ハルケギニアの誓約者   作:油揚げ

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またまたお久しぶりです。
新人が入ったらすごく忙しくなりました。
GWの休みは1日。いつも通りですが無くならないだけまだマシ……ガタガタガタ。


第九話 魔法学院の長い夜

 深夜、未明の時間。

 未だに日は昇らず、空は暗い。

 それは魔法学院の遥か上空でも変わらない、……変わらないがそこには普段の魔法学院の上空には存在しないものが浮かんでいた。

 それは一隻の小さなフリゲート艦。

 常時なら無いはずのその船の積み荷もまた異常なものだった。その船が運びたるモノは先日アルビオンはロサイスから出航した魔法学院襲撃隊であった。

 甲板には一人の男が立っている。顔面に火傷の痕を走らせた逞しい肉体の中年の男は、未だ闇が覆う遥か眼下に広がる魔法学院に顔を向けている。

 

「フッ……俺を試してなんとする? ワルド子爵」

 

 男――メンヌヴィル――は、振り向きもせずに苦笑しながらそう呟いた。

 隠そうともしない喜びが滲む言葉に、メンヌヴィルの背後に近づこうとしていたワルドは思わず足を停めて目を見開く。

 

「よく気付いたな」

 

 彼が驚くのも無理はない。

 風のメイジは他の系統のメイジに比べて気配を絶つ能力に優れている。その上、風のスクエアたる彼が気配を絶てばまさに空気そのもの、にも関わらずメンヌヴィルは彼の存在を感知したのだ。その顔面に刻まれた傷痕がその両の(まなこ)の光を閉ざしているのにだ。

 

「ふ……造作も無い。それより本当にここまで来れるとはな」

 

 自身の感知能力に驚かれることにもう慣れているのだろう。苦笑にも似た息を漏らすとメンヌヴィルは吐いた息以上に空気を吸い込んだ。

 ワルドは気配を絶つのを止めると、メンヌヴィルに近づいて相槌を打つ。

 

「そうだな運が良かった。まさかアルビオンに余計な戦力があると思っていないのもあるだろうが、ここまで手薄とはな。まぁあれだけの大船団相手に戦力を温存する等、普通は有りえんがな」

 

 メイジの使い魔、ピケット船による哨戒ラインを避けて来てはいたが、トリステインの警戒ラインはお粗末とは言えないにしても戦時中と言うことを考えれば落第レベルであった。確かに運の要素もあったとはいえ、元とは言え仕えていた国。ワルドは今更にも感じてはいたがトリステインの現状に再び落胆した。

 

「感謝するよ子爵。アルビオンに戻ったら酒でも奢らせてくれ」

「余計な事を考えずに、生き残ることを考えろ」

 

 軽口を叩くメンヌヴィルに鋭い口調でワルドは言い放つ。

 

「舐めた口を聞くな小僧。ここで灰にしてやろうか?」

「舐めているわけではない。聞くだけ聞いておけ」

 

 杖を首筋に当てられながらも、ワルドはその視線を一切逸らさずにメンヌヴィルを睨みながらそう言った。

 その瞳には恐ろしいまでの真剣さが込められている。

 その瞳の光が見えなくても、体に纏う覇気を感じ取ったのだろう。身じろぎすらしないワルドにメンヌヴィルは杖を収めた。

 

「言ってみろ」

「おそらく従軍しているとは思うが、もしヴァリエールの末っ子とその使い魔が居たら逃げるんだな。絶対に勝てんぞ」

「なに?」

「……主人の方は魔法こそやっかいだが、戦闘経験が少なく屋内では大したことはないだろう。……だが使い魔が規格外だ。年の頃は二十に届かぬ少女のそれだが、剣技、魔法ともにこのトリステイン……いや、ハルケギニアに敵はいないだろう」

「ふ、それはあんたが油断していたせいじゃないのか?」

「その少女が七十騎の竜騎士とレキシントンを退けたワイバーンの主だと知っても同じことが言えるか?」

「――――――っ……ほぉ」

 

 途端にメンヌヴィルはまるでおもちゃを見つけた子供の様な笑顔を見せる。

 彼も話だけは聞いていたのだ。

 化け物のようなワイバーンを駆るメイジの話を。

 

「くはっはははははははは!! あの馬鹿げた話は本当だったのか!? そいつは良い! 実に楽しみだな、ガキどもを捕まえるだけの下らない任務だとばかり思っていたのだがな! それでこそ張り合いがあるというものだ!」

「……貴様、俺の話を聞いていたか?」

「ああ、ちゃんと聞いていたさ。居るかも知れないだろ? くっくく、居る事を願うばかりだ。別に倒してしまっても構わんだろう。くくくっではな子爵!!」

 

 言うなりメンヌヴィルは甲板から身を翻らせ夜空へとその身を投げ出す。そしていつの間に控えていたのか、黒装束に身を包んだメンヌヴィルの部下達がそれに続く。余程訓練されていたのだろう、その動きはかなり洗練されたものであった。

 

「いけすかない奴だね。気味も悪いし」

 

 何処からか彼らが居なくなるのを待っていたのか、フーケが苦々しく呟く。

 

「まぁ、有能は有能らしいがな」

「ねぇ、正直あのバケモン使い魔にあいつは勝てるかね?」

「……さぁな」

 

 そういうワルドの表情は若干以上に青褪めていた。

 なんせナツミは彼が必殺として使っている魔法の一つライトニング・クラウドやフーケのゴーレムの踏み付けをまともに喰らってもピンピンしてるほどの化け物だ。なによりもこの間、彼女のワイバーンのせいで本気で死にかけたせいで、腹の底からワルドはナツミにビビるようになってしまっていた。

 

「……悪いことを聞いたね」

 

 フーケも体中を包帯で巻かれ(うな)され続けるワルドの姿を思い出したのか、心底申し訳なさそうに謝った。

 だが、二人は知らない……。今の魔法学院はそのナツミにこそ及ばないが、彼らの常識から外れまくった者達の巣窟と化していることを……。

 

 

 メンヌヴィル達が学院に降下を開始した頃、二つの鉄機が同時にその碧色の眼を闇空へと向けた。

 

 

「……正体不明ノ熱源ヲ複数感知。上空二船ガ一隻、降下シテクル熱源ハ二十一……人間カ、フム」

 

 数百メートルも離れた熱源を正確に感知した黒き射手足るゼルフィルドは暫く人間の様に思案すると、コルベールとエルジンを起こすべくコルベールの研究室内を歩き始めた。多くの貴族の子弟が暮らす魔法学院に、正体不明の船から深夜に複数の人間が降下してくる。悪意が無いと決めてかかるのは、戦時中ということを考えれば楽観が過ぎるだろう。

 

「ますたーノ無事ヲ確認セネバ」

 

 二人を叩き起こした後の行動を即座に決断すると、その重量にも関わらずほぼ無音でゼルフィルドは歩き始めた。

 

 

 

 

 

 ゼルフィルドが平時とは違う事態に行動を開始した頃、エスガルドは戦時中の学院の警護を任されている銃士隊の面々と生徒が寝泊まりしている塔の扉の前に並んで立っていた。

 流石に銃士隊の面々もその異様さに一歩引いていたが、ゼルフィルドもエスガルドも偶にごく短いスリープモード以外は睡眠なぞ要らない存在。そして銃士隊も夜間の警備を交代で回している為、深夜に会う機会は非常に多く、いつの間にか話はする程度の関係へとなっていた。

 

「エスガルドさんは寝なくても大丈夫なのですか?」

「アア。睡眠ハ必要ナイ。ムシロ、オ前達ノ方コソ……」

 

 そして今日も今日とて銃士隊の一人、髪を短めに切り揃えた女性が睡魔を払うために会話をする中、エスガルドが不意に空を仰ぐ。

 

「どうしたのですか?」

「上空二不審船ダ。人間モ何人カ降下シテキタナ」

「何ですって?」

 

 銃士隊の二人の女性はそれぞれ困惑を露わに慌てだした。銃士隊は創設してからの期間がまだまだ短く、経験も浅い。出自も平民の女性ばかりで、まだまだ軍人としてはベテランとは言い難い。

 それとは対照的にエスガルドはまさに機械の冷静さをもって動きつつある事態を解析していく。

 

「取リ敢エズ、一人ハ隊長二報告ダ。モウ一人ハ隊員ヲ起コシテ回レ。出来ルダケ静カニ頼ム」

「分かりました。エスガルドさんは?」」

「侵入者ノ迎撃二当タル」

 

 通常モードから思考ルーチンを戦闘モードをへと切り替え、赤き機神は闇夜に紛れる賊を狩るべく動き始めた。

 

 

 

 

 

 

「すーすー……んぅ?」

 

 

 規則正しい寝息を立てながら眠りについていたシエスタだったが、不意にその眠りが妨げられてしまった。

 

「ますたー。深夜二起コシテシマッテ申シ訳ナイ」

「んーふわぁ、ゼルフィルド? どうしたの?」

 

 普段から寝る時間が遅く起床時間も早いシエスタの睡眠は深く、いつもよりだいぶ早い時間に起こされた為か、シエスタは非常に眠そうにしていた。何度も伸びをして眠りを払おうとするが、どうにも頑固な睡魔は中々彼女を離しはしない。

 だが、次の一言でシエスタの眠気は完全に吹き飛んだ。

 

「ドウヤラ敵襲ノ様ダ。不審船ガ学院ノ上空二一隻、正体不明ノ人間ト思ワレル熱源ガ学院内二侵入シヨウトシテイル」

「な、何ですって!?」

 

 眠気を湛えた胡乱気な瞳に光が宿り、シエスタは掛け布団を跳ね除けた。

 

「本当ダ。えすがるどガ迎撃二当タッテイル様ダ。敵ノ目的ガ不明ダ。ますたーハ学院外デ待機……」

「ダメだよ! ナツミちゃんが私に学院を頼むって言ってたんだから私が学院を守らなきゃ!」

 

 ゼルフィルドはシエスタの安全を第一に考えていたが、当の本人は打って出る気が満々で有った。何故かメイド服へと素早く着替え、幾つかの誓約済みのサモナイト石を身に着けると、魔力を高め始める。どうやら何かを召喚するつもりの様だ。

 

(寝カセテ置クベキダッタカ)

 

 やる気に満ちるシエスタの脇でゼルフィルドは早速後悔し始める。敵が神聖アルビオン側なら恐らく狙いは貴族の子弟を人質に取る事。ならば使用人の重要度はさして高くないだろう。起こさないで放っておいた方が安全だった可能性は十分あった。

 

 

「来てください! ゴレム!」

 

 パァッと、光と共にシエスタの半分程のデフォルメされた人型のロボットが召喚される。汎用性がウリのユニット召喚獣ゴレムである。個々でマイナーチェンジが施されており、個性豊かなシリーズなのも特徴であった。

 

「こんな時間にごめんね。学院内に不審な人達が居るみたいなの、追い出すのを手伝って貰って良いかな?」

 

 ビシッという擬音がぴったりの敬礼をするとゴレムはシエスタの脇に並んだ。どうやら任務を了承したようだ。

 

「じゃあ、行こうか!」

「……了解シタ」

 

 やる気満々と言った感じで全身から魔力を噴出させたシエスタにゼルフィルドは別の不安を覚えてしまうが、あえてその不安をメモリの片隅に追いやる。そうAランクの範囲召喚術を躊躇いも無くまさか使うわけがないだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題となるのはトリステイン学院に侵入するだけの任務だと男達は思っていた。傭兵部隊として戦う事が日常の生活を送ってきた。戦時しか戦わない軍人よりも遥かに多様な経験を積んだ彼らからすれば侵入した時点で任務はほぼ完遂したも同然だと考えていた。

 そこに慢心が有ったと言えば有ったのだろう。

 だが、多少の慢心は有れど一級品の傭兵達、違和感を感じ取り教師達が寝泊まりする塔の扉の前で足を停める。

 

「なんで誰も居ないんだ?」

 

 情報では戦時中という事も有り、現在トリステイン学院には銃士隊が警備の任に就いているはずであった。

 そんな疑問を抱きながらも好機と言えば好機ではある。疑問が燻るものの扉に手を掛けた瞬間、辺りに銃声が響き渡った。

 

「なに!」

 

 傭兵達が振り向くと十人以上の銃士隊が硝煙を燻らせる銃身を幾つも向けて立っている。

 

「狼藉はそこまでにしてもらうぞ」

 

 一人の銃士隊員の言葉に男達は多少は動揺するが、そこまでだった。

 

「ちっ銃を持った程度で調子に乗りやがって」

 

 圧倒的なリーチというアドバンテージを持つメイジに対抗するために作られた弓や銃だが、その命中精度はまだまだ低い。現に十近い銃撃を受けたにも関わらず侵入者達には一切の傷は無い。とは言え、今の銃声で人が起きる可能性は十分に有る。戦い慣れていない教師と未熟な生徒達を相手に負けるつもりは一切無い。

 

「とは言え面倒だ」

 

 一番、簡単な方法が取れなくなった苛立ちを覚えながら男は部下達と共に銃士隊を殲滅するべく動き出そうとした時、ふと視界に異形が映り込む。

 

「なんだあれ……んぐぅ!?」

 

 無意識に疑問を口にした瞬間、男は体をくの字に折り曲げ扉に叩きつけられ意識を失った。

 

「副隊長! 貴様!」

「……」

 

 副隊長と呼ばれた男を襲撃した異形……エスガルドは無言で制圧対象の男達を見下ろした。

 

 

 

 

 

「銃声か」

「向こうは見つかったようですね」

「ああ……ふふふ」

 

 メンヌヴィルは昼夜を感じぬ瞳を銃声が聞こえた方に向けると口元を不気味に歪ませた。そして、何事かを呟くと右手に握っていた杖を花壇に向けると間髪入れずにファイアーボールを放つ。

 

「ぎゃああああ!」

「うわぁ!?」

 

 花壇に生えた背の低い木々が一瞬で燃え上がり、二人の女性が体に付いた火を消そうとゴロゴロを転がり出る。赤々とした光が辺りを照らし出した。その装備から、二人が銃士隊の面々であることは明白だった。

 

「やれやれ……他にも居るな()()()()()()

 

 メンヌヴィルは更にファイアーボールを放つ。すると再び花壇から人影が火に包まれながら転がり出る。視界が通らない上に幾つもの花壇が有る中から、人が居る花壇を正確に狙うその様は異常としか言えない光景だった。

 

「むっ!?」

 

 目が見えない故か、はたまた長年の傭兵としての勘か、メンヌヴィルは突然その場から転がるように離れる。僅か数瞬後、メンヌヴィルが居た空間の空気は抉られ焦がされる。

 

「避けられた?」

「アア、後ソンナニ前ニ出ルナますたー」

 

 闇夜に紛れる黒髪の少女シエスタと、右腕の銃を構えたこれまた漆黒の姿のゼルフィルドが花壇からその身を晒し、メンヌヴィル達と対峙する。

 魔法学院の長い夜はまだ始まったばかりだった。

 

 




メンヌヴィルさんのフラグ建築劇場。
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