「…………くっ」
バィン、という音と共に、御坂上等の鱗赫クインケが弾かれる。
鱗赫では尾赫に決定打を与えることはできない。
だが、ここから。
『トーレ』の注意を引きつけるために前線でクインケを振るっていたのを止め、後退する。
「今だ!」
俺の号令とともに、羽赫クインケ持ちの捜査官がクインケで斉射する。
尾赫持ちには羽赫クインケで対応する。人間より圧倒的に強い肉体を誇る喰種と戦う上でのセオリーだ。
「はぁ…………懲りないなぁ」
しかし、尾赫にもっとも効果のあるとされる羽赫クインケの雨を、『トーレ』は危うげなくかいくぐっていき、ビル脇に停められた自動車の上にひらりと乗った。
火災はビルからビルへと移っていき、今や周り一面が火の海だった。
「次!モーガン、C14で行くぞっ」
作戦の失敗を悟るとともに指示を出して、俺は『トーレ』へと突貫した。
「フン!」
ガガガガッッ
モーガンの持つ羽赫クインケが援護射撃をくれる。
「おおっと」
モーガンの攻撃をステップでかわし、車の上から降り立ち踊る『トーレ』は、体の動きに合わせて尾赫を振るう。
「ぅ、らぁ!!」
なぎ払われる尾赫を体を横に傾けて避け、俺は自分の得物を振るい──────っ!?
「どーん」
「ぐ、あ!?」
振るわれた勢いでそのまま打ち下ろされてきた尾赫の先端が、頭上から俺に落ちてきた。
死角からの攻撃に、俺は咄嗟に剣状のクインケを掲げて対応するも、遠心力で加速したソレを完全にいなしきることはできず、右側に弾き飛ばされた。
「新庄さん!?」
地面に体を打ち付けて、意識がとぎれそうになるような衝撃が伝わってくるが、部下の声に理性が押し戻される。
「ぎっ…………全員でA1だ!」
「っ!………了解!」
体に鞭打って身を起こし、足元に転がっている尾赫クインケ【けん。】を拾う。
A1は捜査官が一番初めに学ぶこと。すなわち、抗戦しながらの撤退だ。
鈴木上等の仇を討つことはできない。だが、このままでは─────。
だが、それは一歩遅れた対応だった。
「んー、そろそろかなー」
こちらが攻撃を警戒して動かずに構えていると、『トーレ』がふと何かを呟いた。
「───すみません、ソーマさん!もう終わりましたー!」
突然、燃え盛るビルの中から若い女の声が聞こえてきた。
いや、若いと言うレベルではない。
これは…………子供の声だ。
殺し合いの場には聞こえてくるはずのない、明るく元気な子供の声。
思わずそちらを見ると、火の壁を払って、おびただしい数の赫子を出した喰種が現れた。
まず、身長が低いことに考えを奪われる。
小学生くらいにも見えるほど小さい。恐らく、140cmもないのではないか。
戦いの場に全くそぐわない、かわいらしい少女の登場に、捜査官全員が目をとられた。
その顔は、白地にクローバーのような物が描かれたマスクが覆っている。何故か、片方にだけクローバーが描かれ、そちらの方は目をだす穴が開いていない。
マスクの下に覗く可愛らしい小さな口は笑っており、ここの雰囲気に全く似合っていなかった。
フード付きの衣服は暗い色で…………?
…………いや、あれは服の色じゃない。
「返り血………?」
彼女を見ていた二等捜査官の一人が、有り得ない、有り得てはいけない現実に呆然とつぶやく。
幼く未発達なはずの少女が、着ている服を血の色一色に染め上げているなど、すぐに受け入れられるようや光景ではない。
なるほどな。
彼女が、《paradox》の赫子痕未確認の喰種か。
強力な個体の可能性があるな。
少女の背中から出ている赫子に目を留める。
あれは………鱗赫、か?
異様に細い。そして、先端が何かを求めるように細かく動いていた。
それは赫子と言うよりむしろ、幼い少女に寄生した植物の蔓のようにも見えた。
「ア………いや、うーん、なんてよべば良いんだ?」
「クローバーで良いと思いますよ、ボス」
と、落ち着いた男の声が、少女の出てきた出口から聞こえてきた。
火の中から出てきたのは、白一色のマスクをつけた喰種。
レートS~の喰種、『ペインター』だ。
「ああ、クローバーが妥当だな」
「なにがー?」
それに続き、全身が黒い衣装で包まれた喰種と、返り血のようなどす黒い色のマスクをつけた喰種が出てきた。
破壊力のある羽赫持ちの、駆逐レートSSの喰種『ヨロイ』と────そして、『黒薔薇』。
「………へっ、勢揃いっつうわけか」
《paradox》の現在確認できている構成員全員が揃いやがった。
「───こちら新庄。《paradox》の五体目は個体名『クローバー』。確認できている赫子は鱗赫だけだ」
無線機の向こうに簡潔な報告をする。
「ふぅ。みんな遅いよー、待ちくたびれた」
「すみません、ボス。ア………クローバーの手が遅かったんすよ」
ビニール袋を掲げて、『ペインター』が『トーレ』に返す。
「だ、だって、残したらもったいないって思って………」
「はいはい、言い訳はしない。
そんじゃぁ、帰りますか」
『トーレ』が突然こちらを向いて、
「じゃあ、行かせてもらいますんで」
あっさりした前振りのあと、攻撃を仕掛けてきた。
「っ………上等中心で陣組め!」
慌てて指示を出しながら応戦する。
『トーレ』の重い一撃は、こちらの体力をガリガリと削ってくる。
《paradox》の他の面々に目をやると、
「ヒャッハー!」
『ヨロイ』も飛び出してきているのが分かった。
残りのメンツは、どうやら動いてこないようだ。ただこちらを見るだけに止まっているということに、ひとまず安心する。
「ンンンッ!アァンリミテッドッ、バァァァンッッッ」
『ヨロイ』の動きに我らがモーガンが対応して羽赫クインケを連射し、
「うわっ、なんだアイツ!?キモいぞ!?」
『ヨロイ』の足をとめてくれた。
「なんだ、余所見か?余裕だなぁ」
「ガッ、ハ」
腹にドスっと深い蹴りを入れられて、俺の体は自分でも信じられないくらいに軽く吹き飛んだ。
「っ、ぁ………」
グラグラと揺れる視界を、なんとか元に戻そうと集中するが、なかなか焦点が定まらない。
「よっと」
「きゃぁぁっ!」
突然の叫び声にはっとする。
ようやく戻った視界に映ったのは、『トーレ』の尾赫の先端が幾つにも
「武田ぁ!?」
赫子に体を鷲掴みにされている彼女は、かなり苦しそうな表情をしている。
くっそ、こんな強いやつ、今までやり合ったこともねぇぞ?あれ、ホントに尾赫かよ。
「ユミ!?」
ミサカのやつが、慌てて助けようと駆け寄る。が、
「ぼーん」
「うぐっ!」
『トーレ』の尾赫が、モーニングスター本来の動きで、ミサカ上等の体を打ち据えた。
「あのバカッ!」
悪態をつきながら『トーレ』に向かって走り出す。
俺は地面に転がったミサカを視界の隅に入れ、彼の怪我の度合いを確認する。
(………大丈夫そうだ)
呻いてはいるが、幸い致命傷には至っていないようだった。
傷も、かすり傷が主なようで、軽傷で済んでいる。
…………もしかしたら、その一瞬が良くなかったのかもしれない。
「あぅ、あああ″あ″あ″あ″ッ!!」
途轍もない苦悶の声に、はっとして振り返る。
それは、正常な神経を持つものにとっては
脱出しようと真っ赤になってもがいていた武田上等の頭から、スーッと血の気が引いていく。
赫子に捕らわれずにじたばたと動いていた手足が、みるみる力を失っていった。
「あぁ、ぁ…………」
あたかも魂を抜き取られるかのように、彼女の全身から力が抜けていき、表情は薄ら寒くなるほど蒼白になってしまっていた。
そして──────
少し短かったでしょうか?
明日も投稿します。
長野のド田舎からお送りしました(笑)