ではどうぞ。
今朝入荷したばかりのお店の商品を並べ終える。
白い壁に掛けられた黒い時計を見上げると、開店までまだ少し時間があった。
「んん…………」
わたしは大きく伸びをして、それから口を覆う徳用マスクの下でふぁ、と欠伸をした。
椅子に座って、昨夜の訓練で疲れてなかなか休められなかった体を癒やす。
「はぁ………」
緊張と重責感から、一息つくと共に思わず溜め息が出てきてしまった。
今日から、お店の表の担当は、頭が『
言われたのは、なんとついさっき。
あの人達、ほんともう少し他人への配慮をすべきだと思う。
「よおし、今日からアリスが表の担当な!」
「…………え」
朝の四時半。
今夜も腕をもがれ、脚をもがれ、お腹に穴を開けられた。今更だけど、この人たちはちょっと頭がおかしいかもしれない。
夜通しの激しい
いきなりそんなこと言われても、とわたしは言い返す。
「だって、お客様に何をすればいいとか、お店の仕事はどうやっていったらいいとか、全然教えてもらってな」
「ああ、それなら大丈夫だろ」
わたしの言葉を遮って、テルさんが謎の自信を見せた。
「なんせ、俺達の働きっぷりを間近で見てきたんだからな!」
テルさんのその言葉に絶句した。
「……………レジがまともに使えず、一万円札を出してきたお客様に、1575円のところを8425円追加で請求したり?」
「グハ!?」
「入ってきた女の子が、テルさんの顔見た瞬間に怯えた顔になって出て行ったり?」
「がふぅ!」
「商品にお水をあげるときのミスで、根腐れさせて商品をダメにすることこの3か月で81点」
「うげっ………って、そんなことまで憶えてたのかよ」
「だって、お店の出納帳つけろってわたしに言ってきたの、お二人じゃないですか」
「あはは、テルはおっちょこちょいですからね」
「それに比べて、ネオさんはお店の飾り付けして下さったり、花束を綺麗に作って下さったり、花の生け方教えて下さったり、刺繍の仕方を教えて下さったり…………」
「おいおい、ネオだけ褒められすぎだろ!?」
「まあ、それほどのことでもあるが」
得意げに鼻を伸ばすネオさん。
「たまに、すてきな花言葉を教えて下さったり」
コスモスは《乙女の心》《美麗》《調和》、胡蝶蘭は《清純》《純粋》《あなたを愛しています》、黄色いカーネーションは《軽蔑》、黄色いバラは《友情》《愛情の薄らぎ》《嫉妬》………………あれ?
「ふふ、そこまで褒められると恥ずかしいですね…………」
「あ、でもお客様とお話ししないで下さい。
ネオさんは人間のお客様には少し刺激が強すぎますので」
無愛想で怖い口調と、丁寧で怖い口調を混ぜながら親しげに話すと、ヤのつく職業の方と同じように恫喝まがいの売りつけができて、その後そのお客様は二度と来店してくださらなくなるということが分かって良かっ……………………
…………全然良くない!
あと、うちのお店の花言葉を教えるのもやめて下さい。
「あなたの死を望みます」とか、うちの店名は、どこのネオさんのネーミングセンスなんでしょうか。
一度そんな説明をされたお客様が、また来店してきて下さった試しがないことを少しくらいは分かっていて欲しい。
「………オイ、アリス。それでオブラートに包んでいるつもりなのか?今、心にグサッときたぞ…………。
……ま、まあとにかく、アリスも分かっているようだけど、この店の看板はアリスがやった方が良いの」
…………は、反論できない…………?
「よっしゃー!ムズい仕事とはおさらばだぜ!
おいネオ!俺は何すりゃーいいんだ!?」
「テルはもう何もしなくて良いよ」
「え!?」
あ!良い反論思いついた!
「ちょっと待って下さい!わたし、まだ11歳なんですよ!怪しまれちゃいますっ!
もしかしたら、ここが喰種のお店だって………」
「何を言ってるんだ」
ネオさんがこちらを小馬鹿にしたようなうざったいドヤ顔で見下ろしてくる。
「『不破 楓』は16歳、中卒で高校にはいかず、親戚の働いている店で生活費を稼いでいるいたいけな少女なのだぞ」
「その設定考えたの誰ですか!?責任者!責任者を呼んで下さい!」
「私だ」
「そうでした………」
ダメだ、話が通じない。
「まあヘンリーのやつの変装セットがあれば、お前がアリスだということもバレなさそうだし、余裕だろ」
「それ、ちょっと話が違うと思いますけど………」
人間として喰種にさらわれたはずの女の子が、どうして平然として暮らしているんだー、っていう話になってしまうから。
だから、手先が器用すぎて、人間社会で芸術家を通しているヘンリーさんお手製の「変装セット」を使って、顔を変えたりしているのだ。
でも。
いくら顔を変えたところで、わたしがお店番をすることに無理があるのは自明のことだった。
身長138cmの16歳。
実年齢との差プラス5歳。
中卒で高校に行かずに働く日々。
……………本当にこんなんで通るとでも!?
結論。通っちゃうもんでした。
カウンターで、レジのお釣りを補充していると、入り口の自動ドアがグーッと開いた。
「───いらっしゃいませ!」
入店してきた若い女の人に挨拶をする。
「本日は、どのようなお花をお求めでしょう?」
自然と笑顔が出てきてしまう。少し照れが混じってるかも。顔、引きつってないかな?大丈夫かな?
「こんにちは。今日は肥料を買いに………あら?かわいい店員さんね!お幾つなの?」
彼女の問いに、ドキッとする。
「あ、えっと………じゅ、16歳です」
「そうなの?偉いわねぇ、若いのに頑張って働いて」
「え、えへへ…………」
心が少し、キュッとなった。
やっぱり疑われるかな、とも思ったけど、彼女は一瞬も訝しげな様子を見せず、わたしの言葉を素直に信じてくれたようだった。
褒められた嬉しさと、嘘をついた罪悪感で、少し居心地が悪いなぁ…………。
「……店員さん、とっても物知りなのね!」
「い、いえいえ、花屋として、お客様のご要望に沿うために当然知っておくべきことですから」
お客様が入店してから、かなり時間をかけて対応した。
その間は誰もお店に来なかったから、ゆっくりとお話ができた。
肥料の種類、使い方、植物の生育に適した土壌の酸性度合い………………
園芸が初心者だという彼女の疑問に、わたしは知っている限りの知識を総動員して答えた。
今まで裏方の仕事ばかりやってきたわたしは、必死にみんなに迷惑をかけないよう、花屋としての知識を磨いてきた。
頑張って勉強してきた成果がこうしてお客様の直接のお役に立てていると、それを褒められると、心がふわっとなる。
「本当にすごいわ………。
若いし、頭も良いし……それにモデルさんになっても良いくらい可愛いし」
でも。
「あ、アハハ…………」
嘘をついていると、それが心の枷になって、素直に喜べなかった。
「また来るから、今度もよろしくね♪」
「ありがとうございました!」
車で来ているという彼女は、容赦なく商品を買って下さった。
初めは肥料だけだったのに、観葉植物とか、お部屋に置いておく木とか、いろんな物を購入してくれて、まだ一回しかやってないのに、この仕事なら!と図らずも思ってしまうほど楽しかったし、嬉しかった。
物を売るって、思っていたよりもずっと楽しい。
駐車場まで荷物を運び、「まぁ、力持ちなのね!」と言われて、(あれ、これって人間だと力持ちになっちゃうの!?)と内心慌てたりしたけど、何とか一仕事終えられた。
お店に戻ると、今日はあまりお客様が来ない日なのか、店内にはだれもいなかった。
わたしは、お店の裏に行って、従業員専用の化粧室に入る。
鏡のある水道のところでマスクを外し、食事のために
剥がしたそれは、本当に絵なのか疑ってしまうくらいに精巧に作られていて、とても整った顔をしていた。
それは、人を欺くために作られた、わたしを隠すためのわたしのように見えて。
「…………この顔なら、確かに美人ですよ。………誰でも」
わたしを覆う嘘は、見え方を綺麗にしてくれる。
でも、外側を綺麗にしてくれるほど、わたしの内側はどんどん汚れていくばかり。
鏡の中のわたしは、嘘で汚れているせいで、とっても醜い女の子に見えた。
今回から、長さがこれくらいの話を入れていきます。
読者の皆様も、お疲れのでませんように。
では。