だが、男の子である以上、駆け出しとはいえ冒険者である以上、そして何よりもダンジョンに出会いを求めている以上、欲望には逆らえなかった。

 外から見るだけ、入口だけ、ちょっと中に入るだけ。なんてやっていれば、何故か2階層にまでやってきていた。

 その間、モンスターには一匹も遭遇していない。

 何だこんなもんかと、ちょっと拍子抜けした。

 同業の冒険者もいなければ、モンスターもいない。ベルが求める可愛い女の子なんて尚更いるはずがなかった。

 期待外れのダンジョンに、少しだけ落胆しながら、戻ろうと踵を返した時だった。

 

「ガルルルッ」

「え……」

 

 そこには一匹の犬頭のモンスターがいた。

 鋭い牙や爪を武器とする犬頭のモンスターというのは、少し前に美人アドバイザーから聞いたばかりだ。

 名は『コボルト』。大抵一、二匹でダンジョン内を徘徊していると。

 

「(まずいまずいまずいまずい)」

 

 ダンジョンでの初めてのモンスターとの遭遇。

 今日正式に冒険者になったばかりの彼。しかも、武器もなければ、身を守る防具もつけていない。

 ベルの額に冷や汗が流れる。そして今更ながら思った。自分はなんて愚かな行動をしたのかと。

 

「(と、とにかく逃げなきゃ!!)」

 

 どうにか逃げようと策を講じる。一匹だけならどうにかなるかもしれないと。

 だが、ベルの思いも虚しく、コボルトの後ろからもう一匹のコボルトが現れた。

 それに顔を引き攣らせる。

 そして感じた背後の気配。

 

「ちょっ、こんなの聞いてないよっ……!!」

 

 いつの間にか後ろにも三体のコボルトがいた。

 大抵一、二匹で徘徊してるんじゃなかったのかと叫びたくなる。

 だが、無闇矢鱈に叫べば前後を囲むコボルトが一斉に飛び掛ってくるのは、新米冒険者であるベルにでも分かる為、そこは何とか抑えた。

 ジリジリと詰め寄ってくるコボルト。どんどん壁に追いやられていくベル。

 壁を背にズルズルと座り込みながらベルは悟る。冒険者ベル・クラネル、一四歳。ダンジョン探索一日で終了と。

 飛びかかってきたコボルトに、ダンジョンで可愛い女の子と出会うことはなかったよ、待っててねお爺ちゃんと、亡き祖父を思いながらギュッと目を閉じる。

 だが、いつになっても予想していた痛みは来ない。

 不思議に思ってそっと深紅の瞳を開ける。

 見えたのは、ダンジョンの奥を見つめながら体を震わせているコボルト達。

 寒いからとかそんなんじゃなく、何かに恐怖するように震えていた。

 コボルト達が見つめている場所に視線を向けようとしたその時だった。

 一陣の風が吹いた。

 目を瞬かせた時には、自分を取り囲んでいた全てのコボルトが地に伏せていた。

 そして、先程までそこには居なかったはずの、真っ黒なローブを着た自分と同じ白髪に空色の瞳を持った青年が、長刀を片手にそこに立っていた。

 呆然とするベルの前で、青年はコボルトの血がついた長刀をひと振りして落とす。

 

「……珍しいな、コボルトが群れでいるなんて」

 

 黒い鞘に刀を戻して、その青年がベルに振り返る。

 端正な顔立ちに、すらりと長い足、細身ながら服越しにも分かるしっかりと筋肉のついた引き締まった身体。そしてコボルト数匹を一瞬で倒した強さ。

 同性ながらも見惚れてしまった。

 

「……少年、大丈夫か」

 

 声をかけられたベルが、微かにビクッと動く。

 だが、立ち上がりはしない。

 腰が抜けて動けないのか、全く動かないベルに、青年はどうしたものかと少しだけ思案して、今度はベルに手を差し出してもう一度声をかける。

 

「立てるか?」

 

 そうすれば、ベルが口をパクパク動かし出す。

 それに青年は首を傾げる。

 

「だっ――」

「だ?」

「だぁあああああああああああああああ!?」

 

 そして、叫びながら逃げていった。

 残されたのは、青年のみ。

 

「……何だったんだ」

 

 行き場の失った手を見つめながら、青年はそう呟いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 昨日から住み始めた地下部屋へと、ベルは飛び込んだ。

 部屋の中でソファーに寝転がってゴロゴロと本を読んでいた黒髪ツインテールの幼女――女神ヘスティアが、それに驚いたように起き上がる。

 

「ど、どうしたんだい、ベ――」

「神様!!」

 

 何事かと彼に駆け寄ったヘスティアだが、何故か目をキラキラとさせている彼に肩をガシッと掴まれた。それに若干顔を引き攣らせる。

 ベルはそんなヘスティアにお構いなしと喋り出す。

 

「すごくかっこよかったんですよ!! モンスターを一瞬で倒して!! しかも超イケメンで!!」

「ちょっ、ベル君? 話が全く見えないんだけど……」

「あんなイケメンで強い冒険者ならダンジョンでも出会いがゴロゴロ転がってるんだろうなぁ」

 

 何故か尊敬の眼差しが篭っている深紅の瞳。

 ヘスティアは思い出す。彼は『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』に出てくる運命の出会いというやつに憧れて冒険者になったのではないかと。ちなみに出会う相手は女の子だったはずだと。

 だが、目の前の彼はどうやらイケメン冒険者に出会ってしまったようだ。

 ふと、そこでヘスティアは気付いた。

 彼はモンスターを一瞬でそのイケメン冒険者が倒したと言った。モンスターが出現するのはオラリオではダンジョンのみだ。

 そして未だ興奮冷めやらぬ彼は、防具も無ければ武器も持っていない。

 ヘスティアの顔が青ざめる。

 

「ベ、ベル君、キミはまさか何も持たずにダンジョンに入ったのかい……?」

「え? あ……」

 

 問われた内容に、一瞬で興奮が冷めたベルは、ヤバイと目を逸した。

 もちろん、その場に響いたヘスティアの怒声。

 今日正式に冒険者となった者が装備なしでダンジョンに潜ったなど、只の死にたがりだ。

 そこにベルを正座させて、ヘスティアの説教が始まる。

 その時、一つしかない地下部屋のドアが開いた。

 

「ただいま……って、何この状況?」

 

 入ってきたのは、白髪の空色の瞳を持った青年。

 目の前で行われているヘスティアのベルへの説教に、入ってきてすぐにキョトンとした。

 そんな青年へと、二人は顔を向ける。一人は満面の笑みを、もう一人は呆然と。

 

「おかえりチ――」

「わぁああああああああっ!?」

 

 ヘスティアの笑顔での出迎えの言葉を、ベルは絶叫で遮った。

 それに、ヘスティアは驚き、青年は「あ」と小さな声を漏らす。

 そんな二人を無視して、ベルはバッと立ち上がって、奥へと逃げる。

 だが、ここは人が住むには十分な広さがあるが、逃げるには狭い。というよりも、唯一の出入口であるこの部屋のドアは青年により閉ざされている。逃げ道などどこにもなかった。

 

「あー……チヒロ君? これはどういう状況だい?」

「俺が知りたい」

 

 隣にやってきた青年――チヒロに訊ねれば、困ったように肩を竦められた。

 ヘスティアは、それに小さく溜息をついて、ある一点を見る。それはそこに身を小さくして隠れていた。

 

「あの白兎何?」

 

 本人的にはソファーの後ろに隠れているつもりなのだろうが、全く隠れきれていない白兎――ベルは、チヒロの問いにビクッと体を震わせる。

 ヘスティアがそんな彼からチヒロへと顔を向けて、えっへんと胸を張る。

 

「ヘスティア・ファミリアの新しい仲間さ!!」

 

 それに一瞬キョトンとしたチヒロだが、納得したように小さく頷く。

 そして、未だに隠れているベルへと近づく。今度は怖がらせないように、逃げられないようにと。

 

「白兎君」

「!」

 

 ビクッとベルの体が大きく揺れた。

 恐る恐ると深紅の瞳がチヒロを見る。そして、どんどん赤く染まっていく顔。

 それにチヒロは内心不思議に思いながらも、彼の目線に合わせるようにしゃがみ込む。

 

「俺はチヒロ。チヒロ・ファールスムだ。キミは?」

「あ、えと……ベ、ベル・クラネルです」

 

 ベルという名を、チヒロは何度か口にし、未だに挙動不審な彼に空色の瞳を向ける。

 

「うん、ベル。これからよろしくな」

「えと……あのっ……」

 

 戸惑う彼に、チヒロは差し出していた手を更に前に出す。

 そうすれば、おずおずと彼はその手に自分の手を重ねる。

 

「よ、よろしく……お願いします……」

「ああ、よろしく」

 

 最後辺りは、小さくて聞き取りづらかったが、チヒロの耳には確かに届いていたようで、小さく微笑んだ。それにベルの顔が更に真っ赤になる。

 

 これが異端児と白兎の初めての邂逅。

 

 

 




『第16話』を読んで何となく察している人もいたと思いますが、コボルトってというツッコミは無しでお願いします!!(土下座)
ミノタウロスは後々の為出すにはという考えから、これしか思いつかなかったんです……。
ご意見、ご感想など、お待ちしています!

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