英雄よりも騎士になりたいと思うのは間違っているだろうか   作:琉千茉

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第26話

 

 

 

 青い空に白い雲、太陽の心地良い陽気。それとは正反対のひんやりとした背中が眠気を誘う。

 遠くに聞こえる雑踏はまるで子守唄のようで。優しい風が全身を包み込むのを感じながら、チヒロはそっと空色の瞳を閉じ、思う。

 

「(……何故こうなった)」

 

 頭の裏に感じる柔らかく温かいもの。

 そっと髪を撫でられ、微かに触れられた額が擽ったくて、チヒロはピクっと眉を動かす。

 それらの感触が一瞬でチヒロから眠気を奪っていく。

 

「……眠らないの?」

 

 頭上から降ってきた感情があまり伺えない声。

 だが、その声と長い付き合いのチヒロには分かる。その声が不安の色を宿している事を。

 そっと空色の瞳を開けば、その瞳と同じ色が飛び込んでくる。

 その片隅で金色が揺れた。

 ひょいっとその金色がチヒロの目の真ん中に飛び込んでくる。

 不安そうな金色の瞳と目が合った。

 

「……足痛くないのか?」

「うん、平気」

「そ、そうか……」

 

 痛いと言ってくれればアイズの膝枕から逃げられたのにと、内心思いつつ金色の瞳から目を逸らす。

 そうすれば、更に金色の瞳が不安そうに目尻を下げた。

 

「……気持ち良くない?」

「へっ!?」

 

 突然の問いに素っ頓狂な声を上げたチヒロ。

 不安そうな金色の瞳が空色の瞳を覗き込んでくる。

 答えるべきなのかと、思案するチヒロの顔は真っ赤だ。

 それを隠すように右手で顔を覆う。

 

「その……基本男は喜ぶもの、だと思う」

「チヒロは?」

「ぐっ……」

 

 大多数での回答をすれば、個人での回答を求められた。

 指の隙間からアイズを見れば、未だ不安な瞳は変わらない。

 今なら恥ずかしさで死ねると思いながら、チヒロは口を開く。

 

「……わ、悪くない」

 

 それがチヒロの精一杯だ。

 彼女の口元が綻ぶ。金色の瞳からも不安の色が消え、安堵と喜びの色が今度は浮かぶ。

 気を良くした彼女は、再びチヒロの頭を優しく撫でる。

 ずっとその場に寝転がっているからか、もしくは体が異常に熱くなってしまったせいか、温くなった背中――石畳を感じながら再び思う。

 

「(……何故こうなった)」

 

 自問自答するようにココ――市壁の上でアイズに膝枕をされるに至った経緯を思い出す。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……ティオネ達はどうした?」

「えっと……」

 

 ヘスティアを見送って元の場所に戻って来たチヒロを待っていたのは、予想外にもアイズ一人だけだった。

 アマゾネス姉妹とエルフの少女にヘスティアの事を問い質されるのではないかと思っていたが、その三人の姿はそこには無い。どうしたのかと周りを見渡しても、その姿は見当たらない。

 残っていたアイズに視線を向ければ、申し訳なさそうに眉を下げていた。

 

「……それであいつらは?」

「……帰った」

 

 頭痛を訴えてきた頭を右手で押さえる。

 あのお節介三人娘が何を考えているのか、このやりとりだけで理解してしまった。

 

「一応聞いとく……何て?」

「デ……デートして来なさいって」

 

 デートとは、意中の相手や恋人と二人でどこかへ出掛ける事だとチヒロはクロノスから幼い頃に教えられた。ちなみに、アイズも一緒にだ。

 つまり、アイズもデートの意味を知っている。だからだろう。その顔がほんのりと赤いのは。

 頬を指で掻きながら「俺とデートなんてしてもつまらないぞ」と言おうとしたチヒロだが、すぐにそれを飲み込んだ。

 アイズが自分に想いを寄せている事はチヒロも知っている。さすがにそんな彼女にそれを言うのは失礼だ。

 少し考えて出てきたのは、アイズはどうしたいのかという事。

 

「アイズはどうしたい」

 

 アイズの顔が徐々に徐々に赤みを増していく。

 その顔を俯かせた彼女の答えは一つだけだ。

 ギュッと掴まれた袖を見て、その腕を辿るように彼女の顔へと視線を走らせる。

 赤い顔に微かに潤んだ金の瞳。その瞳がチラッと見上げてきた。が、すぐに下へと逸らされた。

 袖を掴んでいる手に力が入る。それを一瞥しながら彼女の答えをチヒロは待つ。

 そして、おずおずとチヒロを見上げてきた彼女は、小さく口を開いた。

 

「チヒロと……デートしたい」

「――っ」

 

 グサリとチヒロの心臓に確かに何かが刺さった。

 周りからアイズの想いを聞く事は度々あったし、何かあれば傍に居るアイズに、チヒロもそれには気付いていた。

 だけど、ここまで真っ直ぐその想いを伝えられたのは初めてだ。

 デートとは、意中の相手や恋人と二人でどこかへ出掛ける事だが、アイズとチヒロは恋仲という訳ではない。

 つまり、『チヒロとデートしたい』=『チヒロはアイズの意中の相手』という事になる。

 今までは本人から直接言われることが無かった為、チヒロも一緒に居られた。

 だが、今回はそうもいかない。直接的じゃないとはいえ、ほぼそう捉えられる言動に、簡単に首を縦に振るわけにはいかない。

 そう、首を縦に振るわけにはいかないのだ。

 

「……ダメ?」

「行こう。うん、行こう」

 

 花が咲いたような笑顔を見せたアイズに、チヒロは内心涙を流す。あんな悲しそうな目をされたら断れるはずがないと。

 今まで何人もの女性からの告白を断ってきた。理由は色々とあるが、この人だと本気で思った人以外と付き合う気などチヒロはない。

 それは昔から決めている事であり、現在もそうだ。

 何よりも自分自身の過去(・・)に誰も巻き込みたくはない。だから、今はそういう事は控えると決めている。のだが、周りが何故かそれをさせてくれない。

 こういった事が大好きな前主神が前主神だけに、これも仕方のない運命なのかもしれないが。

 

「い、一応聞くが……『デート』の意味分かってるよな?」

「う、うん……」

「そ、そうか……」

 

 お互いに顔を赤くして俯く。

 周りから見れば初々しい恋人同士(カップル)だ。現に周りから「あらあら、まあまあ」と見守られるような温かい視線を向けられているのだから。

 さすがにその視線を浴び続けるのは羞恥心を更に煽るので、二人はとりあえず歩き出した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「アイズはどこか行きたいとことかあるのか?」

「……ダン――」

「ダンジョンは無理だぞ。主神との約束で遠征から帰ってきて三日間はダンジョン潜れないからな、俺」

「うっ……」

「というか、お前も遠征から帰ってきたばかりなのに、ダンジョン潜ったりしてみろ、リヴェリア辺りにバレて怒られるぞ」

「ううっ……」

 

 目の前でピザを食べているチヒロに、ズバズバと言い当てられて、パスタを食べていた手を止めアイズはしょぼんとする。

 時間もちょうどいいからと先に昼ご飯を済ませることにした二人は、レフィーヤがアイズに教えたカフェで食事をしていた。

 

「……前は賛同してくれたのに」

「前ならな。でも、今は無闇矢鱈にダンジョンには潜らない」

「どうして?」

「前よりも強くなりたいと思ってないから」

「……」

 

 黙り込んだアイズに、チヒロはピザを口に咥えながら顔を上げる。

 目の前の彼女は乏しい表情の為あまり感情は伺えないが、その眉は下がっている。

 そこで自分が失言した事に気付いた。アイズに話すような内容ではないと。

 

「……まぁ、アイズが気にする事じゃない」

「私は――」

「もうこの話はいいから食え」

 

 言葉を遮られたアイズは、目の前に差し出されたピザを見る。

 空色の瞳はこれ以上入ってくるなと告げている。

 彼はいつもうこうだとアイズは思う。

 自分にとってあまり宜しくない話はさっさと終わらせたいという彼は、聞き流したように返答をするか、こうやって強引に話を終わらせるかのどちらかである。

 この事で昔はひと悶着あり、彼と大喧嘩した事もあるのだ。

 さすがに1年ぶりに再会してのデート中に喧嘩なんてしたくはない為、アイズは渋々そのピザをパクッと食べた。

 そこでハッとする。このまま聞けないままで引いていいのかと。

 そう思った時には既に動き出していた。

 手に持っていたフォークにパスタを器用に巻きつける。そして、彼の口元へと持って行く。

 彼の顔がギョッと引き攣った。それに微かに自分の口角が上がった――他人から見れば変化は見えない――のをアイズは感じた。

 

「な、何の真似だ、アイズ」

「チヒロの真似」

「いや! そうだけど、そうじゃないだろ絶対に!!」

「話す気がないのなら食べて」

「どんな脅しだよ……」

 

 目の前に差し出されたパスタの巻かれたフォークと、他人には判別出来ないであろう仕返しだと言わんばかりの金色の瞳を何度も交互に見る。

 仕返しであろうと、脅しであろうと、女の子に食べさせてもらうなど、チヒロには恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。しかも、現在外食中であり、第三者の目があるのだ。尚更羞恥心が募る。

 だが、きっと食べなければ目の前の彼女が納得してくれないであろう事は、長い付き合いの為、口に出さなくても分かる。

 チヒロはどこか諦めたように、必死に羞恥心に耐えながら恐る恐る口を開いた。

 

「美味しい?」

「……お、美味しいです」

 

 正直、恥ずかしすぎて味なんて一切分からない。

 すると、再び差し出されたパスタが巻かれたフォーク。

 チヒロは慌ててアイズを見る。まだ怒っているのかと。

 だが、違った。

 何故か微かに頬を赤くしながらも嬉々とした表情でこちらを見ている。

 

「あ、あの、アイズさん……?」

「食べさせる時に『あーん』って言うんだったっけ……」

「誰からそんなこと習った!?」

「クロ」

「あの糞神!!」

 

 厄介なことしか教えない前主神に怒りを覚えるが、今はそれどころではない。

 先程とは違って、何故彼女は少し恥ずかしそうにしながらも嬉々とした表情を浮かべているのか。それ次第ではどうにかこの場を回避出来る。

 

「な、何で今更食べさせようなんて……」

「……デートっぽいから」

 

 回避出来るなんて思った自分が馬鹿だったとチヒロは思い知らされた。

 現在デート中である。それを受け入れたのは他でもない自分自身だ。今更それから逃げようなんて出来るはずがない。

 何よりも顔を赤くしながらも何かを求めるように自分を見ている目の前の彼女のお願いを無下になんてチヒロには出来ない。出来るのならデート自体を断っている。

 彼女同様に顔を赤くしながらも渋々ともう一度口を開いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「結局アイズが俺のピザを食べて、俺がアイズのパスタを食べたわけだけど……」

「うん、美味しかった」

「……そうか。それなら良かったよ」

 

 ホクホクとした表情を浮かべているアイズと、反対にゲッソリとした表情を浮かべているチヒロ。

 まるで恋人同士のようにお互いに食べさせあった――チヒロはアイズに強制されて――二人は、食後の紅茶を満喫している。

 

「んで? ダンジョン以外に行きたいとこ無いのか?」

「……うん」

「それはそれでどうなんだ……って、俺も人に言えた立場じゃないか」

 

 この後の予定が決まらず、チヒロはどうしたもんかと青い空を見上げる。

 澄み渡った青い空に綿あめのような白い雲。温かな陽気とお腹からの満腹感から一気に睡魔が襲ってくる。

 マズイと思った時には既に遅く、チヒロの口は大きく開いていた。

 そんな彼にキョトンとするアイズ。

 

「……眠いの?」

「いや、すまん。大丈夫だ」

 

 デート中に欠伸など、つまらないと言っているようなものだ。

 自分の失態に内心悪態をつきながらも、睡魔を追い払うように首を横に振る。

 だが、負けじと襲いかかってくる睡魔。悪夢のせいであまり眠れていない今のチヒロにとっては、現時点で最強と呼べるモンスターだ。

 打ち倒さんと阿修羅を構えて振るが、相手は実体のないモンスター。斬ることは出来ず、チヒロへと絡み付いてくる。それを振り払うことが出来ず、チヒロの瞼が徐々に徐々に下がっていく。

 なんてことを脳内でやっていれば、グイっと腕を引っ張られた。そこで閉じかけた目が開く。

 

「ア、アイズ……?」

「この後の予定決めた」

「あ、ああ、そうか」

 

 突然の事に頭がついていけないながらも、体だけはついて行く。

 そしてやって来たのは一つの建物の前。

 

「――って、何で宿屋なんだよ!?」

「え? だって、眠そうだったから……」

「いや、確かにそれはそうだがデート中に宿屋なんて色々とマズイだろうが……」

「?」

 

 キョトンとしている彼女に、チヒロは頭を抱える。

 彼女に悪気なんて一切ないし、下心もない。どちらかと言うと、チヒロの為を思っての行動だ。としても、ここはマズイ。

 チヒロが言ったように目の前に建っている建物は宿屋だ。

 だが、基本冒険者が使用する事が多い、冒険者通りに面している宿屋なのだ。

 つまり、歩いているのは冒険者ばかり。

 そして、目の前に居る彼女は冒険者の中でも有名人である。色んな意味で。

 

「おい、あれ【剣姫】じゃねぇか?」

「あ? どこだよ?」

「宿屋の前に白髪の男といるのだよ」

「はあ!? 男と宿屋!?」

「あ、あの【剣姫】が男と宿屋の前に……!!」

「ちょ、ちょっと待て、何の悪夢だこりゃ……」

「【異端児】と付き合ってんじゃなかったのかよ!?」

 

 現に周りで好奇の目や嫉妬の目など、様々な目がチヒロとアイズを見ている。

 白髪になってからあまり表立った事をしていない為、まだチヒロが生きているという事を知らない者達は多い。現に深層で再会するまではアイズ達も彼が生きている事を知らなかったのだ。

 黒髪から白髪になったのと、ギルドが隠しているから気付かれていないというのもあるだろうが、チヒロも生きているという事を気付かれたくはない為、正直あまりこれはいいものではない。

 自分の腕を掴んでいた手を掴み返し、チヒロはどこか急ぎ足でその場を離れる。

 突然の事に今度はアイズが驚く番だが、それよりも驚いたのは握られた手。

 思い出すのはクロノスの言葉。

 

 ――恋人同士ならデート中に手ぇ繋いだりするなぁ。

 

 ボンとアイズの顔が一気に真っ赤に染まった。

 そんなアイズに気づかないチヒロは、スタスタとどこかに向かって歩きながら喋る。

 

「場所を変えるぞ」

「う、うん……」

 

 正直、今はそれどころではない。

 手から手へと伝わってくる彼の温もり。昔はよくチヒロに手を引かれてホームに帰ったが、あの時はこんな特別な感情は無かった。なのに今はそれが物凄く特別に思えて、愛しく思える。

 ずっとこのままでいたいと、そう思える程に。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ここまで来れば人目はないだろ」

 

 どこか満足気にチヒロは一息吐く。

 あの場から逃げるようにしてやって来たのは、人っ子一人いない市壁の上。本来なら封鎖されているはずなのだから当たり前である。

 胸壁に背中を預けるように座れば、目に金色が映る。

 右手を見つめながらショボンとしているアイズ。

 それに不思議に思いながらも、チヒロが名前を呼べば、我に返ったように顔を上げて隣へ――お互いの肩が引っ付く距離――と腰を下ろす。まだどこか落ち込んでいるが。

 二人の髪を優しい風が靡く。

 

「……近くないか?」

「そんなことないと思う」

「……そうか」

「……白兎君は大丈夫?」

「白兎? ああ、ベルか。ダンジョンに行くぐらいには元気だそうだ」

「そっか、よかった」

 

 膝を浅く抱えた状態で座っているアイズは、ホッとしたように安堵の息を吐く。思い出すのは豊饒の女主人での一件。

 もちろん、チヒロの事は気になっていたが、その場から逃げるように走り去って行ったベルの事もアイズは気になっていた。

 アイズの目には確かに見えた。歯を強く食いしばり、悔し涙を光らせていた深紅の瞳。

 何故少年がそんな顔をしていたのか、何故少年が泣いていたのか。本当の所はアイズには分からないが、アイズはアイズなりに少年の立場になって考えた。

 そして、出てきたのはチヒロの事。

 チヒロを師と仰ぐ少年は、その師が馬鹿にされたのが悔しかったのではないか。自分のせいで尊敬し、慕っている師を馬鹿にされたのが悔しくて悔しくて堪らなかったのではないか。

 少年とチヒロの関係は、ダンジョンで少し――少年がチヒロを嘘吐きと罵倒したやり取りだけ――しか見ていない為、本当にそうなのかは分からないが、もし自分が少年の立場ならそう思うとアイズは思ったのだ。

 だから、少年に申し訳ないと思うし、謝りたいと思っている。会えるのがいつになるかは分からないが。

 ふと、視線の端で何かがコクンと動いた。

 あの時の事を考えていたアイズは、不思議そうに何かが動いた右側――チヒロが座っている場所を見る。

 こっくりこっくりと舟をこぐ彼がそこにはいた。

 

「チヒロ……?」

「んあ? ……ああ、すまない」

 

 今にも閉じてしまいそうな空色の瞳を右手で掻く。それでも眠そうだ。

 

「やっぱり眠いの……?」

「……最近ちゃんと眠れてなくてな」

 

 誤魔化そうかと思ったチヒロだが、こうも何度も失態を犯しているのに、今更かと白状する。

 チヒロからの告白を聞いたアイズは、少し何かを考えるように顔を俯けたかと思いきや、ハッと何か閃いたように顔を上げた。

 そして、ぽんぽんっと。

 

「……何?」

「眠っていいよ」

「いや、そういう事じゃなくて……何で膝を叩いてるんだ」

「膝枕」

 

 アイズがチヒロに体を向けてきて、膝を折って自身の細い腿をぽんぽんっと叩いた時から、何となく予想は出来ていた。が、口に出されると平常心ではいられないのがチヒロだ。

 直球で私の膝枕で眠れと言っている彼女に、チヒロの顔は一気に真っ赤に染まった。眠気なんて一瞬で飛んでいった程だ。

 

「ま、またクロから余計な事を……」

「ううん、クロじゃないよ。リヴェリアに教えてもらった」

「……何してくれてるんだ、あの王族(ハイエルフ)は……」

 

 まさかの人物に石畳に両手をつけて項垂れる。

 頭に思い浮かんだのは、小さな優しい笑みを浮かべながらアイズを温かく見守っている王族(ハイエルフ)

 ロキ・ファミリアのレベル6冒険者三人の中でも、アイズに対して一番の親バカだ。アイズの想いを少しでもいい方向に持って行こうとするのは、何だかんだ言ってフィンよりもリヴェリアの方が厄介なのだ。

 遠征から帰還途中のアイズとの添い寝に関しても、提案してきたのはリヴェリアだと、チヒロは後日フィンから聞いている。

 よくよく考えればクロノスの次に厄介な人物だった。

 

「チヒロ?」

「え!? あ、えと……」

 

 リヴェリアの言動が原因で起こった今までのアイズとのイベントを思い出して項垂れていたチヒロは、突然金色が自分を覗き込んできた事に驚く。

 顔を上げれば不安そうな表情をしているアイズ。

 そして一言。

 

「……私の膝枕は、イヤ?」

 

 

 ◆◆◆

 

 

「(……思い出した)」

 

 

 長い長い回想を終えたチヒロは、先以上に顔を真っ赤にして片手ではなく、両手で顔を覆っていた。

 アイズとデートでご飯を食べさせ合い、チヒロを気遣う純粋な思いとはいえ宿屋の前にまで連れて行かれ、現在は市壁の上で二人きりで彼女の膝枕――結局拒否する事が出来なかった――でお昼寝。

 思い出した事を後悔するぐらいに、チヒロにとっては恥ずかしい回想だった。

 今すぐ穴掘って埋まりたい気分ではあるが、下手に動くともっと大変な事になりそうな気がするので、チヒロはとにかくこの状態のままで思案する。どうすればこの状況を打破出来るのかと。

 だが、その思考を鈍らせるように頭を優しい手つきで撫でられる。

 それに既視感を覚えた。

 遠い遠い昔に、こうやって誰かの膝に頭を乗せて、優しく頭を撫でられながらお昼寝をした覚えがあった。

 思い出す。大好きで大好きだったあの人を。

 

「……かあ、さま……」

「!」

 

 チヒロの口から漏れた言葉に、アイズは微かに目を見開く。

 彼の頭を撫でていた手を退ければ、見えたのは悲痛の表情。そして、その閉じられた眦から一雫の涙が零れ落ちた。

 やっと眠ってくれたと思ったら、まさかの涙。

 その涙をアイズはそっと拭う。

 幼い頃にチヒロに聞いた事があった。チヒロの両親はどうしているのかと。

 その時の彼は、「どうしてるんだろうな」と話を逸らした。

 アイズはその時の彼の表情を忘れたことはない。今にも泣きそうな、今もにも壊れてしまいそうな、そんな顔だった。

 クロノスにも少しだけ聞いたが、その事については聞かないでやって欲しいと頼まれた。チヒロが自分の口から言えるようになるまで待ってあげて欲しいと。

 だから、アイズは待つことを決めた。チヒロが話してくれるその時までを。

 

「……大丈夫、私はちゃんとチヒロの傍に居るから」

 

 その声が届いたのか、チヒロの表情がどこか穏やかなものに変わる。

 それに胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じながら、慈しむように金色の瞳を細め、アイズはその白髪の頭を優しく撫でた。

 

 

 

 




約1ヶ月も更新が出来ず、申し訳ありませんでした。
色々と忙しかったのもだいぶ落ち着いてきたので、今後はもう少し早めに更新出来るように頑張ります。

次回は神の宴です!
ご意見、ご感想お待ちしています!
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